ヤグネットの毎日
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19日は市議会決算委員会の二日目。 市民経済部についての審査だった。
僕は、住民基本台帳のネットワーク化について セキュリティの問題、自動交付機を市民サービスの 充実の観点からより利用しやすくすること、 さらに、放置自転車のリサイクルの問題などについ て、質問した。
20日は、都市整備についての審査なのだが、僕は 先日、ある公園の遊具で遊んでいた幼児があやまって 転落して怪我をした件で、質問をしようと思っている。 児童公園にはすべり台やぶらんこなど「既製品」の遊具 が設置されているが、それ以外にも、手作りのユニーク な遊具が設置されているところもある。事故があった遊 具も船をデザインしたもので、子どもたちにとっては、 とてもおもしろいものだ。 その遊具で2歳になる幼児があやまって足を踏み外した り、浮いたくぎにひっかかり転倒する、などの事故がお きた。浮いた釘が放置されているのは論外だが、問題は 近所のお母さんたちが就学前の子どもたちを連れて、散 歩にきたりする、「たまり場」となっているにもかかわ らず、小さい子どもたち向けの遊具がなくて、小学生な ど体格が大きい子どもたち用の遊具しか設置されていな い、ということだ。
もっと、利用する側の市民の声を聞いてニーズにあった 公園整備というものができないものか?この点を質問し ようと思っている。
昨日、現地をみてきた。すると、小学生が5〜6人で遊 んでいた。 遊具の使いやすさ、みたいなことを聞いてみると、いっ ぱい、要望がだされた。 「落書きをなんとかしてほしい」 「急に形がかわってしまったので、なんでやろうと思っ てた」
極め付けは、「時計をつけてほしい」ということ。 なるほど、時計の柱だけが残っている。
「登校班の集合場所に新しくこの公園になったんやんか。 ほんで、集まった時に、いま何時かがわかれば便利やし。 それに、夕方遊んでいるときも、時間が分かれば安心して 遊べるし…」
まったく、その通りで合理的な意見ではないか。
子どもたちは、権利の主体である。子どもたちが遊びの 主人公なのだ。
この小学生たちも、もっとちっちゃなころから、この公園で 遊具を使って遊んでいたそうだ。
利用する人たちが使いやすいようにする、当たり前のことだ。 そのためにも、子どもたちにまず聞くことが何よりも大切だ、 と現地へいって、新しい発見をした。
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