ヤグネットの毎日
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2002年02月19日(火) 誰のために


ここ数日、日記を書くのをさぼってしまった。
 18日は、朝から会派の団会議。予算議会が22日からはじまる。
 来年度の予算案も提案されたので、予算案の吟味等を中心に夕方まで議論
 を重ねた。
 
 17日の出来事を書いておこうと思う。17日は、職場の党組織の仲間たちと地域を歩き、京都府知事選挙での支援や「しんぶん赤旗」「京都民報」の購読を訴えさせていただいた。夜は、ある自治会の方からの相談で、午後6時から外出。

 一緒に行動していただいた方の知り合いの家でのこと。職を失い、いま日雇いで働いている。
 玄関先で出た言葉が、「行政も政治家も信じられるか」。射るようなまなざしで、その方がぶちまけた話は、こうだ。

 自分は、今日食べていけるかどうか、ホームレス寸前のギリギリの生活をしている。
 政治家やマスコミに出てくる評論家は、生活が安定しているくせに、高いところから評論しているばかりだ。信じられるのは、自分のこの体だけだ。サラリーマンの医療費負担を3割負担というが、自分はその医療保険にすら入らずに必死に働いている。子どもたちが荒れているというが、それは大人社会の反映だ。大人社会で、職場をやめざるを得ないような陰湿ないじめが平気でやられている。その反映が子どもの荒れにつながっていると思う。せっかく訪問してもらって悪いが、自分と家族のことで精一杯なので、政治のことなど考える余裕がない。

 話す途中、ぼくの名刺と議員バッチに時折目を向ける。ぼくは、その方の迫力に圧倒されて、一瞬言葉を失った。ようやく出た言葉は、
 「小泉さんがすすめる構造改革は、いまお話いただいたようなリストラに苦しむ人たちをもっと増やそうというものです。私は、そういう政治が絶対に許せません。まじめに働いて生きる人たちが大切にされる政治をつくりたいとがんばらせていただいています。」というのものだった。

 新聞の購読はしていただけなかったが、考えさせられた。住宅ローンなどいろんな面で経済的な負担をおってはいるが、いまの僕はなんとか生活を成り立たせていただいている。
 しかし、いま仕事を奪われ、あるいは奪われそうになっている人たちがたくさんいる。

 時に、くじけそうになったり、「こんなもんでいいか」と妥協する自分がいる。
 また議員以外の仕事でも、保育園の保護者会、保育運動連絡会、に加え男声コーラス、少年少女合唱団を復活させる活動、そしてもともとは、党を強く大きくしていく大仕事がある。
 いろんな活動が錯綜する。少し気を緩めると、収集がつかないくらいの忙しさになる。
 
 でも、そんなときにいつも原点にたちかえる。

 「誰のために、おまえは頑張るのだ?」。

 僕は、自分の能力や人生を自分の幸せだけではなく、まわりの人たちの幸せのために生かしたい。自分の人生を社会進歩のために少しでも役立たせたいと、思ってきた。いまも思っている。
 誰のために?を問い続ける姿勢こそ、忘れてはならないことなのだ。


 


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