Mother (介護日記)
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| 2002年06月14日(金) |
善意にしても・・・理解しがたい |
今朝も微熱モード、お天気はドンヨリ。 でもって、家事やる気なし、散らかり放題・・・
そんな9時半。
『ピン・ポーン』 なんか電池切れっぽいチャイムの音(^_^;)
クシャクシャの髪のままドアを開けると、 母の知り合いで「折り紙の先生」と呼ばれているHさんだった。
* * * * *
私がこのHさんと会うのはこれで2回目。
母とお散歩していた路上で初めて会った時に、 母とのツーショット写真を撮らせてもらったので、私も顔を覚えていた。
母は写真を撮った時には、 きちんと「折り紙の先生」だという認識があったものの、その後、写真を見ても 「これはどこのおばあさんだろう」とわからなくなったこともあった。 そのため、名前や詳しい関係はわからないままだった。
その後、母が一人暮らしをしていたアパートの、2階のTさんから、 「Hさんといって、公民館などで折り紙を教えている人」だと聞くことができた。
Tさんのお宅にはたまに来ていたようだが、 TさんはHさんのことをあまり良く言わず、 「お宅のお母さんはHさんを嫌っていて部屋にはあげなかった」などと聞かされていた。
その反面で母は「折り紙の先生の家はどの辺だろう?」とTさんに聞いたりして 会いたがっているようにも見えた。
私は、Tさんの話は主観的なものもあるだろうから、鵜呑みにするつもりはなかったが 今日の突然の訪問には戸惑ってしまった。
* * * * *
と、そのHさん、そのドアを大きく開いて閉まらないようにしたと思ったら なんと、我が家のポストを開けて、 そこに入っていた新聞を取り出したのであった。�堯福陰Α院臓�
これには驚いた。 初めて来た家である。
もちろん“新聞が入ってるわよ、私が取ってあげる”という善意からなのだろうけど ポストには新聞だけとは限らないのだから・・・
Tさんの言葉以上に自分で見たものには説得力があった。
その時は玄関先で折り紙細工をいただいたところで、 『これから病院に行くから』とうちの電話番号だけ聞いて帰って行った。
* * * * *
3月の圧迫骨折以来、母関係の訪問者が多く、しかも皆、突然であって 私としてはその応対に気を使い、正直なところ疲れていた。
母の部屋はわずかに4畳半。 そこに介護ベッドとベッド用テーブルと洋服ダンスがあって、 とてもお招きするようなスペースはなく、居間にお通しすることになる。
それまで特に『訪問客』などなかったし、おもてなしなんぞロクにしたこともない。 これと言って、お客様に出せるようなお茶菓子の用意もなく、 何かをいただいても、お土産に持たせるようなものも考えていない。
そんな状況で、蒸しパンだとかホットケーキだとかを作っているけど 今後はいつ誰が来ても応対できるような短時間でできるメニューを考えて、 事前に材料を揃えておくことが必要かも知れない。
母のお友達が来れば私もその会話に参加して、母の通訳をしなくてはならない。
私の『友達』関係については、何も苦にはならない。 事前に連絡してくれるので気が楽だし、改まっておもてなしなどしていない。
核家族の悪いところなのだろうか? この歳まで、そういった制約もなく呑気にマイペースで生きてきたってことに 感謝をすべきかも知れないが・・・
* * * * *
10時過ぎに電話が鳴った。
「はい、ありゅです」
「どう?」 �堯福陰Α院臓�
「はい?」
「ん?」
「もしもし?」
「あ」
「どちらさまですか?」 (@_@;)
「さっきの」 ヾ( ̄。 ̄;)
「あぁ、Hさん」 ┐(  ̄〜 ̄)┌
「実は私、さきほど伺ったのは、写真がいただきたかったの。 すっかり忘れていた。 今、○×病院に来ていて終わったんだけど、今から伺ってよろしいかしら?」
「ええ、どうぞ。写真、用意しておきますね」
お茶を沸かして待っていると、Hさんが再びやってきた。
上がるように勧めると、写真だけでいいと言ったので用意していたものを渡してあげた。
写真とは言っても、B5用紙に印刷をした簡単なものである。 私はまだ、ダイレクトプリンターを持っていないし、 デジプリも利用したことがない。
「あぁ、コピーね」
まぁ、そう言われればそうかもね。(-_-;) 母はこれで満足してくれているけど・・・
撮らせていただいたんだから、 本来ならきちんとプリントしてこちらから差し上げるのが常識なのだろうな。
はぁ。 私もまだまだ修行が足りないな・・・
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