おおみち礼治のてくてく日記 DiaryINDEX|past|will
これは嘘である、という思いこみでものを見る人が本物に出会うことはなかろう。というか、見抜けまい。これは逆の立場の人もそうだ。だから、肯定も否定もしない。
どのようなことも、その人の持っているフィルターを通して認識されるということがある。そのフィルターを捨て去り、素でものを見ることができなければ永遠にケンカになる。ひとりひとり違うフィルターを比べて、おれはこうだ、いや、おれのはこうだといっているのだからね。 どっち派でもそうだけど、出演者は名前を売るのが目的のように見える。そういう業の匂いがぷんぷんする。毒にも薬にもならぬエンターテイメントとして楽しむ分にはいいが、目くじらたてない方がいい。こういってはお終いだが、メディアそのものが張りぼての嘘っぱちだからね。いちいち乗せられない。 いつだって本当に大切なことは足下にあるものだ(偉そうだ)。 汚くて臭い生き物がいるところは、汚くて臭くなるものだ。逆も然り。汚ギャルとかさ(笑)。そのことに善悪はない。ただ、そうだというだけだ。
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