3人の祖母 - 2006年05月10日(水) 3月、4月と目まぐるしく過ぎ去った感がありますが、 若に会いに四国へ一週間ほど行って帰って来た次の日(4月16日)、 実は十数年ぶりに実の祖母とのご対面なんぞ果たしてしまった遊丸です。 色々と親族間の確執(笑)みたいなものがありまして久しく会っていなかったのですが、 3月に亡くなった祖母の葬儀で実の祖母側の伯父叔母と会いまして。 (先日も書きましたが僕の父は養子なので少し複雑なのです) まあそういう場合の大人の習わしとして名刺交換なんぞをしたりして、 今度またゆっくり会いましょう・・などと言う話になり。 そこまでは社交辞令的な挨拶ではありますが、 実のお祖母さんも高齢で具合があまり良くなく、 入院したのをきっかけに先日僕が呼ばれたわけです。 高校卒業した頃からずっと顔を見せていなかった(&連絡もしていなかった)放蕩孫?を 一度会わせておかなければと思ったのでしょう。 割と優しい叔母さんで僕とは結構気が合いそうな人なのですが、 実はこの人も何の因果か創●学会なんですよね;; 先日書いた親戚の人たちとは入会?経路はまったく別ですが。 まあそれはいいとして。 十数年ぶりに会ったお祖母さんは僕が覚えていたお祖母さんとは全然違っていました。 病院のベッドで寝たきりで、目を開けるのも大変そうで。 知らないで会っていたらそれが僕のお祖母さんだとはわからなかったと思います。 辛うじて「ああお祖母さんだ」と思えたのは唯一その声でした。 不思議なことに声って変わらないものなんですね。 人間の声ってそんなに特徴的なものだとは思いませんでした。 もしかしたら少し呆けているかも知れないので、 僕が誰だか認識できたのかどうか怪しいところですが、 お祖母さんが「ああ遊●ちゃんかい?」と言った時は、とても懐かしい気持ちになりました。 小さい時もせいぜい一年に一回、正月しか会っていませんでしたが、 その分余計に可愛がってもらった記憶があります。 父が養子だった関係で小さい頃から僕にはお祖母さんが3人いました。 (もちろんお祖父さんも3人ですが、うち1人は僕が生まれるずっと前に亡くなり、 1人は僕が中学の頃亡くなり、1人は所在不明でした) その頃は養子のこととか聞かされてなくて、 他の人とは違うけれどお祖母さんが3人いて何だか得した感じがしていました。 このお祖母さんにも、母方の田舎のお祖母さんにも健康で長生きして欲しいです。 それにしても、死とはどういうものなのだろう・・。 あれだけ死に顔をたくさん覗き、全く動かない体を見て、火葬されて骨になったのを見たけれど、 でもそのお祖母さんはまだほんの二ヶ月前にはまだちゃんと生きていて・・・ 生まれてから八十数年、ずっと生き続けていて動き続けていて・・・ だけど、死を知っている人などこの世に一人もいないんですよね、考えてみれば。 誰も死の本当の姿を知らない。 ただ、誰かが死んで残された人だけが死に際して悲しむだけ。 22:52。 ...
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