2002年01月26日(土) |
続「海の上のピアニスト」 |
本日、MY登録させて頂いている日記の作家さんから 書き込みを頂き、そのネタをこちらで日記にさせていただきます。 多少趣旨は違うところもあると思いますが、 それは「シオの日記」だから、という理由で許してください(おい) 色の違う字はその方の言葉を引用させて頂いています。
海の上のピアニスト 彼は船を降りなかった。 陸に降りられなかった天才ピアニスト。
弱虫とは思いません。 何かを求めて、環境を変える方が大変ですから。 彼の世界は、船の上だったから
その通り。 彼は弱かったわけではない。 船の上が彼の「世界」だった。 なんて適切な言葉だろう。そう思いました。 私がどれだけ言葉を連ねても同じことは書けない。 すごい。 感動。
海の上のピアニストは好きでした。 是非見てください。 ネタばれはないつもりですが、 私の主観満載です。ご了承ください。
こういう書き込みって面白いです。 いろいろ考えられて。 きっかけをくださって、無許可ですが、日記に書かせていただきました。 もし、差し支えありましたら即行削除しますので どうぞ遠慮なく申し出てください。 *〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜* 求めるものがあっても、環境を変えるために必要な力は大きい。 ピアニストは変えなかった。変えられなかった。 けれど、それを誰にせめられようか。 誰にも責められるいわれは、ない。
ただ。 ピアニストの世界が特別だった。 変わらない世界が特別だった。
身体的な世界・環境は様々に変わる。 どれだけ拒否しても。 それに次々と適応していかなければならない。 私が自分の世界に閉じこもることは許されない。 少なくとも『社会』で生きるためには。 『社会』に適応するために。
けれど。
精神的な世界・環境。 これは簡単に変わらない。 変えられない。 ピアニストの世界は精神的にも、身体的にも 「船」という形あるものになっていたのではないだろうか。 だから、彼は船を降りられなかったのではないか。
生きるため、社会の中で生きるためには変わらなければならない。 理不尽に感じる時もあるだろう。 苦痛に感じることもあるだろう。 それでも「適応」するために。
ただ。
私も譲れないものはある。 自分の世界に執着して何が悪い。 まだ支えられている側にいるけれど。 ちゃんと「社会」で適応できてるもの。 生きていけるもの。 精神的な世界は簡単に変われない。 誰にも壊させない。 誰にもそんなことする権利はない。 誰のものでもない自分の世界。
自分が自分であるためにも
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜* ああ、もう!! テスト勉強しなきゃいけないのに日記書いてしまった(滝汗) てか、なんでこう、反応が・・・(複雑) なんというか・・・嬉しいです(笑)
うう、とりあえず今からでもできるだけやります!
〜追加(爆)〜 好きな日記書きさんも 「海の上のピアニスト」について書いてありました(滝汗) その方の仰っていたこともすごくすごく理解できました。 一つの映画でいろんな意見、いろんな考えができること。 どの場面を取るか、によっていくらでも読み方があることを 強く強く感じました。 よければ「エンピツ」で『ハネの日記』を検索してください。 「海の上のピアニスト」解説、本家バージョン。みたいです(苦笑)
読んだよ〜とか、面白かったよ〜とか、がんばれよ〜とか(笑)
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