ふうこの日記
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今日、実家の近所に住んでた幼なじみの同級生から手紙が来た。 もう何年も音信がなかったので(PCのメールを何回かはしたけど返信がなかった) どうしてるのかなぁ〜〜って気にはなってたんだよ。 もしかしたら引っ越したのかなぁ〜〜とか、 子育てに忙しいのかも…って勝手に思ってた。
その手紙は宗教の勧誘の手紙だったのよ。 すごく長い文で、その宗教のよさを書いていた。
音信不通の友人から突然に連絡が入るときは 宗教の勧誘かマルチ商法の勧誘。これしかないな(笑) 宗教にしろ、マルチにしろ、そんなやつは例外なく自己中心なやつ。
だって一言で言って勝手でしょ。
あのれが信じた宗教や、おのれが入った鍋の会社や下着の会社、 他に何がある?洗剤とかか(笑) なんで知り合いだ!っってことだけではいらなあかんの?買わなあかんの? あのれが一人で勝手に信じてやっとけ! (そんなことでは普及にならんねぇ〜(笑))
私もそれらのねずみ講もどきの物を買って欲しい!と言われたことは何回もあるよ。 そのときどうするか? 一回だけ買います。付き合いで。 その時に言います。 「貴方との付き合いを無くしたくないから(本当はその時点で付き合うテンション下がっているけど)一回だけは買わせてもらいます。でも、二度と言って来ないで欲しい。」
それに正直「この商品はいい!」と思うものもなかったよ。 別にねぇ…。普通のものやん。
一度もそのピラミットの中に入ったことはありません。 ピラミットの下を作って、 下からのお金をいただくシステムも許せん。 お金が欲しい時は自分一人が自分のために働いて自分の給料を頂きます。
マルチは友人、知人を無くすよ。気づかないうちに確実に。
マルチの話じゃなかった。友人の手紙の話だ…。 書いていることを冷静に何度読み返しても、 やはり彼女はかなり逝っちゃってます…。
宗教を信じるぐらいならいいけど はまってしまうと人間としてのバランスを崩す。 現に手紙にはしばらく音信不通だった友人(私)に対しての 気配りや配慮など感じられなかった。 しばらく逢ってないけど元気ですか?の文章もない。 うわべだけでもあっても最低それぐらいは書くと思うのだが…。 いきなり…素晴らしい(彼女いわく)宗教の話だ。 私がどうであっても、それは彼女にしたらどうでもいいことなんだろう。
逢って正しい宗教の話を聞いて欲しい… 彼女の手紙には何回もそう書いてあった。 迎えにいく…、ご飯食べながら話そう…。
何となく悲しくて悲しくて… 涙が落ちた…。泣けてきて仕方がなかった。
私は懐かしく色々話もしたい彼女にはもう逢えない。 逢っても空回りだろう…。 彼女は逢っている間、その宗教の素晴らしさを語り続けるに違いない。 もう普通の話は出来ないレベルに逝っちゃってるだろう…。 ダンナの愚痴を言えば それは、この宗教をやれば…どうのこうのなどと、 すべてを「そこ」に結びつける。 すべてをね。
そんな人を今までたくさん見てきた。
何年か前、友人の子供が亡くなった。 お通夜に行くと彼女が信じている宗教の人がやってきた。そして・・・ 「子供がなくなったのは貴方の宗教心が足りなかったからだ」と友人に言い放った。 自信満々の態度で(細木数子ばり…)
これって子供が亡くなって落ち込んでいる人に向かって言う言葉?!
どんなことをしようとどんなものを信じようと自由だけど 相手を思いやる気持ちがない人の言うことには説得力をまったく感じない。
彼女の手紙は大事なものを入れる箱の一番下に入れました。 もう読み返すことはないでしょう。 逢うことはしない。
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