鼻くそ駄文日記
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| 2003年08月27日(水) |
夏休み企画本当は12 |
さあて、小説です。
来年の今頃
父親は探りも入れずに、一言、ぐさりと言った。 「おまえ、進学はちゃんと考えてるんだろうな」 「ああ。うんじゃ、学校に行って来るね」 教科書の入っていない鞄を抱えて家を出る。父親が見ている新聞は、ジャイアンツが負けたことを伝えていた。 来年のペナントレースをぼくは違う環境で見ることになっているだろう。 先のことは考えたくない。 しかし、日にちは一日一日、さっさと過ぎ去ってしまう。 そして、あの日が近づいてくる。 ぼくは、希望の高校の試験会場で試験を受けている自分を想像できない。ましてや、高校生になる自分なんかわからない。 いまのこの楽しい中学生活を大切に生きたい。 だけど、誰かがそれのじゃまをする。 今日は父親だ。 先のことを考えれば、今日の楽しさは半減してしまうのに、ぼくに先のことを考えさせる。 そんなことより、ぼくは学校で章二たちと昨日のテレビの話をしたい。 なんでもいいから、真沙美と話がしたい。 小学校を卒業するときもそうだった。 ぼくは残り少ない小学生生活の一日一日を楽しみたかったのに、まわりは小学六年生の春先から「来年は中学生だね」とあおった。夏休みになれば「小学生活最後の夏休み、人生でいちばん楽しいときだ」とこれからの人生にはこれ以上の楽しみがないというような口調でぼくをあせらせた。夏休みが過ぎれば「あと半年もすれば中学生」と言い、正月には親戚中から「春になれば中学生か」と言われた。 ぼくの小学六年生は、中学生になることへの不安で苦しめられた一年だった。 貴重な中学三年生まで、不安に苦しめられる一年にはしたくない。 夜中に目を覚ますことがある。 だいたい、午前二時半から三時半の間。 この時間に目を覚ませば地獄だ。 頭の中は先のことでいっぱいになる。 まず受験のこと。 勉強しなくちゃ。 たぶん、このままでは私立のヤンキー高しか受からない。 そんなのはいやだ。 それから、なんとか受験にクリアーしたとしても高校生活。 小学校、中学校と違い、高校は家が近所の人ばかりが集まっているわけではない。いろいろなところから、人が集まってくる。 そんななかで、友達を作れるだろうか? 高校の先生は中学ほど親しく生徒とふれあわないとも聞く。 ぼくは英語の筆記体が満足に書けない。 人が書いた筆記体も読めない。 そんなぼくの苦手をわかって融通を利かせてくれるだろうか? それとも落ちこぼれとして置いていかれるのか? どうしようもなく、不安ばかりが駆けめぐって胸が苦しくなる。涙腺が危うくなる。 だけど、日にちは一日一日過ぎ去っていくのだ。まるで、ぼくが中学生活を楽しむのが悪いことのように。 中学校の校舎が見えてきた。一年であることを示す「�機廚粒愬�章をつけた生徒が男女ふたりで校門に立っている。彼らは、あと二年もここに通える。うらやましい。来年の今頃、ぼくはここには通えない。
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