ずっと読み続けています。明日からは「アンの幸福」にとりかかるのですが、今日まで読んでいた「アンの友達」はアン・シャーリーは直接出て来ない彼女の周りというか、アボンリーに住む人たちの話で、思いっきりサイドストーリーなのです。 正直アンがギルバードとどういう道を作っていくのかが知りたいと思っていただけに初読の時に完読出来ずに「アンの幸福」まで持っているのにそこまで辿り着かなかった物語ですが、早くアンの続きを… と思いながらも読了しました。全巻読み終わって次に再読する時はもっと余裕を持って話を楽しみながら読む事が出来るんじゃないかと思います。 毎月新刊が出版されていますが、やはり昔の作品は安心して読めるなぁ… としみじみ感じています。未だに昔の文豪たちの本は売れるし、手元に置いている人も多いし、再読もされている。 何でなのかな… やっぱり基盤がきちっと出来ているからなんでしょうか。海外文学だと例え話は聖書やシェークスピアの戯曲を使っていて、誰でも知っている根っこのような基盤がばばーんとしいてあるから読みやすいのでしょうか。はじめと最後で登場人物の性格が変わっているというのもないし、日記のような軽い文章がかかれているわけでもない。 今は日記のようなものでも「文学」と言われる。 一度読めばもうお腹一杯になるパターンが多い。これは私の場合ですが。 読了してもまた読みたくなる本を望んでいるのですが、少ない。 折角また本屋で働いているから、ガンガン本を探していこう。知る事も仕事の内だし、好きな事が仕事で活きるのも嬉しい。 アンブックスを読み終えたら、また別の古い小説を読もうかな。文豪たちの本をある程度読破して、自分の中にも基盤を作りたい気分なのです。
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