Sun Set Days
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2001年10月17日(水) about 【Days】

 今日は久しぶりに渋谷に行ってきた。
 またもや飲み。
 と言っても、今日は一対一だったけれど。
 中ジョッキ一杯、それからウーロン茶の基本パターンは変えずに。
 渋谷のハチ公前出口に出ると、いつもQ-FRONTの壁に目がいってしまう。SHIBUYA TSUTAYAの入っているビル。
 壁に映像がいつも映し出されているところだ。今日は小雨で、交差点の映像が映し出されていた。
 以前雑誌の記事で、TSUTAYAを運営するCCCがTSUTAYAのフラッグシップとしてあの場所にこだわり続けたというような内容を読んだことがあるけれど、通常の郊外型の店舗は全国にものすごい数ある。
 個人的には、90年代とこれからきたる00年代にTSUTAYAがあった/あることって、すごく大きなことだったんじゃないかとか思っている。
 それはどういうことかというと、TSUTAYAは地方都市やかなり人口が少ないような小さな町にも結構出店しているのだ。もちろん、採算が合うかどうかは独自の出店調査ソフトのようなもので、リサーチを行ってからということは何かの雑誌で読んだのだけれど。
 そういう地方都市にTSUTAYAのような店があることで、そういう場所に住んでいる人たちにも、いわゆる旬のカルチャー(映画、音楽、本)に触れることができる機会が飛躍的に増えたと思うのだ。
 それって、きっととても大きなことだ。たとえば結構田舎の町に、フランス映画に興味がある高校生がいたとしても、基本的にはそれを見ることは難しいことが多い。ほとんどの場合、そういう映画は大都市でしか上映されないし、普通のレンタルビデオショップでは取り扱いがなかったりすることも多いし。テレビでの深夜の放映なんかを待っていたら、何年もかかってしまう。
 けれども、TSUTAYAではそういう作品の取り扱いをちゃんとしていることが多いのだ。だから、そういう高校生も興味のある、ある程度マイナーな作品を見ることができるようになる。音楽でも、本でも理屈は同じ。そして、そういうものに触れる機会が多いことが、もしかしたらその高校生の人生を変えていくかもしれないのだ。ちょっとオーバーな話になってしまったのかもしれないけれど。
 いま僕は関東に住んでいて、でもいろんな街や町に住んだり通り過ぎたりしてきて、情報格差のようなものは絶対的にあると当たり前だけれど思う。インターネットの普及は、文字通りまさに革命とも言えるような側面を拓いたけれど、かつてよく引き合いに出されていたビデオ・オン・デマンドはいまもまだ一般的に広まってはいないし、あと数年を必要としそうな感じでもあるし。

 けれど、いまの中学生や高校生が、中学生や高校生である時間はとても短いのだ。それを待っていることはできない。

 だから、レンタルビデオ/DVDを扱っている、しかも様々な作品を扱っているTSUTAYAのようなお店がたくさんあることが、実はすごく大切なことなんじゃないかと思うのだ。
 もちろん、これから技術が発達し、光ファイバーなんかのインフラが整い、ソフト面でのコンテンツも整備されたのなら、リアルな店舗に行くことなしに、部屋に居ながらにしてパソコンの前で好きな映画を見ることができるようになるのかもしれない。ネットから音楽をダウンロードするのにももっとずっと安い金額になるのかもしれない(というか、これはなるだろうけど)。けれども、それは01年の10月現在では、それらはまだもうちょっと先のことなのだ。
 この作品を見たいだとか、あの雑誌で紹介されていたCDを聴いてみたいだとか、そういう願望をかなえることができる状況に近づくこと。だから現時点ではそれはTSUTAYAやそれに類するお店が叶えてくれることなのだ。
 それって本当に大切なことだ。
 繰り返しになってしまうのだけれど、だからTSUTAYAが全国に店舗網を広げていったことはすごくよいことだと個人的には思う。
 そのおかげで、いわゆるカルチャー系へのアクセスが、東京のようにとは行かなくても(それはまずムリだろうし)、ある程度のレベルまでは平準化される助けにはなると思うし。
 CCCはCulture Convenience Clubの略だけれど、なるほど、という感じだ。
 別に回し者でも何でもないんだけど。

 もちろん、TSUTAYAだって、すべての町にあるわけじゃない。
 だからこそ、光ファイバーでも衛星でもどんどん発達すればいいのに、とも思う。
 あくまでも個人的な願望なんだけれど。


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 Text Sun Set もまる2ヶ月(ありがとうございます)。
 基本的に極個人的なページなので、有益な情報なんかも全然ないのだけれど、それでも見に来ていただいている人がいるというのは素直に嬉しかったりはする。一応カウンターが回っているので、見に来てくれている人がいるんだろうなとは思う。いるよね? もしかしたら、実は僕が夢遊病で、ねぼけながら自分でカウンターを回しているのかもしれないけど。カチカチってマウス押して。
 でも、Text Sun Set のカウンターは、更新ボタンを押してもカウントが追加されないタイプにしているので、やっぱり何人かの人には来てもらえているのだなと思う(Bbsにも書き込んでもらっているし)。
 現在のところは、基本的には日々のDaysを更新して、他のところは五月雨式に余力のあるときに更新、というスタイルを取っている(と言っても、他にたくさんコンテンツがあるわけでもないのだけれど)。自分の好きな物や事について、ちゃんと文章にしておく機会って実はなかなかなかったりもするから、それを書き留めておくことによって、自分の嗜好を自分でちゃんとわかっておこうというねらいがあったりするのだ。もちろん、それを公開しているのは同じ趣味や嗜好の人とコミュニケーションが取れたら、という気持ちでだし。
 また、Daysに関しては、日記(のようなもの)を公開するのってどうなんだろうって思うところはいまだにちょっとあるのだけれど、それでもやっぱり書き留めているし公開もしている。
 ただ、結構細かく、日々の出来事であったりかつての出来事を書き記しているのは、実はかなりの部分自分のためだったりする。数日前に昔も日記を書いていたという内容をDaysに書いたけれど、かつてノートにいちいち書いていたときにはそういうことをあんまり考えてはいなかった。ただ、日々の出来事を備忘録やスクラップブック的な意味合いで書き記していただけだった。けれど、今回のDaysの場合は、実はかなり意識的に「かつて」の出来事なんかも書くようにしている。いまのうちに、自分の記憶にある印象的な記憶をちゃんと残しておきたかったのだ。

 様々な出来事はあまりにも簡単に忘れてしまうし、いつまでもすべてを覚えている必要はもちろんないにしても、忘れ去られて記憶の海の底に沈んでしまった記憶は、もう二度と海面までは浮かび上がってはこない可能性だって結構ある。
 だから、こうやって書き留めておくことで、出来事ごと、エピソードごとに切り取っておくことによって、後になってもそれを読みさえすれば簡単に思い出せるようにしておきたかったのだ(もちろん、文章にしてしまうことで逆に制限されてしまう側面もあるのかもしれないけれど、少なくとも何もないよりはずっといい)。

 また、5年前の自分と、現在の自分と、5年後の自分は、基本的な考え方のベクトルの方向性自体はそれほど変わらなくても、その矢印の長さはおそらく変わってしまう。そして、たとえば散歩でも歩いた距離によって遠くに見える山の大きさが違って見えるように、矢印がどの長さなのかということによって、拠り立つ環境が移り変わっていくことによって、見えてくる世界もおのずと異なってくることに繋がると思うのだ。
 それなので、現在の場所からの見え方を書き記しておくことは、後になったときにあくまでも自分にとってはだけれど、興味深いものになるような気がする。
 かつての記憶も書き記しているのは、かつてのDaysがないからだ。そうやって意識的に思い立った今年から、いろいろと書き記しておこうという考えだったりするのだ。

 もちろん、そういうことをいつもいつも考えているわけではないし、ただ単純に文章を書くのが好きなので、毎日息抜きのために書いているようなところが理由のほとんどであるのも事実なのだけれど。

 それでも、こういう集積が自分にとってある種の意味を持つかもしれない、と考えると書くことがもっと楽しくなる(そしてどんなことだって、自分でやることを決めたなら楽しくなるように考えた方がいいし)。
 量より質なのかもしれないけれど、量が増えていくことがある種の質に転化するということだって十分あり得ることなのかもしれないしね。(まあ、都合のよい考えかもしれないけど)。

 あと、文章の練習だったりもする。こうやって、ある程度日々書き続けていくなかでは、調子の良いときも悪いときもきっとあって、元気なときも疲れているときもやっぱりあるのだけれど、そういうときでもある一定の調子では文章を書くことができるようになりたいなという気持ちがどこかにあるのだ。そのためには、毎日書くのがたぶん手っ取り早いのだと思うし。たとえるならスポーツだってストライクゾーンにストレートを投げることができるようになるには、何日も投げ込みの練習をしつづけないとならない、ということだ。カーブの練習をはじめるのは、ちゃんとストライクゾーンにボールが入るようになった後じゃないと。
 まずは基本の練習が大事なのだ。継続は力なり。
 もちろん、現実的に仕事が忙しくなりなりすぎてある程度以上の分量を書くことができなくなったり、何日も間隔が開いてしまうことも十分に考えられるし、様々な理由によって、更新をストップしてしまう事だってありえるのだけれど。
 それでも、いまのところは、マイペースで続けていこうと思っている(こういう個人的なものに関しては、マイペースってとても大事だ)。

 あと、昔何かの本で読んだ、

「日記には楽しいことしか書かない。読み返してふさぎこんでしまうようなものを書くのでは自己嫌悪に陥ってしまうから。そんな時間はもったいない」

 というような文章が結構印象に残っていたりするので、基本的にはふさぎこんでしまうような内容については書かないようにしよう、とも思うのだけれど。


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 アルバム『face 2 face』購入。Babyfaceのニューアルバム。
 輸入版セールか何かで、さらに300円引きだった。
 ベイビーフェイスはかなり好きだ。
 今日のDaysはアルバムを聴きながら書いている。
 ベイビーフェイスはミディアムやバラードのイメージが強いのだけれど、今回は結構アップテンポの曲も多い。店内のPOPでは、今回は自ら全曲作ったわけではなく、また様々なプロデューサーと組んでいたりするのだと書かれていた。確かに、これまでのアルバムと若干毛色が違う。
 アーティストとしてのベイビーフェイスの新境地、というやつみたいだ。
 まだ一回しか聴いていないから何とも言えない部分はあるのだけれど、結構よい感じの曲が何曲か入っている。

 ベイビーフェイスは、プロデューサーに名前が連なっていたら結構安心できるブランドのような名前だ。はじめて見るアーティストのジャケット買いのリスクを減らしてくれる魔法の名前。
 たとえば、有名なところではエリック・クラプトンの「change the world」がそうだし、他にもマライヤやホイットニー、トニ・ブラクストンなどなど早々たるメンバーに大ヒット曲を提供している。これまでにプロデュースした作品の総売上枚数は1億枚を超えているというのだから、もう半端じゃない。グラミー賞の最優秀プロデューサー部門も4度受賞している。

 そして、自分で歌っても特徴のあるよい感じの声をしているのだ。


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 お知らせ

 他にプロデューサーで期待してしまうのは、ジャム&ルイスとR.ケリー、そしてパトリック・レナードとか。


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