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2001年11月18日(日) 『だから、顧客が逃げていく!』

『だから、顧客が逃げていく!』読了。レイ・コンシダイン/テッド・コーン。田辺希久子訳。ダイヤモンド社。
 こういう本って、巷ではたくさん売られている。私を買う気にさせたなんとかとか、伝説のサービスとか、スーパーウルトラハイパーサービスとか(ないよ)、まあとにかくビジネス書の一角に行けばいくらでもある。そして、その手の本というのは、大抵中で語られている内容はほぼ似通っている。
 もちろん、エピソードは違う。アプローチの方向だって違う。けれども、基本的には同じようなものだ。
 数ある自己啓発書が同じようなものであるように。
 だからもしかしたら、人によってはタイトルだけ見て手に取ることさえしないかもしれない。
 ああ、ああいうやつでしょって。

 ただ、それと読む価値がないということはまったく別の問題だし、それを一緒にしてしまうのはかなり乱暴なことだ。
 それに、どの本に読む価値があって、どの本には読む価値がないなんていうことは、あくまでも極個人的なものであって絶対的な基準なんてものはないし、権威とか高尚さだとかそんなものは必要ないわけだし。
 一人の人が、好きなものを読む。堅い本から柔らかいものまで。気に入ったものであれば、アンテナに引っかかったらとにかく手に取ってみる、ただそれだけ。そして読み終わった後、自分にとってどうなのかということが大切なのであって、世間の評価は参考にこそなれ(趣味の合いそうな評者の薦める本には心惹かれてしまうのも事実だし、ただ)、絶対的な影響力をもつものなんかじゃないのだ。
 シンプルなことなのだ。

 結論から言うと、この本はとても面白かった。
 こうしたら顧客があなたのファンになってくれますということを、逆説的に「顧客を逃す瞬間」という着眼点から述べていてそれが面白いのだ。
 しかも本書に登場するエピソードのほとんどすべては社名が実名で公表されていて、そういうエピソードには身につまされてしまう。
 僕は流通業に従事しているから当然店舗でたくさんのお客さんに接してきたわけだけれど(いまは部署の関係で現場を離れてはいるけれど)、それだけに本書で書かれているような内容ってあるあるって思う。些細な行動や一言が「顧客を逃す瞬間」になってしまうのだということが実感としてよくわかる。
 ただ、この本を読むとそれがどうしようもないことではなく何らかの方法はあるのだということに希望が持てるようになる。少なくとも、世の中には失敗事例より数は少ないかもしれなくても、成功事例だって溢れているのだということくらいはわかるようになる。
 たとえばこんな箇所がある。

 同社のニューズレターの一つに、きわめて興味深い数字が載っていた。いわく、「毎週訪れる10万人の顧客が、わずか、0.01%の割合で離れていったらどうなろうだろうか……」(一見、取るに足りないことと思われるだろう)、「わが社の顧客10万人の1週間当たり平均購入額は100ドル……であれば、わが社の逸失利益はなんと年間250万ドルにも達するのだ!」
 この逸失利益は、10年後には、なんと2500万ドルにもふくらんでしまう。(70ページ。数字は漢数字を変更)

 それだけ、いかに顧客を失わないこと、自社に来続けてもらうこと、生涯顧客になってもらうこと等が重要だということがよくわかるようになると思う。それに、新しい顧客をつくったり見つけ出したりしてくるよりは、いまいる顧客に気に入ってもらって、もっと利用してもらうようにする方がずっとスムーズなようだし。

 そして、本書では顧客を逃すことのなかったエピソードというのを多数紹介している(こういう本って、エピソードの選択の良し悪しが、その明かりの当て方が内容の良し悪しに繋がることがとりわけ多いような気がする)。
 それはシャツをプレゼントしようとしている相手のサイズを忘れてしまったことを聞いた店員が、お客さんにその相手に電話をするよう電話を貸してくれるエピソードであったり(それは長距離電話だったのだが、結局そのお客さんは電話代よりもずっと高い洋服を購入してくれた)、空き部屋を探して困っているお客さんのために、自分たちのホテルも満室で追い返してもいいのに、町じゅうのホテルに電話をかけて探してくれたエピソードであったりだ(なんと21箇所目でようやくみつかった)。そういうエピソードがその企業の生涯顧客ともいうべきお客さんを作り出すのだと述べている。そんなふうにしてもらったら、やっぱりその店で買いたくなるし、そのホテルを利用したくなる。

 それらの大半はちょっとしたことだ。たぶんほんの少しの手間と時間さえかければできること(そして現実にはなかなかされていないことでもある。自分を省みても)。ただ、そのほんの少しの繰り返しが、長い時間の中でものすごく大きな差となって現れるのだろうなということが読んでいるうちに実感として感じられる。もっとしっかりしなくちゃと思う。
 本書は結構手厳しい内容も多数含んでいるのだけれど、ユーモアに溢れる筆致で、変に皮肉めいた物言いなんかにはなっていないのですんなりと読み進めることができるのも好感度が高い(著者が知り合いから集めた話が多いためか、ややお金持ちの人たちの話が多いのはちょっとだけ気になったのだけれど)。

 そして、さっきちょっとしたことと書いたのだけれど、ちょっとしたことでは「伝説」にまではならないというのも事実で、中にはとても真似のできないようなサービスも収録されている。
 たとえばこれなんかそうだ。

 首席コンシェルジュのジョン・ニアリーのところにアイスランドから電話が入った。「カーライルの大事なお客様」が、アイスランドを旅行中に車がガス欠になったのだ。最寄のガソリンスタンドはどこにあるかと、この女性客は尋ねた。もちろん、ニアリー氏は彼女のためにガソリンスタンドを見つけてあげた。(115−116ページ)

 これはアメリカのホテルのコンシェルジュの話なのだ。ちょっと、というかかなりすごい。
 電話をする方もそうだし、それに応えるほうも。これだけの信頼関係をもたれるだけのことはしているよなと思う。
 ちなみに、このホテルではもう一つ信じられない逸話がある。

 ある客が、もう一つベッドルームが欲しいのだが、さりとて別のスイートには移りたくないと支配人にグチをこぼした。答えは簡単。この女性がランチに出たあいだに、大工が入って壁をぶちぬき、隣の部屋に通じるドアをつくってしまったのだ。(116ページ)

 おいおいって、つっこみたくなるようなすごい話だ。
 個人的には、この女性客っていうのがどういう人だったのかが気になるのだけれど、いずれにしても、なかなかこういうふうにはできない。
 伝説的なサービスは、さすがにそう呼ばれるだけのことはある。
 ただ、こういうサービスが多数収録されているのは、もちろんその真似をしなさいよということではなくて、その根底にある姿勢、「私に任せてください」とか、「顧客のために何でもやります」という部分に見習うべき部分が多いということでなのだろうけど。

 もちろん、伝説的なサービスっていうのは顧客に対してある失敗をしてしまってそれを挽回するときや、指摘をされたときに実施されることが多いから、本当であれば一歩前の失敗が起こらないような仕組みであるとか、システムを作り上げていく方が重要なのだとは思う。
 たとえば、ホテルの宿泊記録の名前が不十分だったために食事相手と出会うことができなかった男に対して、ホテルの支配人は丁重なもてなし(宿泊料無料や館内案内)をして顧客を繋ぎとめることには成功したエピソードがあったけれど、本当に大切なのは宿泊記録が完全になされて、それを全員が当たり前のように正しく運用することなわけだし。
 そのためには仕組みがないといけないのだ。仕組みを作ってそれをまた練り上げてよりよく「カイゼン」していくこと。
 そして重要なのは、それに杓子定規的に完全に従わなければならないという仕組みではないという柔軟さを残していることでもあって。

 これは有名な話だけれど、ある日本企業の店舗に子供連れのお客様がやってきて、子供が具合が悪くなったので病院にかけるために電話を借りたいと申し出たときのエピソード。その会社にはお客さんに電話を貸してはいけないというマニュアルがあって、話を受けた店員は電話を貸すことができないと伝えたのだという。
 これは仕組みだとかマニュアルにしばられてしまった故のエピソードだと思う。
 それなので、仕組みは現場にある程度の権限を委譲して、柔軟に駆使できるようにすることが重要なのだと思う。
 もちろん、これは口で言ったり文章で書いたりするほど簡単なことではないことも十分わかっているのだけれど。

 ただ、気をつけたいとは思う。
 まずはそう思わないと、そうなっていくこともできないし。

 そして、こういう笑い話みたいになってしまのは困ってしまうし。

 客「もしもし。非公開の電話番号がほしいんだけど」
 電話受付係「いいですよ。番号は456の7890です」
 客「二つ質問していいですか。この番号は電話帳に載りますか(いいえ)。この番号は今日から使えますか(はい)」
 客「すみません。あなたのいった番号を書き留めるのを忘れました。もう一度いってもらえますか」
 電話受付係「申し訳ありません。この電話は非公開なもので」(192ページ)

 杓子定規的というか、これはまあ、ねえ……

 最後に、なるほどと思わされた文章を引用。

 車の調子が悪いとき、スウェル社の人々は笑顔でさっと修理してくれる。スウェルの哲学はこうだ――スウェル社のサービス満足度が99%で、月間の顧客数が1000人であれば、失望した客の割合は1%と、数字的には取るに足りないと思えるかもしれない。だがその10人は、100%失望させられたのである。(224ページ)

 面白く読むことができた。
 そしてこういう本を読んだ後には、大切なのは、実際に少しずつでもいいから自分でもそれに沿うようにすること。


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