Sun Set Days
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『なるほどの対話』読了。河合隼雄、吉本ばなな。NHK出版。 すごくよい本だった。いろんな意味で、勉強になるという言い方はたぶん正確ではないのだけれど、ああすごいなって素直に思えるような対談集だった。 知らず知らずのうちに肩に入っていた力が抜けるような。 ゆっくりと振り返ることの大切さを思い出すことができるような。
本を読んでいいなと思ったところはページの隅を折り返すことにしているのだけれど、読み終わってから見直してみたら、結構なページを折り返していた。 もちろん、それは読んでいるときにも思ってはいたのだけれど(この本は随分たくさん折っているよって)、あらためて納得した。
いい対談集だと思う。
河合隼雄は、『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』でタイトル通り村上春樹と対談をしていて、今回は吉本ばなななので、これはもう何なのだろうと思う。 これで江國香織とも対談したら(でもこれはなさそうだ。なんとなく)、好きな作家と必ず対談をしている人、という奇妙な位置づけに。 でも、対談の中の河合隼雄さんの言葉をたどっていくと、深くおおらかな包容力のようなものが感じられ、この人に対談の希望が殺到するのは納得できることなんだろうな……と思ってしまう。 そういう地点までたどりつくことって、たぶんきっとむずかしいことだと思うのだ。プロとしての倫理観とか、良いことも悪いことも数多く経験してきているとか。 それでいて、どこかひょうきんでユーモラスな印象があって、これは人が信頼してしまうのだろうなと。 見透かされてしまうようなところがあって、でもそれをちゃんと感傷でも論理だけでもない正しい重さで受け容れてくれるようなところは、心を預けるためには必要な条件なのだろうし。 それを訓練と経験で体得しているのって、やっぱりすごいことなのだろう。
河合隼雄さん自身の著作は2冊くらいしか読んだことがないけれど、それでも上掲の2冊の対談集から、僕はかなり河合隼雄はいいなとは思っていて、今回もあらためてそう思った。
対談は子供時代のことから、現代という時代について、それから仕事についてのスタンスなど多岐にわたり、友好的なムードで、ときに軽妙にけれども基調となるトーンはいたって真面目に続けられていく。 対談集って、読むたびにものすごく実のある会話をしているように思えてしまうことが多いのだけれど、これはもう編集者の苦労といったら並大抵ではないのだろうなと思う。 実際の会話って、もっと「えーと」とかいろんな間とか、ニュアンス的なものがたくさん影のようにくっついているわけだし。 そういうものの持つ補助的な意味合いをできる限り損なわないようにして、それでも話の筋の通った活きた会話として活字にしなければならないわけだし。 でも、それがこの本ではすごくうまくいっているように思えた。 個人的には。
とりわけ、印象に残ったのは、吉本ばななの創作に対する真摯な姿勢だ。 確かに作家が何を考えて小説を書いているのかということを、読者はあえて知る必要なんかなくって、ただ形となった物語についてどう感じるかということだけが大切なことなのだろうけれど、やっぱり好きな作家で、その作家が何をどう考えて、どういうスタンスで作品群を産み出しているのかということを知るのは興味深い面があるのは確かだ。 そして、そのスタンスを知ることができたことで、僕はまたもっと吉本ばななが好きになったと思う。 個人的には昔の作品の方が好きなのだけれど(『サンクチュアリ』、『TSUGUMI』、『N.P.』とか)、それでもこういうふうにいま考えている作家ってすごいと思った。 すごいし嬉しい。
以下は、好きな部分の一部を抜粋(引用するときにはいつもそう思って入るのですが、これはあくまで抜粋なので本当は前後の流れの中で理解して欲しい部分なのです。ですので、抜粋した言葉だけだと本当のニュアンスのようなところまでは伝わらない可能性は常にあります。もちろん、読まれる方はそのあたりのことは当然踏まえていらっしゃるとは思いますが……)。
吉本:少しでも手を抜いたりするとわかるんですよね、絶対に。そういうところは、本当に偉いなと思う。私ぐらいの年齢の人たちだと、みんな建前社会を生きているから、多少面白くないものを書いても「よかったよ」と言ってくれるし、少し力を抜いても、「今回は力を抜いたね」とは誰も言わない。けれど、その子たちはそういうことはなくて、「今回は、よくわからなかった」とか「いつもは泣くけど泣かなかった」と、ひと言でわかりやすい。それはそれでつらい。でも、「ああ、この子たち本気なんだ」っていうのが伝わってくる。(40-41ページ)
河合:いまはみんな頭がよくなっているから、知的に、ある程度精選されたものにしようとすればするほど、実態から離れてしまう。そのとき、そこに向かって現実的なことを言うのは、ものすごい勇気がいりますよね。「あなたはそう言うけど、本当はそうじゃない」と言うと、「そんな馬鹿なことを言うな」となる。で、日本人は、そこは建前と本音を使い分けて調節してるんだけれど、みんなだんだん建前と本音の使い分けが下手になってきた。(92ページ)
吉本:よく、たとえて言うのですが、山小屋みたいなところに登山に来て一泊した人が、そこにある私の本を見つけて読んでくれる。表紙なんか擦り切れていて、誰が書いたのかわからないけど思わず夢中で読んでしまって、「けっこういいものを読んだなあ」となる。その人は翌日、本のことは忘れて、また旅に出るのだけれど、夕焼けを見たときなどに、「あれ、これ、本で読んだんだっけ、自分で体験したんだっけ」とか、「あのときに、確か本で読んだなあ」というふうに、その人のなかにちょっとだけ、でも深く残るものを書きたいんですね。(121ページ)
吉本:それと、「自分をたのみにする心」がとても大切なんです。それは自分に自信を持ちすぎるのでもなくて、いざとなったら自分が何とかするだろうという「自分をたのみにする」こと。それがあれば、結局最後は勝つというか、うまくいくような気がします。(195ページ)
河合:それでしかも、ぼくの体験で言うと、すごい大きいことが起きるのは、たいてい偶然だから。人間が計画して考えてやることは、たいしたことはなくて……。(211-212ページ)
吉本:ちょっとした、「風が吹いたら木が揺れた」とか、そういうことで人間がどんなに豊かになれるか、というようなことは、ずっと書いていきたいですね。そういうことの積み重ねというか。そういうのがいいんだよっていうことを。(259-260ページ)
270-272ページもいい。
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お知らせ
今日は雨。寒い1日でした。
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