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アキラ
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2007年03月03日(土)
桃 花言葉 恋の奴隷

桃 花言葉 恋の奴隷



好きだと言ったのはどちらだったか。

なぜそんな事を急に思ったのか。
目の前には、開いた傘をこちらに差し出す左手。
その薬指には、雨の中でも鋭い光を放つ石が煌いている。

時間をかけて巻いたのであろう髪が、雨に濡れている。

何度その髪に指を絡めただろう。
そんな時はきまって「もっと、いい子いい子して。」と
今は伏せられている大きな濡れたような目で見上げられた。

傘を握り締めた細い指、薄いピンクのつめ。

小指を絡ませあって何度も約束したのではなかったか。
一時の気の迷いではないと、この恋は運命なのだと。
よくある、若気の一過性の倒錯ではないのだと。

ずぶ濡れの二人の間、雨の降る灰色の世界。
ぽっかりと浮かび上がっている傘だけが色づいている。
淡いピンク色。淡い、恋だったかもしれないもの。
二人の上に確かに花開いたこともあったのに。

冷たい春の雨に打たれて、その重さに傾いでしまっている。
恋というものに恋していた者達の結末にはお似合いかもしれない。
真実の重みに耐えられない、淡い恋のようなもの。

お互いに惹かれあったつもりだった。
結局は見つめあったいたわけではなくて
二人の間にあったピンク色の傘を見詰め合っていただけなのだ。
傘越しに見える視線を、自分に向けられたものだと思い込んだ。

淡い恋のようなものに囚われていたのだ。
雨を言い訳に、傘の下にいただけなのだ。
恋をしていると思い込んでいる自分に、恋をしていたのだ。
わたし達二人は恋という行為そのものの奴隷だったのだ。

新しい傘を見つけた彼女が、今度こそ傘の向こうにいる
恋人を見ることができるのかなと想像する。

それはとても甘美な傷みをともなっている。
またおなじ事を繰り返す彼女を想像して、
そらみたことかとほくそ笑む意地の悪いわたし。
今度こそ恋人と恋をする彼女に嫉妬するわたし。

彼女はふいに傘を手放すと、そのまま行ってしまった。
ずぶ濡れの私の前で、ピンクの傘はころころ所在無げに転がった。