いきあたりばったり
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2004年01月20日(火) |
伯爵様がいなくなっちゃった |
今日は、宮緒ちゃんの新刊に、てるてる、ゴッチャ、紅茶王子(久しぶりに買った)、コナン君を買って読みました。 コナン君は暇なときに読もうかと、とりあえず紅茶から行く。 ゴッチャは最終巻だったので最後。
で、もうね、どれも色々に私を悦ばせてくれたんだけれど。 ゴッチャ。
あんた、それは漫画だよ?
いや、そうなんだけどね。
哀しいとか、切ないとか、そういうんじゃなくて。
ああ、もう会えないんだなぁ。 そう思って、気がついたら、二筋に涙が流れていた。 今でも、これ書いてる今でも、凄く・・・書いた瞬間に、ちょっと来てしまった。
いや、だから漫画だよ?
確かにね、前の巻や古い巻を見れば彼は動いて生きているのだけれど。 それでも、もう、その先に彼はいないんだよ。 なんだろう、喪失感? そういったものが、堪らなく自分の中を満たして。 そしてそれは、その場限りではなくて。 思い出すたびに、その気持ちに自分がすっと戻されていく。 そういうもので。
だから、漫画なんですけど?
漫画、現実、小説・・・その境界線が、自分にはとても曖昧で。 というと、怪しいなぁ、虚構と現実の区別が付かないのか、となるけれど。 そうではなくて。 映画や、ドラマはそうでもないんだよな。 見ているときに、その中に入ってしまって泣いても、すぐ現実に戻って、 境界がはっきりしているんだけれど。 やっぱり、本。 小説や、漫画を読んだ後は、全然その世界から抜け出せないみたい。 その傾向は、激しく強いかな。 まるで夢を見ているときの状態のように。
夢を見ている時って不思議じゃないですか。 自分は当事者であったり、傍観者であったり、同時にそのどちらでもあったり。 そして、その事象が、何の不思議でもない。 おそらく、本を読んでるときの私はそういう状態で。 そうして、夢で感じた恐怖や、ぬくもり、そういったものが自分に実感として残っているように。 本の中で、自分が経験した感情は、本当の自分の経験として残っているのです。
もういないんだな。
それが紙上のことであっても、その感情は私にとっての現実なんです。
これからは、アルバムをめくるみたいに読むんでしょ。 やはりいなくなってしまった人の思い出を見るのと、いるひとの思い出を見るってのは、 大きく違うものです。
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