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| 2002年06月20日(木) |
笑顔 大阪旅日記その1 |
東京に戻る夜行バスを待つ前に、大阪駅の構内で、やっと公衆電話を見つけた。 何も話すことはないんだけど、テレカが使える間、何かお話して、とパパさんに 言った。
たぶん今回の旅行で得られたのは、娘の笑った顔を見られたことだ。 小さい頃の彼女の印象であまり彼女の笑顔って見たような気がしない。でも 待ち合わせ場所に彼女は早く来ていた。私も言った時間通りには着いたのだけど。 レストランの人がお待ち合わせですか?と尋ねてはいと答えた頃には、彼女は 席から立ってにこにこしながらこちらにやってきた。
そういえば、今日は高校時代の友達の誕生日のような気がする。電話したいなと 思うが、アドレス帳が見つからない。
うちのお父さんって冒険ができひんやろ、なんていうか、伝統を重んじるって いうか。。と娘が言うのが、面白いな、と思った。そういうふうに思っているのか。と認識を新たにする。冒険かー、と思う。 以前、彼女の父親が、アメリカ人の女の子とつきあったことがあるけれど、体力 的にかなわんかったみたいな話をしていたのを思い出したり、学生の頃、東京の どこかなかなかにもって柄の悪さ(?)で有名な場所に、ぼろぼろの格好で進入(?)したり、神戸のやくざの事務所に出かけていってやくざの人に褒められたとかいう話などを思い出した。古きよき時代の坊ちゃんの、まずはかわいらしい冒険というところだったのかな。私にはよくわからない。
でもとっさに私が娘に言ったのは、お父さんだって昔はけっこう冒険もしたのよ、 私はよく知らないけど、などという言葉だった。そういえば、今年になって最初に 電話をくれた時も、娘が、うちはやくざやから。。などと言っていたのがおかしな 気がした。
そういえば、彼女のおじいちゃまのお話では、彼が小さい頃、弟さんが怪我をした時に、おかあさんに電話で伝える時、今から話すことにびっくりしないように、と 前置きしてから怪我のことを伝えたという話、怪我をした弟さんに上着をかけて やったりする、まだ小さな子供の頃に、彼はそういう優しい男の子だったのだ。 大人になって、張り手で吹っ飛ばされて憮然とした私も、彼のデリカシーを疑った というわけではない。ましてそれを根に持って復讐するために知らないおじさんと モーテルに行ったというのが本心だったら、どんなにか救われるだろう。
彼女は冒険を夢見ているのかなあ。 冒険とはどういうものだろう??
そういえば、ある人の息子さん夫婦は、いろいろ心身も弱いところがあるけれど、 出産年齢も若くないけれど、子供を産むのは冒険だけれど。。と考えながら出産 したとうかがった。
何を考えとんねん、と怒られるかしれないけれど、私が関西に行ったのも、男の子に触ったこともなく、結婚のことなんてまったく念頭になかった少女にとっては、けっこう冒険ではあったのだろうか。ほかにどういう道があったかと考えても、 京都の西陣織の後継ぎさんのお見合い写真はハンサムだったなとは思っても、その気にならなかったのだから仕方がない。
モアイ島の巨石文化の遺跡のようなスポンジの玩具を娘にもらって、ホテルでそれを抱いて眠った。彼女のお父さんの鼻は割合それに似ている。私の鼻はそれほど高くないが、彼の鼻はそれほど低くないのだ。その高いモアイの鼻をえいえいっと へこますのが愛情表現なんて、しょうもないなと思う。でも、エクスタシーを初めて教えてくれたのは娘の父親だから、憎めないのはしかたなかろうと思う。
それにしても測定したら、体力レベルは最低だった。運動する前から脈拍数が100ある。また赤十字から血をくれと手紙がきたけれど、今はその気になれない。毎度のことだけれど、疲れたなんてものじゃないのだ。一生眠っていたい。
頑張らなくていい。神様はそう語っている。
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