�蠧�記
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父は車が通っていない横断歩道でも赤信号や黄色の信号の時に信号を無視して 渡ったりしない人だった。少なくとも私と一緒の時にはそうだった。 それで柳沢教授というのが私には懐かしく親しみを感じたのだろう。
車の運転も、40キロ制限のところは何がどうでも40キロ以上出すことはなかった。
それに比べると、母が50過ぎてから免許を取った時、母の運転に父はハラハラ 肝を冷やしただろうけれど、父の運転も人を煩わせないことは全然なかったね。
私は本当に不器用だ。愛するものを失ってしまう。器用に出来る時もあるのになあ、と父がつぶやいたことを思い出した。いつそんなことがあったのかな。
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