�蠧�記
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朝5時起きとか思っていたら、もう4時過ぎている。チャットで夜更かしではなくて。 今日は葬儀場へ。。。
そう言えば、娘が、自分自身のことを生産物と呼んだことについて私はそのまま流しているが。
とにかく、出かけなきゃ。
言葉づかいってやっぱり大事にしたいなあと思いました。自分の親族を、焼却する とかいう言い方をされるのは、いくら今まで世話になってきた兄嫁でも、ちょっと 神経を疑います。ホロコーストを思い出しちゃう。荼毘に付すとか言い方を選んで 欲しいと思ったけれど、これは私のわがままなのでしょう。喪主にこうであるべきとかあれこれ言うのは、やめておけと主人が言うので、言わなかったけれど、不愉快だったので、ちょっと愚痴を言わせて。だって今日の仏さんは私が子供の頃から とても大事に思っていた女性なんだもの。焼却するといわれるのは許せない。そういうことなら、あなたが亡くなって火葬場で焼かれた時は、ああ、焼却されたな、という気分になるわね、と思う。小姑根性だなあ。私はあの伯母みたいに優しくない。許して。だって私だって生活に疲れて、私って一体何?という感じで、ごきげんよう、と挨拶していたその同じ口で、夫にすごんでみせたりする。でも、本当にぼろはきてても生涯三つ指ついておかえりなさいませという雰囲気の言葉づかいしかできなかった女性を焼却されたくない。だって伯母は私の永遠の乙女なんだもの。小便くさい小娘という言い方があるけど、伯母はおしっこ臭かった印象がある。でも、いつでも誰でも暖かく迎える気持ちの人だった。イエスキリストの花嫁のような心栄えの人だった。経済的に家族に貢献したことはなかったかもしれないけど、私にとっては、どんなときでも、無条件で尊敬に値する清らかな乙女だった。実の父でも嫌いだと思うような中年の私を、彼女は何も知らずに姪として 優しい言葉をかけてくれた。彼女と何年か一緒に暮らしている間、彼女は一度も 意地の悪い側面を見せた事がなかった。 それにしても、体が焼かれて燃えて灰になって、珊瑚のような骨になる火葬。 土葬で肥料のようになっていったり。水葬とか、何が良いかな。 人が動くのは脂肪でも炭水化物でも燃えてエネルギーが出るんですよね。動くと 燃えて熱もでる。やっぱり自分を燃やしていくそこにはなんだかやっぱり一人一人 蝋燭の炎のようなものが灯っているのではないかと思うのだけれど、その炎一つが、明るい空に向かって、静かに放たれたのだと思う。
文化が違っても、もしある挨拶がその人のその部族の歓迎や最高の礼儀であれば、 自分と違った文化の人で違和感を感じても、私はそうされて感情を害したりはしないと思うし、ちょっと戸惑っても、もし言葉を交わせたりしたら嬉しい。 でもちょっとした些細な事で気を悪くしたりするのは文字通り茶飯事だなー。日本国内でも異文化のぶつかりあいってあるわけね。土葬が多いところと火葬の ところでは感覚が違うし、私も言葉づかいで人に不愉快な思いをさせたりするところもあるのは、無意識にも沢山あるだろうな。植え付けられた文化が何かを阻んだりすることもあるけど、自分の気持ちとか反応も面白いといえば面白い。いずれ 旅路の一里塚。
でもこんなところで愚痴るくらいなら、本人に直接言えばいいのにとも思うけど、 本当にみんなよれよれに疲れていたのだった。 亡くなった伯母が一番若々しかったかもしれない。伯母の若さと純真な優しさに 英気をもらおう。でも、あげさせていただいたお経は、聖書の言葉ではなくて、仏説阿弥陀経。 極楽往生のイメージで。彼女は美しい自然の場所とかを喜ばないかなと思って。 それにしてもどうしてもっと会えなかったのかな。祖母には今のうちに会いに行こう。
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