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2003年02月17日(月) ぼけ

今朝は息子学校の用意をして登校してみたら、先週の土曜日に授業があったので
今日はお休みだった。私はどうしても起きられなくて、え?きょうおやすみだったの?ふぁふぁふぁふぁふぁ、と寝床の中から力なく笑ってしまった。朝子供は鯛焼きを食べたと思うが、私は子供の再三の起きてコールに応えられず、昼過ぎの2時になってやっと、水泳教室の用意に動き始める。多分私には水泳をやめさせたくない気というのがあるのかもしれない。ゆうべ餃子だったので、残りの餃子を卵ワカメスープに入れて、餃子スープ雑炊を子供は中丼に2杯食べる。
今は水泳のテスト期間中のようで、それに合格して、できれば週に5回通えるようにしたいなどと子供は言っている。どんな道に進むやらわからないけれど、上達したい気があるのは嬉しいことだ。

ゆうべは胸の中を風が吹いて童謡を歌ってみたりはたまたお経を口ずさんだりして
いのちの電話というのを電話帳で探してかけそうになったが、幽霊のように旦那さんの枕元に立ってみたら、遊んでくれた。旦那さんはボランティア精神からかしら?諦観かしら?そんなこともないよね。おやじとぼけおばはんでも、せつないものがあるの。そういうことにしておこう。

土曜日は久しぶりに子供のクラスの親睦会に出ました。いろいろお世話になって
おります。先生もPTAもみんな真面目でいい人で、なんだかユーモラス。みんな大変だろうけどな。なんて言っている場合じゃなくて、私、いつも、ああ、いい人だな、って好感を抱いていたママさんの、お名前をまだ、わかっていなくて、ショックを与えちゃった。ずっと同じクラスの人なのに。本当に呆けなんです私は。やんなっちゃう。

でも、思ったんだけれど、お年寄りがぼけたようになってくるのって、例えば
息子の顔をわからなくなった、とかいう話聞くけれど、でも、本当にわからなくなったのか、認識している、わかっているんだけれど、ただ、伝え方で、誤解を与えただけなんじゃないか?などと、まだ私は思っています。

亡くなった母は子育ての中でどうしていたのかなと記憶を辿ろうとしても、快活な表情しか思い出せない。結構孤軍奮闘していたんだろうかな。楽しい事もあったんじゃないかな。

でも、親子でもやっぱり歩む道は全然違うのだと思う。


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