�蠧�記
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| 2004年01月06日(火) |
ごまあんもなか 恵信尼の手紙 |
私はあんまんの場合は黒っぽい胡麻の入ったあんまんがすきです。 ごまあんこの最中のほうが小豆あんの最中より好きなのですが、この最中は仙台とか一関付近でないとあまり出会えないと思っています。 トラやライオンよりも人間って食事一つにしても凝り性だなとごまあんをほおばりながら思うわけです。小豆や黒豆を炊かずにそのままがりがり食べていても一向構わないのに、あれこれと模索するものですよね。
昨日の夜はネットサーフィンで夜更かしだったので夕方少し眠りましたが、今夜は睡魔。ほなはよねえや。
快食快便で大腸がん検診も異常なかったけれど、子宮ガンのほうは送るのが遅れてまだ結果は出ていません。
またしばらく『妊娠していないかなわくわく』期間なので生理がきてがっくり沈没の精神状態からは浮上しているのですが、眠い。年賀状を出したい友達にもまだ 出していません。ごあいさつ不規則症候群です。せやからはよねえゆとんが。
主人は昨日初出勤でした。おとといはカレーと誕生日ケーキと紅茶。ゆうべは なますと牛タンなどでした。そうだ。元旦に義母が持たせてくれたほうれん草も おひたしにして頂きました。
どうか被災地の救助活動がスムーズになりますように。
子供の始業式前に学校の印刷機が使わせて頂けないかな。当番表というのを 配布しなければいけません。
七草の鉢植えに惹かれています。
そうだそうだ。今年は息子がやっとのことで何枚か年賀状を書いたのが昨年よりも進歩でした。宛名と住所を漢字で書くのが大変なのです。あれこれとうるさいことをいっていたら泣き出してしまいました。自分は泣き虫でも息子には男が泣くな と思います。それでも夜二人でポストに投函しに出ました。
そういえば、クリスマスコンサートの帰りに大道芸のブラスバンドの若者たち(面白い和服姿)の演奏を聴いていて、あるメロウな曲調のメロディの時にどっと 過去が走馬灯状態になって涙が溢れてしまいました。すると主人と息子が現れて、きらびやかなモニュメントの前で写真を撮ったりしてくれたのですが、お店に入ってご飯を食べているときに、彼らの方が泣きたくなってしまったということを伝えられました。
インドとパキスタンの首脳が会談いいねと思います。お隣さんは大事に致しませウ。おやすみなさい。
そういえばブラウザよりIMとかのほうが多いらしいですね。私は今ブラウザを使っています。マイナーかもしれないけれど、別にいいやと思います。
寝なくちゃ寝なくちゃと思いつつ、久しぶりに脇の本棚にあった『歎異抄 三帖和讃』(新潮日本古典集成)を手にとって読んでいるうちに面白くて眠れなくなりました。 この中の付録に恵信尼の手紙があることに気がつきませんでした。 80代の恵信尼の手紙はとても魅力的です。歎異抄は勿論ですが。 法然上人と夫親鸞とを夢の中で勢至菩薩と観音菩薩の化身と言われてその夢の話を法然のことだけ夫に伝え夫が確かに師は勢至菩薩の化身だと肯定してから恵信尼は夫を観音菩薩の化身だと感じるようになったという人柄。これは浄土真宗においては有名なことですが。 それにしても親鸞が悲痛な思いで息子善鸞を義絶した後、晩年恵信尼は親鸞とは離れて暮らすようになり親鸞の臨終には子供たちだけで恵信尼は見取っていないけれども、臨終がどのようなものであれ往生間違いなしという敬愛の念は変わらなかったのですね。
地村さんが北朝鮮のメンツを立てて何週間かで北朝鮮にまた返す(?)という 当初の約束を日本政府が違えたことを謝るべきだろうとおっしゃったとのことで、少しほっとしました。
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