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| 2004年02月21日(土) |
『とりかえばや、男と女』by河合隼雄 |
まだ辞令がでていないのではっきりしませんが、一応引越しの準備として、 必要でないものと不要なものを分けて不要なものはどんどん捨てていこうと しています。
先日皇居へウォーキングに行く途中のJR山手線の中で読んでいたのですが、 河合隼雄さんって心理学の先生かと思っていたのですが、数学科を卒業して おられる方なのですね。それで国際日本文化研究なんてすごいなあ。
私は結構ベルサイユのばらとかにはまった方ですが、親と話していてかなり恥ずかしい思いをしたので、そうしたことにはまったのは恥のように感じていました。 でも例えばヨーロッパでもジョルジュサンドのような人もあるわけですから、女性が男装するということの快感のセンスを理解している人は多いだろうと思います。
ところで山本周五郎の『菊千代抄』を論じているのがとても面白いです。ベルサイユのばらのヒロインも結構熱血なところがありますが、菊千代の育っていく過程での感情のほとばしりもなるほどなあというようなものがある。 べるばらのオスカルは女性であることを周囲も了解しているので割合穏やかですが、菊千代の場合は知らずに育てられ、隠さねばならなかったので、もっと激しい 葛藤がある。こうした場合のヒロインの羞恥心と激情はすごいが、実に愛らしい。
それにしても、菊千代を守ってあげたいと思う半三郎はアンドレみたいで、女性 から見たら理想の男性像ですが、菊千代もオスカルも純真だから守ってあげたいのであって、これを例えば妻が夫に半三郎のごとくあれ、と要求したら、だんなさんはたまったものではないでしょうね。
うちの旦那さんも大変だ。反省しよう。
あ、書き忘れましたが、やはりオスカルも菊千代も容姿も恵まれてたかもね。 かなしいかなこれは大きいとは思うのですが、人柄からにじみ出る美しさって いうのもあると思いますよね。いい顔してるね、って感じで、表情がいい人とか。 容姿端麗でもどうも今ひとつ表情がよくなかったりするとぶすになっていたり。 心から出てくるものってあるような気がしますよね。
まだ全部読んでいないのですが、ちゃんと全部通しで読みたいです。
今晩は八宝菜。
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