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2004年05月15日(土) 英語の勉強/不思議なメール/キャリアと人格否定について

 ゆうべはだんなさんのくびすじなどをあんましながら眠くなって12時前には眠ってしまったと思います。

 さて今日は。何をするかな。6月に英語のテストをすることになっているので、
英語にでも触れてみますか。

Frank Peters
(Filed: 05/03/2004)

Frank Peters, who has died aged 69, was a highly professional sub-editor with The Daily Telegraph, whose flair for light-hearted prose led him to become a popular writer in the Comment section's Sixth Column during the late 1980s.

In these he showed scepticism about promises to reduce the speed limit in London to 20 mph, and also puzzled over government requirements for safe driving on motorways. When the Education Secretary John MacGregor expressed concern about public ignorance of history, Peters wondered what he thought about his namesake Rob Roy MacGregor, whose activities contributed to the coining of the word blackmail.

For Peters gritty North Country values were undeniable, and efforts to glamorise the modern Englishman's dress were an indication of serious public unease. He also enthusiastically reviewed popular novels by Patrick O'Brian and Nigel Tranter and wrote letters to the paper from Latchley Halt, the old station that was his home in Cornwall.

Two favourite topics were the desolation being visited on his beloved Cornwall and sloppy thinking of the kind demonstrated by John Major when he declared: "When your back is to the wall, it's time to turn round and fight." "Why pick on the wall?" demanded Peters.

The son of a Royal Navy engineer room artificer, Francis Wishart Peters was born on November 15 1934. He went to St Bede's School, Sunderland, then joined the local newspaper before moving to the Northern Echo at Darlington.

He did his national service in the Navy, where he started to demonstrate his independence of mind. When it was announced that only half of those doing basic training with him would be going overseas, Peters broke into the administration offices. He saw his name was on the list of those for service in a home port, and transferred it to the list of those for service abroad. Later he served in the Mediterranean as personal secretary to an admiral in a cruiser.

Returning to journalism, he worked as a sub-editor on the Scottish Daily Mail in Edinburgh, then returned to Darlington, where he became chief sub-editor and then night editor under Harold Evans, the future editor of the Sunday Times. One of Peters's dicta in the 1970s, which came to embarrass him in a later age of slicker journalism, was: "We're here to write headlines, not crack jokes."

When Evans moved to The Times in 1982, he invited Peters to join him. Evans resigned within weeks, after falling out with the new owner Rupert Murdoch, but Peters made his mark; though when a colleague became editor of the evening paper at Plymouth, he left to become his deputy editor.

Both soon returned to London for the launch of Eddie Shah's Today newspaper, which broke the stranglehold of the printing unions on Fleet Street by introducing computer technology. After a year of unremitting toil on Today there was a change of editor, and Peters returned briefly to The Times before joining the Telegraph's features department, where he was immediately valued for his safe pair of hands and encyclopaedic knowledge.

A man of careful habits, who neatly laid out his pencils on the desk before him, Peters had a liking for tartan waistcoats, and occasionally a kilt, as well as highly polished shoes which went with Dundreary whiskers that seemed entirely appropriate when he was puffing a Sherlock Holmes pipe. In later life he deeply regretted having to give up smoking after damaging his lungs by sanding a floor without wearing a mask.

Peters, who died February 13, leaves his widow Maureen, a son and a stepson. There were two daughters from an earlier marriage.

Previous story: The Marques de Garrigues

 どうしてこんな記事をYahoo UKから引いてきたかといいますと、Frank Petersという署名のメールがきたからです。
 このお名前を私は存じませんので、いつものようにいろいろな怪しいメールのひとつだろうと考えはしたのですが、つまり、私が出したことのない差出人なのに
何々の返信だとか、もしかしてメールの配達の間違えじゃないの?というような
メールがよくきますからね。ですからこのメールをあけてはいないのです。注文したりしたメールについてはあけて内容を確認していますが、覚えのないメールをあけたために多額の請求がくるというようなことをよく巷のうわさで聞きますよね。
 ただFrom Frankというタイトルが、もしかして、自分は有名人で相手(つまり
私)は必ず自分の名前を知っていて当然だと考えている人なのかな、などとふと想像したりしました。それで名前を検索してみると、このお名前で本を出したりしている人はあるみたいだ。しかし、名前なんてどうにでもなりますよね。私だって
悠々という本名でない名前で物を書いたりしている。
 で、上記に今年の5月3日付けでFrank Petersという人に関する記事がYahooUK
にありましたけど、どうも2月13日に69歳でなくなったと書かれている。だから
このひとかどのFrank Petersさんがあの世から私にメールを送ってこられたとは
考えにくい。生きてらっしゃるかたが、私はフランクピーターズである、このメールはフランクからである、というのは、どうもおかしいような気がします。私も
幼馴染にメールするのに、私であることを知らせるために、本名をタイトルに書いたりすることはありますが、しかし、私にはフランクピーターズさんという知り合いはないので、やはりどうも開けてみるきにならないのです。たとえどんなに有名な方であっても。あるいは一点の曇りもない友情の手紙であっても。私は既婚夫人ですしね。
 でもおかげさまで英語の勉強にはなりますよね。

 小泉首相が北朝鮮にまた訪問することになったようで、平和的な解決と埒らち被害者の方の全員の解明がなされるように願っております。

 今日は娘のお父さんのお誕生日だ。円満なお顔のお宮参りの写真を思い浮かべております。

 で、上記の英文で少し疑問に思った言葉を辞書で引いてみました。

coin [kin]
━━ n. 硬貨, 貨幣; 〔話〕 金.


・pay (…) (back) in his [her] own [in the same] coin (人に)しっぺ返しする.

・the other side of the coin (物事の)反面.

・two sides of the same coin 同じ事の裏表.

━━ vt. (貨幣を)鋳造する; (新語を)造る.


・coin one's brains 頭を使って金をもうける.

・coin money [it] / coin it in 〔話〕 ((普通進行形で)) どしどし金をもうける.

・to coin a phrase こんな言葉はありませんが ((新造語を使う言い訳)); 〔戯言〕 陳腐な言い方ですが.

bláck・màil
━━ n., vt. ゆすり(取る), 恐喝(する); 脅迫して…させる ((into)).

 上記のFrank Peters氏に関する英文の二番目のパラグラフに、下記のような
文章が出てきます。

When the Education Secretary John MacGregor expressed concern about public ignorance of history, Peters wondered what he thought about his namesake Rob Roy MacGregor, whose activities contributed to the coining of the word blackmail.

 ここに、coining of the word blackmailというのがありますが、これについて
辞書を引いてみたわけです。

 それから、namesakeも引いてみたいな。

náme・sàke
同名者 ((特に,他人の名を取って名づけられた人)).

 
 フランクピーターズ氏は作家として人気が出た。
 彼はロンドンで車の制限速度が一時間に20マイルであることや車の安全運転に
ついての英国政府の規則について懐疑的であった。
 一般的な歴史について無知なのではないかとジョンマグレガーという教育庁長官が懸念を表明したのであるが、ブラックメールという新語が作られるにあたってその活動が多大な貢献をしたブラックメーリストロブロイマグレガーとご自分が同姓であることについてジョンマグレガー氏はどうお考えになるかしらとピーターズは考えていたのだった。

 ところで、私が出していないメールの配達失敗とかいうメールが返信という形でくるのですが、どういうことかな。私のIDで誰かがどこかにメールしているということかしら?まあ番号だからうち間違いってあると思いますが。

 ところで、ぜんぜん話は変わりますが、皇太子様ご夫妻がずいぶんといろいろと
悩まれたことについて、宮内庁の人たちに落ち度があったとは思われません。
 皇室の人たちに対していじの悪い見方をしている人が宮内庁の仕事で生きがいを感じられることも難しいと思いますが、ご夫妻の悩みについて完全に把握していたとはいえないでしょうけれど、そのことにひがあるとは思われません。
 こうした時代にあって誠実な人であればいろいろと悩むことがないほうがおかし
いでしょうし、周囲の人が温かく見守ろうとしていても、自分の置かれた立場などについていろいろ悩みが出てくるのは自然だと思います。
 宮内庁の人たちはお二人が快適に過ごせるように心を砕いてきたと思いますし、
それでも人はいろいろと悩むものです。
 皇太子様がひとこと妻のキャリアや人格を否定する動きもあってずいぶんと悩みましたとひとこと正直に言葉を選んで伝えられたからといって、短絡的にその責任の所在はどこにあるんだと断罪するのはそうきゅうに過ぎます。それでは皇室の人は何も自由にお話できなくなってしまう危険性があります。
 自分も自分の立場や周囲の人との関係で傷ついたり悩んだりすることがあるけれども、やっぱり皇室の方にも悩みがあるんだなあとわかって差し上げればそれでいいのではないでしょうか。
 そういえば、雑誌を美容院かどこかでぺらぺらとめくっていて、美智子さんは
キャリアなしで皇室に入られたけれども雅子さんはキャリアがあったから余計に
難しいところがあるのではないかというような記事を目にしたのを思い出しますが、皇太子さんはそうした雅子さんを見初めて愛しておられるのですから、ほかのひとが何かいったからといって今までの自分を否定するように思われたりする必要はないし、外交官として立派にやってこられたことでただ私はなにもわかりませんのと笑っていられない頭脳をお持ちだとしても、その頭脳を殺す必要は毛頭ないことですよね。

 ところで、女子バレーオリンピック出場決まったんですね。うれしいな〜!

 今日はそば米っていうのでそば米ぞうすいを作ってみたいと思っています。
 おいしいと思うぞ。
 鶏肉を入れたいとも思うけど、今日はないのよね。豚肉のミンチでいくかな。
あと、あるのは、大根とにんじんとほししいたけ。おふもあるかな。卵あるな。

 青池保子さんの漫画をアメリカの熟女さんたちもわくわくしながら楽しく読んでいるんだなあと思われるサイトがあって、喜んでいます。I am a fan of the cimics of Yasuko Aoike.I respect her loving sense on human beings.

 しかしこのごろは現実のほうが怖いので、こうした虚構の世界で楽しく遊べる
ことが貴重ですね。夢と現実を混同しまわれると怖いものですね。

 ところでスタバフリークだという人のページを見て、スタバっていったいどんな
お店のことを言うのだろう?と思っています。

 今日は本当に思う存分ネットサーフィンしているかも私。

 コーヒーとか飲めるみたいだな。いろいろな飲み物がありそうだな。スタンドバーの略?

 悠々おばちゃまは世間知らず。というか、単にスタバというのがわからないというだけのことです。発散しまくりで申し訳ない気もするけど。

 わかった!なあんだ。スターバックスのことか。それなら私だって入ったことあるじゃない。

 それにしてもうちの息子今朝は早起きだったけど、午後からよく眠ること眠ること。やっぱりけっこう疲れてるんだな。

 さて、私の徳島出身の祖父が子供のころ食したかもしれないそば米ぞうすい。
 うまそうじゃん、もっといれろもっといれろ、とパパさんが言うのでどぼどぼと
そば米いれたら、ホットプレートのなべからつゆがこぼれそうだ。豚のひき肉なので、ちょっとしょうが入れてみるかな。にんじん大根ほししいたけにすき昆布に
そば米。それにおいがつおつゆに







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