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この頃無料占いにはまりすぎのような気がします。
もともと占いって親鸞さんが嘆かれるような迷信状況であることは感じていましたが、禁煙じゃないけれど、なかなかに中毒症状になっています。不安で指針が欲しいのであれば、一つくらいにしておけばいいのに、一度に何種類もしようとする。 そうしたら同じ自分の同じ日のことを、こちらの占いはこういう、そちらはそういう、あちらはああいう、という感じで、それとこれとはまったく正反対に近いものだったりするのに、当たっているいない構わずにする。エンターテイメントだという言い訳もある。何かほんわかした励ましの言葉が欲しいのだと思う。実際それを見ても聞いてもそのアドバイスに従えるわけでもないのだ。相矛盾した二つ三つの感情や方向性の中でバランスを取ろうとして、気を紛らわす。でもこれはアル中とかニコチン中毒のように知らないうちに自分を蝕んでいるような気もする。占い師さんを詐欺師のようには思わない。人は何か指針が欲しいことがあるものだ。でもこうしてシャワーのように占いを浴びていても本当の安心は得られないような気がする。自分で考えることを放棄している状態なのではないかと思う。一つには親鸞さんの 影響下から出てみたいという気持ちがあったから。世俗的な価値観の息吹が欲しかったから。でも余計自分を見失っていたんじゃないかな。 そう感じてやめようとしてもこれがなかなかやめられないのだ。 ちょっと心が幽霊さんのように心もとなくなっていないかな。もしやめたらパニックになるだろうか。ただほど怖いものはないというのの地で行って いないかな。やめてみたい。
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