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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 彼岸(ひがん)とは雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のこと。また、この期間に行われる仏事(彼岸会)のこと。
元々は煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」という。
目次 [非表示] 1 由来 2 供物 3 きな粉と胡麻 4 関連項目
[編集] 由来 彼岸の仏事は浄土思想に由来する。浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられていた(西方浄土ともいう)。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。元々は中国から伝わったもので、心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)だが、日本に伝来後いつの間にか法要を営み祖先を祀る行事へと変化した。
806年(大同1年)、日本で初めて彼岸会が行われた。 このとき崇道天皇のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と日本後紀に記述されている。
[編集] 供物 日本で彼岸に供え物として作られる「ぼたもち」と「おはぎ」は同じもので、炊いた米を軽くついてまとめ、分厚く餡で包んだ10cm弱の菓子として作られるのが一般的である。これらの名は、彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来すると言われる。
[編集] きな粉と胡麻 1271年(文永8年)9月12日、日蓮が鎌倉の龍ノ口の刑場へ引き立てられていった。急を聞いた桟敷の尼が、なにか最後のご供養をと考えたが、急であったため餡をつくる時間が無く、きな粉と胡麻をまぶして牡丹餅を作り日蓮に献上したという。日蓮は、難を免れ佐渡に流罪となった。この故事にちなみ陰暦9月12日、日蓮宗では「御難の餅」という胡麻のぼたもちを作って供える。また「難除けぼたもち」「首つなぎぼたもち」などと呼ばれている。
今日はサウンドオブミュージックのトラップ一家のモデルマリアさんのお話をテレビで拝聴しながら、少し掃除ができたので気持ちがいいです。
まだちょっと手はかじかむけど、いいお天気。風を通す。
事故は怖いですね。
チューリップの葉が球根から出てきているんですが、まだつぼみは見えません。いつ頃咲くものかな。
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