�蠧�記
DiaryINDEX|past|will


2007年08月09日(木)

mokuyoubi

 ところで、ハワイ勢には高見山ありだったな。

sate,久しぶりに、アラビアンナイトについて。内容

妻の不貞を見て女性不信となったシャフリヤール王が国の若い女性と一夜を過ごしては殺していたのを止めさせる為、大臣の娘シャハラザード(シェヘラザード) شهرزاد が自ら王の元に嫁ぎ、千夜に渡って毎夜王に話をしては気を紛らわさせ、終に殺すのを止めさせたという物語が主軸

《むね上げ》(the ceremony of) the erection of the framework of a house; 《方針》a principle.
・〜と本音 professed intention and real intention.

professed intention 韓国語にはない??建て前がない??本音だけで生きている?

 北 一輝(きた いっき、本名:北 輝次、明治16年(1883年)4月3日 - 昭和12年(1937年)8月19日)は、昭和初期の思想家・社会運動家。

本名は北輝次(のちに輝次郎)であるが、中国の革命運動に参加し中国人革命家との交わりを深めるなかで、いつしか中国風の名前「北一輝」を名乗るようになったという。尚、彼の名前は、普通「きたいっき」と読まれているが、正しくは「ほくいっき」と読む。右目は義眼。このことから「片目の魔王」の異名をとる。

目次 [非表示]
1 生涯
2 死後の評価
3 宗教
4 著作史料
5 参考文献
6 関連
7 外部リンク



[編集] 生涯
新潟県佐渡島両津湊町(旧両津市、現佐渡市)の酒造業・北慶太郎の長男として生まれる。父慶太郎は初代両津町長を務めた人物。弟は衆議院議員の北�叉函�

明治30年(1897年)旧制佐渡中学校(新制:佐渡高校)に1回生として入学、3年後目の病気となり退学。明治34年(1901年)7カ月、新潟の眼科院に入院する。上京し幸徳秋水や堺利彦ら平民社の運動にも関心を持ち、社会主義思想に接近する。明治36年父が死去。10月「輝次郎」と改名した。『佐渡新聞』紙上に日露開戦論、国体論批判の論文を発表する。弟北�叉箸�早稲田大学に入学すると、その後を追うように上京、同大学の聴講生となる。有賀長雄や穂積八束といった学者の講義を聴講し、著書を読破すると、さらに図書館に通いつめて社会科学や思想関連の本を読んで抜き書きをつくり、独学で研究を進める。

この成果は、1906年(明治39年)刊行の処女作『国体論及び純正社会主義』(『國體論及び純正社會主義』)に結実する。内容は法学・哲学・政治学・経済学・生物学など多岐に渡るが、それらを個別に論ずるのではなく、統一的に論ずることによって学問の体系化を試みた所に特徴が有った。即ち、北一輝の「純正社会主義」なる理念は、人間と社会についての一般理論を目指したものであった、ということができる。

その書において最も力を入れたのが、通俗的「国体論」の破壊であった。同書は、天皇機関説の考え方を基礎として天皇の神聖視を支配の根拠とする藩閥官僚政治への厳しい批判をおこなっていたため、刊行後ただちに発禁処分を受けることになった。

その失意のなかで、北は宮崎滔天らの革命評論社同人と知り合い、交流を深めるようになり、中国革命同盟会に入党、以後革命運動に身を投じる。明治44年、宣統3年10月、宋教仁からの電報により黒龍会『時事月函』特派員記者として上海に行き宋教仁のもとに身をよせる。大正2年、中華民国2年(1913年)3月22日、農林総長であった宋教仁が上海北停車場で暗殺され、その犯人が孫文であると新聞などにも発表したため、4月上海日本総領事館の総領事有吉明に3年間の退清命令を受け帰国した。この経験は『支那革命外史』としてまとめられ出版される。大正5年上海の北四川路にある日本人の医院に行った。大正8年、中華民国8年(1919年)そこに出入りしていた清水行之助、岩田富美夫らが日華相愛会の顧問を約40日の断食後の『国家改造案原理大綱』(『日本改造法案大綱』と1923年に改題)を書き上げている北に依頼した。大正9年、中華民国9年(1920)年8月に上海を訪問した大川周明や満川亀太郎らによって帰国を要請され12月31日に清水行之助とともに帰国、1921年1月4日から猶存社の中核的存在として国家改造運動にかかわるようになる。

「日本改造法案大綱」(発禁)は、二・二六事件の首謀者である青年将校の村中孝次、磯部浅一、栗原安秀、中橋基明らに影響を与えたと言われている。二・二六事件の理論的首謀者とされ、愛弟子の西田税とともに処刑された。宮本盛太郎らの研究によれば、北は計画自体を知っていたものの、時期尚早であると慎重な態度を取っており、指揮等の直接関与は行っていなかったとされる。真崎甚三郎大将ら皇道派の黒幕が予備役退役の処分で済んだのと較べると極めて重い処分である。


[編集] 死後の評価
かつては右翼思想家として評価されることが多かったが、『国体論及び純正社会主義』は社会主義者河上肇や福田徳三に賞賛されていた。『日本改造法案大綱』はクーデターと憲法停止が特色と見られているがそれはあくまで過渡的なものであり、強権による改革の後には社会民主主義的な政体の導入を想定していた。こういった点は戦後のアメリカによる日本占領政策と共通する。このように北は単純な国粋主義者とは括れない側面をもっていて、久野収は「ファウル性の大ホームラン」と北を評している。

また、政治家の岸信介は、北の「国体論」などから強い影響を受けていたという。


[編集] 宗教
法華経読誦を心霊術の玉照師(永福寅造)に指導され、法華経に傾倒し日常大音声にて読経していたこともよく知られている。北一輝は龍尊と号を持つ。弟の�叉箸砲茲襪函崙醋橘�法蓮華経」と数回となえ神がかり(玉川稲荷)になったという。

『北一輝 霊告日記』松本健一 編 第三文明社 昭和62年 ISBN 4-476-03127-7
昭和4年4月 - 昭和11年2月28日に妻のすず子が法華経読誦中神がかった託宣を自ら記録したもの。
北の日蓮理解や法華経帰依の契機などは、彼の天皇観とともに依然として定説がない。

また、建て前と本音についてですが、韓国語で、建て前とは、びょみょんさんえてど?professed intention?嘘ってこと?絵空事?真のインテンションと違う?

で、何?インテンションって。

in・ten・tion [intn()n]

━━ n. 意図(したもの), 意思, 目的, 意味, 趣旨; (pl.) 結婚の意志; 【外科】癒合(ゆごう).

・good intentions 善意.

うんうん、意図しているところでしょ。本当に意図しているところが、本音。建て前は?

pro・fess [prfs]

━━ v. 公言[明言]する; 自称[主張]する ((to be)); …の風をする; (…への)信仰を告白する; 専門の職業とする; (…の)教授である.

信仰告白されたところの意図?公言されたところの意図。法華経への帰依?
この人の考え方が東北などの貧しさを見た青年将校に影響。

おにいちゃん、若い頃、こんなことについて、友達と議論していたのか。北一輝ね。

で、建て前としては、法華経への帰依。本音は?

a,今日は、長崎か。。

それにしても、汗が出る。暑い。

で、スケジュール表はどこへ行ったのだ?

2時か。木曜日。九日。八月。

そういえば、高見山のダンスもなかなか楽しかった。

それにしても、削除するのも時間食うんだよなあ。浮世の渡世か。

ところで、911Fahrenheit以前はちょっと大統領が気の毒な気がしたのに、今回ネットで見てみたら、力作。自分がある同じものについていつどういう風に感じるようになるのかわからないというか、年齢と共に感じ方も見る側面も変わってくるんだなと思わされました。

今日は午後3時過ぎにクーラーにすがりました。西日って結構きついものがあります。

明日はプラスチックごみ。

さて、夕飯のおかずは。うな丼食べたくなったな。

《到着》arrive ((at, in)); reach; 《受け取る》receive; 《手などが》reach; 《願いなどが》be realized [fulfilled, heard].
・手の〜[届かない]所に within [beyond] one's reach.
・60に手が〜 be almost sixty.









youyou |MAIL

My追加