�蠧�記
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2008年12月24日(水)

クリスマスか。10代の頃のクリスマス会は楽しかった。先日あの頃の学生さんが文化勲章を授与されているのを最近テレビで拝見したのを思い出した。30年前とあまりお変わりなく快活で、生物の研究は奥が深く興味は尽きないもののようだった。そういえばあの方は新潟出身の方だ。奥様とお子さんができたての頃に遊びに来られて、(奥様も優秀なので)家事なんて絶対しないだろうと踏んでいたんですが、結構やるもんですねえ!なんて笑っておられたのが懐かしい。あの頃は父も健在だった。お若い頃は、上役の教授とそりが合わなくてよく別の研究機関を渡り歩いたなんていうお話もあったが、専門分野に興味が尽きなければみんな笑い話でいけるんだろう。もうお孫さんもおありなんだろうな。一度うちの両親がお見合いの話を勧めたことがあったが、やはりご自分で見つけて奥様になられた方のお子さんとのお写真の方がずっと素敵だった。
お小さい頃はトンボ取りに興じたりされていたのだろうか。

しかし起きて座るのはしんどい。横になろう。

どうして起きたのだろうか?

ああ、そうだ。以前、私を雇用しようとして下さった気のいい青年があった。アフリカで動物を研究していてマラリアになりかかった美貌のアメリカ青年だ。絵描きさんでもあった。やる気さえあれば、国連大使にもなれる。その青年がいろいろ自由に生きられる道を教えようとして下さったのだが、私は乗れなくて落ち込んでいたことがあって、イエメンの青年に、気をつけてよ〜と言われたのだった。君日本のやくざって知ってるの?刺青彫る人新潟にいるんだよ、刺青彫るアメリカ人の女の子あるんだよって。
赤十字の難民キャンプで食うために男の人に体を売っているという女の子のメールにも考えさせられたが、その女の子と私との違いは何だっただろう?その女の子もご両親はもうなかった。私にもなかった。しかし私は子供を生んだが、彼女はまだ子供を育てられる状況ではないようだった。男の人に体を売ってもらったお金で食べ物を買ってがつがつ食べたところだということだった。悲鳴のようなメールだった。戦争は絶対しちゃいけない戦争が起こるとこういうことになるんだ、と彼女は言った。

そういうのの99パーセントは詐欺だとイエメンの青年は言った。僕沢山騙されたことあるもんって。それを思い出した。

私は難民キャンプから出てきて体を売って生きていた女の子の生き生きしていた頃の写真と暗い表情の写真を見た。お父様のお葬式の写真も拝見した。
私は彼女が私を騙そうとしたとは思っていない。でも彼女とメールしていて、自分の子供のことができなくなったので、私にできることって小さいと
感じさせられざるを得ないだけなのだ。
私ももう体も売れないと思うし。何故かっていうと、娘の父親がそれを望まなかったからだ。でも私は売らずに済んだか?私の父が僕じゃ駄目なんだと言って私を今の主人に頼んだのは、あれは売られたわけじゃなかったのだろうか?父は亡くなる前、酸素が無くなった金魚のように口をぱくぱくしていた。父はあんなに苦しまなければならないような何か悪いことをしたことがあっただろうか?

上野の鰻屋さんでパートをしていた頃、どこかのやくざの親分さんがお客さんで、若い頃、そこのおかみさんがうな丼を食わせてくれた時のあり難さが忘れられないというお話だった。
私がそこの鰻やさんをどうして辞めたかと言うと、同年代の女の子が年配の女性に対する激しい言葉を私に当ててくるのに疲れただけなのだ。
うちの主人は若い頃同僚の人と上司の人のものまねをして陰で笑い合っていたということだが。

結局私は閉じ込められているわけでもないこの部屋の中で、うちのわんこと同じように旦那に食べさせてもらいたいだけなのだろうか?

騙す騙されるということがどういうことなのか、私にはまだよくわからない。私は騙されていたい。でも、私に騙されたと思っている人もあると思う。期待しないで生きようとしても、無意識に何か期待していることがある。

それにしても、子供の頃の水炊きクリスマスが楽しく思い出される。ふうちゃんは元気だろうか。息子さんも大きくなられたんだろうな。

私にはもうマラリアの予防注射でもなんでもして旅行に出たりする元気はないのだろうか。インフルエンザの予防注射はされたけれど、高熱が出ないのも何だかさびしい。でもお天気の今日、出かけるよりも、ベッドに横になりたい。

息子は受験生だが、ゲームに夢中になっている。

サンタさん、うちには来ないよ、と言いながら、窓拭きをしてくれた暮れもあったっけ。促せば洗濯物も干すようになった。テレビに興じながら。

娘がお腹にいた頃は、毎朝お経をあげたなあ。こっくりこっくり居眠りしながら。

しかし、子供にできることって何だろうか?生まれた時嬉しかった。10代の頃は私自分が子供を生むなんて夢にも思わなかったから。不思議だった。それだもので、10人でも生めるなんて言ったことがあったが、今思うと正直なところ、もう一度出産に耐えられるとは思えないのだ。ERで太ったおばさんが妊娠に気付かなくて産気づく場面があったが、いいなあと思う。私にはそんなことはないのか。私はうちのかみさんじゃなくて、おかあさん。

何か目からうろこみたいなことないかなあ。羽が生えたり頭に輪が出たりしないかな。朗らかになるようなことないかな。雪も降らないのか。


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