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やっと少し心身の不調が落ち着いた。欠伸が出るのが最高。眠ろう眠ろう。
好きなだけ湯船に浸かって。入院してもいいけど、見舞いにはとても行ってられないよ、一人だよ、と旦那さん。うちの旦那さんは声を聞いたり現れたりすると部屋がぱっと明るくなる人なのだ。ま、私にとってね。だからうちでごろごろしていよう。私がそうしたからって刑法にはひっかからないと思うよね当然。
ということで、どこかでパジャマも着ないと私の色気の無さに文句を言っていた旦那さんがあったが、私はパジャマや着物をを着るとよく眠れないので、久しぶりに何も着ないで眠らせてもらった。どこだったか東欧の学生さんが何も着ないで眠るとテレビで語っておられたが、私も10代の頃から誰に気兼ねもなく裸で直に布団をかぶらないと眠れなかったのだ。羽毛などではなく、綿の布団が湿気を吸って煎餅布団になってずっしりと重たくなったのが最高だ。軽い布団では物足りなくて寝心地が悪い。我が家は雅の出ではないですし。暖房は切って冷たい空気の中で、しんしんと寒ければ毛布など使うけれど、ゆうべは理想的な煎餅布団ではなかったが、裸が直にひんやりした布団にあたるというのが最高である。その布団の中の精神空間は自由。 西の方では豪華なダブルベッド用の様なお布団が新婚に用いられるということだったが、私の子供の頃の布団は重たい煎餅布団だったのだ。眉毛などを剃ったこともなかった。
この頃息子が、髪伸ばすの?と盛んに聞く。結婚してからショートカットの時が多くて、伸ばそうとしても途中でまとまらないと思って挫折することが多かったが、最近はポニーテールにできるくらい伸びた。白髪が目立つようになったが、まだ黒い部分の方が大勢だ。 私の髪が今までに一番長かったのは、2,3歳の頃と高校生の頃だけだった。高校の頃は三つ網で登校するのがその学校の先生にあまり身だしなみについて目をつけられたり叱られたりしないで済む道だった。
ところで、アラブの留学生は、うちの主人が新婚旅行にかぶって行ったような帽子をかぶっていた。彼の故郷では男性はターバンを巻いたりしているのが普通だということだが、新潟市の街中のデパートで彼はやはり帽子をあれこれと眺めていた。うちの主人も結構気に入った帽子などにこだわりを持っているようだ。私の父は帽子をかぶったことは無かったので珍しかった。
父方の祖父は白いスーツを着たりしてしていたが、父のトレードマークは 眼鏡で、眼鏡をしていない時の父はほとんど見たことがなかった。
アラブの留学生と同郷の女性は、上品で可憐なネッカチーフを身にまとっていた。美しいお顔立ちの上になかなかにお洒落だ。彼女も故郷では目だけしか人に見せずにお顔を隠しているということで、私がお茶を飲んだことがあるSさんのお母様もお姉さまも黒いネッカチーフのようなあの布で、お目目だけしか他所の人には見せないということだ。彼女(留学生?日本に医学を学びに来ている人の奥様?)とはナイストゥーミーチューしか言葉を交わせなかったが、お話してみたいなあ。それにしてもあの若いカップルはなかなかに美男美女だった。
彼等の国を舞台にした映画を一つイギリスアメリカ経由で買ってみた。しかし思うにあれは、英国人青年の眼を通して描かれたイエメン文化ではないだろうか?女優さんはイエメンの女性は顔を出すのを怖がるのでレバノンの女性が演じているということだった。
そういえば、舞妓さんたちが外国の人に追いかけられているということだが、私だってアラブの女性とお茶飲んだりしてみたいものなあ。それにしてもイエメンが舞台の映画の中の女性たちは結構のびのびとしていて、心優しい若いアラブの青年はなかなかに翻弄されているようだった。
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