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20年以上煙草を吸い続けて、煙草は嗜好品だと思っていたけれど、買いに出るのが億劫になってから今日まで、一体何ヶ月経ったのだろうか?昨年の秋には吸わなくなっていたと思う。その後、一箱くらい煙草買ったかな? でも買い物も家事も煙草も、本当に億劫になった。でもまだ死にたくはない。死にたくはないし、苦しいのも嫌だ。当たり前だ。苦しいのを嫌がるのは生き物として元気な証拠だ。
最後の頃は、煙草を吸った後で吸った部屋に入ると、自分でも煙草臭いのが快く感じられなくなっていた。 タールが茶色く(黒く?)肺を覆っていることを考えると、というか、喫煙マナーを守っていても、人だけでなく、自分自身の肺を苛めていることを否定できなくなってきていたような。
コンピューターやエアコンなどでも、時々埃を掃除してやらないと熱を持って効きが悪くなる。私の肺も、コールタールがべっとりついて性能が悪くなっていると思う。体調は急には良くならないが、何とか生活習慣を改善したいと思う。
でもこんな風に多少元気に意欲的になると、周囲とぶつかった時、又煙草に走りたくなりそう。それをやめて、そのエネルギーを、何に注ぐかな。とりあえずヨガか柔軟体操をして筋を伸び縮みしないと、どんどんあちこちが硬化する。悲しい時も寂しい時も一人でもヨガ行者。別にお山に篭らなくても、離婚して出家しなくても、いまここでヨガ行者にはなれる。うちのおとうさんは私にお布施してくれているから、出家するのは難しいな。
でもこんな風に思っていても、腹が立つといっぺんに忘れちゃうのよね。 今はとにかく、吸殻がたまると、後始末が面倒だから吸わない。外食で吸えるところでも、やっぱり煙草吸うと食事は美味しくないので、吸わなくなった。食事の生ごみの掃除も面倒。でもまだ食事は楽しみだから、掃除洗濯は仕方ない。食欲をもう少し抑えるにはどうしたらいいのか。
今朝も夫に起こされてやっと起きる。まったくしょうもないやつだ。浅田真央ちゃんの爪の垢でも煎じて飲みたい。今私が死んだって十分世界は回っていくだろうけど、それでも私は自分が生きるに値しないとは思わないの。 もし死にたかったらいつでも身を投げて死ねるようなところに住んでいるのに、私はびちゃっと潰れたくないんだもの。今の百倍くらい体を壊して脳味噌も呆けなければ、とても天国には行けない。まだ人生は捨てられない。まだ私は自分の脳味噌の1パーセントも使ってないんじゃないかと思う。なんて 言っているうちに、後50年くらいさっと過ぎてしまいそうだ。 娘が彼女自身の事を、現実逃避型と言っていたことがあった。私にもそういうところはあるが、現実逃避もたまにはいいと思う。
今は血圧のお薬を飲んでいるから眠れるのかしら?この頃結構毎日寝る前に主の祈りかなんか唱えちゃっているのよ私。まったく悔しいけど笑っちゃうね。教会に行く元気はまだないんですが。血が普通の人の6割くらいしかなくなっているそうなんですけど、貧血が治ったら、教会のコーラスに参加したりできないかな。
と書いていたら、夫がお昼にマックバーガーとコーラを買ってきてくれました。これってメタボに勧められている食品じゃないかもしれないけど、有難いことなので、食べて働いて運動しよう人生をもっと楽しませて頂きます。
そういえば、今朝日本のテレビにヒューグラントさんが寝起きみたいなヘアスタイルで出演しておられて、親しみが感じられる素敵なお人柄のように思われました。私は割りとすぐころりと人に好感を抱いてしまいます。人が良すぎる。ということは、**だということ?でも、好感を抱いたからといってすぐ短絡的にならなくなるところが、年を取ることの素晴らしさだということにしたい。
いつのまにか10年経ってしまうんだな。
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