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高麗の首都の開京(現在の北朝鮮の開城市)の礼成江河口の国際貿易港だった碧瀾渡でアラビア商人が賑やかだった。『高麗史』の記録には1024年(顕宗15年)と1025年(顕宗16年)、1040年(靖宗6年)に大食国(アッバース朝)の商人らが高麗に入朝し、産物を献上したと記されている。高麗はアラビアから水銀・香料・ガラス工芸品・珊瑚を輸入した。この時代に高麗の名称がヨーロッパに知られ、アラビアの商人が高麗(コリョ)を「コリア」と呼び始め、今の朝鮮を指す英語表記「Korea」になった。 うぃきぺぢあより
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