�蠧�記
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2022年03月02日(水)

 確かに私がプーチン大統領に勝手に親しみを感じていたのは間違いだったかもしれない。
原潜事故で亡くなった青年のお母さんに罵られていたプーチンさんが返す言葉が無くうなだれていた姿が気の毒になったのだ。
 まるで私の婚約の後逝ってしまった青年の死を悼んだ私の母が、臓器移植で訴えられている外科医に自分の病をたくしたみたいに、ある種の女って心ならずも悪い事をしてしまう青年ワルだったという青年に
弱かったりするようだ。
 しかし私は間違えてはいけない。正しく生きるより楽しく生きよという僧侶があるが、女はやはり善くありたい。母親であればなおさら。
 私はごく小さい頃小学生の頃に、英国や米国のスパイ映画等を、年の離れた兄たちにくっついて見に行ったりしたが、私の両親も結構愛国者だったが、プーチン少年のように本当にKGBで働くために
小さい頃からこつこつと頑張って実現するというような人生は、どうも身近には感じられない。

やはり違う世界に生きてきた人なんだなと思う。できればメルケル女史のようでありたいよ。

 外交官になりたいの、と言っていた女子学生に学校のキャンパスで出会って、ああ、そういう道もあるんだな、と見上げたくらいだ。看護士も女医も目指した事が無い。

 一方、お笑い武軍団の一員だった人が政治家になったというのも晴天の霹靂だったが、コメディアンを目指す人生というのも共有した事が無く、従ってコメディアンだったゼレンスキー氏が大統領になるというのも、私どもとは全く違う人生。

 うかつには親しめない。
 なぜもっと本気でコメディアンの道を深めようとしなかったのか、残念な人だという気がしてしまう。
しかしウクライナ国民が選んだわけだ。

 私が子供の頃、母親は比較的隣人と仲良くしていた方だったのではないかと思う。母は十代の頃モンペ学徒動員だったから、空襲が無いだけでも幸せだったのかもしれない。

お隣の奥様のところにお茶を習いに行っていたし、私もくっついて行った事かある。

強力な経済制裁が必要というが、北風政策ではプーチン大統領はコートを脱げないだろうな。
、太陽政策をうたった人もあまり成功していないけど。
やはり
私は日本人だけれど、セイラームーンというのは見た事がなかった。しかしセイラームーンの月にかわっておしおきよ、というのに、結構はまっていた少女たちがあったとは、フィギュアスケートのエフゲニアメドベージェワさんの女子高生スタイルの演技を拝見するまで知らなかった。

本当に聞いてみないと人の人生ってわからないものだ。聞けば共感できるとも限らないし。。

どげんとせんといかん、と考えて政治家になった人ならウクライナ大統領の気持ちがわかるか?

今は数奇な運命の人が多い気がする。

去る者は追わず、来るもの拒まず、という生き方をプーチンさんもきっとしたい時あると思う。でも
ウクライナまでNATOに行きたいだなんて。許せないのか?
お前らいくらでも言いたい事言え、行きたいところに行け、と泰然自若としているわけにはいかないか?


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