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今日はひな祭りか。。桃の節句。
そういえば、息子が全く親の夫婦喧嘩にタッチしないというのは違ったかな? いつか、お父さんは一杯一杯なんだよ、と私に言ったことがあった。 西洋の価値観で、何だか父親が神様に息子を生贄に捧げたり、息子がオイディプスコンプレックスだったりするので、戦後の日本でも、子供が反抗期を持って自立していくのが、少なくとも、都会的には普通になっていたように思われる。 しかしながら、最初特に子供が欲しいと思っていなかったように思われるうちの息子のお父さんも、 しかし、子供が生まれてみると、非常に子煩悩になった。まあ私の父親も子煩悩で無い事はなかった。 だから、息子は父親の愛情に疑問を持った事は無いのではないだろうか?私は夫の両親の子孫への愛情に疑問を持ったことはない。 しかしながら、私は時に、夫にはついていけないと思われる事もある。時には謝るのもいやだ、私が気に入らないなら離婚しろよ、と言ってしまうこともある。 夫は、新婚の頃、これじゃ何も言えないよーと文句を言ったことがあった。聞いてないでしょ?とか。 私の気持ちの立ち位置が、彼がここに居て欲しいと思われるところに、立って居ない時があったかもしれない。 例えば、私には、最初の夫に任せた娘がある。 毎日を過ごしていくのにあまり関わるとそれぞれのペースが損なわれるので、あまり刺激してはいけないかなと思いつつ、しかし心配で頭が一杯になることがある。 そうしたことについて、夫は、必要以上に私にごちゃごちゃ言われたくないのだ。 今の暮らしを立てていくのに支障になると困る。
しかし、息子が陰で、自分をかばってくれたことを知ったお父さんは、ううううう、俺の仲間はあいつだけだ、と叫んだ。。
それにしても、確かに二月の侵攻は寝耳に水でショックだったが、しかしあれは何だか変だった。 米国は、ロシアがウクライナに侵攻する、侵攻する、とまるで侵攻させたいかのように唱えていた。 侵攻するな、って止めたかな?止めていないかったと思う。そこに誘導しようとしているような風情だった。
日本の真珠湾攻撃などの戦争責任について戦後教科書で教えられたように、私は亡くなった母にどういうことだったのか尋ねてみた。すると、母は、経済封鎖されたら誰だって頭に来る、外国の政治家は意地が悪いのよ、と気色ばんだ。 そういうわけで私は北朝鮮に親戚があるわけでもなく、ロシアにも親戚はないが、経済制裁というのはとても嫌なのだ。制裁とかお仕置きとかをしたいという気がしない。 甘いようでも、罰とか制裁を受けたら人の心は反省よりは頑なになるのが自然ではないかと思う。だから被害者は案外反省を求めてはいないのかもしれない。罰を与えるということに意味があるのではないだろうか?しかし与えて極刑でも、それで元通りになるわけではない。ふつうに病死又は老衰でも喪失感はあるが、それがもっと辛い死になったらどうすれば良いのか?私は仏教の得度ではなく、ただ犬のトリミングのために自分の美容をけちって坊主にしているだけだが、これは案外本当に無常を感じてなるべくしてなっているのかもしれない。得度は師につくものだが、そういうことを夫は好きでもないし。前夫は私がいなくても生きていけるが、息子の父親は自分が居なければ私は生きていけないのではないかと思っているようでもあるし、それはもしかすると、そうかもしれない。そしてそういう彼を私は捨てられないのかもしれない。
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