�蠧�記
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森村桂さんの文庫本を読んでいる。まだロシアがソビエト連邦だった頃の旅行記。
昔、『ちがっているかしら』というエッセイを読んだ。
ある時、亡くなられたということを知り、ショックだった。
私が息子や夫と新潟へ行った頃に亡くなったんだな。息子が十一歳ということは、私は四十四か。新潟競馬場の乗馬センターまで自転車で往復していた頃。 まあ森村さんは私の事などご存じ無いと思うが。 時折、私のせいだろうかと考えてしまうところがある。しょってるかな。
娘の叔父にあたる人も、まさか亡くなるとは思わなかった。
なぜ自ら逝ってしまえるのか今のところ私にはわからない。
私は美しくないものを多少は知っており、かっこ悪くて、それは私の喜びをかなり相殺するが、 それでも、今のところは、生きようとしてきた。教養に憧れはあるが、本能を卑しいものと捉えるのは私は好まない。
私には森村さんの気持ちはわからないもしれないが、私にも本当にだめなんだ、というところはある。
私は大事なことで大間違いをしがちなのだが、それで何かが生まれてしまうと、それを間違いとみなすのは非常に失礼となる。礼儀とは難しいものだ。だが、私こそ失礼な目に遭わされたのではないか、と自分をかばってやりたくなる。私は甘やかされたのではない。一人でこの世に放り出された。 だから赤毛のアンや足長おじさんやハイジにはまったのだ。 ま、そういう女性は結構多い。数の問題か?
森村桂さんは享年六十四歳だったようですが、私は今六十三です。 年を取ると子供に帰るといわれるけど、大人だったことってないか。
鬱病とは何だろうか?鬱病といえば、北杜夫氏は松本市。 桂さんは長野の病院。
北杜夫氏にはお兄さんとお嬢さんがある。
お二人とも腎臓病がある。
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