ヤナギのひとり語り
日々の雑文です。

2004年02月22日(日) Thanks…and memorize

タイトル、文法おかしいかな?
まぁ、いいや(いいかげん)。

運転手さんとそのご両親からご挨拶が。
昨日すっごいへこんでて、謝りまくってくれてたんだけど。
あたしがあまりにも大丈夫、ハハン☆だからか今日は笑ってくれました。
お見舞いにお饅頭をもらっちゃった。
どうもお父様のセンスらしく、最初は梅干予定だったそうな(笑)。
最後のメール応酬とかはもう普通のメル友状態で。
結構軽いノリでやりとりしました。
まぁ、今後医療費やらなんやらで(保険かかってるらしいけど)お世話になったりとか。
今後のお付き合いでもお世話になったりするんだけど。
遺恨は残らないっぽくてよかったざんす。

でもって、各方面からお見舞いを頂きました。
主にメール。
日記見て!って方も多くて、嬉しかったです。
どうも、ありがとうございましたv
教授さんから花束が贈られてきたのもサプライズでした。
電話したら癒されて、と言われたです(笑)。


他にあったことといえば病院での消毒と引きこもって寝てただけ(笑)。
なので、昨日の覚書。
別に何か意図があるんじゃなくて、自分の視点からの見直し的に。
アホなことを色々考えてるわ、と今やってるメールの応酬からも思います…わわわ。
昨日の夜、二時間置きに目が覚めて、暇つぶしにメールで打ったのを少し改変したです。
痛い表現(血関係やらなんやら)書いたので、そういうのが苦手な方はパスしてくださいね。


15:10(らしいよ)
何も、わからなかった。
(半分寝てたし)
せめてもの感覚は(急ブレーキ?)、その程度。
一瞬置いて両手の平に違和感、鮮血。
「これ、何?」
多分、鼻血とか言って欲しかったんだと思う。
そう、思ってた。
けれど、返ってきた反応は。
「わあぁ!」だった。
助手席後部の私に前列に座る二人も気付き、車から降ろされた。
「ごめんな」と連呼され。
額にタオルをあてがわれ。
何が起こったかいまだに微妙。
目の前には壊れた車。
私は寝てた方が、と上着を地面に敷かれ、先輩に膝枕してもらった(両方血がついたんではなかろうか…申し訳ない)。
「救急車、警察!」
正直、救急車なんかいらんよ、と思ってた。
(実際は確実に要りました・笑)
周りでは確実に事が進んでる。
何もしなくて恐縮なり。
途中、膝枕を先輩(女子)にしてもらう。
オイシイ、とか思ってた(自己認知なアホポイントその1)。
なんか、心臓の位置と出血箇所的に(っていうよりは頭動かすべからず、だから?)その措置はダメだったらしいけど。
でも、マジで嬉しかったです(笑)。
「大丈夫?可哀想に」
血まみれだからか周囲からそんな声。
見知らぬおっちゃんとかにも声かけてもらったです。
幸いにも意識はかなりしっかりしてたんで、顔は覆われながらも一部始終を聞いた。
周りの方がわたわたしてた(多分当事者は惨状を見てないからだろうな、あたしも友人が怪我人ならおろおろしますよ、きっと)。
警察、到着。
救急車も、到着。
わけもわからんまま名を聞かれ担架に乗せられ。
他の負傷者(見た目の外傷はあたしだけらしい)と付き添いの人と救急車へ。
山間部、土曜午後。
受け入れ先が決まらないらしく。
そんな折、携帯を渡された。
「お家に連絡した方が」
救急車から本人が、って珍しいんじゃないかな?(笑)
連絡はついて、病院が決まったらまた連絡することに。

なんかわからんけど、このあたりから縫合終了までずっと無駄に泣いてました。
声を殺すでなく、ただダラダラと。
…何だったんだろう。
パニック?

一番嫌!って思ったのが「縫う」ことでした。
産まれてこの方手術系はないから怖かった。
怖いというよりは、単に「やめてくれ〜」だったけど。

まぁ、そんなこと思いながらも受け入れ先も決まって、到着。
歩けるよ〜、と思いつつやっぱり担架移動。
麻酔と縫合。
視界の端にちらっと見えた麻酔の注射は大きく見えたよ…。
流石に直視はできず。
感覚なく縫われて、現代医学に感謝しました(笑)。
平然と「あー、すごいねー」とか言われた。
動脈性の出血らしくダラダラと大量出血してたらしいです。
「痕残るけどそれは形成外科管轄だから」とさくさくと縫合。
とりあえず止血だから、というのが理由らしいです。
これが多分、大体16:10-30くらいかな?

で、CTもとりました。
密かにやってみたかったので内心喜んでた(アホその2)。
レントゲンも撮ったけど、その辺の所見は良好。
(日曜にタンコブあるよ、って言われたけど)
痛み止めの点滴をして、一応終了。
点滴が、大体17:25-18:30くらい。
丁度色々あって何故か鮮明に覚えてます…はは。

薬の調剤をしてもらう段になってみんなと合流。
見た目が痛々しいのは自分だけらしい(まぁ、よかった、のかなその程度で済んで)。
色々終わらせてくれてたらしく。
でもって、(ゼミの合宿だったんで)あとから合流するはずだった先生とも合流。


立地的条件で、電車の本数が極端に少ない場所に位置する病院で。
事故関係者各位、帰路へ。
私だけ、とりあえず縫合まで行っちゃったんで親呼ばれたんで待機。
教授さんと色々お話しました。
借りたかった漫画が研究室に入荷したよ、とか(結局そんなネタですか)。
今後の活動に写真が要るなら工面できんこともないよ、とか。
教授の奥さんとお子さんも一緒に来てくれて、お子さんからは手紙ももらった。
その年代独特の文字でかわいくて、癒された。

で、まぁ。
時間が時間だったのと諸々の処理を経て私たちも帰宅。
先生の車で送ってもらいました、家まで。
帰り道道中で事故車から荷物を救出して欲しい、と指令があったらしく寄り道。
…乗ってた車の前面がボコってました。
結構な惨事、だったのかな?
それとも車の特性のなせる業かしら。
教授さんの車でかかってた歌が懐かしかった。
(教授さんご夫婦的には青春真っ只中ソングなので時代の差に軽くへこんでたみたいです・笑)

…と、そんな感じ、でしょうか。

最後のオチ的にアレですが、親の言った台詞が一番痛かったです。
最後尾の車に乗ってた自分だけが外傷。
玉突き事故で二両目の車輌に乗車した人が無傷でそれってどうよ?
…あたしがドンクサイってのがバレるじゃないか、やめてくれ、って思った(笑)。
でもホント。
意識もあって、後遺症もあるにしたって「その程度」で。
一応生きていく上での弊害は少ない状態で帰ってこれてよかったって思ってます、ハイ。
でも、よく何かあるなら身辺整理してから、とかいうけど。
突発的なことって不可避ですよね。
それはしみじみ感じました。
今の部屋…痛いです(笑)。

しっかし…長文ですねぇ(苦笑)。


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