ちゃんちゃん☆のショート創作

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茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪前編≫
2003年12月28日(日)


※とりあえず、3ヶ月ごと更新・・・を目標にしていたはずの(汗)榊さんシリーズです。今回は、一連の怪奇事件に一応の決着が訪れます。そして今回の話こそが、ちゃんちゃん☆ が一番書きたかったことだったりします。
 人間の強さは、腕力や剣術の巧みさだけじゃなく、いざって時に踏ん張ってどれだけ頑張れるか、ではないでしょうか。でわ、後書きにて。


***************

 ───剣術が出来ないと、弱いの?

 どこからか聞こえてくる、女童のあどけない声。

 ───弱い男の子は、男の子じゃないの?

 面前に浮かび上がるは、途切れ途切れのたわいない光景。
 貧しいながらも綺麗に整えられた部屋の中、病に伏している明らかに顔色の悪い童。
 だけど彼は、今とても幸福そうだ。目の前にいる女童に、文字の読み書きを教えているらしい。

 ───・・・そんなこと、ないよ。お夏、知ってるもの。頑張ってること。

 笑い合う子供たち。わずかに日の光が入るだけの薄暗い室内が、そこだけ暖かく見える。

 ───いつかお夏が、お嫁さんになってあげるね・・・。

 いつまでも、そんな楽しい日々が続くと信じていた彼らだったのに。





「榊さんーーーーーっ!?」
「・・・!?」

 悲鳴のような御厨さんの呼びかけで、あたしは我に返る。
 途端に自覚する、背中の紅蓮の熱さ。
 さっきまでの儚げな夢幻の世界が、まるで嘘だったかのように。

 一体、さっきの風景は何だったの・・・?
 それにあたしは、今何をしているんだったかしら・・・。

 なんて現実逃避してる暇なんぞ、どこかへ消し飛んでしまう。そう、どう解釈しても夢でも幻でもない、痛みと熱さのせいで。

「ぐぅ・・・っ!」

 ───そうだ、思い出した。
 あたしは捕り物の途中で、火の化け物に攻撃されかけた女童を庇おうとして・・・背中に炎を浴びせかけられたんだったわ!
 正直言って、焼かれた背中は半端じゃなく痛い。一瞬だけとは言え意識が飛んでたってのも、恥でも何でもなく即座に納得できる。めちゃくちゃ痛い。その場をのた打ち回りたいほどに痛い。
 だけど今のあたしには、思いのままのた打ち回ることが出来ない事情があった。

 何故なら、あたしの懐にはまだ女童が抱きかかえられている気配があったから。
 痛みのあまり、あたしは目も開けていられないんだけど、子供特有の温かみは確かに感じていたから。
 なのに、背中の炎が消えているかどうかも分からない今下手に動けば、巻き込んでしまうかもしれない。このままなら、懐に抱え込んでる状態なら、このコだけなら何とか焼かれずに助かる可能性があるのだ。

 けど、背中の熱さと来たらますます激しくなるばかり。激痛のあまり声すらも出せず、動くことも出来ず、頭の中がどうかなりそうな苦悶のまま、あたしは意識を失いかけた。

 その時だ。

『剣掌・神氣発勁ッ!!』

 蓬莱寺の声が高らかに聞こえたかと思うと、冷たい刃物を・・・そう、『村雨丸』みたいな刃物を、素肌に沿って素早く滑らせられたような涼しさを、背中に感じて。
 何故かあたしは勢い良くもんどりうって、背中から床の間に転がる羽目となった。

「・・・・・・・っ!!」

 悲鳴を上げるのは何とか堪え。
 女童を庇うため、その場に四つんばいになろうとしたあたしは、背中にほんの少しだけ、床の冷たさを覚えることに気づく。
 ・・・ひょっとして火、消えたの? さっきの蓬莱寺のワケワカラナイ術で?

「か・・・はっ・・・」

 それでもあたしは、女童を放り出すことはしなかった。
 さっきの蓬莱寺の術は、その声から察するに、どうやらあたしたちから相当離れた場所から放たれたもの。多分あたしが意識がなかったあの瞬間、炎がほうぼうに散るか何かして、《龍閃組》も《鬼道衆》も、そして御厨さんも、その炎を消すのにおおわらわになったに違いない。
 つまり、あたしはいわば孤立無援。手負いの上、頼みの綱の『村雨丸』まで放り出してしまっている今、体を張る以外、女童を庇う方法なんてないのだ。

 呼吸するたびにビリビリと来る痛みを懸命に堪え、あたしはゆっくりと目を開けた。そして体を起こしながら今一番の懸念事項である、勇之介の怨霊の姿を探すことに意識を集中させる。
 勇之介は───こちらを見ていた。だが様子がおかしい。さきほど呪詛を吐いた時の禍々しさが、なりを潜めている。
 そして。

「やめてよ・・・もう、やめてよ! 勇之介ちゃん!」

 あたしの胸に抱きかかえられている女童がそう叫んだ途端、勇之介はわずかにひるんで見えた。
 あたしの戸惑いをよそに、女童───大家の話だと、確かお夏って名前だったんじゃなかったかしら───はボロボロと涙を流しつつ、それでも怨霊に訴えかけるのをやめなかった。

「どうして勇之介ちゃんが、おとうを殺そうとするの? どうして? 勇之介ちゃんはあんなに優しいのにっ!」

 その時。あたしは自分の勘違いに、やっと気づいたのだった。

 ───そうだ。あたしは日本橋の小津屋焼け跡で《鬼道衆》に再会する前、てっきり御厨さんに油売り・彦一の居場所がここ、神田だと聞かされていたものだと思い込んでいた。
 だけどソレは違う。御厨さんが教えてくれたのはあくまでも、おろくたち姉弟が以前住んでいた場所の方だったのだ。勇之介の次の狙いが油売りだと知って混乱してしまい、うっかり混同していたのだけれど。

 ついでにあたしは思い出す。このお夏ってコ、さっき小津屋焼け跡で顔を合わせてた、あの女童じゃないの。そう、わざわざ野の花を供えに来ていた、あの時の・・・。


 って・・・ちょっと待ちなさいよ!?
 ひょっとしてあの時の花って、勇之介を供養するためのものなんじゃ・・・。お夏の口調からも、2人が知り合いだったってことはもはや疑いないことだし。
 けど、けど・・・勇之介はこのコの父親でもある油売り・彦一すらも自分の仇だって思い込んでるのよ!? 殺したいって憎んでるのよ!?
 それってあんまりにも・・・!

 一方、火を消し終わったんだろう。あたしの側に駆け寄って来たらしい御厨さんが、うめくように呟くのが聞こえる。

「榊さん・・・もしかして、油売りが仕事の手を休めてまで勇之介を小津屋に連れて行ってやったのは、何も親切なだけじゃなく、娘の友人として勇之介のことを知っていたからなんじゃないんですか・・・? そうだ、だからこそあの時、又之助に詰め寄ったんじゃ・・・!」

 御厨さんらしい、人情的な推理ですこと。


「そんな馬鹿な! だ、だって勇之介は行商だって男のこと、全然知らない風だったんだ! それが友達の父親だなんて、そんなことありえるはずがないじゃないのさ!」

 もっとも、桔梗の方は否定したがってるみたいね。・・・まあ確かに彼らの言い分じゃ、勇之介は彦一のことを『行商のおじさん』としか言ってないんだから。
 だけど、そういうことって意外と、よくあることよ。自分が知らないだけで、相手の方は自分のことをよく知ってるってことは。人のつながりなんてものが、本人も思いもよらないところで生じてることが、どんなに多いと思って? 子供は自分のことで手一杯で、視野が狭いから気がつかないかもしれないけど、ね。

 一方、勇之介の正体を未だ知らないはずの《龍閃組》(蓬莱寺と涼浬の2人だけだけどね)は、と言うと───自分たちが相対しているこの怨霊がお夏と親しい仲で、しかも彼女の父親のことを殺そうとしている、ってところは何とか把握したみたい(ま、ピンと来ない方がおかしいけど)。
 それでとりあえず、勇之介を刺激しない程度に静かな足裁きで、油売りの彦一の近くへと移動したみたいだ。いざって時は、彼を守ってやろうって寸法なんだろう。
 で、勇之介を『説得』しに来た《鬼道衆》の方は、あろうことか、あたしと御厨さんの側にいる。主にお夏と、そしてどうやら与力であるはずのあたしを守るかのように。

 それらは全て、怨霊の勇之介から目を離さないまま移された行動だ。今、下手に彼から視線をそらせようものなら、張り詰めた緊張感が一気に瓦解してしまうだろう。
 ・・・だから誰も、今のあたしの大火傷の具合を聞いて来ようとしない。気にはしているらしく、あせっている様子は伝わってくるんだけど。
 あたしもあえて、皆の『無関心』にはこの際、目を瞑ることにしている。正直現状は、あたし1人の火傷云々の問題じゃ、ないからね。(さっきから何度も痛みで目を瞑ってるじゃないか、ってのはナシよ)

 ・・・などと、あたしがそうやって、苦しい息の下からも何とか周囲の状況を把握している間にも、お夏の悲痛な嗚咽はやまず、勇之介の戸惑う声もそれに続く。

 そう。お夏の登場により、明らかに勇之介は困惑していたのである。


「やめてよ、勇之介ちゃん・・・お夏ヤダよ・・・おとうが勇之介ちゃんに殺されるなんて・・・」

 ───ダ、ダケド、ソノオジサンガ僕ヲ小津屋ヘ連レテ行カナカッタラ、
僕モ姉上モ・・・。

「おとう、勇之介ちゃんのこと、ずっと誉めてたんだよ? 体は弱いけど、優しいコだって。お夏がお嫁さんになってあげるんだ、って言ったら、それもいいかもな、って言ってくれたたんだよ? なのに・・・」

 ───デ、デモ、ソノオジサンガ止メテクレタラ、
姉上ハ火アブリニナラナクテ済ンダンダ・・・。


 どうやら勇之介の怨霊は『自分たちを救ってくれなかった人間に対して復讐する』って考えに、凝り固まってしまってるみたい。だから、いくらお夏が懸命に訴えても、決まりきった一辺倒な返事しか、出来ずにいるのだ。先ほどから比べれば随分と、気持ちが揺らいではいるみたいだけど

 そのことを、お夏も幼いながらに気づいたんだろう。涙をきゅっ、とばかりに拳でぬぐうと、とんでもないことを提案してくれたのだった。
「だ・・・だったら勇之介ちゃん、お夏も殺してよ・・・」

 ───!?

「お夏、おとうが殺されるのも、勇之介ちゃんがおとうを殺すのも、見たくないもん。だから、それを見ずに済むんだったら・・・」

 何てことを口走るんだ、この子は・・・!

 その場にいた一同は、そろってそう思ったろう。いくら知り合いとは言え怨霊相手に自分を殺せ、なんて言い出すのは正気の沙汰じゃない。ましてやそれが、年端も行かない少女では尚更・・・。

 が、そう思ったのは大人たちばかりではなかったようで。

 ───ド・・・ドウシテ僕ガ、オ夏チャンヲ殺サナキャイケナイ・・・? 

 目に見えて勇之介は混乱し始めた。

 ───僕ガ殺サナキャイケナイノハ、姉上ヲ苦シメタ奴ナンダ・・・。
オ夏チャンハ違ウ・・・ケド、オ夏チャンノ父親ハ、
姉上ヲ助ケテクレナカッタンダ・・・。
デモ、オジサンヲ殺セバ、オ夏チャンモ苦シム・・・。
アア・・・苦シイ・・・オ夏チャンヲ悲シマセタクナイノニ・・・
オジサンヲ殺サナカッタラ、姉上ガ浮カバレナイ・・・
姉上ノ無念ヲ晴ラセバ、オ夏チャンガ苦シム・・・
姉上・・・オ夏チャン・・・アア・・・・・苦シイ・・・
ドウシテコンナニ苦シインダ・・・!

 勇之介は苦悩しているのだ。姉の無念を晴らすことは、お夏を苦しめることを意味する。おそらくは比べることが出来ぬほど、どちらも彼にとっては大切な存在だったのだろう。

 ───いつかお夏が、お嫁さんになってあげるね・・・。

 気を失っていた間に見た、あの幻を思い出す。
 どうしてあたしがあんなモノを見たのかは分からない。けどきっとアレは、楽しかった頃の勇之介とお夏の思い出なのではないか。・・・何の根拠も脈絡もなく、あたしは唐突にそう思った。

 ───だとしたら! 起死回生するなら今しかないってことじゃない!

 そう判断したあたしはとっさに、声を張り上げていたのだった。死せる勇之介に向かって。


「あなた、勇之介でしたね! あ、あんたは今あんたが味わってるその苦しみを、このお夏にも味あわせようとしてるのよ! 分かってるの!?」

 ───ナニ・・・?

 効果は抜群。今まで恨みに凝り固まっていたはずの勇之介が、あたしの言葉に耳を貸したのだ。・・・今だけ、かもしれないけど。

 この機会を逃せば、おそらくこの場の全員が救われない───あたしはそれこそ必死だった。
 半ば裏返っている声を必死に言語へと代え、怨霊の説得、なんて、火附盗賊改・与力としても前代未聞のことを、やろうとしていた。

「だ、だってそうじゃないですか! あんたがこの子の親を殺せば、間違いなくお夏は救われないわ! 目の前で父親を殺されるのを止められなかった、って自責の念に一生、さいなまれることになるのよ!? あ、あんたには分かってるはずよね!? 姉上を止めることが出来ずに死んだ弟のあんたなら、その悔しさと苦しさがっ!」

 ───・・・っ!

「こ、このままあんたが本懐を遂げでもしたら、このお夏は生きながら地獄に落ちるのよ!? 今のあんたと同じ苦しみを、生きてるこのコにも味あわせたいって言うの! イヤでしょ、そんなこと、あんたは絶対させたくないんでしょうがっ!」

 皆、息を呑んで、あたしの説得工作を見守っているのがヒシヒシと感じられる。
 痛いほどに視線を浴びる中、勇之介は相変わらず姉上にこだわる発言を続けていた。

 ───ケ、ケド・・・ダッタラ、姉上ノ無念ハドウナルンダ・・・
誰カガ姉上ヲ止メテクレタラ、姉上ハ苦シミノウチニ死ヌコトハナカッタノニ・・・。

「あんたの姉上はね! あんたの成仏をこそ、望んでいたのよっ! じ、自分は地獄行きかも知れないけど、優しいあんたは極楽浄土にたどり着いて欲しい、って言ってたんだからっ! あんたは、そんな優しい姉上の気持ちも、ないがしろにするつもりなのっ! お夏の父親を殺せば間違いなくアンタ、地獄行きになるじゃないっ!」

 ───ア、姉上ガ・・・!?

 おろくの最期の言葉を聞かされて、さすがに動揺したのだろう。復讐と怨念に支配されていた勇之介の態度が、少しずつ変わっていくような・・・。

「それに、お夏は、これからも生きていくのよっ。死んだ者のことを悲しんだり悔やんだりするのも確かに大切だけどっ、これからずっと生き続ける者のためを思うんだったら、これ以上人を恨むのは・・・っ・・・!?」

 そこまで一気に言ったところで。

「ゲホッ・・・ゲホゲホ・・・ッ・・・!」

 あたしは喉へせり上がって来る感触に、大きく咳き込んでしまった。多分さっきの炎で、五臓六腑の一部をやられたのかもしれない。胸の辺りが煤けたように、熱くて痛くて不快だ。
 ・・・結構、マズい状況かも知れない。

「榊さん!」

 御厨さんが気がかりそうに声をかけてくるけど、ただ左右に首を振るだけで済ませる。
 そんなあたしに、何故か勇之介が声をかけてきた。

 ───オ前ハ・・・苦シクナイトデモ言ウノカ・・・? 
何ノ関係モナイノニ、僕ニ焼キ殺サレカケタクセニ・・・
恨ミニ思ワナイトデモ言ウノカ・・・? 
ソンナニ苦シソウニシテイルクセニ・・・。
僕ト同ジ苦シミヲ味ワッテイルト言ウノニ・・・!
憎イダロウ、僕ガ。殺シテヤリタイダロウ、僕ヲ・・・!


 悪魔の囁き、というものがこの世に存在するなら、まさに今のがソレでしょうね。
 まあ勇之介にそんなつもりはなくて、単に自分と同じく焼き殺されかけてるくせにそんなおためごかしを言うつもりか、って気持ちなんでしょうけど。

 あたしをこんな目に遭わせたあんたが、憎い。殺してやりたい。
 ───そう口にしたら最後だ。あたしは直感的に思ったから、口に出してはこう言ってのけた。

「あいにくだけど・・・あたしは忘れてあげますからね、あんたの、やったこと、は」

 ───・・・・・!?

「そりゃ、苦しい、し、どうしてあたしがこんな目に、って気分にはなりはする、けどね・・・死んだ人間をどう、恨んだり、殺したり、出来るって言うんですか? それに、この件をもみ消して、お夏たち父子を不問に付すためには、あんたがあたしにやらかしたことをある程度、忘れる必要があるんですからね・・・」

 ───オ夏チャンタチヲ・・・不問ニ付ス・・・?

「っ!?」

 あたしの言葉に、傍らの御厨さんがギョッ! とする気配を感じる。まさか与力のあたしが、今回の大騒ぎをもみ消そうと考えているとは、そしてそれを皆の前で宣言しようとは、全くの予想外だったようだ。
 だが、彼は何も言わない。何の言葉も発しない。今何かを言って話の腰を折ることが命取りだってことを、重々理解しているからである。

 後でこの堅物を納得させることの方が、よっぽど難問かもしれないわね───チラリと意識の端で考えながら、あたしは勇之介の説得を続けた。



〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪中編≫に続く〜




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