※ぬわんと、今回はキリの良いところまで書いたせいで、恐怖の3部作と成り果てました。とにかく長いです。時間のあるときにお読みください。 ************** 「・・・そうよ。死んだ人間は好き放題して後は知らん顔、で良いけど、い、生きてる人間は、その、後始末しなきゃ、いけないでしょう、が・・・。 いい? あんた、を、見殺しにしたあの2人への、あんたの復讐を公にすることは、すなわち、結果的に火事現場へ、あんたを連れて行ったお夏の父親をも、世間の非難の暴風にさらすってことは、分かりますよね? そんなことになったら、あんたの好きなお夏も、間違いなく、不幸になるってことも。 ・・・それを防ぐには、この、一連の怪奇事件の、原因を適当、に、火附盗賊改方たるあたしたち、が、ごまかす必要がある、ってわけ。 ・・・なのに、肝心のあたしが、あんたへの恨み、云々なんて言ってたら、誤魔化、せるものも、誤魔化せなく、なるじゃないの・・・だから、あんたのしたことは、忘れてあげますよ・・・も、ものすごく、不本意、なんだけどね・・・ま、まあもっとも、あんたとしても、笹屋と岸井屋の罪を、世間に表ざたに出来ないって条件付だから、少しは、溜飲が、下がるってものだわ。 ・・・と、とにかく、あんたは、あの2人への恨みを、忘れなさい、な。あたしも、あんたにしでかされたことは、なるべく、忘れて、あげますから。 これは、交換条件よ。あんたが、いっぱしの男のつもりなら、そのくらい、できるでしょう、が・・・。」 よくもまあ我ながら、苦しい息の下、こうも屁理屈がこねられたものだと思うわよ。 でも火傷の痛みでいい加減、思考能力の方もおかしくなりそうだったんだけど、それでも根性出してあたしは、そう言い切ってやった。 しばしの沈黙の後。 ───忘レル・・・? アノ2人ガ僕ヤ姉上ヲ陥レタコトヲ・・・? 勇之介がポツリ、とそう呟くのが聞こえた時、あたしは失敗したかも、と覚悟せずにはいられなかった。 だって、そもそも勇之介が怨霊に成り果てたのだって、笹屋と岸井屋への恨みのためだったんですもの。それをまた彼が持ち出したってコトは、再び堂々巡りの始まりだって思うじゃない。 でも、今回は違った。勇之介が次に口にしたのは、ずっと穏やかな言葉だったから。 ───僕ガ忘レタラ・・・オ夏チャンハ救ワレルノ・・・? ソウスレバ姉上モ、浮カバレルノ・・・? 「勇之介ちゃ・・・」 お夏が何か言いかけるのを懸命に押しとどめて、あたしは何とか請け負った。 「多分、ね。それにこのコだって、あんたが、恨みに縛られてる、怨霊でいつづけることこそが、辛いに違いないでしょうから」 ───・・・・・・・。 再び沈黙が落ちた。 がそのうち、見る見るうちに室内の禍々しい空気が薄れていくのが分かる。殺気とか、恨みとか、そんなドロドロした感情から、勇之介が開放されたかのように。 ───・・・シテクダサイ・・・。 唐突に、勇之介は呟いた。 ───コレ以上・・・僕ガ何カヲ恨マナクテ済ムヨウ、僕ヲ成仏サセテクダサイ・・・。 勇之介がそう懇願したのは、当然あたしではない。自分に<力>を与えた元凶の桔梗に、彼は相対していた。 だけど、折角ご指名された桔梗や風祭たちは、と言うと、当惑の色を濃くしている。 それはそうだろう。確か彼らはあたしと御厨さんに言っていたもの。『たとえ本人がしたいと望んでも成仏は出来ない』って、はっきりと。 かと言って、それをこの場で宣告することが憚れるのは確かだ。やっと勇之介自身が悔い改める気になったって言うのに、ここで成仏出来ない、なんて言って御覧なさいな。今まで以上に荒れ狂うことになったら、目も当てられないじゃない。 『おい、何か良い方法はないのか?』 勇之介に聞こえないくらいの小声で、御厨さんは九桐たちに問い正す。 『そ、そんなこと言ったってよお・・・』 『以前お政を成仏させたのは、あたしたちの力じゃなかったしねえ・・・』 『アレと同じ方法を取ろうにも・・・奈涸がいるならともかく、ここにいる連中で変装の名人なぞ、いないようだしな・・・』 そうやって。 あたしには意味不明な言葉が飛び交ってはいるものの、どうやら解決法が見つからないことだけは把握し始めた頃、だった。 「ね、ねえ、どうなったのさ京梧、榊さんたちは無事なの? 炎の鬼はどうなったのさ?」 「こ、こら小鈴殿、いくら妖気が薄れたからと言っても・・・」 「そうよ小鈴ちゃん、私たちが勝手に入ったのでは皆の邪魔になるわ」 外で待機していたらしい《龍閃組》の残り3人、桜井小鈴、醍醐雄慶、美里藍が、表の木戸からそっ・・・と顔を覗かせた。 一瞬、あたしが勇之介に確約した『今件のもみ消し』のことが部屋の外にいた住人にも漏れたんじゃ、と危惧を抱いたけど、それは杞憂に終わりそうだわね。 どうやら3人は、室内の雰囲気を敏感に感じ取って危険はないものと判断しただけ、みたいだから。でなきゃ「炎の鬼がどうなった」なんて間の抜けた質問は、出てきませんものね。 とは言え。 とりあえず絶体絶命の状況から脱しはしたものの、予断を許さないのは事実で。 「お前ら・・・今取り込み中なんだよ、いいから表のみんなを宥めていてくれって・・・」 呆れ半分、いらだたしさ半分の京梧がそう言いかけたのを、意外な存在が遮った。 ───ア・・・姉上・・・? 蓬莱寺言うところの『取り込み中』の最大の要因である、勇之介だ。彼は今までになかった唖然とした様子で、開けられた木戸の方を見つめていたのだ。 彼の視線の先に立っているのは、どうやら美里藍のようだけど・・・。 途端、あたしの側にいた《鬼道衆》が、小声ながら騒ぎ出す。 『ちょ、ちょいと八丁堀、勇之介の姉君って、美里藍に似てるのかい?』 『あいにく知らん』 『おい、大事なことなんだよ。もし似てるんだったら、うまくすれば勇之介を成仏させてやれるかもしれねえんだって』 『そ、そう言われても・・・俺は結局、おろくには会ったことがないんだ。多分榊さんも』 『こうなったら、2人が似ていることを望むのみだな・・・』 彼らの会話から察するに、どうやら美里藍は、勇之介の姉・おろくと似たところがあるらしい。 ・・・けどだからって、どうなるってえの? どうやって成仏できるって言うのよ? 《鬼道衆》が出来なかったことを、《龍閃組》なら出来るとでも言うわけ? あたしの懸念と皆の期待を他所に、当の美里藍は勇之介の存在に気がついたらしい。自分は桜井小鈴を止めていたくせに、まるで引き寄せられるかのように中に入って来た。 そして。 「・・・ごめんなさいね・・・」 焼け爛れた顔の勇之介に相対しても目をそらすことなく、美里は慈愛に満ちた悲しそうな表情を怨霊に向ける。 「あなたが苦しんでいるのが分かるのに・・・私には何も出来ない・・・ごめんなさいね・・・」 そう言って、懐から取り出した綺麗な手ぬぐいで、勇之介の目の辺りをぬぐうようにした。 どうしてそんなことを? 背後から見守る格好となったあたしたちはそう怪訝がったが、じきに理由が分かった。 勇之介は泣いていたのだ。はらはらと、大粒の涙をこぼして。 ───ゴメンナサイ・・・僕ガモット強カッタラ、姉上ヲ守ッテアゲラレタノニ・・・。 美里は何も言わない。ただ黙って、勇之介の言葉を聴いているだけ。 ───ズット謝リタカッタンダ。最期マデ心配カケテゴメンナサイッテ・・・デモ、モウ心配シナイデイイカラネ、姉上。 言って勇之介は柔らかに笑んで見せた。そう、焼け死んだ時の焼け爛れた顔ではなく、おそらくは生前のままの、結構端正な顔立ちで。 ひょっとしたら・・・あの焼け爛れた醜い顔は、恨みに縛られた象徴だったのではないか、とあたしは埒もなく、そう思えてならなかった。 そして、おそらくは生前と同じ優しい目線を、勇之介は今度はあたしの抱きかかえたお夏へと向けたのである。 ───ゴメンネ、オ夏チャン。僕、オ夏チャンノコトモ、ズット守ッテアゲタカッタンダ・・・。 そう、言うや否や。 勇之介の体は温かな柔らかい光に包まれ始める。そうして、徐々に姿が明るさにまぎれて見えなくなったかと思うと・・・・・。 ───唐突に、光はやんだのだった。 後に残ったのは、お夏のすすり泣く声だけである。 な・・・何だったの、今のは・・・。 今日は《鬼道衆》やら、炎の鬼やら、怨霊やらが次々に出てきて混乱のきわみだったけど、今のなんてその際たるものじゃない。さっきまで禍々しい怨霊だった勇之介が、あんな神々しい光に包まれて消える、なんて・・・。 呆然とするしかないあたしたちに、桔梗は悔しそうな口調でこう告げたのだ。 「まさか・・・あんたたちにこんな形で助けられるとは、思いもよらなかったよ、《龍閃組》」 「助ける? 何のことなの?」 当然、事情を知らない美里藍は、自分が怨霊にしたことで何が起こったのか、なんて理解できなかったんだけど。 その答えは、人を食ったような態度の九桐が教えてくれた。 「その様子では、何も分かっていないようだがな、美里藍。どうやら先ほどの怨霊は、お前に死んだ自分の姉の姿を重ねて見ていたらしい」 「私に・・・?」 「そうだ。自分のふがいなさから、死地に追いやってしまった姉にな。・・・だからお前に謝ることで、己の心の中に最後まで残っていた未練を、払拭することが出来た、というわけだ」 ───事情は分かったわよ、事情は。 だけどあたしが知りたいのは、そんなことじゃないんだってば。勇之介が成仏したか否か、それだけなのよ! もったいぶってないで、さっさと教えたらどうなのっ!! イライラとした感情を隠しもせず、あたしが睨み付けていたところ、どうやら心の声が聞こえたと見える。九桐はチラ、とあたしの方を見てから、明らかにホッとした表情になって言った。 「つまり貴殿の心配は、もう無用と言うわけだ榊殿。思い残すことがなくなった勇之介は、無事に成仏した。・・・あいつが狙っていたと言う行商の男が、殺されることはもうないだろう」 成仏・・・した? 勇之介が? 鬼のお墨付きを貰うや否や。 あたしは一気に、自分の体中の痛みを実感する羽目になった。 つまり・・・今までは緊張感でどうにかやり過ごしていたものが、ドッと押し寄せてきちゃった、ってコトよね。 「・・・・・・・・ッッ!!」 ───とにもかくにもあたしは、頭にまで響くような火傷の熱さと痛みで、その場にうずくまってしまったわけだ。 懐に抱えていたお夏から手が外れ、彼女が恐る恐るあたしから離れていくのが気配で分かる。 「榊さんっ!?」 「榊様っ!!」 御厨さんと涼浬が駆け寄って来たみたいだけど、今のあたしの目はただただ床を映すだけ。指は床をかきむしるだけ。耳は飛び込んで来る音を集めるだけ。 焼かれたのは背中だと言うのに、喉やら胸やらが異様に苦しくて、咳が出て止まらない。視界もいろんな色の火花が散ったみたいになるし、呼吸は出来なくなるしで、体力が徐々に奪われていくことが分かる。 あたしは再び、意識を失うところだった。・・・だけど。 「桔梗、早く榊殿に治療を・・・!」 「榊が火傷しちまったんだ、美里、早く治してやらねえと・・・」 別々のところで《鬼道衆》と《龍閃組》がそう言っている声が聞こえた途端、とっさに大声を張り上げていた。 「余計なこと、しないで下さいよっ!!」 ・・・その大声の反動で、再び痛みがぶり返してしばらく声が出なかったのは、この際ご愛嬌だと思って頂戴な☆ 仮にも助けようとした人間本人に、そんな口を聞かれようとは思っても見なかったのだろう。 「何言い出すんだよ、榊! 美里はそこんじょそこらの医師よりよっぽど、腕が立つんだぞ?」 「榊殿、我らに借りを作りたくない気持ちは分かるがな、このままでは貴殿の命が危ういのだ。勇之介との約束を果たすためにも、ここは治療を受けて・・・」 蓬莱寺と九桐がそれぞれ言ったし、どうやら美里藍と桔梗らしき人間が近寄って来たけど、あたしは懸命に腕を振り回してそれを阻止する。 「榊さん、ここはとりあえず治療を・・・」 さすがに御厨さんも見かねて進言してくる。おそらくあたしの火傷が、本当に深刻な状態だからなんでしょうけど・・・あたしにはあたしの思惑ってものがあるんですからね。借りとか、身分とか、そんなことを気にしてるわけじゃないのよ。 「火傷を、治すなって言ってるんですよ。こ、これは今回の事件を丸く治めるために、必要不可欠なモノなんですからねっ!」 〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪後編≫に続く〜
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