ちゃんちゃん☆のショート創作

ちゃんちゃん☆ HOME

My追加

茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪中編≫
2003年12月29日(月)


※ぬわんと、今回はキリの良いところまで書いたせいで、恐怖の3部作と成り果てました。とにかく長いです。時間のあるときにお読みください。

**************



「・・・そうよ。死んだ人間は好き放題して後は知らん顔、で良いけど、い、生きてる人間は、その、後始末しなきゃ、いけないでしょう、が・・・。
いい? あんた、を、見殺しにしたあの2人への、あんたの復讐を公にすることは、すなわち、結果的に火事現場へ、あんたを連れて行ったお夏の父親をも、世間の非難の暴風にさらすってことは、分かりますよね? そんなことになったら、あんたの好きなお夏も、間違いなく、不幸になるってことも。
・・・それを防ぐには、この、一連の怪奇事件の、原因を適当、に、火附盗賊改方たるあたしたち、が、ごまかす必要がある、ってわけ。
・・・なのに、肝心のあたしが、あんたへの恨み、云々なんて言ってたら、誤魔化、せるものも、誤魔化せなく、なるじゃないの・・・だから、あんたのしたことは、忘れてあげますよ・・・も、ものすごく、不本意、なんだけどね・・・ま、まあもっとも、あんたとしても、笹屋と岸井屋の罪を、世間に表ざたに出来ないって条件付だから、少しは、溜飲が、下がるってものだわ。
・・・と、とにかく、あんたは、あの2人への恨みを、忘れなさい、な。あたしも、あんたにしでかされたことは、なるべく、忘れて、あげますから。
これは、交換条件よ。あんたが、いっぱしの男のつもりなら、そのくらい、できるでしょう、が・・・。」

 よくもまあ我ながら、苦しい息の下、こうも屁理屈がこねられたものだと思うわよ。
 でも火傷の痛みでいい加減、思考能力の方もおかしくなりそうだったんだけど、それでも根性出してあたしは、そう言い切ってやった。
 しばしの沈黙の後。

 ───忘レル・・・? アノ2人ガ僕ヤ姉上ヲ陥レタコトヲ・・・?

 勇之介がポツリ、とそう呟くのが聞こえた時、あたしは失敗したかも、と覚悟せずにはいられなかった。
 だって、そもそも勇之介が怨霊に成り果てたのだって、笹屋と岸井屋への恨みのためだったんですもの。それをまた彼が持ち出したってコトは、再び堂々巡りの始まりだって思うじゃない。
 でも、今回は違った。勇之介が次に口にしたのは、ずっと穏やかな言葉だったから。

 ───僕ガ忘レタラ・・・オ夏チャンハ救ワレルノ・・・?
ソウスレバ姉上モ、浮カバレルノ・・・?

「勇之介ちゃ・・・」

 お夏が何か言いかけるのを懸命に押しとどめて、あたしは何とか請け負った。

「多分、ね。それにこのコだって、あんたが、恨みに縛られてる、怨霊でいつづけることこそが、辛いに違いないでしょうから」

 ───・・・・・・・。

 再び沈黙が落ちた。
 がそのうち、見る見るうちに室内の禍々しい空気が薄れていくのが分かる。殺気とか、恨みとか、そんなドロドロした感情から、勇之介が開放されたかのように。

 ───・・・シテクダサイ・・・。

 唐突に、勇之介は呟いた。

 ───コレ以上・・・僕ガ何カヲ恨マナクテ済ムヨウ、僕ヲ成仏サセテクダサイ・・・。

 勇之介がそう懇願したのは、当然あたしではない。自分に<力>を与えた元凶の桔梗に、彼は相対していた。

 だけど、折角ご指名された桔梗や風祭たちは、と言うと、当惑の色を濃くしている。
 それはそうだろう。確か彼らはあたしと御厨さんに言っていたもの。『たとえ本人がしたいと望んでも成仏は出来ない』って、はっきりと。
 かと言って、それをこの場で宣告することが憚れるのは確かだ。やっと勇之介自身が悔い改める気になったって言うのに、ここで成仏出来ない、なんて言って御覧なさいな。今まで以上に荒れ狂うことになったら、目も当てられないじゃない。

『おい、何か良い方法はないのか?』
 勇之介に聞こえないくらいの小声で、御厨さんは九桐たちに問い正す。
『そ、そんなこと言ったってよお・・・』
『以前お政を成仏させたのは、あたしたちの力じゃなかったしねえ・・・』
『アレと同じ方法を取ろうにも・・・奈涸がいるならともかく、ここにいる連中で変装の名人なぞ、いないようだしな・・・』

 そうやって。
 あたしには意味不明な言葉が飛び交ってはいるものの、どうやら解決法が見つからないことだけは把握し始めた頃、だった。


「ね、ねえ、どうなったのさ京梧、榊さんたちは無事なの? 炎の鬼はどうなったのさ?」
「こ、こら小鈴殿、いくら妖気が薄れたからと言っても・・・」
「そうよ小鈴ちゃん、私たちが勝手に入ったのでは皆の邪魔になるわ」

 外で待機していたらしい《龍閃組》の残り3人、桜井小鈴、醍醐雄慶、美里藍が、表の木戸からそっ・・・と顔を覗かせた。
 一瞬、あたしが勇之介に確約した『今件のもみ消し』のことが部屋の外にいた住人にも漏れたんじゃ、と危惧を抱いたけど、それは杞憂に終わりそうだわね。
 どうやら3人は、室内の雰囲気を敏感に感じ取って危険はないものと判断しただけ、みたいだから。でなきゃ「炎の鬼がどうなった」なんて間の抜けた質問は、出てきませんものね。

 とは言え。
 とりあえず絶体絶命の状況から脱しはしたものの、予断を許さないのは事実で。
「お前ら・・・今取り込み中なんだよ、いいから表のみんなを宥めていてくれって・・・」
 呆れ半分、いらだたしさ半分の京梧がそう言いかけたのを、意外な存在が遮った。


 ───ア・・・姉上・・・?

 蓬莱寺言うところの『取り込み中』の最大の要因である、勇之介だ。彼は今までになかった唖然とした様子で、開けられた木戸の方を見つめていたのだ。
 彼の視線の先に立っているのは、どうやら美里藍のようだけど・・・。

 途端、あたしの側にいた《鬼道衆》が、小声ながら騒ぎ出す。

『ちょ、ちょいと八丁堀、勇之介の姉君って、美里藍に似てるのかい?』
『あいにく知らん』
『おい、大事なことなんだよ。もし似てるんだったら、うまくすれば勇之介を成仏させてやれるかもしれねえんだって』
『そ、そう言われても・・・俺は結局、おろくには会ったことがないんだ。多分榊さんも』
『こうなったら、2人が似ていることを望むのみだな・・・』

 彼らの会話から察するに、どうやら美里藍は、勇之介の姉・おろくと似たところがあるらしい。
 ・・・けどだからって、どうなるってえの? どうやって成仏できるって言うのよ? 《鬼道衆》が出来なかったことを、《龍閃組》なら出来るとでも言うわけ?

 あたしの懸念と皆の期待を他所に、当の美里藍は勇之介の存在に気がついたらしい。自分は桜井小鈴を止めていたくせに、まるで引き寄せられるかのように中に入って来た。
 そして。

「・・・ごめんなさいね・・・」

 焼け爛れた顔の勇之介に相対しても目をそらすことなく、美里は慈愛に満ちた悲しそうな表情を怨霊に向ける。

「あなたが苦しんでいるのが分かるのに・・・私には何も出来ない・・・ごめんなさいね・・・」

 そう言って、懐から取り出した綺麗な手ぬぐいで、勇之介の目の辺りをぬぐうようにした。
 どうしてそんなことを? 背後から見守る格好となったあたしたちはそう怪訝がったが、じきに理由が分かった。
 勇之介は泣いていたのだ。はらはらと、大粒の涙をこぼして。

 ───ゴメンナサイ・・・僕ガモット強カッタラ、姉上ヲ守ッテアゲラレタノニ・・・。

 美里は何も言わない。ただ黙って、勇之介の言葉を聴いているだけ。

 ───ズット謝リタカッタンダ。最期マデ心配カケテゴメンナサイッテ・・・デモ、モウ心配シナイデイイカラネ、姉上。

 言って勇之介は柔らかに笑んで見せた。そう、焼け死んだ時の焼け爛れた顔ではなく、おそらくは生前のままの、結構端正な顔立ちで。
 ひょっとしたら・・・あの焼け爛れた醜い顔は、恨みに縛られた象徴だったのではないか、とあたしは埒もなく、そう思えてならなかった。
 そして、おそらくは生前と同じ優しい目線を、勇之介は今度はあたしの抱きかかえたお夏へと向けたのである。

 ───ゴメンネ、オ夏チャン。僕、オ夏チャンノコトモ、ズット守ッテアゲタカッタンダ・・・。

 そう、言うや否や。
 勇之介の体は温かな柔らかい光に包まれ始める。そうして、徐々に姿が明るさにまぎれて見えなくなったかと思うと・・・・・。


 ───唐突に、光はやんだのだった。
 後に残ったのは、お夏のすすり泣く声だけである。


 な・・・何だったの、今のは・・・。

 今日は《鬼道衆》やら、炎の鬼やら、怨霊やらが次々に出てきて混乱のきわみだったけど、今のなんてその際たるものじゃない。さっきまで禍々しい怨霊だった勇之介が、あんな神々しい光に包まれて消える、なんて・・・。

 呆然とするしかないあたしたちに、桔梗は悔しそうな口調でこう告げたのだ。

「まさか・・・あんたたちにこんな形で助けられるとは、思いもよらなかったよ、《龍閃組》」
「助ける? 何のことなの?」

 当然、事情を知らない美里藍は、自分が怨霊にしたことで何が起こったのか、なんて理解できなかったんだけど。
 その答えは、人を食ったような態度の九桐が教えてくれた。

「その様子では、何も分かっていないようだがな、美里藍。どうやら先ほどの怨霊は、お前に死んだ自分の姉の姿を重ねて見ていたらしい」
「私に・・・?」
「そうだ。自分のふがいなさから、死地に追いやってしまった姉にな。・・・だからお前に謝ることで、己の心の中に最後まで残っていた未練を、払拭することが出来た、というわけだ」

 ───事情は分かったわよ、事情は。
 だけどあたしが知りたいのは、そんなことじゃないんだってば。勇之介が成仏したか否か、それだけなのよ! もったいぶってないで、さっさと教えたらどうなのっ!!

 イライラとした感情を隠しもせず、あたしが睨み付けていたところ、どうやら心の声が聞こえたと見える。九桐はチラ、とあたしの方を見てから、明らかにホッとした表情になって言った。

「つまり貴殿の心配は、もう無用と言うわけだ榊殿。思い残すことがなくなった勇之介は、無事に成仏した。・・・あいつが狙っていたと言う行商の男が、殺されることはもうないだろう」


 成仏・・・した? 勇之介が?


 鬼のお墨付きを貰うや否や。
 あたしは一気に、自分の体中の痛みを実感する羽目になった。
 つまり・・・今までは緊張感でどうにかやり過ごしていたものが、ドッと押し寄せてきちゃった、ってコトよね。

「・・・・・・・・ッッ!!」

 ───とにもかくにもあたしは、頭にまで響くような火傷の熱さと痛みで、その場にうずくまってしまったわけだ。
 懐に抱えていたお夏から手が外れ、彼女が恐る恐るあたしから離れていくのが気配で分かる。

「榊さんっ!?」
「榊様っ!!」

 御厨さんと涼浬が駆け寄って来たみたいだけど、今のあたしの目はただただ床を映すだけ。指は床をかきむしるだけ。耳は飛び込んで来る音を集めるだけ。
 焼かれたのは背中だと言うのに、喉やら胸やらが異様に苦しくて、咳が出て止まらない。視界もいろんな色の火花が散ったみたいになるし、呼吸は出来なくなるしで、体力が徐々に奪われていくことが分かる。
 あたしは再び、意識を失うところだった。・・・だけど。


「桔梗、早く榊殿に治療を・・・!」
「榊が火傷しちまったんだ、美里、早く治してやらねえと・・・」

 別々のところで《鬼道衆》と《龍閃組》がそう言っている声が聞こえた途端、とっさに大声を張り上げていた。

「余計なこと、しないで下さいよっ!!」

 ・・・その大声の反動で、再び痛みがぶり返してしばらく声が出なかったのは、この際ご愛嬌だと思って頂戴な☆

 仮にも助けようとした人間本人に、そんな口を聞かれようとは思っても見なかったのだろう。

「何言い出すんだよ、榊! 美里はそこんじょそこらの医師よりよっぽど、腕が立つんだぞ?」
「榊殿、我らに借りを作りたくない気持ちは分かるがな、このままでは貴殿の命が危ういのだ。勇之介との約束を果たすためにも、ここは治療を受けて・・・」

 蓬莱寺と九桐がそれぞれ言ったし、どうやら美里藍と桔梗らしき人間が近寄って来たけど、あたしは懸命に腕を振り回してそれを阻止する。

「榊さん、ここはとりあえず治療を・・・」

 さすがに御厨さんも見かねて進言してくる。おそらくあたしの火傷が、本当に深刻な状態だからなんでしょうけど・・・あたしにはあたしの思惑ってものがあるんですからね。借りとか、身分とか、そんなことを気にしてるわけじゃないのよ。

「火傷を、治すなって言ってるんですよ。こ、これは今回の事件を丸く治めるために、必要不可欠なモノなんですからねっ!」


〜茂保衛門様 快刀乱麻!!(14)≪後編≫に続く〜





BACK   NEXT
目次ページ