ツマがフローリングの床に広げた新聞広告を背中を丸めて一枚一枚丁寧に目を通している。これは彼女のほぼ毎日の日課になっていて、スーパーの特売などはまず見逃さない。だからこそ“埼玉産 ボンカレーゴールド”などというおいしいネタも見つけることが出来るのだ。
「パソコン教室かあ」 ツマが手にした一枚のそれは、チラシと言うよりは市が出している広報誌のようなものだった。その一番最後の頁に、土日の休日を利用したパソコン教室が紹介されていた。 ツマは仕事でパソコンを使っているらしい。ツマは自宅用にと昨年ウィンドウズのノートパソコンを購入したが、殆どメール端末と化してしまっているようで、それ以外の用途で使っているのを見たことが無い。俺もいちおう仕事でウィンドウズパソコンを使っていて、なんとなくぼんやりと幾つかのソフトウエアの使い方は体で覚えてきた。だからツマは自宅用のパソコンに何か不都合が起きると、“自分よりはウィンドウズに詳しいと思しき”俺に質問をしてくれる。しかし、俺が持っているウィンドウズパソコンの知識は本当に上っ面で、基礎的なことになるとかなりの部分がアヤシい。ジャイアンツの若手選手の福井君は奈良の智弁学園高校出身だけど、俺、野球のルールを知りません――と言っているようなものだ。 「――知らないことが多いから、こういうパソコン教室もいいかもね」 ツマはその教室がテキスト代含めて無料であることも魅力的だ、と言った。 時間が許せば行ってきたら? と勧めたが、今のところ仕事もある身なので土日にパソコン教室に行くのは時間的に辛いかなあ……、とツマはその広報誌を眺めながら呟いた。
俺がやってみたいと思っている“習い事”がある。 それは『ゴスペル教室』。 家の近くに“ヤマハ音楽教室”があって、そこには子供から大人まで様々な音楽に関する教室が開かれているようだった。建物の入り口に貼ってあるポスターを見つけたとき、ふと俺は足を止めそのポスターをじっくりと読んでみた。 ギター教室……、あえて今から基礎をしっかりやるのもいいかもな。 ドラム教室……、やってみたいけど、高校生くらいのバンド少年しかいなさそうだな。 で、見つけたのが『ゴスペル教室』だ。 あのパワフルな歌唱、大人数で歌い上げるのは実に楽しそうだし、何より大声を出すというのは気分がいい。もし実際にその教室に参加したとしても、ちゃんとした大人の人が受講していそうだ。その教室で新しい人間関係が生まれるのだとしたら、それも素晴らしい事じゃあないか。年齢を重ねてくると、そういうことって少なくなるからね。
なんとなく決心がつかずに今日まで時間がたっているのだが、俺、随分前からそんなことを考えておるのです。
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