のづ随想録 〜風をあつめて〜
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【のづ写日記 ADVANCE】

2001年11月09日(金) おめでとう

 大学時代の後輩が来春、結婚することになった。
 最近、こういうコトブキな嬉しい知らせが久しくなかったのでたいへん喜ばしい。

 彼は俺が大学四年の時の一年坊主として我がサークルに入部してきた。そもそもウチのサークルは一応“ボランティアサークル”という看板を掲げており、夏テニス冬スキー型うふふあはは系軽量サークルとは違い新入部員が集まりにくい。ところが、プランクトンの異常発生が原因だったかどうかは知らないが、何故かその年は大量旗を振り回したくなるほど新入部員が集まってきた。
 彼はそれでも四月の結構早い時期に入部を決めたひとりだった。どちらかというと地味な、あまり冗談を言ったりするようなタイプではない。俺と同じように、大学に入るのに人よりやや余計に遠回りをしていた、というのも彼が俺の中で少しだけ特別な存在だった理由かも知れない。特別に彼を可愛がった、というわけではないが、なんとなく俺の視界の中にいる男だった。

「おい、これから飲みに行くぞ」 
 まだ新入生もそれほど入部していない四月の或る日の夕方。授業も終わり、帰ろうとする彼の背中に俺は声をかけた。部室には彼を含めて四人の部員が残っていた。
 彼は俺の誘いにあまり乗り気では無く、困惑した笑顔の中には明らかに「お願いですから解放してください」という風情が見てとれた。ウチのサークルは“ボランティアサークル”というハートフルなイメージとはかけ離れたところで上下関係はかなりわかりやすく厳しかったので、俺の「うるさい、いいから来い」の一言で、彼は俺たちと一緒に飲みに行くことになった。
 吉祥寺のとある居酒屋。今で言うカラオケボックスのような店ではなく、小さなリクエストカードに歌いたい曲を書き、店の従業員からお呼びがかかると、小さなステージに上がっていって他の客も見ている前で歌う、というタイプの店だ。一年下の後輩がアルバイトをしていたこともあって、俺たちはたびたびその店へ遊びに行った。
 そんな店だったからか、彼はいくら勧めてもマイクを握ろうとはしなかった。頑なに歌うことを拒絶する彼を俺たちはおもしろがって、ならばこの柿ピー入り生ビールを一気しろだの無理難題を押し付けた。典型的な学生のノリである。「俺も一緒に歌ってやるから」と俺は彼を諭し、俺と彼は米米クラブの「浪漫飛行」を歌った。カラオケ慣れしていないのか、彼は時折音程をはずしながらぼそぼそと低く歌った。
 この日の飲み会は彼に強烈な印象を残したらしく、後に彼はサークルに慣れてくるにつれて笑って俺に「あの時はひどかった」と訴えていた。俺と彼のつながりはあの飲み会で始まった。

 時は流れ、俺は大学を卒業することになる。
 卒業コンパの一次会はやや“堅め”に行われるのだが、代わる代わる俺の前にびんビールを持って正座し、「先輩、卒業おめでとうございます」と俺のグラスを満たしてくれる後輩たちが嬉しかった。その度にグラスを空にしなければならないのは大変だったけれど、彼も、そんな可愛い後輩のひとりだった。
 俺はこのサークルの仲間たちや後輩たちをとてもとても愛していた。三次会のカラオケボックスに入ってしばらくすると、感極まった卒業生はみんな涙をこぼしていた。俺も、ばかみたいに涙を流した。
 そこへ、ふと彼が俺のとなりに座った。
「先輩、歌いましょうよ」
 俺が顔を上げると、それまで何度も見てきた彼の穏やかな笑顔がそこにあった。
「先輩、浪漫飛行、歌いましょうよ」
 彼が入部してきて、初めて俺と一緒に歌ったあの曲。彼はそれと知って選曲したのだろうか。そんな気の利いたことができる男ではないはずだったが。
 この時の「浪漫飛行」を、俺はボロボロでまともに歌えなかった。彼は口惜しい位に上手く歌いあげていた。
 
 来春結婚する彼に、おめでとう。


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