今日から正月休みに突入。 予定どおり近所の床屋に行ってきた。さっぱり散髪をして新年を迎えようという算段である。月1回のペースで世話になっている床屋で、家から近いこともあり、この街に引っ越してからはほとんどココに通っている。 いつも俺を担当してくれているのが、ヤマダさん。年のころ25、6歳といったところか。やや小柄でお洒落なメガネがよく似合っている。気持ちいいくらいにケラケラと笑う、とても明るい女性だ。 美容師(理容師)さんというのは、そういうマニュアルになっているのかどうかは知らないけれど、客の髪を切っている間はずいぶんとアレコレ話しかけてくる。アレを苦痛に思っている客もいると思うんだけどなあ。今日の天気がどうの、今日はお休みですかお仕事ですか、これからどちらかお出掛けですか、えお仕事なんですか大変ですね、そういえば今朝のニュースで……。聞かれれば普通に受け答えするが、俺はどちらかというと特に話しかけてくれなくてもいいですよ、というタイプかも知れない。 このヤマダさんとのやりとりも、最初のうちは俺も聞かれたことにそのまま答える程度だった。しかし、何度も彼女に髪を切ってもらっている間に、俺はすぐ気づいた。
彼女と俺は“笑いの感覚”がかなり共通している。 今日もヤマダさんは好きな漫画のひとつとして『伝染るンです(吉田戦車)』を挙げた。
劇作家・三谷幸喜の話題で盛り上がったのが最初だったかも知れない。それもここ数年のメジャーな作品ではなく、まだ三谷幸喜が小劇団を主催していたころの舞台の話だった。この人はなんでそんな作品を知っているのだ、と俺はハゲシく驚愕したものだった。話をしていると、どうもお互いに劇中の同じ場面が印象に残っているらしかった。それもいわゆる“笑いどころ”ではなく、例えば西村雅彦(言わずもがなですが、彼は三谷幸喜の劇団の出身者です)のちょっとした仕草や台詞、などなど。俺はヤマダさんから大昔に深夜テレビで放送したという三谷幸喜の芝居のビデオを借りたりもした。 そして俺はいつしか、彼女と話が出来ることを楽しみにするようになっていた。
“俺”という人間をよく知るココの読者の皆さまなら、俺が“ささいなこと”“どうでもよいこと”をツツいてはげらげらと笑っている姿を想像していただけると思う。 今日のヤマダさんとのトークのテーマは『ファミコン』。プレステやゲームキューブなどの今流行りのゲーム機ではなく、初代の『ファミリーコンピューター』の話でかなり盛り上がった。 彼女は最近、“ニューファミコン”とかいう、初代のファミコンのゲームソフトが使えるゲーム機本体を購入したらしい(もう、この導入からして笑える)。久しぶりに『スーパーマリオブラザース』をやったら、昔取ったなんとやらで、結構上手にクリアしていくことが出来た、と彼女はすこし自慢気に言った。 「ファミコンかあ。やりたいなあ」 「面白いですよ。アタシなんかスーパーマリオなら目つぶっても1面クリアできます」 「ああ、俺も昔“目をつぶってクリアできるかどうか”やったことあるよ。同じことやってるな……」 「1アップきのこも取れます」 「(爆笑)。全面クリアしちゃうと、もう目的が変わってくるでしょ」 「そうですよね!」 「俺がよくやったのは1面を何秒でクリアできるか――」 「アタシもやりました」 「最後のゴールのところのポールに……」 「Bダッシュでジャンプしてポールのてっぺんまで行かなきゃダメですよね。それでたくさん花火を打ち上げるんです」 「(爆笑)いいなあ。ファミコンやりたいなあ」 「ファミコンはいいですよ。なんたって、四角いコントローラーを本体の横ンとこに、こう、刺して収納できるンですから」 そんな事実、十何年ぶりに思い出した。ヤマダさんに髪を切ってもらっている1時間強の時間が、ものの15分くらいで過ぎ去ったような感覚だった。 そんなヤマダさんも来春には別の街の床屋へ移ることが決まっていて、俺はもう残念でならない。
|