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2006年12月31日(日)
紅白 |
親と一緒に紅白みた。ベクトル解析のやつやりながらあまりちゃんとはみてなくて,FF12つながりで興味があるアンジェラ・アキのところだけまじめにみるつもりだった。今年の紅白は白組の司会をSMAPにしたことから序盤からすでにぼろぼろだった。「中居君つらいな〜…アンジェラまだかな〜…ってか面積分の定義ってなんだっけな〜…。」なんてやってたら…。おっぱーがきたこれ。
女性は衣装とはいえあからさまに描いてしまった乳首。男性は脱いでたし…。あれは自殺行為としかいいようがない。民放でもだめなことをNHKでやってしまった。
中居君は本当に運がいい。あれで今日の紅白の汚点が一挙にOZMAへ。アンジェラの歌はまったく放心状態できけなかった。中盤までの白組のあの展開から赤組が何点差で勝つかにしか興味がなくなった。あれで白組勝ったら亀田だ。
だが,結果は亀田。白組があらゆる分野で赤組をくだした。
もうなんていうか今年の紅白はひどかったのか僕の感覚がアパートにテレビおいてないせいかおそろしく世の中からずれてしまったのか。
ではでは。 |
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2006年12月29日(金)
最近の話題 |
実家帰って久々のテレビ番組をみてみると,今の時期は2006年の統括だかなんかで2006年度の問題を扱っている。一番関心が高いのは学校のいじめ自殺が目立ったみたいだ。
全体的にいえるのは,罰則を設けてふせごうという姿勢がきわだつ。いじめにしてはいじめた奴となにもせず傍観していた奴を警察送りにしてちゃんと処罰しよう,ということ。そういえば飲酒運転も酒飲んで車運転したら一緒に乗った奴も同罪にしようという。
飲酒運転は社会人に対しての処罰だしはっきりいってまっとうな社会人が行ったこととしてはまじでだらしのない行為だからまったく同感なんだが,子供のいじめについては対応がなんか疑問だ。
子供が自殺を考えるのは総合的な理由が大きい。具体的にいえば学校も家庭も自分の世界すべてが悲観的になると自殺という選択肢になる。学校がどんなにクソでも家に帰って楽しければ自殺しないし,逆に家がどんなにクソでも学校が楽しければ自殺しない。そういう話をぶっちゃけている奴は僕の人生にも多い。
今のいじめは,まず学校がつまらないことがあげられる。今の学校って何をしにいくところなのか不明である。まず明らかに勉強しにいくところではない。部活をしにいくところかというとそうもいいきれない,集団生活をするところなんてのもあるし,ようするに遊びも勉強も社会生活もなんでもやるところという印象をうける。確かに人間1つのことだけやってると飽きるのは確かにあるので,1つ2つ掛け持ちするのはいいことなんだが,今の学校は10個以上掛け持ちしている。10個以上掛け持つと大体もうなにがなんだかわからなくなるからつまんないという話になる。
家庭。残念ながらこれに恵まれるかどうかはまさしく神のみぞ知る。僕はたまたま恵まれた。大学院いきたいって夏休み話したら母親は「は?あほですか?」って顔されたけど冬休みにもう一度話してみたら「ま,いいんじゃない?」っていってくれたし。「大学は前の高専よりはいいところだし楽しいよ」ってそえたのが大きかったかも。それはともかく僕の周りにいる親はたいていいい親なんだが,中にはテレビできくようなパチンコやってて赤ちゃんほったらかしにして死亡させるような親もいる。そういう家庭に生まれたらもうなんていったらいいか…という話。が,僕が思うにたいていどこの家庭もそんなに悪い家庭ではないように感じる。遺書をみてもあまり親を責める内容のものはないし,あれをみて親がいじめに加担しているという印象は受けない。親がどういうしつけをしているんだというのは結局「いまどきの若者は〜」に並ぶまぁよくあるクソみたいな暴論だという気もする。
結局は,朝適当におきて学校にいき,勉強してんだか遊んでんだかよくわからないことやって,部活いってよくわからんしごきをうけて塾いってさらにわけのわからない話をきいて夜くたくたになって帰って…なんて生活をしているうちに,こんな生活がくだらなくなって周りを攻撃するようになったってことなんじゃないの?という気がしてならない。ま,学生の学力低下だのなんだのいう一方でゆとりも必要だのいいだした結果がこれだともいえるんだが。
はっきりいえば社会がすべてビジネス化(なんでも製品になり商売できる)し,すべてが利害関係で成り立つようになったから,世界が極めてしらけたものになったのが大きい。悪いことではないんだろうが。
それはともかく,子供が楽しく感じる世の中とはどういう世の中か。朝おきて,自分のやりたいことをやりたいようにやる。気のあう奴をみつけて好きなものをみつけてそれを極めるまでやる。逆にやりたくないものは無理してやらなくて結構です。嫌いなものはやったって効果でないのであまり意味ないですから…。これでよいと思うんだが…。
ちなみに僕は,音楽と絵とパソコンが好きだったからそればかりやってうまくなったかどうかは別として楽しめた。逆に体育,読書,人付き合い,数学は大嫌いで…今はできないことはないんだけどあまり得意ではない,必要にかられればやるが自分から進んで趣味的にやりたいとは思わない的なものはある。まぁ大嫌いなものがそこまでのレベルになったのはたまたまいい人などに恵まれたおかげなんだけどね。自分だけの力ではまずここまでにはならなかったと思う。絵と音楽とパソコンは好きだったから別にあの先生に教わらなくてもここまでできていたであろう自信はるが。
ではでは。 |
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2006年12月27日(水)
最近の買い物 |
最近みたDVD…
「ハリーポッター 炎のゴブレット」 ビバリーヒルズ青春白書が好きなら楽しめそうな映画。僕はビバヒル好きだったから楽しめた。ハーマイオニーとロンがパーティーでケンカするシーンはこんなのハリーじゃない!と楽しめる。ちょっとおすすめ。
「ショーンシャンクの空に」 無実なのに終身刑に問われ,拷問好きの監守がいる刑務所に放り込まれた囚人の壮絶な日常を描いた作品。全体的にストーリーもおちもいろいろとアメリカ的な映画。
「プライベート・ライアン」 シンドラーのリストが強烈だったのでそれよりは甘口にしてみましたという感じはうけた。かなりリアルに描いていて,映画というよりはドキュメンタリーに近いかもしれない。
最近きいたCD 「エースコンバット ゼロ オリジナルサウンドトラック」 5もよかったけどこれもなかなかいい。
「フロントミッション5 オリジナルサウンドトラック」 エスコンが曲を重視しているのに対してこっちは音を重視している。曲はそんなにいい曲ではないが,音そのものののよさはいいと思う。
ではでは。
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2006年12月26日(火)
たばこをみて |
たばこの禁煙数値目標を掲げるのを見送るらしい。
たばこ産業や自民党の喫煙者議員,反発する大量の喫煙者に配慮してとのこと。どう考えてもおかしいことだと思う。
そもそもたばこ産業の反発でやめるっていうのは癒着ですか?って話だし,喫煙者の「すわせろ」という反発も,その反発は社会的に間違った主張だと思う。子供の理屈っぽくきこえる。
あまり他の先進国と比べるなともいうが,他の先進国ではタバコは依存性の強い麻薬だと認められ,病気のもとだといわれているとなんかで読んだ。アメリカでは喫煙者は保険料を高くとられるらしい。確かに考えてみれば,自分から病気になったような奴を病気にならないように日ごろ気をつけている人が面倒みるのはおかしなことだ。これは日本も見習ってもいいようなことのように感じる。
もちろん,人間にはたばこを吸う権利がある。しかし,たばこを吸う人とたばこを吸わない人の扱いが同じだというのはおかしいことな気もしなくもない。
日本の場合,いろいろとそうだが,喫煙者と禁煙車,前科者とそうでない者,頭がいい人悪い人などなど,わりと区別することはない。区別すればいい国になるかはわからないから。
どうすればいい国になるのかはまったくもってわからない。たばこも案外僕のほうが我慢して彼らに吸わせとくほうがいい国なほうなのかもしれんし。わからんな。
ではでは。 |
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2006年12月24日(日)
キーボード |
父と花小金井に新しくできたPCショップにいった。前のキーボードがうつとカチャカチャ音がでるキーボードだったので,うったときのそんなに音がでないタイプのキーボードを買った。アパートだとそういうのも隣の人は気になるみたいだし。まぁ,大人がすんでるみたいだからその場合何気をつけてもどうせ無駄でもあるんだけどね…。若者たたきたいだけみたいなところはあるし。で,そういうのだとこっちもああいう大人にはなりたくないと思うから結局わかりあえなくてあまり意味がないと。
課題はCAD/CAM完了。細分化曲線を生成しなさいというやつ。教科書にアルゴリズムかいてあるからそれをもとにC言語くんでできた。これは中点と細分化曲線式によって制御点列を増やしていくやつだから繰り返し回数が多くなるとなんか疲れるのが欠点のアルゴリズムだと思う。描画はエクセルにうちこんでかいた。
ご飯実家ではちゃんと食べてるしよく寝ているので体調は今いいです。
ではでは。 |
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2006年12月22日(金)
1日目。 |
冬休み一日目。午前中母の買い物に付き合った。僕がまともな食材をかわなすぎるのか母親が贅沢すぎるのかわからないが,母の買い物がずいぶんと豪勢な買い物にみえた。一回の買い物で3000円くらい使うってありえなくね…?僕はちなみに1000〜2000円くらい。
まぁいろいろと親と世間話したりお昼寝したりした。戦時だから学校のやつの復習もしなきゃって夜なにげなーくこたつに入って「オートマトンと形式言語」と「中国語」の復習とかやってたら.母と弟が一緒になってその場で,母は今勉強中らしい国家試験の介護福祉なんたらってやつ,弟はセンター試験の勉強とかやってた。
ちなみに成果は,僕はさっぱりわからなかった。言語はアルファベットの部分集合らしい。アルファベットはその言語で定義される文字のこと。語はアルファベットで書かれる組み合わせ。言語は特定文法でかかれたアルファベットのくみあわせ。えっと…まったくわからん。�澄C羚餮譴亙拔�してたら「わたしはビジャクーです」ってなんていうの?きかれて「えっと…我是ビジャクーじゃね?」(絶対違う)っていってたらすごいねーっていってた。弟は中国留学したことあるから,弟の場合はまた別の呼び名があるらしいが,学校でやっている中国語は漢語で,弟が留学したところは上海(広東語)だから,方言がうんたらかんたらでまったく別の言語らしい。
へー。
ではでは。 |
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2006年12月21日(木)
帰省 |
今日実家に帰ってきた。午後バイトだったから家ついたのが夜22:30くらいか。久々にまともなご飯食べた。犬も元気そう。父と弟のうつ病は相変わらずだが,まぁおまいらゆっくりなおせよ。 |
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2006年12月19日(火)
まとも |
冬休み入りだ〜。
プロ演IIで課題終わった後先々週話した人とまた少し話し込んでた。2年生らしいがお互いに敬語。九州の長崎の人らしい。帰りは飛行機使うらしい。
この大学にきた理由は,高校では大学受かるか受からないかという評定をだしてくれるらしい。評定は低かったらしいが推薦で受かってきたらしい。とにかく受かってしまったのでその県のことなどなにもわからないが,とにかくアパート借りて通うことにしたらしい。
漏れと似ているな…。高専は大学編入はわりと盛んなんだけど,高校と違って評定がでない,センター試験もない。だからどこでも受けられるし受かるか受からないかは相性という就職試験にどっちかというと近いらしい。そのへんの大学落ちて有名大学には受かるという高校のほうでは絶対にありえないことがおこるからね…。(むこうはセンターですでにどこの大学受けれるかきまるらしいから)もう少しよくあるケースだと同じレベルの大学受けてあっちは落ちてこっちは受かるとかはわりとある。たぶんこれは,世間一般的に大学をレベルで階層構造にほうりこもうとしたのが僕のような勘違いしている認識にいたるんだと思う。人間にレベルというものが見出せないように,大学や高専にもレベルなんてのは本当はないのかもね。その人にとって相性はあるだろうから,もしそういう順位リストを作るなら,その人にあわせて別々のリストになると思う。まぁ,編入は受かった大学がその人にあっている大学ですでいいと思う。僕の場合はそう。
今の大学は友達いないけどわりと楽しいほうだと思う。束縛ないし。高専のときは私立なのもあってルールにうるさかった。通行許可証がないと入校できないにはじまり,9:00〜16:00,つまり講義があるいわゆる時間割内では昼休みでも学校外にでていってはいけない。(コンビニ弁当を買いにいくことができない)研究室内でカップラーメンを食ってはいけないという珍校則もあったし,服装は私服でも半ズボンやサンダルをはいてくるなというのもあったし,ついにでてきたのが通学路制限で,近隣住民に配慮してこの道しか通るななんて無茶苦茶な校則もできた。そういやテストを休む場合は当然医者の診断書がいるんだが,なぜか学園祭・体育祭・マラソン大会がテストと同じ学校の公的活動という位置づけでそれを休むときも医者の診断書が必要で,マラソン大会にいたっては休んだらテストと同じように「再試」(学校の周りを体育教員の監視のもと走る)なんてのがあった。はっきりいって無茶苦茶うざかったが,ここの大学はそれに比べればおそろしく寛大だ。さすがに通学路制限はないし。しいて言えばアパートの燃えるゴミの日に燃えないゴミだしたら呼び出しくらうくらいが珍といえば珍か。ああいう校則ってほんとどういう発想をすればでてくるんだろうな…。
もちろんその反面厳しい面もある。あそこの高専はルールが六法全書なみに(テスト,講義,服装,私生活,研究室内,通学路,カップラーメン,マラソン大会や学園祭を休むときはテストのときと同じように医者の診断書必須,)厳しかったが,それを全部守っていれば当然のように単位がとれて,当然のように卒業できるシステムだった。教授もそれを管理するためのアホらしい就業規定が羅列されていたらしいが,それさえやっていれば給料がでたらしい。
しかし大学のほうは自由なので,教授も学生も自分で考えて努力し,やらなくては僕は単位とれないしむこうも給料もらえないしで,このへんはセンスがいるようなことなように感じる。つまり,単位をとるためには,自分で考えて勉強せにゃならんわけで,またわからないことは質問しにいったほうがいいんだが教えるほうも大学にいる日と時間は限られているし,難しめのことをやっているから質問方法を間違えれば余計泥沼にはまるしで,考えなければいけないのだ。今回も二度ききにいったことがあるが,どうきくかは難しくて,ノートに計算過程を書いて聞きにいくくらいのことをしないと何がどうわかんないのか伝えられないだろうな的なものを感じてそうした。
まぁそれでも通学路規制に比べればそっちのほうが僕はいいけどね。どう考えても昔がどうかしていたんだ。間違いない。
ではでは。 |
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2006年12月18日(月)
むこうのWeb更新と中間テスト |
GのWeb更新。曲追加。
中間テストはたぶん全滅したと思う。数値計算→思い出したくもない…。数理計画…制約条件>=0のやつってg>0とh=0のやつ2ついるかもしれないしよくよく考えてみれば非負条件もg>0,h=0と考えてつけなきゃいけなかったかもしれん。わかんないしもう死のう。コンピュータアーキテクチャ:問題文がちんぷんかんぷんだったので,こういうこときいているんだよなと勝手に解釈して真理値表かいてブール代数にもってって論理回路かいた。つまりなにもかかないよりはなんかかいてあったほうがいいだろ主義…。ふふふ…。
いや…自分の勉強不足がいけないんだけどね。
ではでは。
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2006年12月17日(日)
世の中の不満 |
時事ニュースから…。Winny開発者に有罪判決ってやつは,すごいアメリカ的な判決だと思う。日本的に考えれば包丁を使った殺人事件がおこった時,包丁メーカーが訴えられるかというとそんなむちゃくちゃな話はない。ではなぜ今回のケースは,かというと。Winnyが与える社会的影響にある。
包丁が社会に与える影響は,殺人事件がおきるくらい…。だが,Winnyが社会に与える影響は,企業が儲けを考えて作った製品がすべてただ同然でばらまかれることになる。包丁で国民が死ぬ(確率を含めた)被害総額と,Winnyで100億円もうかるはずだったのに無料でばらまかれてしまった被害総額。この両者を考えると,包丁が訴えられなくてWinnyが訴えられる理由になる。世の中では人命なんてどうでもよくてなにより金だって考えられているんだろう。アメリカの殺人事件の発生率と富豪の割合みたいなやつだ。
個人的にはそういう理論でいくなら交通事故をおこしまくっているトヨタや日産やブリジストンや国土交通省が訴えられないのは納得いかんし,満員電車や痴漢を改善できなJR中央線が訴えられないのもおかしいしって話になると思う。社会的影響という理屈で考えるとね。でも,助手は訴えるが大企業のおえらいさんが訴えられることはまずない。そう考えればおまいらがいう社会的影響というのも口だけだなとしかいえない。そういう企業の製品を買えという話になると,Winnyの1つでも作ってやろうかという気に逆になってしまう。
世の中は理不尽だ。
理不尽ついでに安倍政権の支持率。この人の政策はわかりやすすぎて俺でも何をやりたいのかがわかってしまう。
安倍総理が今一番関心のあるのは参議院選挙。これになんとしても勝って,自分が作った法案を強引におしとおせる格好を作りたい。郵政民営化に反対して(ど田舎では郵便局が票集めに影響しているからな…)自民党を去った左翼の人たちも,その地元ではまだまだ絶大な影響をほこる。自民党が票を集めるために彼らを再び呼び戻す。今の支持率はおちるが,あんなのは首都圏の支持率なわけで,選挙はそれぞれの県でどれだけ自民党のやつを当選させるかが課題,首都圏はあてにしていない,だから支持率の低下よりも県民の票を集めたほうが得だということになる。
支持率がおちれば民主党が陰口をいうだろうが,彼らはあれが仕事だしそれ以上のことはできっこないから気にする必要はない。
それで参議院で勝ったら,あとは自分のやりたい放題の政策をやりまくる。たとえば大学を欧米にならって9月入学にするとか,小学校を英語漬にしてしまうとか,学生・生徒・教師それぞれの質を高めるとかなんとかで,テストを毎年何度も何度も何度もやらせるようにするとか,そういう教育改革をやるんだと思う。そのときにさっきの左翼の先生が反対したらまた追い出して自分が右翼であることをアピール。
で,さんざんやりまくって,あとは引継ぎに麻生さんにゆずり,外交的にアメリカと同じように反中国・朝鮮体制を作り上げてアメリカと一緒になって世界を牛耳る。
こんなところだと思う。
ではでは。 |
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2006年12月14日(木)
宇宙 |
2日連続でカテキョのバイト。まぁバイトも毎週木曜の午後からやってるよ〜。郵便局の年賀状バイトをやったことがあるんだが,ああいうやつやお店系は割合職員の間で今年のあの子はどうのこうのと評価はでる。働いている場所は同じだから。しかし,カテキョの場合は事務所と家庭と働く場所が違い,評価がでないから難しいわな…。そこがいい点でもあるんだけどね。
図書館から「宇宙の定数」なる本をかりてよんでいるんだが…いっていることはさっぱりわからないがなぜか面白いよ。宇宙ってのは"今日届いた手紙は明日だされたもの"のような格好をしているらしい。
まぁ,つまり宗教でいうところの宇宙の終わり(この世の終焉)なんてものはないんだよ…。人類は滅びるかもしれないが,人類の遺産や存在は永遠に残る。万物みんなきえちゃうことはない。そういう風に考えれば,いつかすべてのものは滅びて無になってしまうと考えて生きるよりは前向きになれるっしょ。
ではでは。 |
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2006年12月12日(火)
近況 |
ちょっちのどが痛い。風邪のひきはじめみたい。今日のお勉強は1時間ほどにしてもう寝ます。
宿題は今週どばっとでたな…。数値計算は昨日完成して今日だして,あとプログラム演習と言語学か。テストは数理計画とコンピュータアーキテクチャ。
fm…ラストスパートじゃぃ。
実家帰っても戦時の真っ只中だから勉強しなきゃって感じだろうな…。勉強道具あたりを持ち帰るか。
ではでは。 |
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2006年12月11日(月)
自転車の鍵なくしてこわした。 |
最悪だ…今日は8:30におきたんだが…自転車の鍵がどっかいった!やばい…鍵があかない…。月曜1時限目ってなんか毎回寝坊したり鍵なくしたり財布おとしたりで5分くらい遅刻しているような…のろわれているとしか思えん。
しかし自転車は必要だ。ということで,鍵(後輪リング系)をこわす。一人暮らしするときに親父からもらったマイナスドライバーとかなづち使って鍵穴こじあけて中のひっかけている板はずせばあくってやつでまぁ実際あけたんだけどさ…。そういう自転車乗ってると鍵みられてK札の尋問にひっかかりやすくなるから嫌なんだよな…。今度自転車屋さんにちゃんとはずしてもらおう。とりあえず自転車が走るようにはした。
ほんと最悪だよ…。
ちなみにこれを悪用して他人の自転車も盗むのが自転車泥棒ね…。
ではでは。 |
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2006年12月09日(土)
とこやさん |
午前中に髪きった。前と同じところ。市販のシャンプーは石油系を使っているから髪がきれいになるどころか返っていためるって話をしてくれたところで,今回も同じ話をしてくれた。僕の髪はというと絶好調らしい。まぁ…親父のその親父も,母のほうもはげていないという体質遺伝というのもあるだろうし,髪は基本水ですすいでいるだけだからな…。シャンプーに卵をいれると卵のたんぱく質を分解して白くにごるんだとさ。目玉焼きもたんぱく質を熱で分解するから白くにごるんだとさ。
世の中には何気なく使っているものが人体に危険なものであることがいろいろあるらしく,特に一般の安い加工食品だの加工繊維だの加工薬品だのはすべて石油から作られているから危険なんだとさ。人体にいれても危険だし,排水すると環境にも悪いし…ということなんだって。
一番いいのは天然素材で,高いがそれを使うと長生きできるんだって。じゃがいものでんぷんで泡だてて,汚れを吸着してとるとか,そういうことをやったほうがいいんだって。今のは塩酸硫酸で人体ごと溶かして汚れをとっているんだって…。
まぁそれをきいたからといって,お金の範囲で生活しなくてはいけないのだからどうしようもなかったりもするんですが…。
数理計画の教科書のp.23の練習問題やってみたんだが教科書これたぶん違うな…。f(x)の偏微分はあっているが,この場合の[g(x)]_は0になってしまうからh(x)だけしか残らないので答えたぶん違う…。
ではでは。 |
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2006年12月08日(金)
作曲しました^^ |
作曲しました。
なかなかかっこよくない?何回もきいていると全米が涙します。ギターの譜面がこれ相当ういているっていうか…ちょっとうざいなって感じになっちゃったんだけど,ならしてみるとなかなかいいではないか!って感じだった。個人的にはこういうアンサンブルの作り方は嫌いだったんだけど,考えを改めました。
ではでは。 |
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2006年12月05日(火)
ヴァンパイア |
大学のプログラミング演習IIでたまたま隣になった人に「すいません,この課題5ってやつどうやるんですか」ってきかれた。教えた。大学の学生と5分以上会話したのはこれで2人目だ。やった,ちょっとぼっち君脱出。
課題の内容は英語のファイルの文字列を読み込んでアルファベットの文字数をaは何文字ありますAは何文字ありますbは何文字ありますとzについてまで数えて表示するものだ。if文で52文字ぶん場合わけて数えあげてたすのはNGという条件付。漏れは文字型のAというのはそういやある整数をAという文字に対応させてるだけだったことに着目して,文字を一文字読んだら,配列counter[そのアルファベット]++;してやれば数えられるなって感じで片付けてそれで教えた。if文は使ってないのでif52個並べるよりははやいはず!
それ以外にも方法はあると思う。教授がいうところだとctype.hっての読み込んでやるといいとかなんかいっていたし。上の方法はよみこまないでも普通にいけるので…。まぁ,いろいろあるとは思う。
しかも話したのは1年から入った学生だ。ヴァンパイアにたとえると純血種だ。漏れはかまれてヴァンパイアになった人間との混血種な人だ。たぶん。違うか。とにかくちょっとうれしかった。
知識工学で(課題にはしないが)来週までに ∀x[f(x)∨h(x)] != ∀xf(x) ∨ ∀xh(x)…「ぬ」 ∃x[f(x)∧h(x)] != ∃xf(x) ∧ ∃xh(x)…「た」 を証明してきなさいいわれたんだが…。
これってさ…xを学生,f(x)を「性別が男」とする,h(x)を「性別が女」とすると…。
「ぬ」は すべての学生は男か女であるということは…すべての学生が男であるかすべての学生は女であるということではない,って当たり前じゃないか…。
「た」については おかまがいるということは,男がいて女がいるということではないって当たり前じゃん…。
漏れがかくと簡単そうにきこえるけど実際はそんな簡単な話じゃなくてまじめな話だったよ。しかも上のは証明とはいえないよ…ってそんなのわかるか…。
ではでは。 |
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2006年12月03日(日)
ゲーム |
ゲーム機Wii発売!すごいと思う。Wiiは任天堂が今の(より美しく,よい音質で,リアルでなくてはいけない)ゲーム開発の流れに疑問をもち,そうではなく操作が簡単で楽しいゲームをつくろうよ!という意見からうみだされたものらしい。
確かに今求められているのはそれだと思う。ドリキャスやセガサターンも画素のよさを売りにしていたし,プレステ3やXBox360もそういう機能のよさをうりにしていたが,そのおかげでなにがおこったかといえば,ただ絵と音楽だけ美しいゲーム,ゲーム本体はとにかくあきる,操作が難しくラグがひどい,起動時間などの待ち時間が長い,とかそういうゲームを量産することになってしまった。
結局ファミコンがスーパーファミコンに,スーパーファミコンがプレイステーションに,プレイステーションがプレステ2にという機能面での進化はそれなりに価値あるものだったが,プレイステーション2である程度ゲーム機がもつべき画素とか音質とかそういうのは完成をみたのかもしれない。実際プレイステーション3ってきいたときは,「いやもういいんじゃね?」って思ったしね。もちろんそういうのをひたすら追求してもいいと思うが,業界の会社全部が全部そうである必要はないと思う。
今やってみたいゲームはときかれれば,Wiiがやっぱり近いと思う。簡単な操作でかっこいい技をくりだしたい。簡単な操作はボタンの組み合わせだと実現するのは難しいので,ああいうコントローラふりまわす格好にならざるをえないと思う。
そういえば…Wiiみたいな発想をきくとなぜかB-TRONが浮かぶ。あの東大が作ってみた次世代パーソナルコンピュータだったんだけど,商売上のトラブルにみまわれてダメになったやつ。
B-TRONも,今のコンピュータがとにかく機能をはやく,大きく,多くしていこうという流れに疑問をもって,そうである必要はないんじゃない?ってことからはじまったらしい。そうではなくよりユーザーフレンドリーにという。具体的にはとにかくキーボードが異質。従来のqwerty配列キーボードはタイプライタ専用のキーボードだったために内部故障がおきないようにするためよりうちにくい配列にしてキータイピングの速度をおそめるようにしている。でも今日びのコンピュータは電気でうごいてんだしはやくうてる配列のキーボードを提案したらどうかとかそういうことらしい。Wiiに近いといっては近いかもしれない。そのほか,お年寄りや障害者の使用も配慮にいれて文字の大きさとか,その他の入出力インタフェースを拡張できるようにといろいろ工夫してある。ハードウェアの性能はiMacや東芝と同じか劣るくらいだったが,ユーザインタフェースの面に関しては気をかなり使った世界初のコンピュータだったかも。
多分,B-TRONが売り出されたら,確かにそれまでそういうコンピュータがなかったことは事実なんだから,売れも売れなくもない商品にはなったと思う。でも,結局不正取引の商品として扱われてだめになってしまった。まぁ,それはいいんだけれども,なぜかこうみると世の中で一番進化のはやい製品ってゲーム機なような気がする。以前はコンピュータだといわれていたが,どうもゲームのほうが進化がはやくない?と。
コンピュータだと新しい概念が定義されてもそれが実用化されるまでは2〜3年はかかる。今コンピュータでは知識社会とかいわれているけど,それが具体的な形となってあらわれるのは2〜3年先だと思う。まだライブラリの機能を全部まる暗記しているほうが尊ばれる時代だし…。
ゲーム機だと,今日定義された概念が半年後はゲームになって実際に売り出されているほどスピードがはやい。
なんか世の中って重要なものになればなるほど,より進化が遅い気がする。歯科医療だって,ゲーム機のスピードで進んでいればインプラントだの3MIX-PD法はとっくのとうに保険でまかなわれて,今はミュータンス菌撲滅化計画なるところまできて誰が世界的なノーベル賞をとれるかという議論になっているような気がする。この世界は新しい技術が実用化されるまでは10年待たなければいけない。
ましてや,100年たってやっと新技術が実用化されるような分野すらある。車や自転車のことですが…。
それらをみて思うのは,やはり誰を相手に売っているのかということだと思う。ゲーム機は基本的には子供相手に売る。どっちかというと社会全体を相手にはしていない。なんか社会相手に商売すれば技術の成長もはやいのではないかと感じられるが,逆なのだ。社会全体を相手にすればするほど保守的になってしまう。
子供相手に売っているから,子供はあきやすいため,常に新しい考え方や製品を提案・販売していかなくてはいけなくなる。子供たちの買い物にはブランド志向なんてものはないので(スクウェアの製品しか買わないなんて子供いないでしょ?)ブランド戦略じゃ売れないので,どんな企業にもチャンスがあり,危機がある。しかも購買意欲が高い層なので,本当に面白い製品なら社会的ブームになるほど売れる。だからゲームの進化ってはやいのだと思う。
その一方でコンピュータとか医療・教育など,万人に必要なものは,ぶっちゃけるとあまり努力しなくても必要性から常に一定のお客さんが確保できてしまう。子供と違って考え方が保守的な方向に定着してしまった大人相手だから,ブランド戦略なんてものでコロっとだまされてしまう…。僕自身もAppleComputer好きだし。つまり,1人の男の自伝や社会的評価1つでたいした商品でもないのに売れたりしてしまう。子供には理解不能な発想だろう(同じゲーム機やソフトを2つも3つも買う子供なんてみたことないし…)。
また,実際に作る側も,今のままで売れるんだし,もう新しい考え方とかいらないよねと考える人もいるわけで,新しい考え方が提案されても,「そんなものいらないから,今のシステムの維持に貢献しなさい」と握りつぶしてしまいがちなように感じる。B-TRONが商品化すらされなかったのは多分それだ。マイクロソフトが特にそれだ。
より新しいものを常に考えつくり続けたけばゲーム業界が一番いいと思う。商品の評価も正直だし。
もしくは戦争がおこるとすべての分野で技術革新はおこるかもしれないけどね…それだけはめんどいので嫌です。
ちなみに保守主義をまるで悪いようにかいてしまったが,よくいえば伝統主義っていうか古きよき時代っていうかそういうのもあるからなんともいえないんだけどね。
ではでは。
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2006年12月02日(土)
宇宙の裏 |
大学の講義で宇宙はメビウスの輪みたいな形をしているかもしれないんだと。
教授のそのまた教授がみた映画のストーリー例で説明してくれた。同じようなものだと…小学生のときにみた「どらエモン」の話で,内容的には教授のそのまた教授がみた映画よりもよりハードなものになっている。
内容は,宇宙をまっすぐ1直線にすすんでいったらどうなるかという話。地球なら球面の形をしているから世界の表面を一周して戻ってくる。では宇宙ならどうなるのか。
教授のそのまた教授がみたらしい映画の話では,2人の男がロケットを使ってそれを実行する。どらエモンの話でも,どらエモンがのびた君に頼まれる形でポケットの中から宇宙船をだしてそれを実行する。結果も同じで,地球にたどりつく。
ところが,地球にたどりついてみると,その世界がなんか違う。教授の教授がみた映画では世界の左右がまったく逆転している。どらエモンの世界ではもっとハードで,のびた君がのび子ちゃんになっている。どらエモンが猫型ロボットからたぬき型ロボットになっていて,さらに使えない奴にもなっていて,「空飛びたい」と頼むとたけコプターではなく空が飛べない「たけのコプター(頭のてっぺんにはりつくただのたけのこ)」を渡す。しずかちゃんも当然しずおだか男になっている。どらエモンの世界では先生がえらくえがかれるが,逆転して先生が生徒にぺこぺこしている。地球そのものも北海道の口が右をむいているはずが左をむいている。
教授の教授がみたらしいその映画の題名は不明だが,どらエモンの話についてはこれ。
オチとしては,映画のほうでは,帰還を2人の男も歓迎してくれた周りの人も,左右反対だと何かと不便で,男たちはここは地球ではないのではないかと疑いはじめ,まわりの人もこの人たちはどっか別のところからきた宇宙人かもしれないと,帰還をすすめる。男たちがくるのに使ったロケットがこわれていたので,まわりの人が新しいロケットの部品を調達して,これ使いなよと渡す。しかし,その部品も左右逆で,ということは男たちも左右逆に回路をつないでしまって,短絡がおこり,いざ点火したら爆発がおこり男たちは死んでしまいましたというもの。
どらエモンのほうも通していいたかったことは,2つの世界をとおして,この宇宙にはすべてが正反対になっているパラレルワールド(もう1つの宇宙や地球)が存在すると述べられている。ま,ゲームでもそういうテーマのやつあるよね。クロノクロスとか。
で,教授のそのまた教授,また,アインシュタインなどはそうではないと考えていたらしい。つまりそういう解釈ではなかったらしい。映画なのでいろんな解釈があっていいんだが,彼らのは考え方もまたぶっとんでいてクールでよいと思う。
彼らによると,宇宙というのはメビウスの輪のような形をしている。だからそういうことがおこったんだという考え方。メビウスの輪というのは…一般にリボンの端点と端点をむすんだものをリングという。メビウス・リングとは,(当たり前だが)リボンには表と裏があるんだけど,一方の端点を一回ねじって一方の端点につなげたリングのことだ。こんなの。
そうするとリボンはねじれている。で,ここでストーリーのとおりある一点からリボンを直進する。普通のリングだと表面を一周して戻ってくる。しかし,このメビウスリングでは,端点の表と裏で接着してあるのでねじれが存在し,リングを普通に一周するとその地点の裏に到達する。もう一周するとやっとその地点の表に到達する。
つまり,宇宙がメビウスの輪だとすると「宇宙の裏」というものを考えないといけない。さっきのストーリーだと,もし宇宙がメビウスの輪だとすると,2人の男やのびた君たちは,最初にみつけた地球らしい星というのは,地球を宇宙の裏側からみてしまったということになる。ということは地球でおこっているあらゆる現象を,逆の視点からみつめてしまったということになる。だから映画のほうでは,実際にはその星は地球だったんだけど,逆からみているから左右反対なんだ…ととらえることができるし,どらエモンのほうではもっとぶっとんで性別や社会的立場,学校への道のり(次の角は本来は右だが彼らからみれば左)を逆にみてしまったということになる。
どらエモンの作者のフジコ・F・フジオはきっと,ネタにつまってこの映画をみて,ある部分をよりハードに,結論を子供むけにソフトにしてパクったのかもしれない。
もしそれが本当だとすると,どうなるんだろうか…。自分たち自身も世界を作ることはできる。具体的には数学で考えられることが多いが日記で書くには色々と難しいので,よりわかりやすい美術や音楽などの芸術で考えよう。美術でえがかれる絵や作曲される音楽もその人が考えた宇宙である。たとえば明るい(長調の)音楽という宇宙を考える。なぜその音楽が明るいのかというと,あえて暗い(短調の)フレーズや和声を使っていないからだ。ということは,その宇宙の裏は短調ということになる。わかりやすくいえば長調の反対は短調であると勝手に考えただけの話だ。長調の立場からみれば短調は逆だが,短調の立場からみればお前のほうこそ逆だという話しになる。美術でも白の反対は黒とするなら黒の反対も白だ。つまり,その逆があってはじめてその事象が成立していることになる。
実際の裏の宇宙を考えると,これはすごく難しい。表の宇宙は時刻0→∞(多分∞ではなく有限だろうが)にむかって変化しているんだろうが,裏の宇宙では(∞(多分∞ではなく有限だが)→0)にむけて変化していることになる。こう考えるとどらエモンの世界どころではないおそろしいことが裏の宇宙でおこっていることになる。
僕ら生物の一生はまず死から復活し,より若返るほう若返るほうにむけて成長し,赤ん坊になって死ぬことになる。セックスすら,赤ん坊が女性の体に入るという結果ありきで行われるし,なによりセックスそのものも気持ちいいときからだんだん気持ちよくなくなるところへ出発することになる。勉強も頭がいい完成された地点から頭が悪いほうへ進む。なんておそろしい世界だ…。
ただ,こう考えると,宇宙が広がっている意味なんかも説明できるという。いわゆる宇宙の方程式を考えると,正負の符号をただ反転させた宇宙というのも存在しているはず。つまり,絶対零度があるから灼熱地獄みたいなのがあるみたいに,今の宇宙があるということは,その裏に今でない宇宙があるからということ。
宇宙が時間に従って変化して広がるということは,同じようにその裏で時間に従って縮むということを意味する。
ということは,宇宙は常に変化しているようにみえて,何も変化していない,常に一定の存在だといえる。
ではでは。 |
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