オリから出た日々

2003年10月30日(木) 旅行記��

10回でやっと旅行記も完結ですね。(します!)


前回ムンバイで泊まったホテルは良くなかったので、今回は少し値段が高いホテルでシングルで泊まるようにしました。割り当てられた部屋へ行くとツインのシングルユースで広々して良かったですね。
部屋に備え付けのホテルの案内を見たらムンバイガイドという小冊子が一冊ありました。パラパラと読んでいると「マッサージサービス」の箇所が…。

おおっ!

AM氏がムンバイ行きの飛行機内の新聞の広告欄に出張マッサージサービスがあるよ、と言っていたのを思い出しました。
アジアン、ヨーロピアン、アラビアン、お好み次第。
スペシャルマッサージであなたを天国へ。

これは!と一生懸命読んでるうちにインド門観光への出発時間が。
前回PM氏が行かなかったのでもう一度行ってそのまま中華料理を食べる事にしていたのでした。後ろ髪を引かれながら出発です。

インド門は前回と一緒でしたが、今回は例のタージベンガルホテルに足を踏み入れる事に。ネクタイ着用でも胡散臭がられたという噂のホテルです。
入ったのはロビーだけでしたが、別に半ズボンとサンダルでも何も言われませんでしたよ。さすがにカルカッタの同じ五つ星のオベロイのロビーの3倍は広く豪華でしたが、西洋人もサンダルTシャツでくつろいでいましたね。

夕食は本格中華料理。
カニやエビの料理を頼み、私のたっての頼みでギョーザが付いてきました。
ラーメンが無かったのでかた焼きそば。みんなでうまいうまいですよ。

隣のテーブルがインド人家族(夫婦に娘2人)だったのですが、この父親がトイレで口論を始めてしまいました。トイレは向かい合わせで男性用、女性用と別れていたのですが、ある男性が間違えて女性用へ入ったのを咎めたみたいです。(ドアが開いていて入り口の表示が見えなかったのだそうです)
いや、インド人同士の口論は凄いですよ。
父親に加えて母親も加勢に入ったものですからもう半端ではなかったです。
中国人(らしき)の店員が仲裁に入ってもどうしようもありません。
国民性として謝ったり譲ったりという考えが無いのでこうなるのでしょう。

いや本当にやかましかった。


食事を終え、PM氏が早く寝たいというのでナイトスポット(まあ夜の、ね)見学をしないでホテルに戻ってきました。若いQC氏とSE氏がやっぱりナイトスポットを覗きに行くとまた出て行きましたが、私はAM氏とホテルのバーでカクテルなどを。

部屋へ戻ってから例のマッサージサービスに電話しましたよ。
はは、残念ながら私の英語力では通じませんでした。
まあこんなもんでしょ。


次の日は朝8時頃の飛行機でまた行きと同じコースを戻り、5日間の短い旅行は終わりました。戻った空港のある町で旅行を締めくくってビールで乾杯をしようとホテルに入ったらドライデー(祝日などで通常お酒を出す店でも自粛する日)でお酒は出ないとの事。アイスクリームだけ食べて出ました。

この国らしい締めくくり方ですな。



2003年10月28日(火) 旅行記��

もう旅行記を書き始めて1ヵ月近いですな。
残りはムンバイ一泊ですね。


また戻ってきました、例のビーチへ。
カニを食べたレストランへ行ってまたカニを食べようとしたら、いいカニが無いとの事で魚を塩焼きにしてもらいました。彼らはすぐにガーリックバターでソテーにしようとするのでね。

漁師さんと交渉してウニを取ってきてもらいました。昨日も2個頼んで1個が空だったのですが、今回は4個頼みましたが全て当りです。一番多かったQC氏のは本当に中身が一杯で、ご飯を頼んでウニ丼にして食べておりました。ただ醤油のいい物が無かったのが残念でしたが。

そこでの食事を終え、コーヒーとデザートを食べに前に朝食を食べたレストランへ場所を移動。今度はチョコレートケーキをいただきました。
まったりしているとSE氏が泳ぎたいと一人で海へ行きました。昨日泳がなかったのは私だけだったのですが、SE氏が楽しく泳いでいる姿やインド人がボディボードをしている姿を見ていると泳ぎたくなり私も泳ぎに行きました。

せっかくだから小物を一つ持っていきました。ボディボードの代わりに飛行機用の安眠枕を膨らませて波乗りですよ。少し浮力が足りませんでしたが。


楽しい時間はあっという間に去り、トリバンドラムの空港へ。
空港ではすでにPM氏が到着しており、例のカニャクマリでのニアミスが発覚しました。PM氏は待ってたのにとブツブツ文句を言っていましたが。
そして一路ムンバイへ。
ここで最後の夜となります。

次回10回目でやっと旅行記が完結になりそうです。



2003年10月27日(月) 旅行記��

最南端到着祝いからでしたね。


ビールを飲んでまったりしているうちに日が傾きかけたので夕日見物に出かけましたが、どこからこんな人が出てくるの?と言いたくなるほどの人出でしたね。海に突き出た展望台も人で溢れかえり、夕日の見えそうな海岸線の道路も人だらけでした。

しかし肝心の日の入りは雲がかかってはっきりとはわかりませんでした。
遠くから見に来ても得てしてこういうものですな。
さて日が落ちて暗くなったという事で、夕食のレストラン探しです。
ホテルのレストランなどを覗いてみましたが案の定…。

お酒が出ません。

そりゃここは聖地です。ただでさえ酒のないお国柄で聖地に来てまで酒を飲もうという不埒者なんてお呼びでないですな。

やっと一番大きそうなホテルのバーでお酒が出るとの事でそこに落ち着きました。でもバーですのでメニューを見ると簡単なおつまみしかありません。同じホテルのレストランから食事を持ってこれないかと聞くとダメとの事。
やっぱりのんべに冷たい国ですわ。

1時間ほどビールを飲んで、それから表のガーデンレストランで食事をしたのですが、このホテルには別行動をしていたPM氏が泊まっていたのです。
次の日トリバンドラムの空港で合流した時に判明したのですが、PM氏は私たちが飲み終わったバーに来て飲んでいたそうです。丁度その時私たちは壁一枚隔てたレストランで食事中でした。

PM氏を探すのをすっかり失念しておりました。
一番いいホテルの一番いい部屋に泊まっているから来たら探してくれ、と言われて別れたのでした。みんなの予想は「あんな所に二泊もできるわけないだろ」というものでした。実際ここへ来てみると「絶対どこかへ逃げてるよ」という確信に変わってきました。

でもちゃんと二泊して私たちを待っていたのですね…。
この国が大嫌いだと公言しているPM氏ですが、本当は嫌よ嫌よも好きのうち、という話だったみたいですな。


という事でPM氏とニアミスしながら食事を終え、明日は日の出を見るので早く寝ようという事でホテルに帰りました。
ホテルのフロントで確認すると日の出は5時半頃という話だったのですが…。

例のお寺の音楽。
鳴り出したのが4時40分ですよ。鳴った瞬間起きて時計を見ました。
同室のQC氏も目を覚まし、お互い顔を見合わせて「勘弁してよ〜」とばかりにシーツを頭から被って寝直しです。

…って音楽が耳について寝れるかーー!

しばらく悶えていると、次第に慣れてきたのか音楽が単調な響きのようになってきてまたウトウトし始めたのですが…。
5時10分頃からホテルのボーイが各部屋をノックしていって起こして周り始めたではありませんか。ノックの音と人が出入りする音が入り乱れて寝てられませんわ。

同室のQC氏を屋上に行こうと誘ったのですが、彼は部屋で見るからいいですと起きようとしません。あの音楽で起こされ不貞腐れているようです。
ホテルの屋上に昇るとまだ暗いのですがもう人がチラホラおります。
いやぁ、信心深い人が多いですな。それとも寝られない人かな?

しばらく待っていると次第に明るくなってきてAM氏とSE氏がやってきました。また雲が少しあるなぁと思いながら写真を撮っているといきなり大粒の雨が降り出しました。
慌てて逃げ出しながらAM氏達と「朝ごはん無しで少しでも早く出発して昨日のビーチでまたウニを食べましょう」と誓い合ったのでした。


いやほんと最南端は一泊で十分過ぎ。PM氏はすごいですわ。
また車をチャーターし、昨日のビーチに向かいました。
ではまた。



2003年10月25日(土) 旅行記��

長いですね、旅行記。

カニャクマリへの道は広くてきれいで良かったですわ。Wベンガル州のように町を結ぶメイン道路でさえ二車線道路の真ん中一車線分だけ舗装しているような箇所は全然ありませんでしたし。

あの一車線舗装というのは大変なんですよ。ぎりぎりまでお互い道を譲らないから毎度チキンレースをしているようなものですしね。そして負けた方は一段下がっている未舗装部にガタンゴトンと降りねばなりません。降りやすい場所で降りて待てよと言いたいのですが、譲るという考えはないですわ。


あと目立ったのが大きな病院とキリスト教会がやたらとあった事ですね。
Wベンガル州やビハール州なら大きな町に数軒しかないような大きさの病院が道路沿いにバラバラと立っていました。

また大学が大きなのが二つありまして、丁度下校時間なのか女子大生と思しき若い子を100人単位で見ましたよ。衣装も華やかだったですね。
教会も続く場所だとぞろぞろと見えまして、私の住んでいる場所と同じ国だとは思えないです。

違う州から私の働いている現場に出稼ぎに来たインド人が、こんな田舎で働けないと逃げ出す理由がよくわかってきましたわ。ほんとに何もない場所だったのですな。
まあこの何もない刑務所のような場所へ(半強制的に)送られて働いているのがこの日記の題名(オリ=檻)の由来にもなっているのですけどね。


カニャクマリの町の看板が見えましたけど、まだ海は見えません。海は見えないけど聞こえてくるのが音楽。お寺から大音量で流しているのです。
音楽を聞いていると「ここはいい場所だよ、いらっしゃい〜」というようなイメージで流しているように聞こえるのですが、私にはただの騒音であのビーチの波の音を聞きに戻りたくなっていくだけでしたよ。


例のお寺の正面のホテルに入りましたが、全然落ち着いたという感じがしませんわ。とりあえずは最南端到着を祝いビールで乾杯です。

エラーで書きかけの文章が飛んでいったので続きはまた。



2003年10月23日(木) 旅行記��

シャツを買った所からですね。

買ったシャツをすぐに着て、ホテルの横のレストランに入ると海に面した所が吹き抜けとなっていまして、見晴らしが良い席でQC氏がカフェラッテとクレープを食べていました。メニューを見るとEast、West、Continentalと分かれていまして、もちろん探すのはWestからですな。

人が飲んでるのを見ると美味しそうなので同じくカフェラッテとさすがにクレープは真似せずバナナパンケーキ。(ほとんどクレープですが)
出された物を見たら感動しました。
ちゃんと泡立っているカプチーノ、きれいに焼けたパンケーキ。

飲んで食べてまた感動。
本格的な本物の味でした。西洋料理も名前だけ、というのもあるのよ。
昨晩のレストランでナポリタンとイタリアンのスパゲティを頼んだのです。見た目はカッコがついていましたが食べてみると給食のソフト麺ですがな。
カレー味ではなかったので嬉しかったですけど、歯応えが少し…てな感じ。

海を見ながらゆっくりくつろぐ。
いやぁ、本当に来て良かった。
さっきのTシャツ売りが表を通るたびにこちらに手を振ります。
他の物売りも商品を掲げて見せます。
まだ観光客が少ない時期みたいで大変そうです。

遅くまで寝ていたAM氏とSE氏も合流し、次の予定について話し合います。
次はコモリン岬に行き、カニャクマリの町で一泊なのですが。
ここを離れたくねー。

もう一泊したらどう?と聞いてみると、みんな心情的には賛成なんだけど今回の旅行の目的からするとインド最南端のコモリン岬に行かないわけには、という話になり昼過ぎに出発する事になりました。

確かに最南端の岬でアラビア海からインド洋、ベンガル湾を一気に泳いで、同じ場所から海からの夕日と朝日を見る、というのが旅行目的でした。
しかしそこはヒンドゥの聖地でもあります。
行ってもあまり面白い事は無さそうですが…。

車をチャーターして2時間半ほどのカニャクマリへ出発しました。
ではまた。



2003年10月20日(月) 旅行記��

昨日の日曜日は久しぶりにネットの調子が良かったのですが、他の溜まった事をやっていたらこの日記にまで手が回りませんでした。


ビーチのホテルで泊まった所からでしたね。

翌朝の天気は快晴で、朝8時頃に砂浜へ降りていきました。
すぐに寄ってくるのが物売り。
タバコ、果物、シャツ、布切れ、絵葉書、色々と寄ってきます。

欲しいと思うものは無かったのですが、シャツ売りの話を聞きました。その時はTシャツで表に出ていたのでその場で着れるのを1枚位買おうかなと思っていたからです。

手に10着以上持っていましたが、ちょっと気に入った緑のシャツの値段を聞きました。
「これいくら?」
「900RS(2250円)」
「はぁ?なんて高いんだ、いらない」
「いくらなら買うんだ」
「こんなもん、100Rs(250円)くらいだろ」
「とんでもない、これは特別な生地だ、700Rs(1750円)でどうだ」
(確かに色の変わり具合から絹が半分ほど混ざっているのはわかります)
「高い、高い、いらないよ」
「500Rs(1250円)でどうだ」
「500Rsあったらそこのレストランでたらふく食べられるぞ、いらない」
「450Rs(1125円)」
「こんなもん200Rs(500円)だな」
「400Rs(1000円)」
「300Rs(750円)」
「350Rs(875円)」
「よし350Rsで買おう(200Rs程度なんだろうな)」           

           
シャツ1着買うのに最初は3倍近く吹っかけてくるわけですね。
まともに話を聞くのがばからしくなります。
これには後日談がありますがそれは後ほど。



2003年10月15日(水) 旅行記��

しばらくネットの不調が続いております。
今回もやっとこさ繋ぎました。


ビーチに到着からでしたね。

車の窓から海岸が見えてくるようになって、みんなでビーチだビーチだと騒ぎはじめました。今までカルカッタやムンバイなどで(都会の)海は見ても(海水浴のできる)ビーチを見るのは初めてでしたから。

打ち寄せる波、きれいな砂浜。
岩場に当たる波は(PM氏の話の通り)少し高そうですが。


ホテル(民宿に毛の生えたサイズ)らしき建物の並ぶ通りで車を降りたら早速何人かうちへ泊まらないかという勧誘に来ました。
値段を聞くと300〜400Rsとの話。
二ヶ所ほど案内してもらいましたが、眺めや部屋の大きさなどはいいけどAC(エアコン)無しだったのでお断りしてブラブラ歩きます。

歩いていると物売りの人がこれはどうだと話しかけますが、タバコ売りの兄ちゃんに一番いいホテルに案内してもらったらスイートルームが1部屋空いているとの事。もう1部屋のACが無い(壊れていた)のが難点でしたが、スイートが気に入ったのでここに決めました。

昔は(中学生の頃)スイートルームをカップル用の甘い部屋(Sweet room)と勘違いしていたのを思い出しましたよ。夢(妄想?)がありますな。


部屋に入りテラスから海を眺めながらビールを飲んでいると、旅行に来て良かったなぁとしみじみ感じました。ムンバイでインド門観光などをしている時は、慌しさが何となくリラックスをさせてくれなかったのですね

ここの色彩イメージがブルーとすれば、今までの町や村は茶色かな。
そこに赤や黄色の派手な色が混じるから落ち着かないのでしょう。
牛やヤギも歩いていないし、糞も落ちていない。
磯の香りが漂い、でも生臭くなく。ええわぁ。


部屋に戻り一眠りすると夜になっていて、同室のQC氏が夕食に行こうと誘いにきました。シーフードのレストランを探してきたみたいです。
オープンテラスで海に面したレストランでやっと念願のカニを食べました。
今回の旅行の目的は新鮮なカニを食べるというのもあったのですな。
しかしこれを食べるために2000kmの距離を来たかと思うと美味しさアップですよ。

ただ調理方法はすぐにガーリックソースを使って焼こうとするのが難点で、スチームだけでとか味付けは塩コショウだけでという注文も忘れてはいけません。

食事の後はカクテルバーみたいなお店に行きブラッディマリーを頼みましたが、使われたトマトジュースがまさにジュース。
製品の物が入らないのでしょう。トマトをジューサーで搾ったものでした。
ドロドロの舌触りの悪いカクテルを飲みながら、贅沢なのか何なのかと思ってしまいましたよ。


こうしてビーチの夜は終わりました。
ではまた。(って次はいつ書けるだろう…)



2003年10月09日(木) 旅行記��

前回は初日のムンバイの夜まででしたね。


朝9時過ぎにホテルから空港へ向かいます。

当然私は助手席。

他の皆さんはスリムな人達ばかりで、私が後部座席へ乗ると迷惑をかけてしまうのですな。後ろで窮屈に座っているのを見ると気を使ってしまうのですが代わるわけにはいかないし…。

走っている最中にドライバーが色々と話しかけてくるのですが、やはりどこから来たのかという質問が多いです。どこだと思う?と問い返すと一番多かったのが中国でした。

私のせいですな。

私の似合わん口ヒゲは中国の人に多そうなヒゲなので。
イスラム系の国への海外勤務者の例に漏れず、今回のメンバーのうち3人がヒゲ保持者です。半分以上がヒゲを保持しているメンバーが日本人とは思えないのでしょうね。
その中で助手席に偉そうに乗っているヤツが中国ヒゲというわけですから。

今回、何回も尋ねられた中での解答では中国、ネパール、フィリピン、マレーシア、韓国、日本というものでした。日本と解答したのはケララのビーチから乗ったドライバーだけ。それもどうも私たちの日本語を聞いて導き出した様子でした。

確かに今回のメンバーで日本人っぽいのは一人だけだったからなぁ。


ムンバイの空港は国内線と国際線のターミナルが別れているのですが、ドライバーにドメスティックorインターナショナル?と聞かれてとっさに答えられませんでした。ドメスティックが国内線という事をまだ覚えきれないのですわ。(どうしてもドメスティックバイオレンスを先に思い浮かべるので)

初めてこっちへ来る時も、チェックインカウンターで通路側で良いか?と聞かれて最後までわからなかった事を思い出してしまいますね。
(飛行機に乗り込んで座った時にやっとわかりました)


さて無事に乗り込み、今回は経由地無しで一路トリバンドラムへ向かいます。最南端の空港に着いてみると曇っているせいかそれほど暑くもなく、暑さを覚悟していたので少し拍子抜けした感じでした。
車をチャーターし途中のビーチへ向かおうとしたのですが、またPM氏が別行動をしようとします。直接カニャクマリへの車を別にチャーターしてしまいました。

カニャクマリというのは最南端の町の名で、今回の目的であるコモリン岬の事です。当初は途中のビーチで一泊、カニャクマリで一泊してムンバイへ戻る予定でした。

PM氏曰く、飛行機から見た海は荒れていてビーチへ行っても泳げないだろう、それなら直接カニャクマリへ行ってゆっくりするか、面白くなければその後別の場所に行くほうがいいとの事です。

確かに一理あるけどカニャクマリはヒンドゥの聖地、インド人向けの場所です。最南端で日の出と日の入りを見るのと、アラビア海とインド洋とベンガル湾の三つの海で泳いでみる目的以外には面白い事が無さそうですが…。


別れてしまいました。PM氏一人と残り4人に。
いや別にケンカをしているわけではないですよ。PM氏が独自の行動を取りたがるのです。仮にみんなでカニャクマリに直行という話になれば自分はビーチに行くと言うはずなのです。

本来は誰かもう一人PM氏の方に付いていって3人と2人になるのがいいのでしょうが、誰も自分が一緒に行こうとは言いません。
あ、PMというのはProject Managerの略で日本で言えば所長、現場の一番偉い人です。PM氏は偉い立場ですが気さくで付き合いやすい人でいい人です。
(独自の行動を取りたがる事を除いては、ね)

とりあえず二泊目はカニャクマリで落ち合いましょう、という事に。
しかしホテルも決まっていないし、連絡方法も無いので、PM氏曰く、一番高いホテルの一番いい部屋に泊まっているからとの事でした。

うまく会えるのかなぁ?それにたぶんさっさと違う場所に行ってしまうのでは?という疑問を胸によぎりましたよ。


まあそんな気持ちもビーチに向かうという期待感で吹き飛んでいきました。


次はビーチ編ですね。
ではまた。



2003年10月07日(火) 旅行記��

何とかムンバイのホテルに宿泊した所からでしたね。


夜も11時近かったのですがとりあえず車を一台チャーター。
ん、軽自動車(スズキと合弁)ではないかい?
こちらは5人いるはずなのに?と思っているとPM氏は行かないとの事。

もう分裂の兆しが見えてきましたぞ。
それとも気を使ったのかな、とも。


今回の旅行は私以外は元請の同じ会社の人です。
私だけ下請けの別会社ですが誘われてノコノコついてきました。
別に気にする事ではないのでしょうが、私が入ったために人数バランスが崩れたのではないかとか色々考える時もあるのですよ。
テーブルでも車でも4人までが丁度いいからね。


ま、そういう事はちらっと思うだけですぐに忘れる事にしております。


さっそく最初の目的であるインド門に向かいます。
夜も遅いのでそれほど渋滞もなく走りました。

あ、あそこにマクドナルド。
あ、ここにピザハット。

日本でも見慣れた名前に窓から指を指してみんなで喜んでいます。
30過ぎの男がそんなの見て喜ぶ姿というのはナンとも言いがたいのですが、でも同じインドでも全然違うのですよ、こことは。

インド門に到着。
海に向かってどかっと立つ姿はさすがにすごいです。
その向かいにタージマハールホテルが対になっていいですね。

タージに泊まろうかという話も出ていたのですが、ここは一泊200ドル以上。
さすがに値段で二の足を踏んだのと、誰かがネクタイをしていても入り口で追い返されるぞ、という話(デマ?)をしたのも避けた要因でした。
まあ、高級ホテル(五つ星)ならカルカッタのオベロイにいつも泊まっていますので、それほど是非にという気持ちも無かったですけどね。
(オベロイも泊まれば200ドルクラス。私たちは会社割引で50ドルですが)


写真を撮って少しウロウロしてから夕食のレストラン探しに行きました。
もう夜の12時過ぎてるしお店がやっているか心配でしたけど。

いや心配が的中しました。

最初に探したのが本格中華。カニが食べたいというのが目的です。
店まで辿りつきましたがやはりもうクローズです。
仕方が無いので来る途中にあったイタリアンレストランへ。
でもドライバーが横を通り過ぎてしまいました。
もうピザハットにしようと向かったら、ここも12時まででした。

がっくり。

ピザハットはビーチ沿いにあり、ビーチでは海の家みたいな屋台(より少し立派)がまだやっていまして、インドの若者(女の子も含む)が一杯いたのでそこに寄りました。

メインはかき氷。毒々しい色のシロップがこれ見よがしに並んでいます。
ピザ(っぽい)のやベジバーガー(ベジタリアン用、野菜コロッケバーガーね)がありましたが、もう一つ食欲をそそりませんな。

しかしこっちの若者は酒も飲まずによくハイになれるものだと感心するわ。
こちらではお酒は宗教上疎まれています。
こんな屋台みたいなオープンでは絶対お酒なんてありません。
レストランでも出さない所が多いので気をつけないといかんのですよ。

しかもドライデーと言って特別な日にはお酒を出すレストランもお酒を出せない日もあります。実を言うと明日の10月2日はガンジーバースデーの祝日でドライデーらしいのです。せっかくの旅行でビールも飲めないなんて…。


結局、何も食べないままにホテルへ帰ってきました。
明日は午前中トリバンドラム行きの飛行機に乗るので寝なくてはなりません。


少し期待外れのムンバイの初日の夜でした。

続きはまた。



2003年10月06日(月) 旅行記��

10月1日午前中に宿舎を出発して空港に向かいます。
同行者はPM氏、AM氏、SE氏、QC氏(全て肩書きの略称)、私の計5名。
いつどこでバラバラになるか?という5人衆ですわ。

空港のあるランチはビハール州の州都。車で2時間半ほどですが、宿舎の村と大して変わらない風景が続きます。貧乏さを競えば私のいるウエストベンガル州とトップを争うビハール州ですからね。

しかし途中の道でドライバーが「ここは昼間でもアリババ(山賊)が出る場所」と言うので、ビハール州の方が治安が悪いと決定。
ドライバーも心なしかスピードを上げた模様。
お金を取られる位ならいいけど、命や怪我に関わったらバカらしいし。

予定より早かったので空港の手前のホテルで昼食。
ホットアンドサワースープがお目当てですが、誰かがホットでと言ったためにいつもより辛いです。ただでさえ辛いのにホットなんて言わないで。
ビールとチャオメン(焼きビーフンみたいな物)でお腹は一杯です。

飛行機はムンバイ行きですが、デリーなど2ヶ所を大回りして経由するので6時間以上かかります。直行便があれば半分以下で行けるのに…。
最初の経由地まで30分、2時間でデリー、そして2時間でムンバイです。
しかし、経由地2ヶ所の誤算は時間だけではありませんでした。

機内食。

まあ国内線ですから簡単な物ですけど、経由地2ヶ所なものですから3回出ましたよ。最初は短いのでサンドイッチとビスケットのまさに軽食でしたが、次の2回はカレー、カレー。
最後のは少し残しましたが、根が貧乏性な者なので残らず食べようとしてしまうのですな。

ムンバイでうまい夕食を食べる計画が…。
マクドナルドもあるし、ピザも中華も何でもござれの大都市ムンバイ。
何が悲しくて機内食でお腹一杯にせにゃならないんや。
でもうまい物を目の前にしたら食べれるわ、と気にせず食べる私です。

ムンバイ空港に着いたら最初に宿探しです。
空港の案内所で値段と場所を確認。決めたのが二人一部屋で1200Rs。

安すぎないかい…。
スリースター(ホテルのランク、最大5個)だから大丈夫だろ、という話で行ってみたら外れでした。
ベッドはどないして二人が寝れるんや?と言いたくなるダブルベッド。
あんな狭いダブルベッドを見たのは初めてでした。
ここで男二人が寝るのかよ、と。

まあどうせ泊まるだけだから、と出かけようとするとフロントから電話が。
どうもAM氏とQC氏のビザが問題のようです。
半年以上前から彼らのビザの更新申請をしているのですよ。でもまだ更新完了の連絡が無いので、「更新申請中です」というコピーを持参していたのですが、ホテルではよくわからないので警察へ確認しに行って欲しいとの事です。(中級ホテルのほうがこういう身元チェックは厳しいそうです)

こんな夜遅くに管轄違いの警察へ行ってもわかるわけないでしょう、という押し問答の末にホテル側の出した対策は宿帳の改ざんでした。
実際は泊まっても形の上で泊まらないようにするわけです。
AM氏とQC氏の宿帳に線が引かれ、Send back to Airport.と書かれたのには笑いましたね。帳面上では空港に送り返されてしまいましたよ。


いきなりトラぶって時間を食い、もう夜の11時前です。
今からインド門観光に出かけて夕食を食べねばなりません。
どうなるのでしょう?


続きはまた。



2003年10月05日(日) 旅行から帰ってきました

いや行ってきて良かったです。

モヤモヤの気分転換になりました。
もう少し時間があったら、ね。


今日は疲れたので旅行記はまたゆっくりと。


 < 過去  INDEX  未来 >


しん [MAIL]

My追加