Sun Set Days
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今年は、様々なウィルスの話題がネット上を駆け巡った一年だった。 サーカムやニムダに代表されるウィルスたち。 特に、ニムダにいたっては様々なホームページを食い荒らす、文字通りのウィルスだったということができるだろう。 インターネットエクスプローラーのヴァージョンによっては、ホームページを見ただけで感染するという話だったから、まったく性質が悪いといったらなかった(この問題は、マイクロソフトのホームページからサービスパックをインストールすることによって解決)。
そして、先週あたりからまた新たなウィルスが猛威をふるっているようだ。 ネットのニュースや、様々なページで怪しいメールが届いたという話題をよく見かける。 もちろん、流行に敏感なText Sun Setとしても、ブームに乗り遅れるな! ということで、届けられてみました。
ていうか誰?
先週からウィルス付きと思われる「Re:」というタイトルだけのメールが3通届いているのだけれど、すべて異なる見知らぬアドレスばかり。 まあ、ウィルスのほうで勝手に送ってしまっているのだろうし、添付ファイルのある怪しいメールは絶対開かないことにしているので直接の被害はないのだけれど、あれはいつも削除するときに慎重になってしまう。 ごみ箱に入れて、そこから完全に削除する前に、ついつい頭の片隅に、「ここで添付ファイルをクリックしたらどうなるのだろう?」というよからぬ考えがよぎったりするし。 そして、僕はまだウィルスに感染したことがないので、どういう被害をこうむるのかがよく分からない部分があるのだけれど、いくつかの被害を想像してみる。
ケース��
ウィルスによって、ハードディスクに隠しておいた自作のポエムが勝手に会社の人に送られる。
ポエムのタイトルは、「僕のハートはシャボン玉」。
会社に行ったら、ひそひそ声で噂される。
文字通りはじける。
ケース��
メール署名の部署名の代わりに、「モーニング娘。命の」と勝手に書き換えられる。
しかもメールの件名の最後に、すべて「加護最高!!」がつけられる。
【4日の会議の件 加護最高!!】
【来年度予算案について 加護最高!!】
【T社見積もりの件 加護最高!!】
……なんか、すごい破壊力だ(ちなみに、加護のことは別に好きではないのだけれど)。
さらに、壁紙がなぜか勝手に「モーニング娘。」のものに変更させられていたり、スクリーンセーバーも「モーニング娘。」のメンバーがかわるがわる登場するものに変更になっていたりして。
ケース��
パソコンが喋る。
「痛いって!! そんなに乱暴に叩かんといてな!」 「そんな変なサイト見んなや!!」 「サンタクロースは、お父さんなんやで!!」 「関数なんか使わんといてな!!」
なぜか関西弁。しかもサンタクロースは関係ない。
……やだな。
ウィルスには、気をつけましょう。
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お知らせ
USBアクセサリーというやつがあるみたいだ。このページに載っていたのだけれど、結構面白いかもしれないと思う。 USBから電源を供給される、小さなクリスマスツリーのアクセサリー。 和みアイテム。
http://b2o.nikkei.co.jp/contents/b2o10/e10/20011129eimi053929.cfm
| 2001年11月28日(水) |
『夢で会いましょう』 |
『夢で会いましょう』読了。村上春樹、糸井重里共著。講談社文庫。 出張の帰りで3分の2ほど読んで、今日残りを読み終える。 村上春樹の本はほとんど読んできたつもりだったけれど、実はこの本は読んだことがなくって、それで手にとってみたのだ。 これは著者の2人が、カタカナ文字の外来語をテーマに、ショートショートを競作した作品集だ。 ア行の「アイゼンハワー」、「アシスタント」から、ワ行の「ワム!」「ワン(バウワウ)」まで、様々な種類のカタカタ文字がテーマに挙げられている。
そして、この本はそれぞれのショートショートの最後に○に囲まれた「i」と「m」が書かれていて、それが糸井重里と村上春樹のどちらの手によるものなのかということを示している。 それなので、僕はそのショートショートを読みながら、どちらが書いたのかを文章だけで当ててみようと読んでいた。 全部読み終わった結果としては、大体95%くらいの確率で当てることができ、5%くらいは間違ってしまった。
改めて思うのは、村上春樹の比喩の巧さだ。ある種脈絡のない言葉を繋げながら、ひとつのイメージを抱かせることに関しては、本当に巧いよなあとため息をついてしまう。とりわけ、本書はショートショートなので、そういう比喩なんかがよりわかりやすく拡大されて見えているようなところがあるし。
面白いなあと思ったのは、たとえばこういう文章。
ひとくちで言ってしまえば、彼女は1967年の夏を一人で引き受けたような女の子だった。彼女の部屋の戸棚には1967年の夏に関するすべてが、整理された下着みたいにきちんと収められているんじゃないか、という気がした。(62ページ)
そして僕は不親切な公認会計士みたいな味のするパンを口の中に放り込んだ。(94ページ)
朝の五時に女の子が僕の部屋のドアをノックした。外には細かい雨が降っているらしく、彼女は壊れたスチーム・アイロンみたいにぐしょ濡れになっていた。(168-167ページ)
どれも、懐かしいような村上春樹の文章(比喩)で、やっぱりいいと思う。 たとえば、「1967年の夏を一人で引き受けたような女の子」だなんて、奇麗だなんてどこにも書いていないのに、ものすごく魅力的だということがそれだけでイメージできてしまう。また、「不親切な公認会計士みたいな味」のパンは不味いんだろうなとなぜか味を想像することができるし、「壊れたスチーム・アイロン」みたいならさぞぐしょ濡れだろうとも容易に思える。 こういう比喩を目の当たりにする度に、比喩の力なら信じられると改めて思う。
高校生のときにはじめて『ノルウェイの森』を読んで、それこそ森中の木が倒れてしまうくらいの衝撃を受けて、それから『風の歌を聴け』から年代順に読みまくった。 そして現在まで新刊が出ればほとんどすべて買うようにしてきた。 同時代に生きていて、まだ新刊を読むことができるなんてと思うともちろん嬉しくなる。
また、共著者でもある糸井重里のショートショートも面白かった。シュールな視点なんか、結構(ハルキ氏と)似ているようなところもあるし(こちらは、より具体的な風俗や固有名詞が多めだけれど)。
村上春樹の文章って、個人的には久しぶりに読むと、(比喩的な意味で)いつも自分の作っているパズルにこういう文章が欠けていたんだって思わされる。 早く長編、出ないだろうか。
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出張のとき、帰りに乗った飛行機でのちょっとした出来事。 薄暗い機内は、照明が弱めになっており、周囲には眠っているサラリーマンや、機内誌を開いている人、それから音楽を聴いている人たちがいた。20時台の飛行機なだけあって、どことなくけだるい疲労感のようなものが周囲にそこはかとなく漂っている。 そのコンソメスープは、飲み物を配ったあとにやってきた。 今度は希望者にのみにということで、仰々しいワゴンではなくて、小さなトレーの上に、コンソメスープの入った半透明のポットと、逆さに重ねられた紙コップが置かれているのを、スチュワーデスが持って歩いていた。希望者にだけ、注いでくれるのだ。 僕は片手を挙げてそれを頼んだのだけれど、入れてもらうときに飛行機が少し揺れたのか、手元にコンソメスープがこぼれてしまった。
こういうときのスチュワーデスの動きは早い。
まず謝る。
「申し訳ございません!! やけどなどは大丈夫でしょうか?」 「ああ、全然大丈夫です」
本当に大丈夫だったのだ。全然熱くなんかなくて。 それを確認すると、すぐにその場から去り、かわりのコンソメスープと拭くものを持ってきてくれる。無駄のない動き。まるで申し訳なさそうな表情も訓練されているみたいに。
そして、もう一度謝る。
「本当に申し訳ございませんでした」 「大丈夫です。全然」
それで、終わりだと思っていた。別に怒っているわけではないし、正直な話なんとも思っていなかったし。 飛行機は揺れるものだし。 さすがに、スチュワーデスの人って、こういうところはきちんとしているのだなと思った。
でも、それで終わりというわけではなかったのだ。
まず、10分ほど後に他の用で僕の横を通るときに、さらにもう一度謝る。
「先ほどは申し訳ございませんでした」 「あ、いえいえ。全然」
それからしばらくすると、先輩風のやや年配のスチュワーデスが僕のところまでわざわざやってきて、やっぱり恐縮したように謝る。
「先程、スープをこぼしてしまったということを聞きまして……誠に申し訳ございませんでした」 「……ぜ、全然大丈夫ですよ?」
飛行機が羽田空港に着いて、帰り際にも、スープをこぼしてしまったスチュワーデスが、
「先程は申し訳ございませんでした」 とやっぱり謝る。
って、何回目だ!(5回目)
とはもちろん言わなかったのだけれど。 それにしても、ああいうふうに何度もきちんと謝られてしまうと、逆にどこか恐縮してしまう。 しかも、こちらのほうでは、それほど迷惑を被ったと思っているわけでもなかったから、なおさら。 もしこれが精神的及び肉体的に多大なるダメージを受けたことであるのなら、もちろん何度も謝ってもらうことも当然だと思うのかもしれない。けれど、全然そんなふうには思えないことだったから、逆に丁寧すぎるよなあと思えたりもして。 まあ、それだけ社員教育が徹底されているということでもあるのだろうけど。 ちょっと、びっくりしたのだ。 マニュアルとかあるのだろうか?
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お知らせ
最近、庭にクリスマスの照明をしている家が増えてきましたね。 散歩していても、楽しく思えます。 電気代は、すごそうですが。
| 2001年11月27日(火) |
札幌出張+『ポスターを盗んでください』 |
24日から26日まで、2泊3日で札幌に出張に行ってきた。 途中、25日(日)は休日で。 そのときの(仕事以外の)出来事を。
11月24日(土)
最寄駅に到着したのは、午前6時少し過ぎ。 まだ暗い、まだ寒い。 おなじみのキャリーバック(祖母の家にあるやかんと同じくらい頑丈なんじゃないかと最近は思いはじめている)をがらがら引きながら、ホームに降り立つ。 横浜駅→京急蒲田→羽田空港と乗り換えていく。
今度はちゃんと忘れずにJALの機内誌を手に入れることができた。 「フランス特集」 機内誌っていつもそうなのだけれど、美しい写真がたくさん収められている。 思わず旅に出たくなるような。
日中は仕事。
夜は仕事の後10人でお酒を飲みに行って、その後で若いメンバー(一応僕も若いメンバーに入れてもらう)だけでボーリングに行ってきた。 ちゃんと会うのは初めての人もいたのだけれど、やっぱり電話では知っているせいか楽しい時間を過ごすことができた。 ボーリングは2ゲームやって、130台と110台。あんまり上手じゃないのだ。 帰りは、先輩に車で送ってもらう。 その先輩は車の中で最近離婚したばかりだということを教えてくれて、そのおそらくは表面的な理由について説明してくれた(本当の理由はもちろん教えてもらえるはずがない)。 身近な人が離婚したのってはじめてきいたから、どうしてかいろいろ考えてしまう。 なるほど、と思わされるような話だった。 実際に結婚したことがあるわけでもないので、あくまでも漠然としたイメージのようなものだけれど。 実家の近くにあるセブンイレブンの前で降ろしてもらったときには午前0時を過ぎていた。 小学校の頃からずっと利用していたそのセブンイレブンは、なんだか思いがけない場所で再会した旧友みたいに妙に懐かしく感じられるのだった。 缶コーヒーを買ってコートのポケットにしまった。 離婚するのってどういう気持ちになるのだろうって、キャリーバックをがらがらと引きながら、人気のほとんどない静かな路地を歩いて実家に帰る途中考えていた。
11月25日(日)
日曜日は、午前中眠っていて、午後からお見舞いに行ってきた。 日曜日の午後の病院。 近くの駅の側にある総合病院で、曜日のせいか、随分と見舞いの人たちが多かった。 ベッドの横にパイプ椅子を用意して、1時間くらい、いろいろ話し込んでしまった。
そのときは小雨が降っていた。 実家の玄関にあった、家族の誰のものかもわからない青い傘を持って外に出ていた。
病院から帰る途中、僕の通っていた小学校のグランドの横を通った。 雨に濡れる母校のグランドは、どうしてか随分と小さく見えた。 天気のせいか、日曜日なのにそこには誰の姿もなくて。 半分だけ地中から顔を出しているたくさんのタイヤや、冬になるとスキ―授業の練習の舞台になる小山、人が乗れるようになっている木の遊具。そして僕が通っていた頃にはまだなかったプール。 ネットが取り外されたサッカーゴールが、律儀に飼い主を待つ犬みたいに向かい合って佇んでいた。 その小学校に転校してきたときから、もう20年が過ぎた。 高校生だったときからは、もう10年が過ぎている。 青い傘を差して、小学校のグランドを金網越しにぼんやりと見やりながら、そんなふうに思ったりした。 すごい、と思った。 20年なんていう時間の幅を、そんなふうにリアルに感じられたのははじめてのことだった。 小学生の頃の記憶はそれほど鮮明ではないかもしれないけれどちゃんとある。 そのときから、もう20年も経っているのだ。 転校してきた日に、そのときクラスの誰と最初に言葉を交わしたかも覚えているのに。 20年だ。 ちょっと、いやかなり長い年月。 簡単には語り尽くせないはずのスパン。 あの頃のままの部分と、変わってしまった部分のどちらもが僕の中にはあって、そういうすべてが自分の選択の結果なんだよなとなんとなく思った。 あの頃のクラスメイトたちは、いまどうしているのだろうって、もう名前もほとんど思い出せないのだけれど、どうしてかそんなことを思った。
夕方には、約1年ぶりに会う先輩とご飯を食べに行った。 琴似。 居酒屋に二人で行ったのだけれど、なんだかんだで3時間以上話していた。 その先輩にはいつもいろいろなことを教えてもらうのだけれど、今回も実際に会うのは約1年ぶりで、やっぱりいろいろな話を聞くことができた。すごいよなって、いつも思う。 何についての話なのかはいつも変わるのだけれど(話題が豊富な人なのだ)、その先輩の話は自分でちゃんと考えることが重要なんだっていうことを、題材を変えていろいろな角度から話しているだけのような気もする。 先輩と別れてから、22時過ぎの列車に乗った。 その夜はとても寒くて、ホームでは吐く息が白かった。 息が白くなると、意味もなくはあーってしたくなる。
夜遅くには、叔母も実家にやってきて、久しぶりに会った。 いろいろ話を聞いた。 よく話を聞く日だ。
11月26日(月)
土曜日に送ってもらった先輩に、今度は朝拾ってもらう。 午前8時。 とにかくやたらと寒い朝で、あんまり寒いとついつい笑うしかないよなって思うのだけれど、まさにそんな朝。 声に出さずに(さーむーいーっ)って思いながら、キャリーバックをがらがら引いてセブンイレブンまで歩く。 セブンイレブンで飲み物を買う。 レジのところに店主の奥さんがいて、「あら?」と気が付いてくれる。 「こっちに帰ってきてたの?」 「いえ。いま神奈川に住んでいるんですけど、出張でこっちに来てるんです」 「へえ。元気そうね」 「おかげさまで。元気でやってます」 そして店を出る。 小学生の頃から利用している店なので、顔を覚えてもらっているのだ。 小学生の頃には、月曜日の朝になると、週刊少年ジャンプが入荷するのを雑誌コーナーでずっと待っていた。 そして、朝読めるところまで読んでから学校に通っていた。 当時はキン肉マンとかキャプテン翼とか、ドラゴンボールとか、ジャンプの全盛期だったのだ。 (そしてキン肉マンもキャプテン翼もいまでは違う雑誌に続編が掲載されていて、なんだか不思議な気がする)
日中は仕事。
夕方、駅のホームでマネジャーと一緒に新千歳空港行きの列車を待っている間、ずっと雪が降っていた。 激しい雪ではなくて、北海道特有の水っぽいちらちらと舞うような雪だ。 朝から冷え込みが厳しくて、いかにも雪が降りそうな空模様だった。 そして、すっかり日が暮れた頃に、我慢しきれなくなってしまったかのように雪が降り始めたというわけだ。 周囲はすっかり暗くなっていて、その中を白い雪がゆっくりと降り続ける。 実際、昔から慣れ親しんでいる光景だし、別段珍しい光景でさえないようなただの雪。 けれど、やっぱり目の当たりにするのは久しぶりではあって。 なんとなく、本当にこれはちゃんとした理由があるわけではないのだけれど、雪が降っているのをみることができてよかったなとは思った。 三日間のうちに、雪を見ることができるだろうかって、ちょっと願をかけているようなところもあったし。 どうしてか安心することができた。
ホームにある自動販売機で缶コーヒーを買って、カイロのように頬に当ててみたり両手で持ってみたりする。 マネジャーは喫煙コーナーで煙草を吸っている。 雪の夜には、煙草の煙は随分と孤独そうに見える。 まるで、この世界に一人きりで立ち向かわなければならないみたいに。
新千歳空港に着いて(空港の中でラーメンを食べた)、20時台のJALで羽田に向かった。 22時過ぎに羽田に到着して、新横浜まではバス。 新横浜からの帰りの電車で最近聞きなれた駅名のアナウンスを聞きながら、自分の居場所に帰ってきたのだという気持ちを抱く。 北海道は故郷ではあるけれど、いまでは自分の場所というわけではなくて。 自分の部屋のある場所が、居場所なんだよなと思った。 自分の選んだ本やCDやもろもろがある場所。 今回の出張では、どうしてか時間の流れのようなものについて思うことが多かった。 仕事はほぼ予定通りに終了し、家族にも会うことができて、何かと慌しくはあったけれどよい3日間だったように思う。
そうそう。 高校生の頃に使っていたパイプベッドは、相変わらず起きた後身体の節々が痛くなって困ったのだけれど。
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『ポスターを盗んでください』読了。原研哉。新潮社。 再読。 まだ学生だった頃、一時期原田宗典にはまっていて、ほとんどの著作を読んでいたことがある。 この本は、その当時に存在を知って手にとったものだった。 というのも、この本の著者は原田宗典の高校時代からの親友であり、何かの中でこの本の紹介がされていたのだ。 実際、この本の前書きも原田宗典が書いているし、そもそも「編集者に紹介するお節介まで焼いてしまった。」のも彼だったりする。 そういうきっかけで知った本だったのだけれど、とても面白いエッセイ集だったという記憶があって、今回、出張中の移動の間に読み返そうと思って本棚から抜き取ったのだった。
原研哉はデザイナーであり、数々の商業デザインやポスター、あるいは本の装丁(新潮文庫の原田宗典や、姫野カオルコの作品など)を手がけている。詳しくは分からないのだけれど、第一線級のデザイナーであり、略歴を見るとデザインフォーラムの金賞や東京アートデジレクターズクラブADC賞などを受賞している。これらの賞がどういうものなのかはよくわからないのだけれど、現在ではさらに活動が多岐に渡っているのだろう。 この本はそんなデザインの現場で活躍をしている原研哉が、小説新潮に91年から95年まで連載していたものをまとめあげたものであり、「デザイナーとしての経験もまた、放っておくと(……)堆積してくるわけで、(……)言葉を持ち出してこの状況を整理してみたい気持ちに駆られはじめた。」ものでもある。
収録されているのはそれほど分量の多くないエッセイが全部で50と少し。 主に著者の仕事であるデザインを中心にしたものなのだけれど、そのエピソードの専門性に加え、それを切り取る切り口やユーモア、そして文章そのものにとても味があって、数年ぶりに再読してみてもやっぱり面白く感じることができた。
たとえば、こういうことを書いている。
デザインというのはその語源を辿るとラテン語で「整理する」という意味である。物の本質を考えながらあらゆる物の関係を整理することがデザインであるから、世に存在する「整理すべきもの」の多さを考えると、デザインの仕事も無限にあるという訳だ。従ってあれもデザインしなくては、いやこれもと、次から次へ様々な対象物が出現するものだから、僕の頭の中はちっとも整理されない。デザイナーというのはそういう矛盾を宿命的に抱え込んだ因果な職業なのである。(198-199ページ)
また、「三省堂選書」の装丁を短期間に50冊ほど行ったときの思い出について書かれた文章はこのようなものになっている。
しかし出てくる本の内容は本当に多岐にわたっていて呆れるほどだ。 「インド入門」「オフサイドはなぜ反則か」「古典の中の植物誌」「戦後学生の食生活事情」「さびの科学」「未刊の明治維新」「すみだ川気まま絵図」「中小都市空襲」「お母さんボク英語大嫌い」「伊能忠敬」「ポーランド入門」「埋蔵文化財のはなし」などなど……。 (……) 混沌したといえばこれほど混沌したシリーズも珍しい。 ヨガの達人を組み伏せたかと思うと、マッチョなラガーが現れ、それをやり過ごすと栄養失調気味の戦後学生がどやどやとやって来る。気骨の明治の将校が軍刀を振りかざす傍らで伊能忠敬が測量を行い、その隣でジャガ芋を食べているポーランド人の頭にB29から爆弾が降り注ぐ……。(185-186ページ)
個人的には「お母さんボク英語大嫌い」を読んでみたい気はするのだけれど……それはともかく、こういうふうに、文章にそこはかとないユーモアが含まれているのだ。それなので時折くすりと笑ってしまう。
また、ヴォーグに関するエッセイの中では、デザイナーの本領発揮なのか慧眼に溢れたこんな文章を書いている。
ヴォーグの面白さはファッションを人間性の芸術として捉えている点である。焦点が人間に合っている。従ってモデルたちもそこで勝負している。 ただ奇麗なだけではなくて、一度目を止めると、しばらく見つめざるを得ないような印象的なルックスを彼女たちは持っている。人が本来的に持っている罪深さや美しさ。人の本能の周辺に漂う危うい事件性。そんなものを瞳や唇でずばりと決定的に語り切るモデルがいる。それを写真家がレンズで増幅するものだから、そういうものに出会うと鳥肌が立つ。 要するに小賢しいお洒落を提案していないのだ。 (……) 一流のファッション・デザイナーの創造性を真正面からどんと受けとめることのできる人間の自信、才能、キャリア、そしてエネルギー。ファッションや社交というのはそういうものが織りなす芸術であるとヴォーグは語っているのだ。 だからこの雑誌を眺めていると、お洒落になろうというよりも、存在感のある人間になろうと思うようになる。整ったルックスよりも、むしろ自分の持って生まれた歪みを把握しきることの中に強烈なファッション性が生まれてくるということを知るようになるからだ。 まあそんなことを言っても、ふと鏡を覗くと、ファッションの「フ」の字にも至らないモノがそこにあるわけで、思わず「ヴ」と唇を噛んだりしているわけであるが。(119-120ページ)
文章を書くことを生業にしていない人が書くエッセイには、その独自の世界が垣間見えることもあって興味深いものが少なくないけれど、この本もやっぱりそうだ。本職じゃないのにこれだけ読ませるのだからすごいと思わされてしまう。 また、文章にすることによっても「整理」されるものはあるようで、あとがきではこのように書いている。
この連載の幸福な副作用として、デザインに対する僕自身の考え方が柔らかく膨らんできたという事実もここに記しておきたい。感覚的なデザインの営みは得てして鋭角的な緊張感ばかりを気持ちの中に増殖させてしまうのであるが、言葉という形で陳列してみるとそれは意外にほのぼのとした逸話に変容する。こういう発見はデザイナーのキャリアとしても意義深い体験だったと思う。(260ページ)
ちなみに、風変わりなタイトルは、ポスターのデザインを依頼するときによく言われるこの言葉。 「たくさんお客が入って、しかも盗まれるようなポスターにしてください」 に由来しているとのこと。 面白かったので少しだけ安心する。 再読って、いつもハラハラしてしまう。 昔はあんなに感動できたのに、ほとんど何にも感じないっていうことだって、もちろん充分有り得ることだから。
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お知らせ
新千歳空港では、やっぱりROYCE'のチョコレートを買う(じぶん用)。 今回は生チョコレートの、オーレ味。 いつも思うことだけれど、とてもおいしい。
世間は3連休だけれど、今日は仕事だった(電話が少ないのではかどるはかどる)。 明日も仕事。 しかも出張(マネジャーと2人で)。
早い時間帯の飛行機に乗るため、最寄駅を6時くらいに出発予定。 土曜日なので意外とすいているかもしれないと、淡い期待を抱いてみたり。
ただ、嬉しいのは明日の出張の目的地が札幌なこと。 つまり、仕事なのについでに帰省ができてしまうのだ。 それなので、今回はビジネスホテルではなくて、当然のごとく実家に宿泊することにする。 しかも、土曜日と月曜日が仕事なので、間の日曜日は一日地元での休日をもらうこともできたし。
冬休み(5〜6連休)に帰省しようかどうか迷っていたので、思いがけない帰省にはかなり感謝。 これで冬休みはどこか別の場所にちょっと出掛けてみることもできるなと思う。
札幌で、仕事でもう10ヶ月くらい電話でのやりとりを何度もしている人と実際にご対面することになるのだけれど、なんだかメル友にはじめて会う気持ちってこうなんだろうか? って話で同僚とちょっと盛り上がる。 かなり電話で話していて、どんな人なのかお互いに良く分かっているような気がするのに、実はまだ一度も会ったことがない相手。 男も女も。 夜には飲みに行く予定になっているので、楽しみだ。
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お知らせ
「雪が降ればいいのに」って、観光客めいたことを考えていたりするのも事実。
| 2001年11月22日(木) |
『インストール』+『アメリ』 |
今日、朝から埼玉の方に出かけていて、19時過ぎに事務所に戻ってきたら、テーブルの上におみやげらしきお菓子の箱が。 そして、大きめのポストイットが。
○○さんが挨拶にきました。 おみやげをおいていきました。 おいしかったです。
箱を手にしてみる……軽い!
全部食べるんだったら存在自体を隠せよ! と一緒に出かけていた後輩と暴れてみたり。
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11月21日(水)の話。 21日は代休日で、ずっと遊びたおそう! と決めていた。
○『インストール』の話
帯には「女子高生と小学生が風俗チャットでひと儲け 押入れのコンピューターからふたりが覗いた<オトナの世界>とは!?」と書いてある。 ちょっと好奇をそそろうというのが見え見えな感じで、うーんと思うようなコピーだけれど、そういう好奇から手にとったとしても「あら?」と意外な驚きがある小説だ。 ということは、まずはたくさんの人に手にとってもらえるように、という読みでこういうコピーにしたのだろうか(深読みし過ぎ?)。 手にとって読めば帯から連想されるようなステレオタイプな物語ではないということは結構すぐわかる。 おもしろかった。 基本的には、10代のまったりとした焦燥感の話。 肩の力が入っているわけでもなくて、ただ抜けているのだけれど抜けすぎているわけでもなくて。 焦っているのだけれど、だからいますぐにどうにかしようというわけでもなくて。 なるようになるし、まずは飛び込んでみようというバランスのよさ。 焦燥感なのにまったりしているのって、現代風なんだろうか?
「リアル」ということについて考えさせられた。それから「人生の目標」という言葉について。
2作目が楽しみ。 でも、この作家の文藝賞受賞に、ショックを受けた小説家志望の高校生(特に女子)は多いのだろうなーと思う。 人は人だと思っても感情はそう簡単には割り切れないだろうし。同じ高校生ってカテゴリーに入っている人が受賞したら、ねえ。
でも、面白いものはやっぱり評価されるんだなとは実感。
○朝の渋谷散歩の話
友人の寝坊のため、合流まで朝の渋谷で時間を潰さねばらないことに。 電車の中で3分の2ほど読み終わっていた『インストール』を、ファーストキッチンで朝食を取りながら読み終える。 この年にして、しかも会社でも有名なジャンクフード好きにも関わらず、ファーストキッチンに入るのは生まれてはじめて(それで入ってみたのだけれど)。 ハンバーガーをくるむ紙の茶色がシックな感じだと見当違いなことに感銘を受けたり。 通り沿いのカウンター席に座っていたのだけれど、本を読み終わって顔をあげると通りで女子高生の5人組が立ち話をしていて、同じ年くらいの女の子が書いた小説なんだなと思う。
まだまだ時間があったので、せっかくなので渋谷界隈を散歩しよう! と思い立つ。 まだ9時台だったので、意外と閑散としている。 道玄坂、センター街などなど、それなりの大きさの通りから路地までぐるぐる歩く。 やたらペインティングで溢れ、夜の跡がどことなくまだ拭いされていないような印象を受ける。 途中、先に見える街路樹の紅葉にひかれて歩いていたら、代々木体育館まで歩いていたのでくるりと引き返す。
タワーレコード渋谷前には、なぜか長蛇の列ができていた(ストアライブ? 平日の朝なのに)。 デジタルカメラを持ってくればよかったと後悔。 朝の渋谷は、なんだかまだ本領を発揮していないみたいだった。 でも、どこかに向かって歩いている人ばかりのなかで、ただ歩いているのは楽しかったのも事実。
○HMVの話
HMVでジャネット・ジャクソンの『ALL FOR YOU DVD EDITION』を発見、購入する。 これは、最新アルバム『ALL FOR YOU』にVIRGIN RECORD移籍後の3枚のアルバム(『JANET.』『THE VELVET ROPE』『ALL FOR YOU』)のビデオクリップ集DVDが付属したもの。2690円。アルバムの方は当然持っているのだけれど、19曲のビデオクリップDVDが2690円なら買い! と思って購入。 21日は遊びたおす日と決めていたし。 しかも、「MTV ICON PERFORMANCE ALL FOR YOU」も収録されているし!(これは、MTVでのライブ・パフォーマンス)すごい! 21日に帰ってきたときには疲れ果ててみることができなかったのだけれど、今日早速見ている。 掘り出し物だ。
○川内倫子写真展「うたたね」の話
『アメリ』を観る前に時間があったので、はす向かいのSHIBUYA PARCO GALLERYで開催されていた川内倫子の写真展を見てくる。 面白かった。3冊同時に発売になった写真集(『うたたね』『花火』『花子』)それぞれの名前を冠した個展を3箇所で行っているそうだけれど、その内の『うたたね』が渋谷で開催されていた。
青白い室内で、ナタデココが盛られたスプーンを持っている写真がとてもよかった。 それと、淡いピンク色の小さな花畑の写真。 繊細な雰囲気の、透明感のある写真が多かった。 見終わった後、隣のパルコブックセンターで写真集をめくりながら、写真集に載っている写真の本物を見るのはおもしろいと思った。
この写真です。「写真集」をクリックしてみてください。
http://www.parco-art.com/s_pg/index.html
○氷川きよしの話
奇しくもこの日は、初写真集『Kiyoshing』(主婦と生活社)の発売を記念して、パルコブックセンターで氷川きよしの握手会が行われる日でもあった。 僕が『うたたね』の写真集をぱらぱらとめくっている横では、たくさんのお母さんたちが握手会の整理券をもらっていた。 みな、一様に嬉しそう。遠足の前の小学生みたい。 さすが氷川きよし。 主婦層のハートを鷲掴みだ……と感心する。
○『アメリ』の話
シネマライズは平日にも関わらず大行列。 あんまり期待し過ぎないようにしよう、あんまり期待し過ぎないようにしよう……と自分に言い聞かせるように列に並んでいた。 2階席の1番前の列(中央右から5つ目)に座る。 2階席の1番前ってはじめてだったから、そういうちょっとしたことでまた期待してしまう自分がいていましめる。 期待し過ぎないようにしようって、まるで効果のない呪文のように繰り返す。
2階はほぼ満席(1階もきっとそう。見えなかったけれど)。
映画がはじまってからは何度も笑って。
あっという間に121分が過ぎて。
映画が終わって、立ち上がる人たちがほとんどみんな満足気な表情をしていているのをみて、やっぱり! とはやる気持ちをおさえきれなくなる。
ああ……なんだか、完璧な映画だって、ツボにはまりまくりだ。 もちろん細かな気になる点はあるのだけれど、そういうのも全部含めてでももう最高! と思えてしまうのだ。
これからは「好みの女性のタイプは?」という質問には、「アメリ」と即答しようと心に決めるくらい(ツボにはまるとブレーキがきかなくなってしまうのだ)。
あんまりにもツボにはまってしまったので、いままで買ったことないのに映画のポスターまで買ってしまう。 この映画については、今度「My Favorite」の方にちゃんと書こうと思う。
○「MoMA ニューヨーク近代美術館名作展」の話
マティスの「ダンス(第一作)」がやっぱりすごかった。 あと、まさかシャガールの『誕生日』(喜びのあまり、宙に浮いて、しかも首もぐにゃりとひしゃげた男が、花束を持った女性とキスをしている有名な絵)の本物を見ることができるとは思っていなかったので素直に嬉しかった。 うわ! この絵は! と思った。 中学生の頃、教科書か何かで見て、「世界でもベスト5に入るキスだよ。だって首まがってるもん」とかふざけていた絵だったので、記憶に残っていたのだ。 僕は絵の難しいことはよくわからないのだけれど、それでも本物を見ることができるというのは、やっぱりいいなとは思った。 ピカソやクレーの作品もあった。 こちらも平日なのに非常に混み合っていた。 帰りにカタログとポストカードを買う。
来年の2月3日まで開催。 現在MoMAが改装中のため、今回はこれまで貸与が拒否されていた作品もやってきており、必見とのこと。
○タワーレコード新宿の話
『アメリ』のサウンドトラック購入。 タワーレコードの特典で、購入者にはポストカードがプレゼントされます(ただし数に限りあり)。 もらいました。
○飲みの話(1軒目)
創作料理の居酒屋。 外れ。むむ。
○飲みの話(2軒目)
炭火ダイニングという謎のカテゴリーの店。 個室系で、隠れ家のようなところに通される。 1年と数ヶ月ぶりに合う面子だったので話に花が咲く。 それぞれ違う会社に勤めているので、面白く聞くことができた。 そして気がつくと23時半を過ぎていて、慌てて解散。 終電がー!!
○帰りの電車の話
一番前の車両に乗り込む(飛び込む)。 途中から混雑が緩和され、ずっと正面の窓の向こう側を見ていた。 「電車でGO!」な感じ(ゲームはやったことないのだけれど、イメージとして)。 夜の闇が深く続いて、その先にホームの明かりがぼやっと見える光景は、酔っ払った頭には興味深く映った。
部屋に帰ったときには、0時半を過ぎていた。 遊びたおそうってずっと決めていた日で、実際遊びたおして、面白かったと思えるのでよい休日だったと思う。
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お知らせ
『アメリ』を観たいなと思っている方は、ぜひ実際に行ってみた方がいいですよ! チラシなんかに書かれている通り、これは「観る人みんなが幸せになる」という言葉もある意味嘘じゃないし! と思うし。
今日のDaysはなんだか「!」が多いのですけど。 でも本当に、「内気なアメリの不器用な恋の行方」(チラシより)を、ぜひスクリーンで! とは思うのです。
今日の出来事(※21日は代休日でした)。
・午前7時台の電車で渋谷に向かう。
・『インストール』読了。綿矢りさ。17歳での文藝賞受賞作。
・友人と合流。
・川内倫子写真展「うたたね」をみる(SHIBUYA PARCO GALLERY)。
・『アメリ』を観る。奇跡みたいな映画!
・地下鉄銀座線で上野へ。
・「MoMa ニューヨーク近代美術館名作展」(上野の森美術館)をみる。
・上野から山手線で秋葉原へ。秋葉原から中央線で新宿へ。
・新宿タワーレコードで『アメリ』のサウンドトラックを購入。
・新宿でもう一人の友人と合流し、一年ぶりの面子で飲む(1軒目)。
・同じ面子でさらに飲む(2軒目)。
・解散。山手線で新宿から渋谷へ。
・渋谷から東急線で帰路へ。
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お知らせ
早速、『アメリ』のサウンドトラックを聴いています。
インターネットの世界には膨大な情報が溢れている。 言語の壁さえクリアできるのであれば、それこそ世界中の情報を知り得ることができる。 物事が爆発的に流行るためには、「楽しい」ことと「有益」なことと「エロ」とが大事だとはよく言われていることだけれど、インターネットの世界ではクリック一つで、リアルタイムで刻一刻と流れてくるニュースから、様々な専門分野から雑学までのサイト、そしてあんなものやこんなものまで、多くの情報にめぐり合うことができる。条件はバッチリ満たしている。 まさにもう一つの社会。 なんでもある。
けれども、逆に言えばそれだけありとあらゆる情報が詰まっている分、情報の敷居はどんどん低くなり、レベルは落ち込み、玉石石石混交というような状態になってしまっていることも否定できない事実だ。 ページがあまりにも多すぎて、本当に必要な情報にたどりつくことができないのだ。 また、どこに自分の求めている情報があるのかがわからないという問題もある。 何でもあるはずなのに、見つけることができない。 まさに、そういう矛盾するような状況に陥ってしまっているのである。
そこで、「検索エンジン」の登場ということになる。 自分が知りたい情報を、ネットの大海原を駆け巡って提示してくれる水先案内人。 自分が本当に求めている、あるいはキーワードを入力したときには思ってもみなかったようなサイトを見つけてくれる「検索エンジン」の存在は、劉備にとっての孔明くらい重宝する存在であるということができるだろう。 実際、「検索エンジン」のおかげで、どれほど魅力的なサイトに出会うことができたか。
けれども、世の中にはたくさんの「検索エンジン」が存在している。 よいものにすぐに亜流が増えてしまうのは世の習い。 コーラだってコカコーラやぺプシコーラやジョルトコーラ、それからヴァージンコーラやセービングコーラなどいろいろある。 そうなると今度は、数多ある「検索エンジン」を選択していかなければならない。 人によってコーラの味に好みがあるように、「検索エンジン」選びにも好みが反映されるというわけだ。
そして、実際に一度選ぶと、毎回異なる「検索エンジン」を利用する人はおそらく少ない。 だいたい、一度決めたところを繰り返し利用するようになっていくみたいだ。 実際、この間同僚たちに主にどの検索エンジンを使っているのかと聞いてみたら、結構そういう傾向が出ていたし。 それとない会話の繰り返しの結果、やっぱり、「Yahoo!」を利用している人は多いようだ。 さしずめ「Yahoo!」は「検索エンジン」界のコカ・コーラと言うことができるのかもしれない。 定番として、安定した人気を誇っている。 セブン・イレブンのジュース売場からもなくならないくらいの本当の定番ということができるだろう(セブン・イレブンは、人気がなくなるとどんどん入れ替わっていくのでたまにおそろしくなる)。 けれど、僕がよく利用するのは「Yahoo!」じゃない。
google。 http://www.google.com/intl/ja/
グーグルだ。 僕の某友人なら「ゴーグル」とでも読んでしまいそうなこの「検索エンジン」を、個人的には一番よく利用している。理由は幾つもあるのだけれど、とにかくもう、簡単で早いのだ。
グーグルのページはとてもシンプルだ。 基本的には中央にあるバーに検索したい単語を入れるだけ、複数の単語を組み合わせて検索したいときには単語と単語の間にスペースを入れるだけでいい。それだけで、ものすごいスピードで検索を実施してくれる(結果は「ウェブ全体から検索」と、「日本語のページを検索」から選ぶことができる)。 しかも、結果はリンク数の多い、重要と判断されるサイトから表示される。さらに、仮にもしそのサイトが閉鎖されてしまっていたとしても、googleのロボットが最後に巡回したときの情報がキャッシュに保存されているので、古い情報でもよければ(キャッシュのところをクリックさえすれば)閲覧することもできるのだ。 いたれりつくせり。
そのグーグルが、最近リニューアルを行った。 変更点は幾つかあるのだけれど、興味深いのが「イメージ検索」の日本語版が追加されたことだ。 これは正直な話かなりすごいサービス。 名称の通り、画像の名前で検索を行うことができるのだ。
つまり、たとえば僕が「ジャイ子」の画像が欲しいとする(実際には欲しくないですよ、念のため)。 それだったら、イメージ検索の画面でジャイ子(ないしはzyaiko)と入力して検索を実行すると、Web上の画像のなかで、「ジャイ子」(ないしはzyaiko)という名前がついているものの一覧が表示されるのだ。
イメージとしてはこんな感じ。
キーボードに向かっている僕。
ジャ
ジャイ
ジャイ子
カチッ。(「google 検索」ボタンを押す)
笑っているジャイ子
物憂げなジャイ子
泣くのを我慢しているジャイ子
怒っているジャイ子
うっとりしているジャイ子
驚愕しているジャイ子
ジャイ子、ジャイ子、ジャイ子……
すぐにWeb上に溢れる様々なジャイ子の画像が現れてくる。
まさにジャイ子祭り開催中といった趣だ。
そこで、じっくりと見定めた後、気に入ったジャイ子をクリックすると、その画像が置かれているページに飛ぶことができる(たとえば「ジャイ子ワールド」とか「ジャイ子の夢日記」とかね)。 イメージ(画像)からサイトを探すことができる検索って、いままであったようでなかったから、これは本当にすごく新鮮だった。 おもしろいですよ(ぜひ一度お試しあれ)。
さらに、そのgoogleを、自分のブラウザに組み込むことのできるサービスも最近はじまった。
「googleツールバー」
名称の通り、ブラウザにgoogleのツールバーを表示させることのできるサービスだ。ダウンロードしてインストールするのだけれど、あっという間に終わってしまう。 これもかなり便利だ。 どんなページを見ていても、何か検索したくなったら、ブラウザに常に表示されているgoogleの枠に文字を入れて、検索ボタンを押すだけなのだ。するとすぐに、検索結果画面に切り替わる。 いちいちgoogleのトップページまで行く必要もないのだ。 とりわけニュース系のサイトでは知らない言葉が出てくることも多いから、すぐ検索することができるというのはとても重宝する。 そして、この「googleツールバー」サービスでは、PageRankというものも表示される。 これは、ツールバーをつけている人が見たサイトのURLをgoogleに絶えず送り続けているからこそできることなのだけれど、その現在閲覧しているサイトの重要性を、ランク付けしてくれているのだ(もちろん、URLの情報を送らない選択をすることもできる。googleはこの自動的に送られるURL情報も、検索の精度向上のために役立てているそうだ。ちなみに、現在のところ「Google - 1,610,476,000ウェブページからの検索」になっている。すごい!)。 このランクは、リンクされている数などからつけられているようなのだけれど、「Text Sun Set」は10段階の2だった。まあ、こんなものだ。 やっぱり、「Yahoo!」とか「goo」とかのランクが高い。8とか。 まあ、このランクはともあれ、googleは一度使うと楽ちんで使い勝手のよい「検索エンジン」だとは思う。
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お知らせ
「ジャイ子ワールド」と「ジャイ子の夢日記」は実在しません。 検索しないように。
昨晩午前2時30分過ぎ。 そろそろ眠ろうかなと思っていたので、最後にOutlook Expressでメールをチェックする。
ピローン。 同僚からのメール。
件名は「流星」。
ん? 流星? ……ああっ! と思う。 本文を慌てて読む。
流星群、すごいって! まだ起きてたら外出てみな。 俺はもう20個以上の流星を見たからもう寝ます。 (※言葉じりは若干変更しています。内容は同じ)
しまった! と深夜のノートパソコンの前で劇画調に驚き(吹き出しは「ガーン!」)、慌ててコートを羽織る。 部屋の時計は2時30分を過ぎている。同僚のメールの発信は1時34分。 階段を小走りに下りて、部屋の前の道路に出る。 人気のない深夜の通り。 はす向かいのコンビニの明かりだけが煌々と灯っている。 空を見上げる。 一面の雲。 たまに夜空が見えている隙間があるけれど、ほとんどは雲に覆われている。
見逃したぁー。 とショックを受ける。 仕方ないので部屋の向かいじゃない方のコンビニまで足を伸ばすことにして、その間ずっと「見たかった……」と名残惜しそうに空を見上げていた。
そして今日の夜、食事のために久しぶりに新宿にいた。 ものすごく久しぶり。 新宿って、ほとんど行かない。 まるでおのぼりさんのように、高層ビルが立ち並んでいるのを眺める(まあ、実際に田舎者なんだけれど)。 21時でも当たり前のようにほとんどのビルに明かりが灯っているのが見える。 そのときに、「あ。」って思った。
昨晩見逃した流星群だって。 高層ビルの窓には明かりがついているフロアとそうじゃないところがあって、そのコントラストが流星群のように見えなくもなかったのだ。 たとえばニューヨークにはクリスマスシーズンになるとビルの壁を利用して明かりでツリーをつくるビルがあるそうだけれど、新宿の高層ビル群の窓の明かりも、見ようによっては流星群のように見える。ちょっと美化し過ぎだろうか? ちょっと想像してみる。 もし、全部のフロアの明かりを管理する警備の人が、いろんなフロアや部署の明かりを順番につけたり消したりして、星が流れるような様を見せることは可能かもしれない。たとえばその警備の人に約束とか何らかのエピソードがあって、クビになるのを覚悟で、そういう操作をするのだ。 それはある種の奇跡のように道行く人の目には映るだろう。 明かりという明かりが、窓という窓が順番に光っては流れ、光っては消えていく。しばらくの間、それが続く。 都会の真中でそういう奇跡が起こってもいいかもしれない。 一度くらいは。
それはちょっと現実的にはありえない話だけれど、通り過ぎていく人たちは、当然のことながらビルをあんまり見上げたりはしていなくて、この窓の明かりも見慣れてしまってただの風景になっているのだろうかとちょっとだけ思った。 夜の高層ビル群って、かなり、すごい景色の一つだと思うのだけれど。
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お知らせ
もしそういう警備員がいたら、どんなエピソードがあるのでしょう? 想像するのも楽しいかも。
| 2001年11月18日(日) |
『だから、顧客が逃げていく!』 |
『だから、顧客が逃げていく!』読了。レイ・コンシダイン/テッド・コーン。田辺希久子訳。ダイヤモンド社。 こういう本って、巷ではたくさん売られている。私を買う気にさせたなんとかとか、伝説のサービスとか、スーパーウルトラハイパーサービスとか(ないよ)、まあとにかくビジネス書の一角に行けばいくらでもある。そして、その手の本というのは、大抵中で語られている内容はほぼ似通っている。 もちろん、エピソードは違う。アプローチの方向だって違う。けれども、基本的には同じようなものだ。 数ある自己啓発書が同じようなものであるように。 だからもしかしたら、人によってはタイトルだけ見て手に取ることさえしないかもしれない。 ああ、ああいうやつでしょって。
ただ、それと読む価値がないということはまったく別の問題だし、それを一緒にしてしまうのはかなり乱暴なことだ。 それに、どの本に読む価値があって、どの本には読む価値がないなんていうことは、あくまでも極個人的なものであって絶対的な基準なんてものはないし、権威とか高尚さだとかそんなものは必要ないわけだし。 一人の人が、好きなものを読む。堅い本から柔らかいものまで。気に入ったものであれば、アンテナに引っかかったらとにかく手に取ってみる、ただそれだけ。そして読み終わった後、自分にとってどうなのかということが大切なのであって、世間の評価は参考にこそなれ(趣味の合いそうな評者の薦める本には心惹かれてしまうのも事実だし、ただ)、絶対的な影響力をもつものなんかじゃないのだ。 シンプルなことなのだ。
結論から言うと、この本はとても面白かった。 こうしたら顧客があなたのファンになってくれますということを、逆説的に「顧客を逃す瞬間」という着眼点から述べていてそれが面白いのだ。 しかも本書に登場するエピソードのほとんどすべては社名が実名で公表されていて、そういうエピソードには身につまされてしまう。 僕は流通業に従事しているから当然店舗でたくさんのお客さんに接してきたわけだけれど(いまは部署の関係で現場を離れてはいるけれど)、それだけに本書で書かれているような内容ってあるあるって思う。些細な行動や一言が「顧客を逃す瞬間」になってしまうのだということが実感としてよくわかる。 ただ、この本を読むとそれがどうしようもないことではなく何らかの方法はあるのだということに希望が持てるようになる。少なくとも、世の中には失敗事例より数は少ないかもしれなくても、成功事例だって溢れているのだということくらいはわかるようになる。 たとえばこんな箇所がある。
同社のニューズレターの一つに、きわめて興味深い数字が載っていた。いわく、「毎週訪れる10万人の顧客が、わずか、0.01%の割合で離れていったらどうなろうだろうか……」(一見、取るに足りないことと思われるだろう)、「わが社の顧客10万人の1週間当たり平均購入額は100ドル……であれば、わが社の逸失利益はなんと年間250万ドルにも達するのだ!」 この逸失利益は、10年後には、なんと2500万ドルにもふくらんでしまう。(70ページ。数字は漢数字を変更)
それだけ、いかに顧客を失わないこと、自社に来続けてもらうこと、生涯顧客になってもらうこと等が重要だということがよくわかるようになると思う。それに、新しい顧客をつくったり見つけ出したりしてくるよりは、いまいる顧客に気に入ってもらって、もっと利用してもらうようにする方がずっとスムーズなようだし。
そして、本書では顧客を逃すことのなかったエピソードというのを多数紹介している(こういう本って、エピソードの選択の良し悪しが、その明かりの当て方が内容の良し悪しに繋がることがとりわけ多いような気がする)。 それはシャツをプレゼントしようとしている相手のサイズを忘れてしまったことを聞いた店員が、お客さんにその相手に電話をするよう電話を貸してくれるエピソードであったり(それは長距離電話だったのだが、結局そのお客さんは電話代よりもずっと高い洋服を購入してくれた)、空き部屋を探して困っているお客さんのために、自分たちのホテルも満室で追い返してもいいのに、町じゅうのホテルに電話をかけて探してくれたエピソードであったりだ(なんと21箇所目でようやくみつかった)。そういうエピソードがその企業の生涯顧客ともいうべきお客さんを作り出すのだと述べている。そんなふうにしてもらったら、やっぱりその店で買いたくなるし、そのホテルを利用したくなる。
それらの大半はちょっとしたことだ。たぶんほんの少しの手間と時間さえかければできること(そして現実にはなかなかされていないことでもある。自分を省みても)。ただ、そのほんの少しの繰り返しが、長い時間の中でものすごく大きな差となって現れるのだろうなということが読んでいるうちに実感として感じられる。もっとしっかりしなくちゃと思う。 本書は結構手厳しい内容も多数含んでいるのだけれど、ユーモアに溢れる筆致で、変に皮肉めいた物言いなんかにはなっていないのですんなりと読み進めることができるのも好感度が高い(著者が知り合いから集めた話が多いためか、ややお金持ちの人たちの話が多いのはちょっとだけ気になったのだけれど)。
そして、さっきちょっとしたことと書いたのだけれど、ちょっとしたことでは「伝説」にまではならないというのも事実で、中にはとても真似のできないようなサービスも収録されている。 たとえばこれなんかそうだ。
首席コンシェルジュのジョン・ニアリーのところにアイスランドから電話が入った。「カーライルの大事なお客様」が、アイスランドを旅行中に車がガス欠になったのだ。最寄のガソリンスタンドはどこにあるかと、この女性客は尋ねた。もちろん、ニアリー氏は彼女のためにガソリンスタンドを見つけてあげた。(115−116ページ)
これはアメリカのホテルのコンシェルジュの話なのだ。ちょっと、というかかなりすごい。 電話をする方もそうだし、それに応えるほうも。これだけの信頼関係をもたれるだけのことはしているよなと思う。 ちなみに、このホテルではもう一つ信じられない逸話がある。
ある客が、もう一つベッドルームが欲しいのだが、さりとて別のスイートには移りたくないと支配人にグチをこぼした。答えは簡単。この女性がランチに出たあいだに、大工が入って壁をぶちぬき、隣の部屋に通じるドアをつくってしまったのだ。(116ページ)
おいおいって、つっこみたくなるようなすごい話だ。 個人的には、この女性客っていうのがどういう人だったのかが気になるのだけれど、いずれにしても、なかなかこういうふうにはできない。 伝説的なサービスは、さすがにそう呼ばれるだけのことはある。 ただ、こういうサービスが多数収録されているのは、もちろんその真似をしなさいよということではなくて、その根底にある姿勢、「私に任せてください」とか、「顧客のために何でもやります」という部分に見習うべき部分が多いということでなのだろうけど。
もちろん、伝説的なサービスっていうのは顧客に対してある失敗をしてしまってそれを挽回するときや、指摘をされたときに実施されることが多いから、本当であれば一歩前の失敗が起こらないような仕組みであるとか、システムを作り上げていく方が重要なのだとは思う。 たとえば、ホテルの宿泊記録の名前が不十分だったために食事相手と出会うことができなかった男に対して、ホテルの支配人は丁重なもてなし(宿泊料無料や館内案内)をして顧客を繋ぎとめることには成功したエピソードがあったけれど、本当に大切なのは宿泊記録が完全になされて、それを全員が当たり前のように正しく運用することなわけだし。 そのためには仕組みがないといけないのだ。仕組みを作ってそれをまた練り上げてよりよく「カイゼン」していくこと。 そして重要なのは、それに杓子定規的に完全に従わなければならないという仕組みではないという柔軟さを残していることでもあって。
これは有名な話だけれど、ある日本企業の店舗に子供連れのお客様がやってきて、子供が具合が悪くなったので病院にかけるために電話を借りたいと申し出たときのエピソード。その会社にはお客さんに電話を貸してはいけないというマニュアルがあって、話を受けた店員は電話を貸すことができないと伝えたのだという。 これは仕組みだとかマニュアルにしばられてしまった故のエピソードだと思う。 それなので、仕組みは現場にある程度の権限を委譲して、柔軟に駆使できるようにすることが重要なのだと思う。 もちろん、これは口で言ったり文章で書いたりするほど簡単なことではないことも十分わかっているのだけれど。
ただ、気をつけたいとは思う。 まずはそう思わないと、そうなっていくこともできないし。
そして、こういう笑い話みたいになってしまのは困ってしまうし。
客「もしもし。非公開の電話番号がほしいんだけど」 電話受付係「いいですよ。番号は456の7890です」 客「二つ質問していいですか。この番号は電話帳に載りますか(いいえ)。この番号は今日から使えますか(はい)」 客「すみません。あなたのいった番号を書き留めるのを忘れました。もう一度いってもらえますか」 電話受付係「申し訳ありません。この電話は非公開なもので」(192ページ)
杓子定規的というか、これはまあ、ねえ……
最後に、なるほどと思わされた文章を引用。
車の調子が悪いとき、スウェル社の人々は笑顔でさっと修理してくれる。スウェルの哲学はこうだ――スウェル社のサービス満足度が99%で、月間の顧客数が1000人であれば、失望した客の割合は1%と、数字的には取るに足りないと思えるかもしれない。だがその10人は、100%失望させられたのである。(224ページ)
面白く読むことができた。 そしてこういう本を読んだ後には、大切なのは、実際に少しずつでもいいから自分でもそれに沿うようにすること。
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お知らせ
最近オヤジくさいですか?
| 2001年11月17日(土) |
Drive,Drive,Drive |
助手席に乗っていると、運転しているときよりもスピードが増して感じられることが多い。 やけに短い車間距離も、急な針路変更も、すべてが(自分で運転している)ドライバーと違ってふいの出来事として目の前に現れるから、いちいち驚いてしまうのだ。 まあそれは、車に乗せてくれる人たちにスピードを出す人たちが多いせいかもしれない。 でも、それでも、助手席に乗るのはとても魅力的だ。 何よりも風景を見ることができるわけだし。
今朝も午前6時くらいに、人の車の助手席に座っていたのだけれど、まだ薄暗い青のなかの国道からは、まだ完全には起ききってはいない街の姿が見えていた。初冬の曇り空の下では、信号の赤がそこだけ鮮やかな色を発しているように見えて、軌跡を描くように続いている街灯も心細そうに微かな光を発している。 車内は暖房が効いているからそれなりには暖かいのだけれど、窓の外はとても寒そうに見える(実際車を降りたらとても寒かった)。 朝早くの街はまだ半分くらいしか動きはじめていないような気がすることが多くて、いつも行くコンビニの店員がまだ深夜帯のアルバイトのままであるときには、本当の意味ではまだ朝にはなりきっていないのだなと思う。
コンビニでコーヒーを買った。 路地のずっと先、東側の空が、重い雲間に光を含み始めているのが見えた。 最近、思わず立ち止まってしまうような光景を見るときに、つい「デジタルカメラを持っていればよかった」と思ってしまうのは、ちょっと複雑な心境だったりするのだけれど。
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今日はドライブの話。 記憶に残っているドライブは幾つかあるのだけれど、もしかしたら忘れてしまうかもしれないから、記録に残しておこう。 今回は、仲の良い先輩(男)と行った、鎌倉、江ノ島へのドライブを。
もう3年くらい前に、当時千葉市に住んでいた僕は、先輩と一緒に神奈川にドライブに行くことにした。 神奈川の以前働いていた店舗の同僚に会いに行くことにしたのだった。 そしてどうせなら、鎌倉にも寄って行きましょうということを僕が提案して(まだ訪れたことがなかったのでぜひ行ってみたかったのだ)、それでなぜか午前3時なんていうクレイジーな時間の出発になった。僕が車を出して、先輩を拾う。待ち合わせ場所では、眠たそうにあくびを噛みころしている先輩がいた(「ねむい」)。そしてインターの入り口の手前にあるコンビニで飲み物とお菓子を買って、高速に入り、神奈川に向けて出発した。 もちろん、街はまだ夜のなかで眠っていた。
深夜の高速道路にはトラックの姿が多い。 けれども、普通の乗用車なんかもそれほど数は多くはないにしてもやっぱりちゃんと走っていて、いったいどんな人が運転しているのだろうとときどき思う。高速を走っているただの同じような車のひとつなんだけれど、その一台一台にはそれぞれの人生があり、それぞれのエピソードがあるのだ。もちろんいつもそんなことを考えてしまうと手に余ってしまうのだけれど、たまにそのことがすごいなと思う。 それは高速の途中から立ち並ぶマンションや団地の林を眺めるときにもよく思うことなのだけれど。 マンションや団地の中にはものすごい数の人たちが暮らしていて、それぞれにやっぱり僕らと同じように人生があり感情があり出来事がある。はかりしれない。
基本的には空いているので、高速ではスピードを出して走っていくことができた。 お気に入りのCDもそれなりの音量で鳴らして(音楽は、ドライブに欠かすことのできないものだ。音楽のないドライブは、マーガリンやジャムのない食パンみたいだ)。 葛西を超え湾岸線に入り、お台場を通り過ぎていく。 自分で運転をしているときには(とりわけ高速に乗っているときには)、風景を見ている余裕はあんまりない。 ぼんやりなんかしていられないのだ。
途中で、横浜のレインボーブリッジのサービス・エリアに車を停め、休憩をした。 そこにはまだ午前6時にもなっていないというのに、夥しい数の車が集まっており、多くの人たちがいた。 サービス・エリアって、それがどこのものであっても、心優しくなる場所のような気がする。江國さんも確かサービス・エリアのことをエッセイで書いていた(タクシーで乗りつけていくって)。 そのサービス・エリアは排気音と海風の音と、橋の照明が一種独特の雰囲気を醸し出していて、階段を上っていく展望スペースに行くと、さらに風が強く吹き付けていた。ばさばさって、思わず目をぎゅうととじてしまうような。
いつも自分がいる時間や場所から離れてみることはたまに絶対に必要なことだと思う。 もちろんそれがなくても日々を過ごしたりやり過ごしていくことはできるけれど。 そういう時間や瞬間に身を置くと、ああ、心身ともにこういうことを求めていたんだって、やけに切実に気付かされてしまう。
いつも同じ場所で同じようなことをしていると、自分でも気がつかないうちに身体や心のどこかが乾いて、それが余裕をなくしていくことに繋がっていくような気がする。もちろん、世の中にはそういうものがなくてもちゃんといられる人もたくさんいるとは思うけれど、個人的にはそういう「日常ではない何か」が必要なんだなと思ってしまう。 だから僕はそのちょっとしたバージョンとして日々のなかに散歩を組み込んでいるのだろうし、たまにちゃんとしたバージョンとしてドライブや旅行に行きたくなってしまうのだ(出張でも代用できるのでそれは仕事に感謝していることではあるのだけれど)。
(感傷的になって見せるのもきっとそうだ。日常を違う角度から眺めることでもあるわけだから。日々は現実的な視点で生きているけれど、たまに感傷的な視点で生きてみるのもバランスをとるためにはちょうどよいような気がする)
サービス・エリアで先輩に運転を代わってもらった。 2歳年上の、男の、仲の良い先輩。いまは転職して違う会社に勤めているけれど、相変わらず仲がよい(実際にはそんなに頻繁に会えなくても、久しぶりに会うと期間があいていたとは思えないように接することができるという意味で)。人間的に、ものすごく信頼のおける人で、もちろん本人にはそんなふうに言わないけれど、ずっと連絡を取り続けていきたいなと思っている。僕はなかなか人に気を許せないようなところがあるので、そういう人って珍しいし、そういう人がいてよかったと思う。男女関係なしに。
そして、高速を降りて、鎌倉へ。 はじめてだったので、すごく面白かった。 そこは、訪れた時間のせいか、そのときの心持のせいか、あるいは実際にそうなのか、静かで穏やかな美しい町のように見えた。 車を停めて、駅前で朝食をとったり、「ひよこだ。ひよこ!」とうかれたり(お菓子のひよこの本店があるのだ)、おそろいの制服を着て歩いている小学生たちとすれ違ったり、お寺を見て回ったりして、数時間を鎌倉で過ごした。まだ営業時間には早かったけれど、空いていたらぜひ入ってみたかったようなお店もたくさんあった。 もっとたくさん見て回りたいところはあったのだけれど、そのうちゆっくりと来ようと思って次の目的地に移ることにした。
次の目的地は江ノ島。 江ノ島に行く途中、海岸沿いの道路を走るのだけれど、午前中の海岸道路は、ものすごく気持ちが良かった。 その日が晴れていたこともあって、空は青いし海も碧で、目を開けているのが眩しい感じで。 海とは反対側には鉄道が走っていて、海岸道路のすぐ隣に、ものすごく感じのよい小ぢんまりとした駅が幾つかあって。 絵になる光景だなと思った。
そして江ノ島の駐車場に着いて、先輩は僕が初めてだということで岩屋に案内してくれる。 岩屋というのは江ノ島にある海触洞窟だ。 つまり、波によって少しずつ削られ掘られながら出来上がっていった洞窟。 現在は、その洞窟内を見て歩けるように通路なんかがちゃんとある。 霊場でもある。
観光客みたいだと言いながら、岩屋をめぐった。もちろん、ひんやりとした。洞窟とか鍾乳洞に行くと、人は暗闇や閉じ篭もる場所が必要なんだろうなということについて、少しだけ考えさせられる。そして自然が偶然かもしれなくても、そういう場所を用意してくれるのはすごいとなんとなく思う。どこまでが偶然でどこからが必然なのかはその人がどこで線を引くかの違いでしかないのだけれど、それでも自然の手の平でいろいろやっているだけなのだろうなと畏怖心のようなものはどこかではやっぱり持っている。
岩屋への行き帰りの途中にある細い散歩道のようなところは、歩いていて気持ちがよかった。 サザンオールスターズの歌は流れてはいなかったけれど(当たり前か)、それでも高台から砂浜の方を見たりすると、夏にはたくさんの人で賑わうのだろうなとは思った。平日の午前中だったせいもあって、やけに静寂な雰囲気でもあったし。途中、古い椅子がたくさん置かれている場所があって、その光景がどうしてか忘れられない。
江ノ島を出てからは同僚の部屋を目指し、一緒にご飯を食べたりして夕方くらいに再び千葉に向けて出発した。 帰りは首都高経由で帰ったので、渋滞に巻き込まれた。都内は、いつもいつも渋滞をしている。それはもう致命的に染み付いてしまって離れることのない影のように、都内の属性のひとつになってしまっているのだから。
そういうドライブだった。 出発時間が深夜だったことと、鎌倉と江ノ島がよい雰囲気のところだったこともあって、個人的には印象に残っている。 先輩ともいろいろとバカ話をしたし(僕はよくこの先輩に「やれやれだよ」と呆れられる)。
いままでの、数え切れないくらいのドライブ。 それぞれの人にとって、思い出に残るドライブってたくさんあるのだろうなって(子供時代からさかのぼってずっと)当たり前のことなんだけれどやっぱりそう思う。
ドライブの楽しさについては、そのうちおいおい書いていくこともあるのかもしれないけれど。
僕はスーツを着ているとそうでもないのだけれど、私服になると実年齢よりも3〜4歳くらい下に見られることが多い。 たとえば、今年の春先に丸井で買物をしていたときに新しい名刺入れを探していたら、「新社会人の方ですか?」と店員に言われてしまった。まあ、これは時期が悪かったとは思うのだけれど。 さらにその日、靴も新しく買おうと思って選んでいたのだけれど、いろいろ手にとっていたらやっぱり店員に「就職活動ですか?」って訊かれたし。 「採用する方なんです」とは言わなかったけれど。 どんどん若くなってるよ…… 基本的には、別に年相応に見えるような服装をしよう! とかは思わないのだけれど、あんまりそういうふうに言われると、さすがにちょっと複雑な心境だったりはする。
別に特に若作りをしようとしているわけではないのだ。 普通にボタンダウンのシャツとか、カーディガンとか、チノパンとかジーンズとかの服装をしているだけなのだ。 しかも基本的には無地系のシンプルなやつが好きなのに(SHIPSとかARROWSとかの)。 でも言われてしまう。くう……
でも、思うのだけれど、僕くらいの年齢の服装って、どういうのが基本なのだろう。 なんだかとても中途半端な年齢のような気がする。
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洋服と言えば、いまの小中学生はとても服装に気を使っていると思う。 かつて、僕の通っていた札幌市内の小学校なんて、ほとんどの児童たちがジャージかトレーナーだった。 そしてそのことに何の疑問も抱かなかった。 プーマのジャージとか買ってもらったら、もう嬉しくて早速着て部屋でうかれてたし。 でも、いまの小学生の着こなしを見ていると、時代は確実に変化しているのだなと感心してしまう。 朝電車通学をしている小学生たちを見ることがあるのだけれど、彼らを見ていると色やスタイルのコーディネートがちゃんとできているのだ。中にはカバンや靴の小物まで、やけに凝っている子供さえいたりする。コンビネーションニットだよ! とか驚いてしまう。 見えないけれど、たぶん腕時計とかもすごいのだろう。 まあもちろん、そういう洋服を販売している店が増えたという環境的な要因が大きいのだとは思うのだけれど、ある新聞の記事には小学生のなかにもモデルがたくさんいて、ファッション・リーダーになっているというのだから何だかすごいことになっていると思う。たぶん「小学6年生」とかも、いま見ると僕の頃とは違うのだろうな。ファッション特集とかあったりして。
でもまあもちろん、それ自体はよいことだとは思う。 もしかしたら、どちらかと言うと親が願望を押し付けてしまっている部分があるのかもしれないけれど、子供たちが自分たちで着たい服を(予算の範囲内で)選んでいるのであれば、それはそれで気に入るものが見つかればいいねと思うし。 洋服はたくさん失敗しないと自分に何が似合うのかわからないとよく言うし、だったらそれを早い時期からやるに越したことはないわけだ。もちろん、何でもかんでも買ってもらったりするようなやり方はまずいとは思うけれど。
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僕なんか中学校に入りたての頃は、全然洋服なんて気にしていなくて、平気で母親が買ってくるようなやつを着ていた(そして母親が買ってくる洋服が痛い確率は、イチローの打率よりもずっと高かった)。 いまでこそ恥ずかしくって穴があったら入りたいくらいだけれど、当時はツータックのケミカルジーンズとか、紅葉柄のボタンダウンシャツだとか、書いているだけで泣けてくるような洋服を平気で着ていたのだ。 紅葉柄のボタンダウンシャツなんか、どんな季節に着ていようと、僕の周りだけ常に秋だったわけだし。
ミスター紅葉。 100メートル先からでも、僕が歩いてくるのがわかるくらいに強烈な赤。
やがて思春期(中2の途中くらい)になるとそういうのがとても恥ずかしくなって、高校生になってからはアルバイトをはじめて資金が出来たこともあって、少しずつ自分で買うようにして揃えていったのだけれど。
それにしてもツータックとか、思い出すとすごく懐かしい。 足首のところがものすごく細くなっていて、履いたり脱いだりするのにかなり時間がかかるのだ。 ケミカルウォッシュなんて、絶対に身体に悪そうな激しいムラだったし。 だからはじめてリーバイスの501を買ったときには嬉しかったし、友人たちといままで自分たちが履いていたのはジーンズじゃなくてヂーンズだよとかふざけて言い合ったりして。タックの数を競い合っていたのは、まるで熱病に浮かされているみたいだったよねと遠い目をして語ったり。
まあ、別にいまでも洋服の趣味が良いわけではないのだけれど、シンプルで気に入るやつを着ていたいなとは思ってはいる。
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お知らせ
ヂーンズって……
今日は、生まれてはじめて中華街に行ってきた。 今月で退職する女性の送別会で、均昌閣という店。 たまたま前日に見ていたヨコハマウォーカーにも載っていたお店だったから、否応なく期待が高まったりして。 個室だったのでテーブルは回ったし、料理も美味しかった(特に春巻はものすごく美味しかった。忘れられない……)。 中華街は想像していたよりもお祭り的な雰囲気が薄かったのだけれど、街の中にそういう一角が組み込まれているのが意外と違和感がなくて面白かった。個人的には通りは出店や屋台で溢れているようなイメージを持っていたのだけれど、それほどでもなかったのはちょっと意外だった。
店を出る頃(22時頃)にはほとんどの店が明かりを消していて、随分と淋しい雰囲気になっていた。 人は結構歩いていたのだけれど、通りの中央にまで出て周囲を見回しても、暗い街並みが目立っていたのだ。 手相を見てもらうことはできなかった。 夜だったので、いなかったのだ。
かわりに、お店を出るときに瓶の中に入っている棒を引き抜く籤を引いてみた(無料。「均昌閣幸運籤」って書いてある)。引いた木の棒に書かれている番号の数字の紙を取ると、占いめいたものが書かれているやつ。 それにはこう書かれていた。
「仕事は順調です。自分の人生に前向きに、信念を持って一生懸命頑張って。疲れすぎなければ運も上昇するでしょう」
とりあえず、よさそうなのでなんとなく嬉しい。 信じていない割に、いいことが書いてあるとすぐに調子にのってしまうのだ。 前向きに、信念を持って一生懸命頑張ったら、おのずと仕事は順調になるのでは? と思えたのは事実だけれど、それはまああんまり気にしないようにして。
そうそう、今日はちょっとだけ、お酒を飲んだ。 強いお酒だったので、すぐに熱いお茶に切り換えたのだけれど。 お茶はとても美味しかった。 デザートの杏仁豆腐も美味しかった。
送別会だったのでちょっと寂しい気持ちがあったのだけれど、別段しんみりすることもなくみんな笑っていて、そういうほうがいいのかなと思ったりもして。 これからの人生の中で、何度歓迎会や送別会をするのだろうって、ふと考えたりもした。
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お知らせ
今度は豚まんを食べてみたいと思った(できれば屋台のやつを)。
| 2001年11月13日(火) |
コンビニ・キャラバン |
いま住んでいる部屋は一人暮らしをはじめてから5つ目の部屋だ。 学生だったときには4年間同じ部屋に住んでいて、社会人になってからは4つ。 ワン・ルーム→1DK→ワン・ルーム→ワン・ルーム→1LDKという順番。 ひとつ前の部屋には2年半ほど住んでいたことになるのだけれど、そのうち1年半は出張生活を送っていたので、ほとんど部屋にはいなかった。退去の際には、不動産会社の人に、「煙草を吸わないにしても、とてもきれいに使っていただいたんですね」と言われた。「ええ、まあ」とかにっこり笑って答えたのだけれど、心の中では「だっていなかったのです」と思っていた。 そこは、出張生活の間中、数え切れないくらいの人たちに「家賃払うのもったいない」と言われ続けた部屋だった。 確かにその通りではあったのだけれど。
けれども、それが半年でも1年以上であっても、自分が住んでいた部屋には(ほとんど帰っていなかったにしても)愛着も思い出もある。 思い浮かべようとすれば部屋の家具の配置だったり、当時の出来事であったり、そういう些細なことを結構思い出すこともできるし。 たとえば、ある部屋に住んでいたときには下の方の部屋に住んでいたカップルがしょっちゅう喧嘩をしている声が聞こえてきたし、ある部屋に住んでいたときには大家さんと仲がよかった。また、ある部屋では窓を開けると梅の木を見ることができた。 これからも何度か引越しをしていくのだろうとは思う。 どんな部屋に住むのだろうというのは、結構いつも楽しみだったりする。
そして部屋といえば、社会人になって最初に住んでいた函館のときのことをよく思い出す。 とりわけ、引越してきた日の夜のことを。 それは、いまだに忘れることができないエピソードのひとつだ。
今日は、そのときのことを。
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その日、夕方遅くに自分の部屋に着いた僕は、翌朝の荷物の搬入をそのまだ何もない部屋で待つことになっていた。 プロパンガスの業者と時間の折り合いがつかなくて、明日の朝一に来てくれることになってしまった。 部屋には備え付けのガスストーブしかなかったから、それをその夜には使えないということだ。 でもまあ何とかなるかなとは思っていた。 北海道の冬が寒いことはよくわかってはいたのだけれど、一晩くらいならって。 コートもあるしって。
電気だけはついたから、ブレーカーを入れて明かりをつけてから何もない部屋をぐるっと見回してみる。 窓の外には向かいのアパートが見えていて(部屋は1階だった)、家具をまだ何も置いていなかったから、もちろんやけに広い。学生時代にはワン・ルームだったから、1DKの部屋にこれが社会人ってことかなとうかれてみたり。 部屋の中をゆっくりと見ながら、どこにどんな家具を置こうかって考えていた。 コートを着たまま部屋にいた。 部屋の中なのに吐く息が白かった。 そのとき、一晩過ごすことにちょっと不安がもたげたのは事実だったのだけれど、でもまあなんとかなるだろうって、そのときもまだそう思っていた。
バックを持ってきていて、その中には雑誌なんかが入っていて、部屋の壁に背中を持たれかけさせながら、それを読んでいた。 CDウォークマンも持っていたので、それを聴いていた。これで電気もだめだったら切ないよなと思いながら。 誰もいなくて心細くもあったから、一人で歌を口ずさんだりもして(歌はあんまり上手じゃないのだけれど、うたうことは好きなのだ)。 近くのコンビニで買ってきたホットコーヒーはすぐに冷めてしまった。 まとめて買ってきたカイロを床に置いて足で踏んだり、ポケットというポケットに入れてみたりした。なんとなく自分の状況がおかしくって、どこかホテルでも取ればよかったと思ってみたりした。
とりあえず8時くらいになって、部屋の中にはお菓子しかないしおなかも減ってきたので、夜ご飯を食べに行くことにした。部屋の近くの国道まで出て、手近なところにあったファミリーレストランに入った。数日後には会社の先輩たちと知り合うことにはなるのだけれど、そのときにはまだ知り合ってはいなかったから、もちろん一人で。 ハンバーグセットを頼んで(ハンバーグ・レストランだったのだ)、それを食べながらこれからどういう日々になるのだろうって想像していた。学生から社会人になることについて、そのときにはまだやっぱり実感なんかなかった。漠然としたものしかなかった。ただなんとなく不安と楽しみな気持ちが一緒になっていたのだ(いまでも、実際に働いてみるまでは明確なイメージなんかもてないよなと思う。もし仮に持てたとしても、実際には現実とは乖離しているものなのだろうし)。
食べ終わった後もしばらく店の中にいて、他の客たちが楽しそうにしているのを見ながら、この町では知り合いが誰もいないんだよなということを改めて実感していた。 その日の朝、学生時代住んでいた町から離れるときには、友人2人が引越しの手伝いに来てくれて、見送ってくれた(実際はらくらくパックだったので、僕らは立ち話をしていて、引越し業者の人がすべてやってくれたのだけれど)。学生生活を送った町では、そんなにたくさんというわけではなかったかもしれないけれど、それでもやっぱり仲のよい友人たちが出来て、それはとても得難いものだった。 またそういう場所から離れて、一から頑張るんだと思うと、ファミレスの中で一人、意味もなく感傷的になってしまったりした。 随分と遠いところまで来てしまったと思って。 でもまあ、いつまでもしみじみとはしていられないし、ファミレスのなかにいることだってできない。 しばらくしてから、僕は店を出た。 目の前の国道にはたくさんの車が走っていた。そこは産業道路とも呼ばれているところで、夜になっても交通量が多かったのだ。街灯がカーブに沿うようにしてずっと遠くまで等間隔に続いている。 僕はさっき自分が歩いてきたほうをみて、反対方向を見て、なんとなく反対方向に向かって歩いてみることにした。 風は冷たかったけれど、寒いのは部屋でも外でも同じだから、だったらちょっと新しい町を探検してみようと思ったのだ。 午後9時を過ぎているのに。そういうところがちょっとやれやれだと自分でも自覚はしているのだけれど、それでもそういうのが落ち着くのだから仕方がない。歩き続けること。はじめての道路をとりあえず進んでみること。散歩体質なのだ。
ただ、30分ほど歩いたところで引き返すことにした。どんどん周囲の店なんかが減っていって、暗い部分が増えてきたからだった。おそらくこの道路を進むと町外れに出るのだろうと思った。車ならともかく、歩くのにはかなり寂しい場所という感じだった(実際そうだった。その道路は町外れの方に向かって伸びていた)。人気のない小学校のグランドがあった。金網越しに校舎を見て、これ以上はちょっと無理かなとか思った。
引き返してコンビニに寄ってお菓子やホットの飲み物を買って部屋に帰ったときには、午後11時くらいになっていたのだと思う。 僕はやっぱり何もない寒い部屋に帰ってきて、壁に寄りかかって膝を立てて座り、新しく買った雑誌をめくったりしながら時間が過ぎるのを待った。カイロを何度もごしごしとこすりながら、頬に当てたり服の中に入れたりして。「さむいよ」とか誰もいないのに一人ごちてみたりして。カバンのなかに入っていた函館の「るるぶ」を見たりもしながら、車だったら30分もかからないようなところに、こういう観光地があるんだなと思ったりしていた。
時間はなかなか過ぎていってはくれなかった。
身体自体は疲れていたから、とりあえず眠ってみることにした。眠って、起きて朝になったらプロパンガスの業者も来てくれてかなり暖かくなるだろう。荷物もくるだろう。そうしたら頑張って部屋を片付けよう。家具はやっぱりさっき決めたように置いてみようだとか、そんなことを考えていたのだ。
けれども、全然眠れなかった。 もちろん、うとうととすることはできた。僕はコートを羽織ったまま床に寝転がっていたのだけれど、ようやく眠れたと思ったら30分くらいしか経っていなくて、まだ全然深夜のしかも冷え込みが厳しい時間に目が覚める。お風呂場の電気だけをつけて間接照明みたいにして部屋の電気は消していたから、淡く暗くて、それもまた自分がどこにいるのかをよくわからなくさせていた。しかも、床で眠っていたから、身体中が痛い。 昨日までは、それまで住み慣れた部屋にいたはずなのに、十数時間後のいまは全然よくわからない場所にいる。そして寒さに震えているのだ。
そういうのが、なんとなく可笑しかったのは事実。 一人きりの部屋で、なんだか、社会人としてのスタートは波乱含みじゃないか、と思っていた。 暗いし、寒いし。 そういうのは個人的には好きな感じではあった。 後になったら、そういうのって全部笑い話になってしまうということはよくわかっていたから。 (現にこうやって、やれやれなエピソードとして書くことだってできるわけだし) ただ、そのときはそれどころじゃなくて、寒さに震えていて、ガタガタいっていた。
さささむいよ。 かかかいろもあんまりきかないくらい。
というような感じで。
結局、僕は寒さに耐えることができなくて、コンビニに避難することにした。 雑誌コーナーに居座って、立ち読みをしていようと決めたのだ。
まずはローソンに入った。 一番近かったから。 何でもっと早くこうしなかったんだろうって思った。コンビニの中は暖かくて音楽も流れていて、雑誌もたくさん置いてある。 1時間くらいローソンの中にいた。 性質の悪い客だと思いながら。 それは自分でもわかっていたのだけれど、少なくとも凍死よりはマシでしょうとか思って。
次にハセガワストアというコンビニに行った。 これは「やきとり弁当」で一部では有名な、地元函館のコンビニチェーン。 そこにも1時間くらいいてから、今度はセブン・イレブンへ。 夕食の後の散歩のときに、どこにコンビニがあるのかは大体分かっていたのだ。 だから僕は午前6時くらいまで、順にコンビニを巡っていた。 そのとき売られていた興味のあるような雑誌はたいていぱらぱらとめくってしまった。 コンビニを出るときにはからあげくんや肉まんやホット・コーヒーなど、暖かい物を買ってから次のコンビニに向かって行った。 そして歩いている間に食べたり飲んだりしていたのだ。 そういうキャラバンだった。 たぶん店員は僕が寒さに震えて店から店へ移動しているなんて事は、想像もつかないだろうなと思いながら。
部屋への帰り道を歩いているときには、すでに遠くの空がうっすらと明けはじめていた。 結局、コンビニめぐりで朝を迎えてしまったのだった。 コンビニパワーのおかげで身体はすでに十分温かみを取り戻していて、眠たくはあったのだけれど、なんとか夜をやり過ごしたことが嬉しかった。一命を取り留めたよとか思ったりもして(大袈裟なんだけど)。
部屋に戻ると、まだカーテンもない窓ごしに、朝の光が部屋に差し込んでいた。 僕はやっぱり壁際に膝を立てて座って、お菓子を食べながら雑誌をめくっていた。 もう少しだとか思いながら。 プロパンガスの業者は午前9時には来てくれた。 備え付けのガスストーブは、すぐに部屋を暖かく満たしてくれた。 10時過ぎには引っ越し業者が搬入にやって来た。 ほとんど眠っていないので疲れてはいたのだけれど、それでも目だけはやけに冴えていた。 とりあえず暖かくてよかったとはしみじみと思った。
それが、社会人になって一番最初の部屋の、はじめての夜の出来事だった。
覚えているのは、やたらと寒かったこと。 床に眠ろうとして、身体のふしぶしが痛かったこと。 夜のコンビニをめぐっていたこと。
そのときに読んだたくさんの雑誌の記事の内容はいまではまったく覚えていないのだけれど、その夜のこと自体はたぶん忘れられないのだろうなと思う。
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お知らせ
いまではそれも、個人的には楽しい思い出なのです。 ラッキーなことに、風邪もひきませんでした。
今日は仕事終了後、横浜岡田屋モアーズ内にある「アジアン・キッチン」に行って来た。 辛い…… 辛いものはそれほど好きでも嫌いでもないのだけれど、久しぶりに食べるとやっぱり辛い。 6月くらいに一度入ったきりだったのだけれど、そのときも辛い辛いと連呼していたような記憶がある。
店に入る前に、下のフロアにタワー・レコードがあって、午後10時まで営業をしていたので覗いてみる。 そうしたら、新譜が出ていたらどうしても欲しくなってしまうアーティストの新作が出ているのを発見してしまう。 財布を見て、そして買ってしまった。どうせ買ってしまうのだし、と思って。
Toni Braxton 『snowflakes』
トニ・ブラクストンは昔から好きで、歌がうまいよなあといつも思っているのだけれど、今回も同様の感想(いま、早速聴きながらDaysを書いているのだ)。 しかも今回のアルバムはクリスマス・アルバム! だったりする。 クリスマス・アルバムって様々なアーティストのものが結構出ているけれど、かなり幸福なアルバムだと思う。クリスマスなんて1年の中でイブをあわせてもたったの2日しかないのに、そのためのアルバムなのだ(もちろん、12月を通してトータルでクリスマスの時期としてひとくくりにしてしまっているようなところはあるけれど)。 いずれにしても、それだけクリスマスというものがたくさんの人に大切にされている日だというのがわかって、面白いなと思う。 本当に、これからの時期にぴったりな感じのアルバムだ。 1曲目の「Holiday Celebrate」は、ミディアム・テンポのかなり好きな感じの曲。 2曲目は「Christmas In Jamaica」 Featuring Shaggy。 うわ、シャギーって名前を見るのがすごく久しぶりだ。 また、外資系CDストア特有の手書きPOPには、「クリスマス・ギフト」にぴったりと書かれていたけれど、確かにそんな感じだ。 そして、ギフトっていう言葉はよい言葉だと思う。
ちなみに、今度ゆっくり1人でCDストアに行きたいなとはしみじみ思ってみたり。 CDや本を選ぶときには時間がかかってしまうので、1人のほうが全然気楽なのだ。今日は3人いたので、あんまり待たせるわけにもいかないから、取り急ぎ、という感じだったし。
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「アジアン・キッチン」では、おそらく誕生日か何かの人だと思うのだけれど、やたらと巨大なパフェを注文する人がいる。30センチ以上ある容器にパフェが入っていて、花火までつきささっているようなやつ。今日もそれを届けられているテーブルの人たちがいた。 あれを見ると、いつも一度食べてみたいなと思う。もちろん、食べきれるわけはないし、こういうときには男って損だよなとも思うのだけれど(客観的に見てすごく違和感があるし)、やっぱりちょっとだけ憧れてしまう。 まあもちろん、ちょっとだけではあるのだけれど。 そしてきっともし実際に食べる機会があったとしたら、おそらく途中で飽きてスプーンを置いてしまうのだとも思うのだけれど。 そう言えば、昔住んでいた町にパフェ専門店があって、そこには30種類以上のパフェのメニューがあった。何段もいろんなアイスやらフルーツやらシロップやらが積み重なっていて、オリジナルな名前が付けられていたのだ。その町にいる間に友人や当時の恋人と何度か行ったのだけれど、そのときには何だかいつも目移りしてしまって注文をなかなか決めることが出来なかった。パフェ専門店なんてなかなか見かけないけれど、あのお店は結構面白かったよなとか思い出したりして。結構美味しかったし。
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ふと思った。 街を彩る色のパーセントが毎朝ニュースで発表されたらいいのに。 天気予報みたいに。 たとえばこれからの時期なら、赤と緑の割合がどんどん増えていくだろう(クリスマス・カラーだし)。もしかしたら、白も結構健闘して上位に浮上してくるかもしれない。 梅雨時期なら、ねずみ色がたぶん上位になるだろう。 夏になると、青や緑の鮮やかな色の割合が増えるだろう。 秋になると赤や黄色なんかが紅葉のおかげで幅を利かせるようになるだろう。 そういうふうに、朝のニュースなんかでその日の街に溢れている様々な色の割合を発表したら(今日は青が47%で、オレンジが29%……)、たとえばどうして今日はオレンジが多いんだろうって想像したりするから、オレンジを探して歩くだろうから、そういうのって楽しいのかもしれない。 逆に、様々な場所じゃなくって、たとえばある交差点から見えるデパートのウィンドウのなかの色だけでもいいのかもしれないし。 定点観測のようにそのウィンドウの中の色の割合を毎日発表するのでも。 そんなことをふと思った。 こういうふと思ったことってすぐ忘れてしまってもう二度と思い出せなくなってしまうことも多いから、Daysに書き留めておこう。 後で読み返したときにまた反復することもできるし。 色予報です、とか言って。
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お知らせ
調べる人は大変そうです。
『センセイの鞄』読了。川上弘美、平凡社。 ずっと前から、気になってはいたのだ。と言うのも、江國さんを好きな人たちがこの作家を好きな率が以上に高いような気がしたから。また、作家同士も仲がよいようで、一緒にトークショーなども行っているということだし。それはつまり、似た感覚、もちろん個々はオリジナルな存在ではあるとしても、同じベクトルの作家ということなんだろうかと、なんとなく思っていたのだ。 それでも実際には手を出してはいなくって、それで昨日、会社からの帰りに、駅のなかにある書店でハードカバー売場を見ていたら目に入って、それでなんとなく手にとって、なんとなく買ってしまった。そういうときもある。そして読んだ。読みやすいのですらすら読むことができて、0時を過ぎる頃には読み終わっていた。 読み終わった後に、僕は部屋の近くにあるコンビニまで日本酒を買いに行った。 主人公のツキコさんとセンセイ(カタカナなのが重要。変換に気をつけよう)は、サトルという店主のやっている小さな飲み屋で、いつもいつもお酒を飲んでいるのだ。その店での描写がやたらと多い。2人は、それぞれ季節の肴と一緒に日本酒をおいしそうに飲んでいる。それだったから、読んでいる途中から読み終わったらお酒を飲もうと決めてしまっていた。1人でふらりとそういう飲み屋に行くのもなんだったから(時間も遅かったし)、結果としてコンビニにお酒を買いに行くことにした。これは、部屋で1人でお酒を飲むことがまずない僕にとってはかなり珍しいことだ。それくらい、その描写が淡々として心惹かれるようなものだったのだ。 ただ、結局日本酒は買わなかった。コンビニの日本酒売場でいろいろと見比べていたのだけれど、結局どれも自分には度数が強すぎるような気がして手を出せなかったのだ(残してももったいないしと思ったし、でも小さな紙パックはあまりにも味気なさ過ぎるし。お酒飲みの方には信じられないかもしれないけれど、お酒が弱いっていうのはそういうことだ)。 でもお酒が飲みたいという盛り上がった気分は抑えることができなくて、結局妥協案として350缶のビールをひとつとコンビニおつまみ(スルメ)を買って帰った。スルメを買うのなんて何年ぶりだろう? 弱すぎる…… まあ、そのうち作中に出てきていたような飲み屋で飲む機会はあるだろうから、そのときにはちょっと頑張って日本酒を飲んでみようとは思ったのだけれど。
話がずれてしまったけれど、読み終わって思ったのはこれは大人の小説だなということ。主人公たちの年齢がということではなくて(もちろんそれもあるけれど)、その一人一人の拠り立つ様が、自立を前提としているということだ。自立した人同士が恋に落ちて、近づいていく様だったから。だから、あと何年かして僕がもっと成長して大人になることができたら、もっとずっと感じ入ることができるかもしれない。 そう思った。 文章はとても読みやすくて、当たり前のように馴染んでいる古風な言葉や表現も新鮮で(適度に鍛えられた体みたいな文章だった。贅肉がほとんどなくて、でもガリガリなわけではなくて均整の取れた文章)、また二人の性質のようなものにも好感を持つことができた。作者はかなりさっぱりとした潔い人なんだろうなと思った。昔の作家の書く小説のように、日本の私小説という感じがあった。 細部も面白くて(それってよい小説の条件のひとつだと思う)、たとえば『近郊への楽しいハイキング』にきのこ狩り、湯豆腐、ハンケチ、島への旅行、小山羊たちやという文章に、携帯電話についてのやりとりなど、どれも面白い。 物語は、かつての高校教師と再会した30代の女性が、その30以上年齢の離れたセンセイとゆっくりと恋に落ちていくというものだ。とりたてて特別な波乱やエピソードがあるわけではなくて、淡々と、あくまでも散歩をするようなペースで物語が進んでいく。思うのは、どんな人であれ、恋をするとその人なりのやり方で感情を動かすのだということ。それはある意味恋愛体質じゃないツキコさんもそうだし、もっとそうかもしれないセンセイだってそうだからだ。それぞれの人のやり方で。だから、恋愛小説はたくさんあるし、たくさん読まれるのだろうなとも思う。そのそれぞれの距離感に納得したり共感したり疑問を抱いたり。 この2人は、本当に駅ですれ違う人たちみたいだった。どこにでもいるような、と言ってしまったら変な言い方かもしれないけれど、町ですれ違う人たちがこういう恋愛を育んでいても違和感のないような、そういう地に足のついたリアリティのようなものがあって。 江國さんとは似ているところはあるかもしれないけれど、やっぱり似ていないよなとは思った。 それはもちろん、個々の作家がオリジナルであるのだから当然なのかもしれないけれど。 面白かったけれど、本当によかったなあと思えるには、まだ自分が幼すぎるかなとは思った。
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もう11月も中旬に入り、街はそろそろ冬の気配を色濃くしている。 何度も書いてきているように、冬や年末の押し迫ったような気配がとても好きで、もちろん寒くはあるのだけれど、寒さは暖かい格好をしていればいくらでもなんとかなるので、この時期になるとやっぱり嬉しくなる。 街を歩いていると、もうたくさんの人たちがコートなんかを羽織いはじめている。思い思いの巻き方でマフラーを巻いたり、帽子をかぶったり、手袋をしたり。耳かけはさすがにまだ見ないけれど、そういうのを見ているだけで楽しい。とりわけ、人のコートって、本当にどこで見つけたのだろうっていうくらいたくさんの種類があって、面白い。個人的には何年か前に流行ったピーコートは苦手で、ダッフルコートが好きだったりする。 あと、カバンを見るのも結構好きだ。いろんな人がいろんなカバンを持っている。そして女の人用のもののほうがたくさんのデザインがあるように思えてしまってうらやましくはあるのだけれど、男用にもまあたくさんの種類がある。最近の若い男の人たちは吉田カバン系のものを持っている人がやたらと多いのだけれど、あれはあれでやっぱりとてもよく出来ているとみんな言うので、実際に使いやすいんだろうなと思っている(僕は買ったことがないのだけれど)。 いずれにしても、駅にいてたくさんの人を見ているのは面白いと思う。 まあ、僕が利用している駅はJRから私鉄に乗り換えるためにダッシュする人がたくさんいたりして、鬼気迫るものがあるのも事実なんだけれど(たまにはじき飛ばされて、くるくる回ってしまいそうだと思えたりしてしまう)。
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お知らせ
一度、本当にくるくる回っている人を見てみたいものです。
| 2001年11月10日(土) |
『GRAND CANYON GLAND SCAPE』+新型ロボット |
『GRAND CANYON GLAND SCAPE』というのは、LAKE TAJO(レイク・タホ)の写真集のタイトル。 LIBROで買った。1905円+税。 こういうリーズナブルな価格で、よい感じの風景写真がたくさん収められている写真集というのは素直に嬉しい。 僕はこの不思議な名前のカメラマンのことをこれまで知らなかったのだけれど(カメラマンの名前はほとんどよく知らないのだ)、CDジャケットなんかでは結構有名な人みたいだ。ほとんどが風景写真で占められているこの写真集にも何人かの人物が映されているのだけれど、それはDragon AshのKENJIであったりHitomiだったりするから、そういう分野に強いのだろうなとは何となく納得することができる(他にも、いしだ壱世や柴咲コウが出ている写真もある)。
一番印象に残ったのは、表紙を開いてすぐの2枚(建設途中の遊園地と、海。どちらも曇り空で世界からすべての音が失われているような写真)と、真ん中辺にある海辺の夕方の写真。後者では、たくさんのカモメがページいっぱいに羽ばたいている。見ていると遠く近く響き渡るカモメの鳴き声に包まれてしまいそうな写真だ。淡いオレンジ色の空とその光を受けている海が、遠くのほうで霧に溶け合っているのも見える。 全般的に、空を映した写真が多くて、下3分の1だけが陸地(や海)で、残りが空という感じのものが多い。そしてやっぱり曇り空の写真(それも雨の訪れを感じさせるような不穏な色の)が多い。海外や日本、様々な場所の写真があって、見ているといろいろと想像を膨らませることのできる写真集だと思う。 書店でぱらぱらとめくっていて、いいなと思って、価格を見たらこの内容なら絶対に得だと思ってしまって、そのままレジに行って購入した。そしてページを開いてみては、いいよなあと思っている。他の人が見た、切り取った世界の一部分を、写真はちゃんと(もちろん技術にあわせてではあるけれど)記録してくれる。面白いよなと思う。それはあくまでも個人の視点のはずなのに、普遍的に誰の心にも響いてくるものがあったりするのだから。 これは、よい買物。 個人的に、ほとんどが風景ばかりで、たまに人物が出てくるようなバランスのものは好きなのだ、とても。 どちらだけでもきっと何かが足りないような気がしてしまうから両方が必要で、個人的嗜好として風景の方がたくさんあったほうがよくて。 わがままなんだけれど。
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今日は久しぶりにColor Me BaddのCDを引っ張り出して聴いている(そしていつものように音楽を聴きながらDaysを書いている)。 この半分本格派で半分アイドルみたいな位置付けのグループは最近はどうしているのだろう。 もしかしたら、もう解散しているのだろうか? CMBには実はよい曲がたくさんあると思うのだけれど、個人的には2ndアルバム『Time & Chance』に収録されている「Let Love Rule」という2分もない短い曲が一番好きだ。あんまり気に入っていて、一時は友人にあげるテープやMDの1曲目は必ずこの曲にしていたくらい。 この曲はかなりアコースティックな雰囲気ではじまるのだけれど、やたらとスイートな曲なのだ。ボーカルの声がまたかーなーりー甘くて。 たまに引っ張り出して聴くCDはなかなかに新鮮。 歌がうまいのって、すごい才能だ、と思う。
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今朝会社に行く前にクロネコヤマトでJanet Jacksonのチケットを受け取った。 座席番号を見てもそれがどの辺なのかいまいちよくわからないのだけれど、いずれにしても嬉しい。 来年まで、にやにやしながら待っていることができそうな感じだ。 さっそくチケットはなくさないように棚の上に置いておいた。
12月に冬休みが6日間あって(予定)、どこかに行こうかと思案中。
先日、警察署に免許を取りに行ってきた(手続きが終了して受け取ることができるようになるまで1月くらいかかるのだ)。 ゴールド! まぶしい! 誰も言ってくれないので自分で言おう。同僚なんて、男のゴールド免許は俺の中ではむしろマイナスとか言っているし(走り屋なのだ)。安全運転のほうがいいのです。スリルはスピード以外でも感じられるし。人それぞれ。 平成18年の誕生日まで有効で、そのときにはもう30代なんだとふと思った。 いったい、どこでどうしているのだろう。5年後って、(実際なったら早いのだろうけど)いまはまだすごく遠い。
今週は土日も出勤。今日は早めには帰ってきたのだけれど。
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また新しいAIBOが発表された。前回のラッテとマカロンから180度転換した、ゴジラで言うとメカゴジラみたいなやつ。 主な特徴としては、80年代ロボットアニメ調のデザインと、顔の部分にカメラがついていて映像を見ながら遠隔操作をすることができる、という点などが挙げられる。他にも、ライトがたくさんついていたりもして、細かいギミックに凝っているような感じだ。個人的にはツボにははまらないデザインだったのだけれど、様々なバリエーションが出てくるのは今後の発展(とある程度の男性ユーザー)のためにも良いような気がする。ラッテとマカロンだとちょっとかわいすぎるようなところもあるし。 『日経ビジネス』という雑誌の11.12号でも「ペット真っ青、かわいさで魅了」という見出しでAIBOに代表されるようなコミュニケーション志向ロボットについての記事が掲載されていて、ソニーの人も「我々がいち早くペット型ロボットを手がけるのは、最先端のソフトウエア技術を独自開発し、メカトロニクス技術との融合を、実験室ではなく実際の市場で試せるから。利用者からの反響は大きな財産になり、それが技術の進歩につながる」と話しているし(56ページ)。 他にも、様々な企業で商用ロボットへの取り組みがなされていて、そういう技術の進歩の結果、近い将来には映画『A.I.』で見たような、あるいは子供の頃に憧れたようなロボットが生まれる日もくるのかもしれない。
さて、AIBOというネーミングはおそらく「相棒」という言葉にちなんでいるのだと思う。 常に持ち主の近くにいて、コミュニケーションを通わすことのできる相棒なんですよという意味なんだろう。 確かにそれはすごく素敵なコンセプトだと思う。 ただ、実はAIBOはAIBOですごいなと思うとともに、個人的にこういうのがいたらいいなと思うロボットがあるのだ。 どこかが実現してくれないかなとか勝手に想像している。 ずうずうしいとは思うのだけれど、名前までちゃんと考えていたりして。 名前は、
YO-ZIN-BO。
語源はもちろん「用心棒」。あの世界の黒澤の『七人の侍』でもお馴染みの、剣の使い手たちだ。 サイズは(希望としては)小さくて、二の腕くらいの大きさなのだけれど、剣はミニサイズでも本物のようで、動きも人間に近い秀逸さ。 二刀流モデルとか、乳母車つきモデル(オプションとして「ちゃーん」と喋る子供ロボットがついてくる)などがあるようなやつ。 AIBOは話し掛けたりすると段々コミュニケーション能力が上がっていくようだけれど、YO-ZIN-BOは口下手なので話し掛けても寡黙でいつも黙っている。部屋の中でも、隅や壁際のほうが好きで。 そして、充電をしようとすると最初は「結構でござる」と断り、二度勧めてはじめて「……かたじけないでござる」とコンセントを繋げさせてくれるのだ。そして充電するたびに、YO-ZIN-BOのなかの義理・人情ゲージが少しずつたまっていき、持ち主に対する忠誠心を増していく。一宿一飯の恩義ならず毎日充電の恩義。 他にも、コンセントに繋いで放っておくと一人で鍛錬をはじめるなど、真面目に修行に励み、イザというときには持ち主の身を守ってくれる。 さらに、オプションの筆を持たせれば書をたしなむし(最初は「桜」とか「月」とか単語しか書けないのだけれど、これも鍛錬の結果五言絶句をすらすらとかきあげるまで成長する。別売のキットを購入すると、水墨画を描くこともできるようになる)、他にも半年に一度くらい「武者修行」と称して持ち主の前からいなくなり、帰ってくるとなぜか新しい必殺技を覚えていたりもする。 この様々な危険に溢れた現代社会では、そういう用心棒ロボットにそれなりのニーズがあるような気がしないでもなかったり。
そして、毎年全国のYO-ZIN-BOユーザーによる、日本一決定戦が開かれたりもして。 優勝者には「剣豪」の名が与えられ、全国のYO-ZIN-BOが弟子入りしに……
それはともかく、昔「ナイトライダー」なんかを見ていたときには、あの車(キッド)とかにすごく憧れていた。技術の発達によって本当にああいうのができるとしたら、恐い面もたくさんあるけれど面白くもあるだろうなとは思う。
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お知らせ
そしてYO-ZIN-BOブームのあとは、Nin-Jyaブームが。
今日のDaysは名古屋発のひかりの中から。 今朝から大阪で仕事をして、3時頃名古屋に移動して、名古屋で仕事をしつつ、9:47発の新幹線に乗車。 これから新横浜まで向かうのだけれど、部屋に帰るのはおそらく0時を回ってしまいそうだ。 新幹線は意外と空いている。窓の外には名古屋の景色。
――――――――― 昨日も書いたのだけれど、出張に行くと、日本は広いのだなとよく思う。たとえば、新幹線はたくさんの街や町を通り過ぎていく。そのそれぞれの街にもたくさんの人が住んでいて、それぞれの暮らしがあって、様々な出来事が起こっている。窓から見える街明かりを見ているだけで、そういうことを考えてしまうし、そうしたらもうどうしようもないくらいに世界が広いのだなとしみじみと実感することができてしまう。もちろん、いつもそういうことを思うわけではないのだけれど、新幹線に乗っているようなときには、そういう実感がより色濃くなってしまうのだ。 そして世界が広いと思えることは、個人的にはとても助かることだったりする。 日々の仕事の中では、視野ってどうしても狭く狭くなってしまう。忙しくなればなるほど、目の前の仕事に追い立てられるし、それには期限も求められるレベルもあるから、なかなか他のことを考える余裕だってなくなってしまう。けれども、難しくはあるのだけれど、日常の中で一歩引いて自分の置かれている環境であるとか、状況を見てみると、それがすべてではないということが漠然とではあるかもしれないけれど、見えてくる。世界の広さを感じたりする機会は、そういう一歩引いて周囲を見渡すことができる助けになるような気がするのだ。そうしたら、自分が実は気がつかないうちにいつの間にか、ものすごく狭い範囲の事柄に埋没してしまっていたのだなということに思いがけず、気付かされてしまう。すると、頑張らなくちゃなと思うのと同時に、まだまだ大丈夫なはずだと、思えるような気がする。 世界の広さと相対的に比較したら、自分の悩みだとか、そういうことがとてもちっぽけなものであるように思えたりする。もちろん、自分の悩みだとかそういうものは深刻なものではありえるのだけれど、自分自身がそこまで追い詰められてしまうほどのことではないなと、そんなふうに思えてしまうのだ。もっともっとシリアスな状況に置かれている人なんて、たくさんいるのだし。 それなので、出張中にの新幹線や飛行機に乗っているときというのは、普段の視点から離れることができるので個人的にはものすごく重宝している。自分がいつの間にか、コチコチの余裕がない状態になっていたのかもしれない、ということを思い知らされたりするので。言い換えれば、やりきれないような感情についてまだまだちゃんとバランスをとることができるような気がするのだ。 僕はまだまだ未熟でできていないところが多分にありすぎるから、こういうふっとエアポケットのように客観的に自分を見ることができるような機会が訪れると、よかったよなとしみじみと思う。
いま、車内販売でアーモンドチョコレートを買いました。220円(甘い物好き)。 ただいま、浜松駅を通過中です。
―――――――――
あともう一つ、これは新幹線に乗っているときの楽しみの一つなのだけれど、窓から街明かりを眺めながら、そういう街や町に住んでいる人の物語を考えたりする。こういう街にこういう人たちが住んでいて、とある状況下に置かれていて、ある種の物語がはじまるといった他愛もない想像を勝手によくするのだ。そういうのって、単純に楽しい。 あるいは、新幹線に乗っている人の物語を考えたり。あのサラリーマンの男性は実はいまこういう状況で……とか。 もちろん、いつもいつもそういうことを考えているわけではないのだけれど、思い出したように想像している。 中学生の頃は、朝学校に行く途中で、よくお話を考えながら歩いていた。 そう考えると、それから10年以上経つのに、あんまり変わってないなと思ったりする。
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お知らせ
そのせいか、昔の知人に会っても「変わってないねー」とよく言われる。 あ、これは童顔のせいか。
今日のDaysは新幹線の中で書いている。博多発新大阪行きのぞみ502号。21:08発、新大阪には23:37着予定。 ホテルにつくとほぼ0時近いので、Enpituへのアップロードだけはホテルで行って、文章自体は新幹線に乗っている間に書いてしまおうという考えだったりするのだ。 明日は大阪で仕事なので、なかなかに慌しいスケジュールではあるのだけれど、そういうのって逆に楽しかったりするのでまあいいかなとは思う。 ちなみに、博多での仕事は19時に終わり、その後地元の人と少し飲んできたので、少し酔っ払い気味だ。二重の意味で、酔いが回りそうだ(ビールも2杯も飲んでしまった)。
今朝は少々早く起き過ぎたこともあって、最寄駅に午前5時前に着いていて、しばらくホームで始発電車を待っていた。 午前4時台のホームは、思いがけず何人もの人が待っていて、随分と寂しい雰囲気や心細い照明ではあったのだけれど、それなりには動きはじめていた。 その最寄駅で始発を待っていたことは初めてなので、とても新鮮だった。ホームからは近くに建てられている巨大なマンションが見えていて、その明かりも14階建てくらいなのだけれど、3つの部屋にしか明かりがついていなかったし。 また、随分と冷え込んでいることもあって、ホームの先の金網越しに見える電灯の明かりも、随分と寒々しかった。まるで雰囲気的には、もう2度と帰ってくることのできない電車に乗り込む前のような感覚があった。
横浜駅に着いた後は京急に乗り換え、特快に乗る。横浜を出た後は川崎と京急蒲田と羽田空港にしか停まらない、とても重宝する電車だ。京急蒲田を過ぎるくらいがちょうど夜明け間際で、窓から見る空や雲の感じが、とてもきれいだった。たなびく細い雲と、遠くの空のオレンジの割合が絶妙な感じで。睡眠時間はもちろんとても短かったりするのだけれど、そういう(さて、新幹線は小倉に到着しました。リアルタイムっぽいですね)普段見ることのできない景色に普段はいない時間にいるというのは、考えようによってはとても面白いことのように思う。
ただ、博多行きの飛行機では、ずっと爆睡していた。スイッチが切れてしまったみたいに。あんまりぐっすり眠っていたので、機内誌をお持ち帰りするのを忘れていた。残念。
僕はいま新幹線の窓際の席に座っているのだけれど、窓の外の景色は暗くてほとんど見えない。ただ、コンビニやガソリンスタンドのネオンが輝いているのは見える。実際には降りたりはしない、ほとんどこれからも接点のない街や町。通り過ぎるだけでしかないのだけれど、たくさんの街を通り過ぎるたびに、世界は広いのだなと実感する。感じ入ってしまう。
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ここからは大阪駅の近くのビジネスホテルの中で書いている。 大阪駅に着いたのは0時を過ぎた頃だった。大阪にはほとんど来たことがなかったので、新鮮な気がする。 さすがに眠たいので、今日はこのくらいで眠ろう。新幹線でも上の部分まで書いたところでものすごく眠たくてねむって、気がつくと岡山駅だった。眠っていてもどんどん場所を移動し続けているという状態は、便利だと素朴に思う。
大阪の夜は、結構冷え込んでいる。
明日は出張に行くため、朝4時起きの予定。7時台のJALで福岡に行ってくるのだ。もちろん、余裕を持って部屋を出ることにしているのでその起床時間。やっぱり、余裕を持って行動をしていたいので。 でもまあ、かなり早いと言えば早い。眠たかったら飛行機で眠るのでなんとかなるとは思うのだけれど。
さて、今日は同僚と2人で焼き肉を食べてきた。 仕事を21時頃に終わらせて、それから同僚の車で2ヶ月ほど前にできたばかりというお店に行ってきたのだ。なんでも、オープンしたときにはとても混んでいて、かなり待たされた店だったのだという。 そして、その2ヶ月の間に焼き肉屋をめぐる状況は大きく変わり、今晩は平日であるにしても非常に寂しいものだった。 なんと、結構広い店だったにも関わらず、お客が2組しかいなかったのだ。1組は僕と同僚で、もう1組が若いカップル。 それだけ、本当にそれだけしかいなかった。 お店に入るときに、靴箱の木の板(鍵になっている)を確認したので間違いない。4人。その大きな店にたった4人しかお客がいないのだ。 座敷に通されて周囲を見回して、同僚と「想像以上だ……」と呟きあう。あまりにも空間が閑散としていて、活気のようなものがほとんどない。焼き肉は好きな食べ物のひとつなので比較的よく行っているのだけれど、大きいチェーン店がこんなに空いているのを見るのははじめてだった。ちょっとカルチャーショックを受ける。関西の方で狂牛病騒ぎで客足が激減し、民事再生法を申請したチェーンがあったという新聞記事があったのを見たけれど、それにも納得することができる。こんな平日の夜が続くのであれば、体力がないところはばたばた倒れてしまう。 僕らはそれでもそれなりの量を頼んでもりもり食べていたのだけれど、その間も他には1組も客が入ってはこなかった。 不思議なことに、それだけ空いているお店では、なぜか僕らの会話まで小声になってしまうのだった。大声と笑い声こそが焼き肉屋には相応しいものだと思うのだけれど…… テーブルに当店の人気メニューベスト5が書かれていたのだけれど、1位は「とんとろ」だったし。 豚だよ……
いずれにしても、一連の騒ぎによる消費者の牛肉離れがいつまで続くのかは予測しずらい事だけれど、また賑わいが戻ればいいなとは思う。
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今日は部屋に帰ってきて、出張の準備をしながら、ものすごく久しぶりにピチカートファイブの『SOUVENIR 2001』を聴いていた。1993年に発売されているのに、なぜか「2001」。 当時、『BOSA NOVA 2001』がとても素敵なアルバムで、それで続けて発売されたそのリミックス的な位置付けのこのアルバムも買ったのだった。懐かしい。
当時はもちろん2001年なんてものすごく遠い先の話だった。 けれどもすでに2001年も終わろうとしていて、僕はいまその頃には想像もしていなかったような街にいる。 何が起こるのかは分からないし、それは今後ももちろんそうなのだけれど、だからこそ面白いとも思うのだけれど、改めて不思議なことだとしみじみしてしまう。 当時僕はまだ10代で(それはちょっとかなり昔のことのような気がする!)、いまでもまあ基本的にはそうなんだけれど、いろんなことにいちいちうかれていた。好きなアーティストの新しいアルバムが出るといえばうかれ、好きな女の子と遊びに行けばうかれ、楽しみにしていた映画が町にやってくればうかれ、文章を書いていればうかれ、そして早朝や夜に散歩をしてはうかれていた。 人生はもちろんなかなかうまくいくようなものではないのかもしれないし、厳しいものなのかもしれなかったけれど、それでも目の前の世界がどういう世界なのかを決めるのは自分次第なのだということくらいはそのときにもわかっていた。だから無理矢理でもうかれていたのだし、同じものを見るときには絶対に明るい部分を見るようにしようと決めていた。大変なことなんて放っておいても向こうからやってくる。だったら、それが来ていないときにまで深刻ぶるのはかなしいことだと思っていたのだ。 基本的なスタンスは、いまもあんまり変わっていない。 三つ子の魂は百まで突き進むのだ。 もちろん、そんなに人間ができているわけではないので混乱してしまったりやれやれだと思ってしまうようなときもあるけれど、それでも基本的には物事の明るい面だけを見るようにしたいし、してるし、深刻な出来事もできるだけちゃかしてしまおうとは心掛けている。そのためか、いままで知り合ってきた人たちにはかなりの程度で前向きだと言われるのだけれど、本当はもっとずっと単純なことなのだとしんじている。そしてたぶんどこかでは無理をしているのかもしれないけれど、自分が耐えられるところまでなら、無理をしてもいいんじゃないだろうかとは思うのだ。好きでやっていることなのだから。
先週、27歳の誕生日あたりから書きはじめていた小説の第1稿が完成した。原稿用紙に換算すると約200枚。 最近時間は本当になかなかないのだけれど、逆にそのせいなのか短い時間に集中して書くことができた。かなりのハイペースだ。HPの方で毎月更新している『From Pure〜』のほうは出張中などに書いていたこともあってほとんど第1稿のままなのだけれど、今回のはちゃんと推敲を何度もしようと思っている。だから、書きっぱなしではなくて、手直しをこれから間を置いて何度か行っていく予定。 昔(学生の頃)書いていた物語と同じ町を舞台にした、ストーリーの異なる物語。海辺の小さな町の高校生の男女の、ひと夏の物語。
タイトルは、『N43゜』(仮称)。
休日の前夜に書いていて止まっては、この先をどうしようって部屋の近くにある終日営業のファミレスに1人で行ってドリンクバーでコーヒーをおかわりしながら、こういうエピソードを入れたらいいかもというのをノートに書きながら考えていたりして、そういうのが楽しくて。自分が楽しめて、その結果として物語が出来上がるなんて、とてもおもしろい趣味だよなとは思う。 もちろん、質的な部分を少しでも高めようとする過程で、楽しいばかりも言っていられない部分もたくさんあって、苦しくもなるわけだけれど。 いずれにしても、できるだけ集中してやっていけたらとは思う。 情景を思い浮かべるようにして(そういうのが愉しいのだ)。
さて、相変わらず部屋を満たしているピチカート。 ピチカートファイブには、何曲かとても優しくて胸をうたれるようなうたがあるのでこまってしまう。 ピチカートの歌に出てくるような、大人になれるだろうかって、昔聴いていたときにはよく思っていた。 自分の感情と大切な人に誠実で、どこか不器用で、結構傷つくのだけれどたぶん笑っている方がずっと似合うような大人に。
いまだに、やっぱりなかなかに難しいのだけれど。
あー、何だか今日は「感傷スイッチ」が入っていますね(←今後、この呼称を定着させる計画)。 ほぼ毎日文章を書いていればそういう日ももちろんありなわけです。 さて、あと4時間弱で起きなければならないので、今日はそろそろ終わりにします。
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to うさうささん いままでお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!
先日、ネットのニュースをチェックしていたら「次世代マクドナルドが横浜に! 座席でワイヤレス注文、無料でブロードバンド」という見出しが飛び込んできた。マック好きなので思わずクリックすると、なかなかに興味深い記事が書かれていた。 それは、創業30周年を記念して、11月1日に横浜の荏田にオープンするという次世代マクドナルドの実験店についての記事だった。 その店ではタッチオーダーパネルを利用して座席に居ながらにして注文することができて(スタッフが注文品をテーブルまで運んできてくれる)、また「マックBB」と呼ばれるオリジナルのブロードバンドコンテンツが座席で楽しめるのだという。他にも、オーダーが入るとドリンクが自動的につくられる「オートドリンクシステム」なども導入されていると書かれていた。 さらに興味深いのは、そんな数々の最新システムを一同に集めた次世代型店舗はその荏田西店のみの予定と書かれていたことだった。もちろん、個別の最新システムは今後様々な店に順次導入していくのだけれど、すべてを兼ね備えた店舗はいまのところ荏田西店のみに限られるとのこと。いわゆるアンテナショップ的なもの? のような感じだ。
このニュースを見たときからものすごく興味があって、早速その店に行ってみることにした。 荏田は東急田園都市線で言えば藤ヶ丘駅の近くにあるので、近くもないけれどそれほど遠くもないし。
さて、実際に訪れてみたマクドナルド荏田西店はフリースタンディング型の店舗で、ネットのニュースには国道246号沿いにあると書いてあったのだけれど、実際には国道246号沿いにはなかった。それはマクドナルドのHPで調べればすぐにわかるので確認すれば大丈夫。外観は、それほど従来の店舗と変わっているわけではない。 ただ、椅子とテーブルと内装は少し小洒落たデザインのものになっている。ちょっとだけ背伸びをしたような内装。次世代感を出そうとしているような感じだ。
特徴を以下に列挙すると、
・デジタルメニューボード……通常の店だと、カウンターの頭上にあるメニューなどが書かれたボードが液晶のスクリーンとなっていて、刻一刻と変化する画像が映し出されている。僕が見たときにはワールドカップがらみの販促の映像や、マックグルメの宣伝、オーストラリア産のビーフを使用していることなどがボード上に映し出されていた。
・マックトーキョーのメニュー……先日のDaysにも書いたけれど、サラダやスープ、シナモンロールなど、マックトーキョーのメニューが置かれている。カウンターの下が透明のガラスケースになっていて、その中に整然と商品が置かれているのを見ることができた。荏田は横浜市なのだけれど。
・オートドリンクシステム……レジでジュースの種類のボタンを押すと、自動的に容器が所定の場所に動いて、指定の飲料が自動的に出てくるよう。従業員はふたをするだけ。ベルトコンベアっぽい。
・メイドフォーユー……注文を受けてからハンバーガーを作るサービス。アルバイトさんがちょっと手間取ったのか、結局それなりに待たされて座席まで持ってきてくれることになった。
・レジのお客側にも液晶画面……マックグルメの宣伝の画面が映し出されている。
・水槽……店内に柱状の水槽があって、デジタルの熱帯魚が泳いでいる(たぶん本物じゃないと思う。よく見なかったのだけれど)。
・「マックBB」……壁際の幾つかのテーブルには液晶のディスプレイがある。WindowsXPとフレッツの文字。オリジナルのブロードバンドコンテンツを楽しむことができる。画面を指でタッチしながら性別や属性(こども、おとなとか)を選び、数種類の中から顔のタイプを選んだ後、6問ほどの心理テストに答える。 すると、その結果の性格が画面に表示される。そして、その結果にあわせたコンテンツが画面に表示され、それを再びタッチすると楽しむことができるのだ。僕の場合は、映画情報と、イベント情報と、DIMEの新製品情報の3つのコンテンツが画面に出てきた。ブロードバンドなので、最新映画の予告編なんかをその画面で見ることができるのだ。また、随時10曲以上のミュージック・クリップを見ることもできるようになっている。
・カウンターにいかなくても注文することのできるシステムはまだ稼動していないみたいだった。機械自体は店内に置かれていたけれど、座ったままではなく、その機械の場所にまで行かなければならないような感じ。
・「デジタルプレイランド」……店内の一角に子供コーナーが設けられていて、そこにある液晶ディスプレイで子供用のコンテンツを楽しむことができるようになっている。
・マックビジョン……オリジナル情報番組を放映する、天井からぶらさがっている大型液晶ディプレイ。
・制服。ズボンタイプの見たことがない新しいタイプのもの。グレー。
実際に行ってみた個人的な感想としては、それほど感動まではしなかった、というところ。 僕はマクドナルドはかなり好きなほうだけれど、ああいう店舗にする意図がいまいちよく見えなかった。何よりも初期投資がものすごくかさみそうな店舗だ。そういう仕掛けだけで他の同じような立地の店舗の何倍も集客できるとは思えないし、あくまでも実験なのだろうけど、ちょっと「?」と思ってしまった(もちろん実験はものすごく大切なんだけれど。そしてどんどんそういう実験をしていくところがマクドナルドのすごさのひとつなんだとも思うのだけれど。現状否定の姿勢ってやっぱりとても大切なんだろうし)。 ただ、この荏田西店が次世代マックの実験をすべて行う次世代店であるなら、やっぱりディスプレイはすべてのテーブルに置いて欲しいとは思った。また、ポテトとかでべたついてしまった手でタッチパネルを触らざるを得ないから、どうしても掃除の頻度も高くなるだろうなとは思った。お店側は面倒そうだ。 さらに言えば、席に居ながらにして注文することのできる仕組みがまだ稼動していなくて試すことができなかったのはとても残念だった。 オシャレな感じを出そうとしているのはわかるのだけれど、若い人もファミリーも取り込みつつ次世代的な雰囲気もということだったのか、結局中途半端な内装になっているような気が個人的にはした。 一緒に行った人たちも、同じような意見。付加価値的な部分は、線引きが難しいよなと思ってみた。
4人で行ってきたのだけれど、そんなに近いわけではないからもうなかなか行かないとは思う。 それでも、一度は行ってみたかったので、とりあえず満足はしているのだけれど。 期待していた分辛口になってしまったけれど、何だかんだ言って楽しくはあったし。 マクドナルドはどんどん新しいことをやり続けるから、そういうのを見ているのはやっぱり楽しいのだ。 実験の結果をふまえて、もっともっと楽しい次世代型店舗を作って欲しいと期待してみたり。
さてさて、次世代のファストフードは、一体どうなってしまうのだろう。 少なくとも、こういうデジタル系に特化した店舗というのは、確実に主流のひとつにはなるのだろうけど。
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お知らせ
これも行動力ですか?(ちがうちがう)
実家の近くに手稲プールというところがあった。 JRの稲積公園駅というところから見える、比較的大きなプール。 スライダーがあって、流れるプールがあって、造波プールがあって、子供用の浅いプールがある。 僕は小学校の頃に、よくこのプールに行っていた。 友達や妹と、何度も何度も。 成長するに連れていつの間にか行かなくなってしまったのだけれど、それでもたぶん一生で一番数多く訪れたプールになるんじゃないかと思っている。
プールで覚えていることはたくさんあるのだけれど、売店で販売していたフライドポテトのことはよく覚えている。 プールのなかには何箇所か売店があって、そこではフライドポテトやアメリカンドックを販売していた。 泳ぎ疲れた頃に、やりくりしていたお小遣いを使ってその売店でそういう食べ物とかジュース(特にメロンソーダ。あの合成ばりばりの緑色が大好きだった)を買うのがとても楽しみだった。 途中のベンチで食べたり、荷物を置いているスペースがあるのだけれど、そこまで戻ったりして、買ったばかりの食べ物を食べる。 屋外のプールだったから時期や天気によっては結構寒かったのだけれど、それでもものすごく楽しかったのをよく覚えている。
プールは中央に大きな流れるプールがあって、時計の反対周りで流れていた。その中央に木で作られた遊具があって、四隅に、入り口と、造波プールと、子供用プール、そしてメインでもあるスライダーがあった。 はじめてスライダーをするときはなかなかにこわかった。 結構な高さがあって、一番上まで階段を上ると、公園や周囲の住宅地を見渡すことができた。プールは稲積公園というそれなりに大きな公園(野球場もテニスコートもある。冬になるとスノーモービルのコースもできる)のなかにあって、だから平地が多く視界が広かったのだ。 高さがあるので、風ももちろん強かった。 そして、えいっというようにすべるのだ。 水が流れているすべり台を勢いよくおりていく。 下まで到達するときには、バシャア! と波が高く上がる。そして目をこすりながら、「うおー」とか言ってまた階段をあがるのだ。 いま思えばどうしてあんなに? というくらいうかれてはしゃいでいた。 僕はいまでもどちらかと言うとよく喋る方ではあるのだけれど、小学生中学年くらいの頃は本当にびっくりするくらい、「口から生まれてきたんだね」と言われるくらい、喋り通していた。自分でも、どうしてあの頃はあんなに喋ることがあったのだろうと不思議に思うくらいだ。だからプールでも僕はやっぱりよく喋っていた。 本当に、肩からかける透明で絵のついているビニールのバックなんかに、タオルや替えの下着なんかを詰め込んで自転車で友達とプールに行くことは、夏の間の楽しみのひとつだった。
特によく覚えているのは、シーズン最後のプールのことだ。 札幌の夏は短いから、プールの開園期間が終わりに近づく頃には、泳いでいる人の数が急激に減っていく。 みんな他の楽しみを別の場所で見つけてしまったみたいに寂しくなる。 とりわけ、学校がはじまった後の曇天の日なんかには、10人もいるかいないかというくらいになることすらあった。 逆に言えば、寒ささえ我慢できれば、とてもぜいたくにプールを使用することができるわけだから、そういう時期にもそれなりには出かけていた。 ある年(たぶん小学校4年生のときだ)には、そんな曇り空の日に、僕は当時仲のよかった友人と2人で(なぜか、名字が思い出せないのだけれど)、学校が終わってからプールに行った。 ほとんど貸しきりみたいなものだった。僕らは泳いでは「さみー」と言い合い、造波プールで波を正面からうけ、流れるプールでも「水の中の方が暖かいよ」と言い、売店で何か暖かいもの(たぶんアメリカンドック。ケチャップとマスタードを、親に怒られそうなくらいつけるのだ)を頼んだ。あんまりにも寒かったから、そんなに長い時間いることはできなかった。 子供心にも夏が終わるのだと思った。 そしてあと数日もすると、プールの水が抜かれ、入り口にはチェーンが張られたままになることも知っていた。
プールを出て、自転車置き場で「バイバーイ」って手をふって友だちと別れて家路を急ぐ途中で、閉園間近のプールを柵越しに見た。 そこにはもう2人くらいしか残っていなくて、とても寒そうだった。 プールの水は、随分と冷たそうに見えた。 そういう夏が、何度かあった。 そうしていつの間にか年をとって、プールにはいかなくなってしまった。
もちろん、いまでも帰省するときに駅からプールを見ることはある。 けれども、もちろん行ったりはしない。 いつの間にか、スライダーはさらにすごいものへと変わっていた。 将来もしも子供ができたら、夏に帰省することがあったら、プールに子供を連れて行くのかもしれないなとか思う。 昔は、お父さんもここで泳いだんだぞって言ってみたりするのかもしれない。 かなり先の話になりそうな気がするけれど。
| 2001年11月03日(土) |
『ビリー・ジョーの大地』 |
金曜日に、最近抱えていた仕事のひとつが終了した。 23時過ぎに部屋に帰ってきたときには、明日は久しぶりに仕事のことを考えなくてもいい休日なんだと思って、ちょっと嬉しかった。 最近は休日でも必ず数時間は仕事の資料なんかを作成していたのだ。 昨晩はマネジャーと一緒の電車に乗っていたのだけれど、明日は休めよと言われていたし。 それで、夜更かしをしようと思ってコンビニでお茶とジュースを買ったのに、部屋に帰ってきて着替えた後、気がつくといつの間にか眠ってしまっていた。自分で思っていたよりも、結構疲労がたまっていたのかもしれない。そのまま一度も目を覚ますことなく、午前9時まで眠り続けた。コンポの電源もノートパソコンの電源も、つけっぱなしのままで。
目を覚ますと、すでに朝になっていて、一瞬、時間感覚が失われていた。 ぼんやりとする頭で、「そうか。眠ってしまったんだ」と思う。 しばらくさらにベッドのなかで横になったまままどろんだりしていた。 まどろむのは気持ちがいい。 特に、それがのんびりすることのできる休日なら。
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『ビリー・ジョーの大地』読了。カレン・ヘス著、伊藤比呂美訳。理論社。
帯にはこう書かれている。
「――作者がこの独特の文体を選んだのは成功だった。物語のあちこちに、印象的なイメージがちりばめられている。無駄のないその文章は、我々が普段使っている言葉による詩のお手本のようだ。行間からは、ビリー・ジョーの声が聞こえ、そのこがれるような願いが一語一語伝わってくるようだ。それは、あまりにも過酷な過去の一時代と、その時代を生きたある家族が再生する様を豊かに描き出し、直に伝えてくれる――」(The Horn Book Magazinより)
こうも書かれている。
「詩人・伊藤比呂美によって訳された日記のような詩、詩のような小説 1934年、大恐慌の真っただ中のアメリカ・オクラホマ 14歳の少女の強靭で無垢な魂の叫び」
この作品は1934年1月にはじまり、1935年12月におわる。そこにはビリー・ジョーの手による何十編にもなる詩のような日記が編まれていて、力強く、飾り気のない言葉で、彼女の周りで起こった出来事と、彼女の目から見た世界を記録している。 そこで語られるのは、家族のこと(寡黙な父親、厳しくも愛情に溢れる母親、もうすぐ生まれてくる子供)、砂嵐のこと(父親は農夫で、砂嵐のために小麦の収穫を奪われてしまう。砂嵐は何度も何度も、町を打ちのめしてしまうかのように繰り返し訪れる)、町の人たちのこと(小学校や、町で小さな事件がよく起こる)、そして大好きなピアノのこと。ビリー・ジョーはピアノを弾くことにほとんど”飢えている”というくらいに夢中になっているのだ。 裕福でもなんでもない、むしろ厳しい荒涼とした大地での日々。 けれども、ビリー・ジョーは幸福だ。 ピアノがあるし、家族もいる。
けれど、途中である悲劇が起こる。そこから、それまでの素直な調子の日記のトーンが変わっていく。 たくさんのことが変わっていく。 失われてしまったものは、あまりにも大きく、ビリー・ジョーの中に拭い難い大きな痕跡を残す。
物語は、その失われてしまったものが、以前とは違うもので少しずつ埋められはじめるところで終わる。 もちろん、失われてしまったものは永久に戻ることはないけれど、それでも人は前に進んでいかなければならないのだ。
日記のような詩、詩のような小説というのはたとえばこんな感じだ。
「食卓のきまり」の一部分より(32-33ページ)
ナプキンをふるって 膝にひろげて お皿とコップをひっくり返す。 輪の形がはっきり残る。 この暮らしにこの土埃がなかったら、についての 率直なご意見ご感想を聞かされてるみたいだ。
「ポリー、今日はじゃがいもにコショーをかけすぎたのかい」とか 「夕飯にチョコレートミルク! すごすぎるぜ」とか とうさんは言ってるけど コショーもチョコレートも 現実には土埃 それ以外の何ものでもない。
「郵便列車」の一部分(203ページ)
郵便局の宣伝文句は「雨にも負けず 暑さにも負けず 雪にも 夜の暗闇にも負けず みなさまの郵便局は郵便を配達します」 ……土埃のことは言いわすれてるよ。
「難民たち」の一部分(206-207ページ)
雨が降ったら帰ってくるから、と人々は言う。 そして出ていく。 ベッドの台もマットレスも コンロもお皿も 台所のテーブルも 乳ヤギも 一切合切、車の荷台にくくりつけて 大きな鳥かごみたいにがたがたゆられて カリフォルニアめざして 出ていく。 帰ってくる、とみんなが言うけど そこがほんとうにそんなにいいところだったら もう帰ってこないかもしれない。
忘れないでね、と言うけれど あんまりたくさんの人が出ていってしまうから どうすれば 忘れずにいられるのかわからない。
「希望」の一部分(229ページ)
さいしょはやわらかく降り、それから少し強く ごちごちに固まった地面に しみいり 今までに降った分を おぎない やがて雨になった。 ならんで歩いていく友だちみたいに いつもそばにいて じゃまなんかしないで つらいときはずっといっしょにいてくれるような 雨になった。
これはあくまでも一部分だし、この物語の核心に関連する内容には触れていないのだけれど、実際に全部読んでみた人はビリー・ジョーに強い共感を抱かずにいられないんじゃないだろうかと思う。まっすぐな文章はまっすぐに心の中にある柔らかな場所に届きやすいのか、この本を読んでいる間3回くらい泣きそうになった(正直に言うと泣いてしまった)。本を読んでいて泣くのは久しぶりだったし、途中で気持ちを落ち着けるために本を置いて黙っている時間が必要でもあった。これは小説だけれど、読んでいる間、僕はずっとビリー・ジョーが実在の人物で、彼女の実際の日記であるように思えていた。14歳。たぶんとても重要な時期だ。
訳者解説のなかで、訳者は実際にビリー・ジョーと同じくらいの13歳と15歳の娘たちに下訳をやってもらったと書いている。もちろん、まとめあげたのは訳者なのだろうけど、その下訳の効果も大きなものなんだろうなと思う。 自分がそのくらいの年齢のときに考えていたことは忘れてしまったわけではないけれど、それでもそういう時期にしか見ることのできない世界の角度というものがあるのだろうなということを、久しぶりに思い出した。
普段行かない書店でたまたま見つけた、見慣れない題名だったので手に取っただけの本だった。 普段詩は読まないのに、たまたまめくったページに書かれていた内容がよさそうで、それでそのままレジに行った。 買ってよかったと思った。 世の中には信じられないくらいの本が溢れているから、そういう偶然の出会いはいつだって嬉しい。 個人的には、とてもよかったです。
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最近気になったニュースは、税がらみがふたつ。 ひとつは、杉並区の「レジ袋税」。 レジ袋をもらうときには、1枚5円を徴収するというもの。ゴミの増加などの観点から決められた模様。 もうひとつは、東京都の「ホテル税」。これは都内のホテルや旅館の1万円以上の宿泊者から1人100円(1万5000円以上の場合は200円)を徴収するというもの。12月に都議会に提出されるとのこと。年間では、ホテル税で約15億円の税収が見込まれるのだそうだ。 結構すごい税だ。こういうものにも税がかかるのであれば、今後もっともっと様々なものにも税がかかるようになってくるのかもしれないとふと思ってしまった。
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さて、占いが好きな人ってどれくらいいるのだろう。 僕は基本的にいいことだけ信じたいし、悪いことは信じたくないという都合のよいスタンスでいるのだけれど、結局は自分次第でどうとでも変えていけるのだろうなとも(楽観的に)思っている。ようはそれほど信じていない。大切なのは、事実とか行動なわけだし。それに、同一人物でも感情や考えは変遷し続けるから、占いで提示された文章はそれがどんなものだってある程度は当たってしまうような気がするし。 たとえば、その占いの結果の文章が自己認識と近ければ「すごく当たっている」と思うことになるし、遠くても「確かにそういうところはあるかもしれない……」と思えてしまいがちだ。
ただ、だからと言って占いを否定しているわけじゃない。そういう神秘的なもののもつある種のちからのようなものは確実に存在しているとは思うので、全面的にではないけれど参考にできたら、というくらいには思っている。だって人は物事を決めるときは、すべて理詰めで決めるわけではなくて、最後には勘だとかそういうものを頼りにすることもあるし。占いだってそういう種類のひとつには(場合によっては)なりえると思うし。 ということで、今日は占いの話。 実は、後輩が最近手相をみてもらったという話を職場でしていたのだ。 会社を辞めたほうがいいとか、人に使われるタイプじゃないというようなことを言われたと話していた。 手相って、一度も見てもらったことがない。 話を聞くと、結構面白そうだなと思うのだけれど、近くにはないし。 今月か来月に横浜の中華街にゴハンを食べにいく予定があるので、そのときにみんなで見てもらおうという話になる。 中華街にいる手相見なら、なんとなく信憑性があるような気がしないでもないし。
そこで、今日は部屋にいながら気軽にできるということで、インターネットで占いをしてみた。 最近は、どのプロバイダのホームページにも占いのコンテンツがあるようだから、結構流行っているのだろうなと思う。 僕の入っているプロバイダにもびっくりするくらいの占いがある。 どれをやったらいいのかがわからないくらい。 西洋占星術。 四柱推命。 姓名判断。 タロット占い。 0学占い(←なにこれ?) …… …… 数えあげればきりがないくらいだ。
とりあえず、2002年の運勢を占うというやつをやってみた。 まあ、とりあえずこういうのはおさえておこうということで。 点数も出る。 点数は、以下の通り。
総合運:85点 恋愛運:80点 人間関係運:80点 金運:50点 仕事運:80点
結構いい。 悪いより良いにこしたことがないので結構嬉しい(単純)。
もちろん、それぞれに解説の文章があって、それを抜粋すると、
○総合運 「周囲の状況が気にかかる一年になりそうです。ですが、他の人の行動を気にして監視したり、疑ったりするのはやめましょう。気になるのはわかりますが、疑惑の中からは発展性のあることは何も生まれません。」 「特におおらかな気持ちで過ごすことが大切でしょう。」 「好奇心をうまく利用して新分野を開拓することが今年のあなたには幸運の鍵になるのです。」
疑惑の中からは発展性のあることは何も生まれないって、なんだかなるほどと思ってしまうような言葉だ。占いの結果じゃなくても。 好奇心は大切にしようと思ってみたり。
○恋愛運
「相手にすでに恋人がいても、たとえ結婚しているとしても、その人と別れてあなたと恋に落ちるでしょう。」
……ドロ沼だ。 結婚している人と恋に落ちたら不倫になってしまう……
「意中の相手がいるなら迷わずに積極的に行動してください。」
これはたとえ不倫で茨の道になっても、突き進めということですか?
○人間関係運 「仕事や人間関係においても周囲をまとめていくリーダー的な人物と縁がある年です。」 「その人があなたに一年間幸運を与えてくれるでしょう。」
上司には結構恵まれている方だと思うので、そういうことなんだろうか。リーダー的人物だし。
○金運 「ギャンブルは楽しめますが、現実的な利益にはつながりません。パチンコ、競馬なども少しは当たるでしょうがそのうち負けが込んできます。」 「今年は大物の購入は待った方がよさそうです。」
パチンコも競馬もやらないので、関係なし(そういえば競馬に連れて行ってくれる話が立ち消えになっている)。 大物かあ。欲しいものがあったのだけれど。
○仕事運 「2002年は、仕事運が快調で、完全燃焼できそうです。やること成すことすべてが、あなたの思いどおりにいくでしょう。」 「これまで後回しにしていたやっかいな懸案が、不思議なほどはかどる時です。」 「資格試験やオーディションにツキがありますので、挑戦してみる価値は十分にあるでしょう。」
これは正直かなり嬉しい。こういう占いなら大歓迎だ(←都合がいい)。 もちろん、実際にはやること成すことすべてがうまくいくということはなさそうだけれど、ただ、そうなるためにがんばれということなんだろうなと思う。 ただ、ちょっと気になるのが完全燃焼という言葉。 ……燃え尽きるのですか?
最後に、占い師からのメッセージがある。
「2002年は、人間関係や友情が充実し、社交運が活発になってくるでしょう。」 「人と関わることで大きな幸運をつかめる一年でしょう。」
なるほど。仕事的に人とは関わると思うので、頑張ろうというところ。 でも普通は、いろんな人と関わっていくと確かにいろんなことがよくまわるようになるとも思うのだけれど。
もうひとつ、ホロスコープをもとにしたキャラクター診断というやつをやってみる。ホロスコープって、よくわからないのだけれど、とりあえず指定されている通りに生まれた年月日や時間、出生地を入力する。僕はSun SetというHNだけあって、17:08に札幌で生まれている。 それはこんな感じ。
○基本的なキャラクター
「あなたはとても感情が豊かで、人なつっこいタイプのようです。」 「人に共感しやすいので、どこへ行っても、すぐに誰とでもなじむことができるでしょう。」 「感受性の強いあなたは、想像力が豊かなロマンティストでもあるようです。」
人なつっこいかなあ? ロマンティストはたぶん結構そう。感傷的だから。
○隠れた魅力
「好奇心が旺盛で、いろいろなことに興味を持って積極的に楽しもうとするでしょう。頭の回転が鋭敏ですばやく、分析力に長けているので、映画鑑賞や読書でどんどん教養を深めていくようです。」 「あなたはさまざまな経験を積むことで、自分の適性をつかみ、着実にステップアップできるタイプといえそうです。」
そうでもないと思うのだけど。映画や本は好きだけれど、教養が深まっているかどうかはかなり疑問が残るところ。
○もうひとつの顔
「いつも冷静な視点で物事をクールに見つめているような面があるようです。」 「理知的で、状況をクールに判断することができるので、とても聡明な印象を人に与えるでしょう。」 「ステレオタイプな考え方や生き方を嫌うので、自然と少し変わり者になる可能性があります。」
変わり者か……否定したいなあ。
○開運法
「もともと頭の回転が速くて、自己管理が上手なあなた。その能力をいま以上にもっと磨いて、自分で自分を「支配」できるようになると、驚くほど自由にさまざまなことができるようになるでしょう。」
睡眠時間を増やすとか。
○エッチ度
「あなたはそんなに性欲が強いわけではなく、エッチ指数はやや低めな模様。」 「どちらかというとエッチの内容よりも、恋人と二人きりで過ごせる時間と、しっとりと盛り上がったムードを重要視するタイプといえそうです。」
うーん。 でも確かに友人の彼女とかに○さんって、エッチな本とか買わなさそうとか言われるしな……(買わない男なんかいません。いたら逆にこわいくらい)。 ただ、下ネタとかそんなに積極的に言わないのは事実。
占いをするにももちろん料金がかかるので、それくらいにしておく。 とりあえず来年はよさそうな感じなので、なんとなく嬉しかったり。 でもまたすぐに忘れてしまうのだろうな。
それから、来年は不倫に気をつけないと。 Daysの内容も読んでいて痛い、切ないものに変わっていったりして。
「今日夫と一緒にいるあの人を見た。夫に向かって笑いかけていた。あの人はいつも苦しそうに微笑む。昔はもっと無邪気に笑ったのだろうか?」とか。
そういうDaysになってしまうのは痛いよ、すごく。 得意のサザエさんネタでも
「今日サザエさんを見た。ああいう普通の家族が欲しかった。でも、今僕は……」
みたいになってしまったり。 書いていて吹き出してしまうのだけれど、もしそうなったらシャレにならない。 また聞きで、何人か不倫をしている人の話を聞いたことがあるけれど、やっぱり最初は違っても最後には痛いものになっているケースばかりだし。
でもまあ、二つ見てみたけれど、当たるも八卦当たらぬも八卦なので、参考にして頑張っていこうというところ。
――――――――― お知らせ
動物占いでは確かチーターでした(あんまりよく覚えてないけど)。
今日は仕事場でみんなでおみやげを食べる。 福岡みやげ。 「博多通りもん」というやつ 小冊子に書いてある文章をひもとくと、
「しっとり」として甘さをおさえ 練り上げられた”しろ餡”を 懐かしいミルクの香りの皮で 優しく包んで焼き上げました。 口あたりがやわらかく 舌溶けがまろやかな 博多風おまんじゅうです。
と書かれてある。
おいしそう。 実際おいしかったし。
そしてちなみに、第40回のモンドセレクション金賞を受賞しているとも書かれている。
モンドセレクション。 昔からモンドセレクション受賞のお菓子はやたらとたくさんあるような気がするのだけれど、一体どんな賞なんだろう。 「菓子・食品世界コンテスト」という名前くらいしかわからない。 誰が審査員なんだろう? とか思ってみたり。
でもまあ、食べた人がおいしいと感じるかどうかの話なので、おいしかったのだけれど。 あと、思ったのが引用していて「おまんじゅう」という言葉にものすごく久しぶりにふれたかもしれない、ということ。
おまんじゅう。
なんだか、懐かしいし地味かもしれなくても、そこには幸福感がつまっているようなイメージがある。しかも、束の間の幸せではなくて、もっと安定的に継続的に続くような幸福のイメージだ。
さて、現代の日本人が失ってしまったものは、たとえて言うのならばおまんじゅうが象徴するようなものなんじゃないだろうか。 殺伐とした現代社会に、人々は日々抱えきれないほどたくさんのストレスのなかで生きている。 いつしか、おまんじゅうのことをみんなが忘れてしまった。 だからこそいま、「おまんじゅう大作戦」を決行しなければいけないのだろう。
そう、おまんじゅう大作戦を。
作戦は簡単だ。 おまんじゅうを大人買いして、会社の同僚の机の上に、学校の友達の机の中に、そのおまんじゅうを置いておくだけ。 もちろん、ただ置いておいても怪しまれるだろうから「おみやげです」と名前を書いたメモも残しておいて。 そうしたらみんなもちろんおまんじゅうを食べるだろう。「おっ、おみやげか」とか呟いて。 そうしたらもちろん頬張るだろう。 大きな口を開けるだろう。大きく口をあけるのなんて実はずいぶんとひさしぶりなのにそれには気がつかないまま。 そして、頬張ったおまんじゅうをかんでいるうちに、知らず知らずのうちに笑顔になる。 もぐもぐ食べるという行為は口だけで食べるのと違って顔の筋肉をつかうから、表情からかたさがとれる。 それが笑顔に繋がってくる。 さらにさらに、おまんじゅうは甘いから、理論的にも疲れが癒されるわけだし。
たったそれだけのことで、ちょっとだけオフィスから、教室から、とげとげしさが遠ざかる。 なんとなく、肩の力が抜けてリラックスできる。 それがおまんじゅう大作戦。
ケーキはおいしいけれど、今回の作戦には向かない。 こういう作戦にはやっぱりおまんじゅうが適任だ。
そうそう、ちゃんとお茶も用意しておかなくちゃ。 とびきり熱いやつをね。
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……僕はいつもこんなことを考えていると思われているのかもしれないよなとふと思った。 毎日このDaysを読んでくれている人にとっては、Daysを読むたびにこの人はまたサザエさんのことを考えているよとか(しかも今度は波平かよ、とか)、懲りずにまたモンブランを食べる気だよとか、そういうふうに思っているのだろうな。 まあ、書いてある通りなので、申し開きもできないのだけれど。
そうそう、余談だけれど全国のお土産って結構似ているものが多い。 今日は疲れているので(まだ持ち帰りの仕事があるのだ。このDaysを書き終わったらコンビニに栄養ドリンクを買いに行ってくる予定)、突っ込んで書くことはできないのだけれど、たとえば仙台の銘菓「萩の月」は、その亜流というか同じような外観、味のおみやげがかなりの地域にある。レーズンバターの入っているお菓子だってそうだし、まあ仕方がないところはあるのだけれど、ちょっとうーんとか思う。 それから僕の大好きなおみやげお菓子ベスト5に入る「八つ橋」に関しても、京都に行くと「元祖」だとか「本家」だとかそういう旗がずっと続いていてしばらく歩いていると混乱してしまう。マンガでよくあるような、頭の上に「?」がたくさん浮かんだ状態になってしまうのだ。 だって、「元祖」と「本家」って、どちらがより本流なのかなんてわからないし、哲学の命題をつきつけられているような気がしてしまうよ。
ちなみに、新しくなった京都駅はかなり好きな駅のひとつ。 おもしろくてデジカメでもたくさん写真をとってしまったし。 長くて大きな階段がいかしているし、昇りきった先の景色も素晴らしくて。 懐かしいな。 年があけたら、最後に訪れてから2年くらいになるんだ。
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お知らせ
最近はJanetをよく聴いています。 まだ気が早いというのはもちろんよくわかってはいるのだけれど。
今日はアルバム『The Velvet Rope』を。
「Together Again」「EveryTime」「Special」「Got 'Til It's Gone」などが個人的にはお気に入り。 たのしみたのしみ。 そう思うだけで日々を乗り切れるのだからやっぱり単純だ。
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