Sun Set Days
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| 2003年08月26日(火) |
『コンフェッション』+準備 |
日曜日に、土曜日に引き続き後輩(土曜日とは違う人)と一緒にレイトショーを観に行く。 観てきたのは『コンフェッション』。期待していた作品だったのだけれど、思っていたような作品とは違っていて、別におもしろくないわけではないのだけれど、なんとなく肩すかしにあったような気分になる。期待が過剰だとありがちな展開ではあるのだけれど。その後でサイゼリヤで遅い食事をとってドリンクバーで粘って、2時少し前に部屋まで送ってもらって帰ってくる。休日の前の晩は夜更かし気味だ。
ということで、月曜日は休日だった。 旅行会社に行って最後の手続きをしたり、必要そうなもの(変換プラグとか)を購入したり、着々と旅行の準備をする。段々休暇が近づいてきて、結構楽しみな気持ちが盛り上がってきているのだけれど、以前にも書いたように計画を立てるというか、ガイドブック(2冊も購入してしまった……)のページを手繰りながらここに行きたいなとか思っているのだけで充分に楽しかったりする。 もちろん、ただ楽しみとだけ言ってられないところもあって、それはたとえば旅行会社の人がスリに気を付けてくださいねと話していて、ガイドブックにも必ずスリやトラブルに気を付けてという記述があったりすることなんかもそうだ。それらを読んでいるとよっぽどなのだなと思ってしまうのだけれど、それはまあ自己責任で気を付けるようにして、いずれにしても楽しむことができればいいなと思う。
スケジュール的にはリラックスする休暇というよりは、ハードな珍道中という感じがしないでもないのだけれど…… (それにしても、道中に珍をつけるだけでかなり間抜けな感じに……)
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以前一人旅に出掛けたことがある。行き先は長崎で、九州に出張中に思いがけず3連休をもらって、それで出掛けていくことにした。熊本からジェットフォイルに乗って天草に着き、そこからローカル列車に揺られて長崎に入った。たくさんの駅をゆっくりと時間をかけて進むローカル列車ではちょうど地元の中高生たちの下校時間と重なり、なんだか妙な活気があったのをいまでも覚えている。2泊3日(実際には3日目は朝早くに出発したから正味2日)の旅だったのだけれど、長崎の町中を随分とたくさん歩いた。グラバー園は2回行ったし、港も古い寺も、アーケードの商店街も通り抜けた。夜は偶然にも花火大会を観ることができたし、大きな公園も訪れた。たとえばこのHPのPhotoの中の#8と#21はその旅行中に撮った写真で、#8は初日の夜にグラバー園の途中から、#21は2日の朝にやっぱりグラバー園から撮ったものだ。そのときのことは漠然とではあるけれどいまでも覚えていて、文章や写真にすることで記憶の配線のようなものが繋がったりすることはあるのだろうなと思う。 あれはもう3年前の夏なのだ。そう思うとなんだか不思議な気がする。今回の旅行も後になってから思い返すことができるものになるのだろうか、と思う。 そうだったらいいなと思うし、そう思えるような旅になればいいなと思う。楽しみ。
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お知らせ
休暇の前にはと、頑張って働いているのです。
今日は仕事帰りに後輩たちと3人でレイトショーを観に行ってきた。半ば恒例のというか、お約束の。 今日観てきたのは『HERO』。この夏の超大作のひとつで、予告編の中で、ありえない動きや無数に飛び交う矢が印象的だった作品だ。その予告編でマトリックスのCGスタッフとか、撮影がクリストファー・ドイルだとか、ジェット・リーが出ているだとか、そういったものをアピールされたらやっぱり観に行くしかなくて、特に僕の世代にとってはクリストファー・ドイルが撮影というだけで様々な意匠を凝らしたカメラワークなのだろうなと条件反射のように想像してしまうわけでもあるのだ(※クリストファー・ドイルは『恋する惑星』や『天使の涙』などの撮影監督)。
で、実際に観てみた感想は「……うーん」といった感じ。もちろん映像はきれいだしアクションはワイヤーだし、盛り沢山ではあったのだけれど、これならむしろリアリティ溢れた人間ドラマにした方が題材としては映えるのではないかという気がしてみたり。『史記』の刺客列伝のような物語なわけだし。予告編がその映画のメインのシーンをすべて映し出していて見終わった後で予告編のイメージを超えない作品があったりもするけれど、個人的にはそんな感じだった。決闘のシーンなんかも、動きがすごすぎて、一度はくすりと笑ってしまうようなところがあったりもして。笑うところじゃないのに。
でもまあ、観たかった作品なので満足だけれど。レイトショーで1200円だったし。
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お知らせ
最近の僕の得意技はマクドナルドで60秒チャレンジのポテトS券をもらうことです。
| 2003年08月20日(水) |
『VILLA VILLA』 |
今日は休日で、男女4人で『VILLA VILLA』に行ってきた。読み方は『ビーシャビーシャ』。赤坂ACTシアターの解体記念公演で、日本では不可能といわれていたらしいパフォーマンス・ショー。 チケットを購入したe-plusのホームページの文章をちょっとだけ抜粋すると、
ショーの舞台となるのが、観客席もステージもないオールスタンディングのライブハウスかクラブを思わせる会場。南米の民族音楽とテクノが融合した音楽とともに、予告もなく、天井からパフォーマーたちが降ってきて、観客を突然連れ去る!!! そしてそのまま天井に向かって飛んでいく。そう、天井や壁がパフォーマンスのステージ(?)なのだ。観客は立ったまま上を向いた姿勢で、いつパフォーマーたちの襲撃に合うのか緊張しながら、ショーを観覧、いや、強制参加させられる前代未聞のショーが繰り広げられる!!(ホームページ)
というもの。 天井や壁を飛び回り駆け回るパフォーマンスのために日本では公演不可能と言われていたらしいのだけれど、今回赤坂ACTシアターのリニューアルを機に、解体してしまうステージを『VILLA VILLA』仕様にすることではじめて実現できる運びとなったのだそうだ。 このショーが前からかなり気になっていて、ただビル4階の高さのあるステージで天井から飛んでくるパフォーマーたち(しかも空中に連れ去られてしまうこともあり)とか、天井から水が降ってきて観客もズブ濡れになってしまうだとか、紹介文を読んでもいったいどういうものなのかがよくイメージできないでいた。普通のショーではないのだろうし、わかるのはかなり風変わりな、エキセントリックなものなのだろうなということくらいだった。そして実際参加してみた後で思うのはこれは確かに事前にイメージしづらいものだし、最高に変わっているショーだということだ。
面白かった。あんまり動きすぎて心地よい疲労感があって、今日はぐっすり眠れそうだと思えてしまうくらいに。 かなり奇妙で楽しい約80分だった。 パフォーマーたちは空中を飛び回っていたし(ときどきは壁を駆けていたし)、民族音楽とテクノが融合しているらしい音楽は響き渡っていたし、スコールのように水が天井から降ってきたし、照明は色とりどりに輝き不可思議な空間を作り出していた。もちろんちょっと引いた感じだときっと楽しめないショーで、一緒になって騒ぐというか「参加する」スタンスがとても大切なショーでもあるのだけれど、あの空間の中に放り込まれたら、結構みんな自然に参加できてしまうのだろうなと思う。 実際みんなかなり騒いでいたし。 僕もかなり楽しかったし、あとで女の子の1人には「かなり跳ねてましたよ」と言われたくらいには参加していたみたいだし。
9月中旬まで開催されているみたいなので、興味のある方はぜひ一度参加してみては?
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『VILLA VILLA』が終わった後、渋谷に出て台湾料理の店へ行ってきた。台湾料理の店で食べるのは記憶にある限りはたぶんはじめてで、ウサギの肉なんかを頼んでみたりした。台湾ビールはお酒が苦手な僕でもかなり飲みやすいあっさりとしたもので、春巻なんかもおいしかった。 いろいろな旅行の話になり、僕以外の3人はタイに行ったことがあって、タイの様々な話(あるいは、日本人がいかにカモにされているのかについての話)を聞かせてもらった。また、女の子2人は学校の卒業旅行でイタリアとフランスをめぐってきたとのことで、フランスのオススメの場所がないかどうかを訊いてみたり。モンサンミッシェルがとてもよいとのことで、今回の計画からは泣く泣く外している場所だっただけにかなり後ろ髪を引かれていたりもするのだけれど。
食事の後、東横線で横浜まで戻り、閉店間際のタワーレコードでCDを購入し(JS『ICE CREAM』)、それから部屋に帰ってきた。
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今年は、先日行ってきた『Blast!』や、『マンマ・ミーア!』なんかもそうだけれど、僕にしては結構そういったステージものに出掛けている。それはやっぱりいつ転勤するかわからないのだし、だったら東京に近いところにいるいまの内にできるだけ観ておこうというのと、実際に体験するということはきっと大切なことだと思うからだ。ショーとかミュージカルとか、プロの人たちが創り上げるものをリアルタイムに実際に観るのって素直に感動できる面がどこかしらに確実にあるし、様々な世界があることを垣間見せてもらうことができるものだとも思う。 シフトが不規則なこともあって本当に人気のある公演はかなり前にヤマを張ってチケットを予約しないといけないことがたまにキズだけれど(おそらくこの日は休日のはずと信じて)、e-plusの得チケのようなサービス(開幕前にチケットが残っている公演を割安な価格で購入できるもの。直前の公演が多いので、確実に休みの日がわかって予約できる)もあるし、なんだかんだで選ばなければいろいろと観ることができる。 もちろん、すべてのショーが最高にツボにはまるというわけではないのだけれど、それでも上に書いたようにどの公演にも何かしらどこかしら感動できる面が必ずあるのだ。不思議なことに。どうしてか必ず。 観てきた公演の細部は時間とともにもちろん忘れられていくし、記憶は薄まっていくけれど、それでも確かにこの目で見たものについてはやっぱり記憶の海のようなものがもしあるのなら、その中には必ず混じり合っているはずだし、だとしたらその海の出す波音の中に何かしらのトーンのようなものは染み込んでいるのかもしれないし。それぞれの人の中に海があって、それぞれの波音が異なっているとしたら、やっぱり聴き飽きない波音が出ているほうがいいのだろうし。
それに、何かに感動したり感心したりできることってきっと大切なことだ。そういうのって本当に個人的なものだし、誰かとなかなか共有したりなんかもできないものだけれど(人によって感動するポイントが違うことは当然のことだと納得しつつも本当に残念なことのひとつだ)、それでも人生は一度きりなのだし、だったら様々なものに感動しているほうが絶対にいいし。
だからできるだけ面白いと思いたいし、ショーとか映画のようなハレのものばかりでなく、ちょっとしたこと、他愛のないことでも面白がりたいと思う。それはともすれば自己満足的なことかもしれないけれど、それくらいで感動や感心のストックが増えていくのなら全然オーケーだ。他人ではなく自分の人生なのだし。
でもまあ、他愛のないこと(たとえば天気のいい日の散歩とか、小雨の日に傘を差しての散歩、デジカメでお気に入りの写真が撮れたとか、ジャケット買いしたCDがすごく好きな感じの当たりだったとか)でも充分面白がっているので、やっぱり単純で脳天気で幸福なのだなと思う。
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お知らせ
e-plusの『VILLA VILLA』紹介ページのURLはこちらです。
http://eee.eplus.co.jp/s/villa/
この間、みなとみらいに出掛けたときに、クィーンズイーストで一風堂のラーメンを食べてきた。福岡のとんこつラーメンの有名店で、北は北海道の小樽にまで店舗があるここ数年勢いのあるところだ。 僕は昨年までとんこつラーメンがずっと苦手だったのだけれど(においが苦手だったのだ)、昨年それを克服することができた。福岡への出張の際に後輩に連れて行ってもらった一風堂がとてもおいしくて、それがきっかけだった。だから僕はとんこつラーメンでは一風堂が一番好きだし(地元の人にはもっとあっちの方がという店があるのだろうけれど)、たとえば一蘭(同じくとんこつラーメンの有名店で、1人1人ごとにしきりのある店)も行ったけれど一風堂の方が好きだった。
ということで、用事が済んだ後でクィーンズイースト近辺をぐるぐると歩いている内に、一風堂があることを思い出して食べていくことにしたのだ。ちょうどお昼時を少し過ぎたところで、店のまわりには10人以上並んでいた。結構待ったけれど列はやがて少しずつ減っていき、無事に赤丸新味を頼むことができた。久しぶりの一風堂のラーメンはやっぱり美味しくて、嬉しくなってしまったのだけれど。
そのままクィーンズイーストをぐるぐると回って、ものすごく久しぶりに洋服を買った(私服を買うのは半年以上ぶり)。買うつもりは全然なかったのだけれど、チェックのシャツで好きな感じの色のものがあったのだった。BEAMSで買ったのであのオレンジのビニールっぽい袋に入れてもらったのだけれど、それを受け取りながらもういい年なんだから……と思ってちょっと恥ずかしくなったのだけれど。 学生の頃とかには、あのオレンジの袋をはじめて手に入れたときには結構嬉しかったのだ。いまでも使い古した感じのあの袋を肩にかけて自転車に乗っている高校生とかをときどき見るけれど、かつてはそういうのってなんだか嬉しかったりしたのだ。もちろん、いまは学生ではないしそれなりに年をとっているので、どこで買ったものだとか、そういうのがわかるものとかはあんまり持ちたくないとかできるだけシンプルなものを……というような趣味嗜好になってきているのだけれど。
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お知らせ
一風堂と一蘭は関東にもいくつか店舗がありますね。
| 2003年08月16日(土) |
『パイレーツ・オブ・カリビアン』+少し遅い夏休みの計画 |
Daysの更新に少し間が開いてしまった。 別に普通に働いていたり普通に遊びに出掛けていたりという日々だったのだけれど、なんだかんだで慌ただしくしていたというのが理由なのかもしれない。
まずは、先週に観た映画のことを。
恒例になりつつある仕事帰りに後輩とレイトショー。今回観たのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』。 とにかくもう、ジョニー・デップに尽きると言ってもいいような映画。 もちろん、普通にとてもおもしろいし、夏休みの娯楽映画としても文句なしなのだけれど、その作品の印象を深めているのは、紛れもなくジョニー・デップ演じるジャック・スパローだった。 ジョニー・デップが演技のうまい存在感のある俳優だということはよく言われていることなのだけれど、今回の役を見ているとそのことをより強く実感させられた。さじ加減を間違うとただの奇人になってしまうような一種独特な人物、その言動を妙なリアリティを持って演じることができているのだから、まったくちょっと呆れるように驚いてしまう。
映画のストーリー自体は、パンフレットの頭に書いてあるあおり文句、
「闇の力に囚われし海賊…自由を愛する孤高の男…そして、謎を解く鍵を握る恋人たち…いま魔の海を舞台に、彼らの運命が熱く交差する!」
というそのままなのだけれど、その自由を愛する孤高の男を演じているのがジョニー・デップで、終始惹きつけられっぱなしだった。 2時間23分もある結構長めの作品なのだけれど、全然時間を感じることもなかったし。
いい俳優はその役柄の人物像を的確に掴んでいるもののはずで、それは感覚的なものに加えて的確な言葉で表現できるということも同義のはずで、パンフレットを見ていたらジョニー・デップのインタビューにこのような言葉があった。
演技というのは、自分が役になりきって演じて、それに相手の反応を受け、そこにまた反応するって感じだからね。僕はジャック・スパロー船長というのは、人と一緒にいても、ひとりという感じの男だと思うんだ。かつ周りの人間が自分のことをどう思おうが関係ないという男。彼には大きなひとつの目的があり、それを達成させるためなら、まわりの思惑なんてどうでも良くて突き進んでいく。(パンフレット)
この言葉がジャック・スパローの人物像を表していて、それが的確なところはさすがなのだと思う。よくパンフレットを読んでいると様々な俳優たちが自分の演じた役柄について「○○は〜な人物なんだ」と述べているものだけれど、実際の所それを読んでいてぴんとくるときとそうでないときがある。もちろん、そういうのって自分がその映画のその登場人物に感情移入できたかどうかに左右される面はあるけれど、それでもこのジョニー・デップの言葉のように「ああ! そんな感じ!」と瞬時に思えるようなものはそれほど多いわけではない。 そんなふうに把握している人物について、実際には体全体や表情や手の細かな動きなどで表現するのだから見応えがある。たとえば、映画の筋でもなんでも一度自分の中で要点をまとめていると誰かにわかりやすい説明をすることができるように、一度その人物について要点をまとめておくと、その人物になりきりやすいという面があるような気がする。そして特徴的なところを掴んでなりきったら、力を抜くようにそのキャラクターに同化し、上の言葉にもあるように、反応を返すことでリアリティを持たせ、多様性や深みを与えていくということができるのだと思う。
ジョニー・デップがこの映画の成功を左右する云々という言葉がプロデューサーのインタビューの中にあったけれど、まさしくそれはその通りで、『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ役のヒーローも、『ベッカムに恋して』のショート・カットの利発そうなヒロインも、ジョニー・デップの存在感の前にはかすんでしまっているような感じだし。
夏休みに映画! という気分のときにはオススメです。
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9月に世間的には少し遅い夏休み(8連休)があるのだけれど、最近は毎日ちょっとずつその計画を立てている。 フランス(主にパリ)に一人旅に行く予定(5泊7日)。 大学のときに仏文ゼミだったくせにフランスには行ったことがなくて(ずっと憧れていたのだけれど)、機会は作らないとないなと思い立って行くことにしたのだ。フランス語も単語はなんとなくわかっても喋れないし、でもまあ行けば何とかなるとまたいつもの無謀な感じで。 これまで具体的に行くという計画を立てていなかったので最初はどこか漠然としていたのだけれど、ガイドブックを2冊購入して、いろいろページを手繰っていくうちに、結構具体的に思い描けるようになってきた。 遠足でも前の日がかなり楽しくて、ただどんなに想像を膨らませても実際に訪れてみると予想できない部分があって楽しいものだけれど、今回の旅行もそうなればいいなと思っている。 一人旅なのでツアーではなく、航空券とホテルをそれぞれHISに頼んであとは完全にフリーのプラン。 ちなみに、航空券はすでに購入済み(直行便で15万3000円。うう……高い……)で、ホテルも押さえてもらいたいところはすでに伝えてあってほぼOK。 その絡みでホームページなんかも結構見ていて、そういうのが楽しかったりする。
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お知らせ
ガイドブックって何度見ても見落としているところがあるのです。なぜなんだか。
| 2003年08月04日(月) |
『ローマ人の物語�将機―�わりの始まり』 |
『ローマ人の物語�将機―�わりの始まり』読了。塩野七生社。新潮社。 最近、帰ってきてから眠る前にちょっとずつ読み進めていたこの本も、ついに読み終えてしまった。これで、現在刊行されているシリーズの最終巻に追いついてしまったので、あとはリアルタイムに15巻までを愉しんでいくしかない(このシリーズは、毎年1巻ずつ刊行され、15巻で終了する予定なのだ)。 この巻では、ローマ皇帝の中で最も評判の良いマルクス・アウレリウスが中心となっている。大変な時代に皇帝でありながら様々に起こる問題に誠実に対処したと言われるマルクス・アウレリウスだが、著者は彼の治世の中にローマ帝国の衰亡の芽を見ている。たとえば、数代前の皇帝であるハドリアヌスについて、著者はこう書いている。
ハドリアヌス帝に対する同時代人の評判が悪かった理由を平易に言い直せば、次のようになる。雲ひとつない晴天がつづいているというのに、いつの日か襲ってくるかもしれない洪水にそなえて、首都ローマを留守にしてまで帝国の各地方の堤防の増強に専念している、である。(232ページ)
マルクス・アウレリウスの治世にはその視点が欠けていたとするのだ。もちろん、マルクス・アウレリウスの時代には様々な外的与件に振り回され、能動的な施策をとるというよりは受動的にならざるを得なかった部分は大いにあると思う。実際、後世の歴史家たちに評価が高いのも、そのような時代の中で堪え忍んだためだ。けれども、そのような受動的な行動はいわゆる歴史の中で繰り返される点であり、能動的な施策というのはある程度未来から逆算していく線ということになる。点の集積は思わぬ曲線やいびつな線を作り出してしまうかもしれないが、逆算する線はある程度は思ったように引くことができる。そのような意味で、ローマ帝国という巨大な版図が少しずつ異なる方向に進み始めるきっかけとしての受け身の連続という側面はあるのだと思う。けれども、雲ひとつない晴天のときに、いつかくるかもしれない洪水にそなえるということは本当に難しいことなのだ。きっと。
企業でも本当にそのような側面があるのだと思う。調子の(売上げ、利益等)がよいときにいつかくるかもしれない不況や不調期に備えて様々な施策を打っていくということが、頭ではわかっていても実際に実行に移し行動していくことは本当に難しいのだ。そして、調子が悪くなったときに矢継ぎ早に打つ手は、大抵の場合後手に回り、たいした効果を発揮することはない。そのような部分で、やはり中長期的な目標を掲げ、そこから逆算していま何をやるべきなのかということを押さえておくことは重要なのだと思う。もちろん、それは簡単にはできないのだけれど。
歴史にはやはり様々な事例があり、それらのいくつかは教訓として感じ取ることができる。仕事や自らの環境に照らし合わせながら、いろいろと考えるための助けのひとつにしていこうと思う。
それにしても、読み始めたときには先があまりにも長すぎるような気がしたこのシリーズも、ついに発刊のペースに追いついてしまった。まとめ読みの愉しさというのも確かにあったから、ちょっとだけもどかしいような残念なような不思議な感じがする。
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お知らせ
一気に夏本番という感じで、暑いですねえ。
今日は休日で、夕方から渋谷bunkamuraにあるオーチャードホールで『blast!』を観てきた。チラシなどに書かれている紹介文をいくつか引用すると、
〈ブラスト!〉は、70人のブラス、打楽器奏者や、ヴィジュアル・パフォーマーたちによるユニークできらびやかな音楽ショーだ。
ブラス、ドラムや、ダンス、ヴォードビル・ショーがミックスされた、今までに見たことの無い、まったく新しい「見る」ブラス・エンターテイメント!!
というもの。
そして、チラシやパンフレットに書かれていることはその通りで、いままでに見たことのない、あっという間の2時間だった。 吹奏楽やマーチングバンドのことには全然詳しくはないので、正直な話ステージ上をものすごい勢いで動き回りながら楽器を弾くことの難しさや、そのほかの様々なパフォーマンスなどがわかる人にとってはどんなに驚異的なことなのかも想像がつかないのだけれど、それでもすごいということはわかったし、圧倒させられたし、驚嘆させられた。 ステージ上を楽器を弾きながら動き回る演奏者たちに、その合間で踊るダンサーたち。そしてタイムリーに印象的に用いられている照明や煙幕などの演出やシンプルな舞台装置。演奏の方も、ところどころに笑いがあり、集団での一糸乱れぬ演奏があり、また超絶的なテクニックを披露するソロパートがありと、観ていて飽きさせないテンポの良いステージだった。
約2時間の公演はキーカラーによっていくつかに区切られていて、それぞれの色ごとにパフォーマンスが異なっていく演出になっている。キーカラーは7色あって、「ヴァイオレット」「ブルー」「グリーン」「ブラック」(休憩)「イエロー」「オレンジ」「レッド」なのだけれど、そのたびにステージの照明の色が変わり、ダンサーたちの衣装や小物の色まで変化するので、メリハリが利いていてわかりやすい。背景やホール内は基本的に照明が落とされているので、闇の中にそれぞれのキーカラーの照明は随分と映えて印象的だった。
ちなみに、休憩時間になるやいなや駆け足でロビーの方に駆けていく人たちの数があまりにも多くて不思議に思っていたら、ちょっとした仕掛けが用意されていて驚いてしまった。 また、最後にもお約束的なアンコールは一切なく、かわりにちょっとした仕掛けがあった。 それらの仕掛けを知っている人たちは、なるほどああやって駆けるのだろうなと思ってみたり。 フレンドリーな感じの、楽しいショーだった。
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帰りは、渋谷から東横線で横浜で降りて、それからJRに乗り換えて帰ってくる。 普段なら桜木町まで行ってから乗り換えるのだけれど、今日は花火大会の日だったので、とんでもないことになっているだろうなと思って避けたのだ。 行きも帰りも、桜木町や横浜駅周辺では浴衣姿の人がかなりたくさんいたし。
久しぶりに渋谷まで出てきたのだけれど、夏休み期間中でさらには金曜日の夕方ということもあってか、かなりの人出だった。スクランブル交差点も、そうじゃない普通の通りも、あり得ないくらいの人が行き来していて何度見てもこの光景は見慣れることがないなと思ってしまう。それぞれの人がどこかしらから渋谷まで出てきていて、帰っていく。たとえばひとつの通りを、朝から晩までいったい何万人の人が通り過ぎていくのだろうと思うとどうしたって日常だとか現実とは乖離しているように感じられてしまう。もちろん渋谷が現実で日常な人もたくさんいるはずで、ただそういう人たちはいったいどういうテンポや感覚を持っているのだろうと訊いてみたい気もする。
大都市と地方都市と小さな町と田舎と様々な街があって、それぞれにメリットとデメリットがあって、もちろん住めば都という言葉はかなりの程度で真実だということを知ってはいるけれど、それでもかなり無理をしないと合わせることができない環境というのもあるのだろうなという気がしたりもした。 便利で、楽しいこともたくさんあるのだろうけれど。
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お知らせ
周囲で『猟奇的な彼女』が着実に流行はじめています。しめしめ。
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