Sun Set Days
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仕事が終わった後、後輩と一緒にレイトショーの『フォーンブース』を観てきた。別の後輩がすでに観ていてとても面白いと話していた映画だ。
自己中心的な宣伝マン(パブリシスト)のスチュは、女優志望のパムを口説くために、いつもニューヨーク8番街にある公衆電話ボックス(フォーンブース)から電話をかけていた。それは妻に携帯電話の着信履歴を調べられるのを恐れていたためだ。そして、いつものように公衆電話から電話をかける。パムを口説き、ボックスを出ようとすると、突然公衆電話が鳴り出す。受話器を取ると、謎の男の声が「電話を切ったらお前を殺す」と言うのだ。
それから約80分の間、スチュはフォーンブースの中に閉じ込められる。電話の声の主はライフルでいつでもスチュを殺すことができるため、スチュは声の主に従うしかないのだ。見せしめに、スチュをフォーンブースから出そうとした男も撃たれてしまう。 また、声の主はスチュの生活をかなり細かく知っており、公衆の面前で妻を裏切ったことを告白するように迫る。男が撃たれたことで周囲を警察が取り囲んでもいて、群衆はスチュがその男を撃ったと思っている。絶体絶命の窮地に立たされたスチュ。電話の声の主は何が目的なのか、そしてスチュは妻と愛人と群集に向かって、告白をすることができるのか。
映画のほとんど全編を通じて、フォーンブースの周辺でのみ物語が進んでいく。極めて限定された空間の中で、短い時間の中で緊張感が途切れずに見せるのはやっぱり脚本がうまいからなのだと思う。
また、ほとんどが会話と表情だけで成り立っている映画なので、テンポがとてもよかった。うまいなあというか、よく考えたなあと思う。 深い感動だとか、そういったものがあるわけではないのだけれど、集中して観ることができるし、地味ながらよくできた良作といった感じだ。
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お知らせ
Nodeshaを繰り返し聴いているのです。
| 2003年11月28日(金) |
Word Labo�� |
冴子:みなさんこんばんは。今日も言葉の不思議を科学する「Word Laboratory(通称Word Labo)」の時間がやってきました。
安藤教授:ウホッウホッ……
冴子:……教授?
安藤教授:ウホッ……っと、あんまり久しぶりの登場なんで自分が人間であることを忘れていたわい。
冴子:……ふぅ。
安藤教授:まあ、冗談はさておき、この超人気番組も、今年の3月を最後にワシの研究のために、しばらく充電期間をおいておったというわけじゃ。その間、局には再開を待ち望むたくさんの視聴者の声が届いておったらしいの。ありがたいことじゃ。この場を借りて視聴者のみなさんにお礼申し上げる。
冴子:それでは、視聴者の声をいくつか紹介しましょう。(そう言ってハガキを読み上げる)
「冴子さんが見られなくなるなんて耐えられません。あのジジイには永遠に充電していてもらって、「冴子アナのWord Laboratory」という番組名でスタートしてはいかがですか?」(27歳男性、会社員)
「いつも番組を楽しく見せていただいています。このたび番組が一時期充電期間に入るとか? 安藤教授には申し訳ないですが、番組にとっていてもいなくてもどうでもいい人の充電なんか無視して、継続放送(もちろん冴子アナは出演してください!)をお願いします」(36歳女性、主婦)
「安藤教授の言動には、同じ世代に属するものとして耐え難いものがあった。今回充電と称している実質上の降板となったわけだが、冴子嬢の理知的な司会進行によるこの魅力的な番組が失われるのは真に大きな損失。ぜひとも早期の冴子嬢を中心とした番組再編を心待ちにしておる」(67歳男性、元会社役員)
「ジジイうぜえよ。早くいなくなれよっ! 冴子L・O・V・E」(15歳男性、中学生)
安藤教授:…………(茫然自失した表情でスタジオの隅にふらふらと向かっていき崩れ落ちるように膝をつく)。
冴子:(スタジオ脇の教授に駆け寄り肩に手を置く)きょ、教授。これは教授への愛情の裏返しじゃないですか。熱烈なファンが早く教授に戻ってほしくて、あえて逆に書いているんですよ。ほ、ほら、好きな子をなぜかいじめてしまうみたいな。
安藤教授:…………
冴子:教授がいないと、この番組ははじまらないじゃないですか、ほら、早く立ってください。
安藤教授:……そうかのう。
冴子:そうですよ。
安藤教授:冴子君。君はいいよな。なんだかかなり熱烈なファンが多そうじゃないか。
冴子:いえいえ、そんなことはないですよ。私なんてまだまだ……(そう言いながらカメラ目線でスマイル)。
安藤教授:ま、ワシだって大学では講義もとても人気があって、たくさんの学生に囲まれているしのう。
(安藤教授、大学での自分の講義のことを思い浮かべる)
ぽわぽわぽわぽわ……
(満員の講義室。たくさんの学生たちが座っている。しかし、そのほとんどは眠っているかお喋りをしている……それがいまの大学生の姿なのかもしれない。講義の後半、自分が出ている「Word Labo」のビデオを流す時間になると、学生たちが急に起き出し、私語も収まる。)
(講義終了後、たくさんの学生たちが安藤教授を取り囲んでいる)
「ねえ教授。冴子アナウンサーって、実際はどんな人なんですか?」 「冴子アナウンサーって、やっぱり実物はもっときれいなんですか?」 「冴子アナウンサーって……」 「冴子……」
(回想おわり)
安藤教授:…………うう。
冴子:教授? どうしたんですか? 気分でも悪いのですか?
安藤教授:冴子君はやさしいのう。そんなところも人気の秘訣かもしれんな……ま、今日もぼちぼちはじめるとするかのう。
冴子:へんな教授ですね。
安藤教授:さて、今日の「Word Labo」のテーマは効果的なメールの作り方じゃ。最近、携帯電話やパソコンなどでメールのやり取りがますます増えておる。特に若年層の携帯電話への依存度はますます高くなり、意味もなく画面を見てはメールの着信を確かめたりしている者も多いという。もちろん、メールは便利なものだし、過度な依存にさえならなければ非常に便利なものじゃ。そして、メールはやっぱりコミュニケーションの手段であるから、より効果的な、気持ちや用件の伝わりやすいメールを書く努力をしなければならん。そのために今日は「Word Labo」流のメールのテクニックを視聴者の方々にお伝えしようというわけじゃ。
冴子:若者たちの中にはたいした用件でもない、意味もないメールを送りあっているケースもあると聞きますが。
安藤教授:確かにそうじゃ。内容よりもメールの回数を重ねることに意味を見出しているわけじゃな。まあ、友達づきあいのなかで、メールをとりあえず送りあうことが友情を確かめるしるしのひとつになっているというのはちょっと考えさせられるものがあるのう。ワシが若かった頃は、密林の中でともに敵兵から逃げ惑い、隙を見て逆襲することで生まれた強い友情があったものじゃが……
冴子:ギリギリの友情ですね……ええと、話を戻しますが「いまからゴハン」とか、「宿題ウザイ」とか、そういう一言のメールを夜中何人ものと送りあっているわけですね。
安藤教授:なんじゃ、話を戻すのか。戦地での激闘の日々について語りたかったのにのう。まあ、そうじゃ。メールの回数が友情をはかるバロメーターというのは、ちょっとどうかとも思うが、ただ友達や恋人との接点を増やして生きたいというのが人の常だとしたら、それもまたわからないことでもないかのう。
冴子:(今日の教授はなんだか元気がないわね……やっぱり、最初のアレが効いているのかしら)
安藤教授:ま、それはおいておいて、今日の「Word Labo」では、気持ちや用件を伝えるコミュニケーションツールとしてのメールのテクニックをお伝えしようと思っておる。自分のメールが相手にうまく伝わらないというアナタはぜひチェックしておくべきじゃな。
冴子:それでは、CMの後を楽しみにしていてください。
―――CM中―――
安藤教授:なあ冴子君、ワシってそんなに人気がないのかのう。
冴子:そ、そんなことないですよ教授。元気出してくださいよ。一部に熱狂的なファンがいるじゃないですか。
安藤教授:そうか。ええと、渋谷の女子高生とかかのう?
冴子:ええと、ええと……す、巣鴨の商店街のみなさんとか……(教授と目を合わせられない)
アシスタント・ディレクター:CM終わりまーす。
―――CM終了―――
(安藤教授がうつむいて憔悴している)
冴子:ええと、効果的なメールのテクニックですね。まずはこのフリップをご覧ください。ほら、教授。
安藤教授:あ、ええと、そうじゃったな。効果的なメールのテクニックじゃ。まずは、このメールの文章を読んでみるとしましょう。
件名:今日はありがとう!!!
本文 今日は楽しかった! 敦君と一緒に映画を見に行けてすごく嬉しかった! 前から観たかった『フレディVSジェイソン』! すごくよかったよね! あのフレディのせつなさとジェイソンのポーカーフェイスにどきどきしっぱなしだった! その後でお昼を食べた名曲喫茶もとても落ち着いた雰囲気でよかったよね! アメ横でのウインドウショッピングもすごく楽しかった! 世界の都市名の書いてあるTシャツとか、すごく気になる! 門限が17時だからそこでデートが終わっちゃったけど、また誘ってね! 今日は楽しかったよ! ありがとう!!
冴子:……ええと、力の入ったメールですね。
安藤教授:これは駄目な例じゃあああぁいっ!!(なぜかCM終了後に目の前に置かれていたちゃぶ台をひっくり返しながら教授が叫ぶ)
冴子:ええと、どの辺がだめなのでしょうか?
安藤教授:感嘆符が多すぎるんじゃああぁいっ!!(教授。自分のひっくり返したちゃぶ台に向かってダイブする。木の割れる激しい音が響く)
冴子:なるほど。感情を表現する感嘆符なども、あんまり多用しすぎると逆に平面的な感情しか伝えられないというわけですね。むしろ、感嘆符を使わずに驚きや喜びを表現することで、相手の心のひだに深く刻み込まれるということになるんですね。なるほど。
安藤教授:(壊れたちゃぶ台から立ち上がりながら)そうじゃ、冴子君の言う通りじゃ。
冴子:それでは次のメールを見てみましょう。
件名:クールなナイトにブギウギ
本文 明日のパーティのプロミスをコミュニケーション。 SHIBUYAの8-Ko前にスタンダップ。 21 o’clock OK? Wow。 8-Koにまたがっている俺So Cool? Non Non ジェントルマンな俺 So Cute? Long Night Sweet Night タノシミニシテル
冴子:……
安藤教授:これも駄目な例じゃあああぁいっ!!(なぜか教授の目の前に用意されているプールに飛び込む。飛び散る水飛沫。足をつっておぼれかける教授)
冴子:ええと、どの辺がだめなんでしょうか?
安藤教授:意味のない言葉が多すぎるんじゃああぁいっ!! (プールの中から救いを求めるように左手を上げながら)
冴子:なるほど。専門用語や独自の使い回しの言葉はできるだけ避けて、平易なわかりやすい内容にすることを心がけるべきだというわけですね。こだわりのある単語などはむしろ独りよがりになる傾向が強く、コミュニケーションツールとしてのメールには適さないということなんですね。
(プールでは教授が半分溺れており、スタッフが慌てて引き上げている。水をたくさん飲んで、青白くなっている)
安藤教授:(プールサイドで水を吐き出しながら)……そ、そうじゃ、冴子君の言う通りじゃ。
冴子:それでは、最後のメールを見てみましょう。
件名:君の一日
本文 7:00 いつもの駅から通勤。 8:00 会社に到着 11:30 クレーム発生。ちょっと大変な目にあっていたね。 13:20 いつもより遅い昼食。サンドイッチと紅茶だったね。 17:30 帰社。 19:20 同僚の美佐子と食事をしていたね。パスタを注文していたね。おいしかった? 21:35 帰宅。 23:50 就寝。
冴子:……このメールは?
安藤教授:ストーカーなんじゃああぁいっ!!(教授、いつの間にかスタッフがスタジオ右側に用意した飛び込み台の上にいて、叫びながらその上にあるターザンロープを使って、スタジオ左側の壁に向かってダイブする。教授スタジオ右側から左側へ雄たけびをあげながら移動していく。激しい音が響き、スタジオ左側の壁に教授の人型が刻み込まれる)
冴子:なるほど。ストーカーは犯罪というわけですね。そうじゃなくても、一方的かつ執着の強さが感じられるメールは相手の迷惑になることもあるのだと、ちゃんとした双方向のコミュニケーションツールとしてメールを活用するべきということなんですね。
安藤教授:(スタッフに壁の中から引っ張り出されながら)……そ、そうじゃ、冴子君の言う通りじゃ。(教授、スタジオの隅にあおむけに横たわりながら、ハアハアと肩で息をしている)
冴子:今日は、コミュニケーションツールとしてのメールをより活用するために、効果的なテクニックをお送りしました。みなさんも、今日紹介したテクニックを用いて、より友情を深め合うためのメールのやり取りをしてくださいね。
安藤教授:……そうじゃ、冴子君の言う通りじゃ。
冴子:それでは、「霧島冴子のWord Laboratory」。次回をまたお楽しみに。それでは今日はこの辺で、ごきげんよう。(冴子のアップ。笑顔で手を振る冴子)
安藤教授:……え、え? 番組名変わってない?
(画面が徐々にスタジオの遠景に変わる。手を振っている冴子。スタジオの隅で横になったまま何がどなっているのかわからず驚いている安藤教授)
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お知らせ
Days Selectのページを整理しました。 教授と冴子の過去のかけあいを見てみたい方は、Days Selectからどうぞ。
| 2003年11月27日(木) |
ショッピング・センターめぐり |
今日は休日で、同じく休日の後輩とショッピング・センターめぐりに出掛けてきた。 待ち合わせは午前7時。休日の活動開始時間にしてはちょっと早すぎる時間なのだけれど、約束通り朝に携帯で連絡を取り合い、車で迎えに来てもらう。天気は曇り。厚い灰色の雲が空の低いところまで垂れ込めているような不穏な雲行き。
まず最初に向かったのは大和市にある大和オークシティ。 車で1時間30分程かかるところだったのだけれど、横浜町田インターの近くまできたときに間違って東名高速に乗ってしまい、なぜか厚木まで行く羽目になってしまう。あとでネタになりそうな出来事に車中で笑いながら、途中海老名サービスエリアに寄る。 せっかくなので、以前の日経MJにも掲載されていた関東圏で最も大きく、デパ地下にありそうなテナントまで入っているという評判の海老名サービスエリアを見てみたかったのだ。 評判通り海老名サービスエリアは大きく、メロンパンの有名店(ぽるとがる)や、カフェなどの普通のサービスエリアにはないようなテナントが並んでいた。たまたま前を歩いていた見知らぬグループの人が、「やっぱり関東のサービスエリアって感じがするねえ」というような話をしていた。訪れる人の感想がそうなのだから、運営側の目論見はある程度以上当たったということができるのかもしれない。 また、サービスエリアの入り口には宝くじの売り場があったのだけれど、せっかくだからということで年末ジャンボ宝くじを購入した。 僕は気が向いたり、たまたま一緒にいた人が購入していたりするときに一緒に勢いで買ったりするくらいなのだけれど、道に迷って間違って高速道路に乗ってしまったという状況で購入する宝くじって、結構おもしろいものかもしれないと思ったのだ。 よく、当選した人のおもしろいエピソードが雑誌なんかに載っていることがあるけれど、形としては宝くじを購入するために高速道路に乗ってしまったと考えられなくもないその状況が、購入を後押しするきっかけのように思えたのだ。年末ジャンボ宝くじを購入するのは2年ぶりだけれど、まあたのしみに待ってみよう。
そして、厚木で引き返し、横浜町田インターから大和オークシティ(http://www.yamato-oakcity.com/index.asp)を目指す。 オークシティは、GMS(日本型総合スーパー)のイトーヨーカ堂とイオンが隣り合って並んでいる郊外型のショッピング・センターで、約2年前にオープンしたところ。僕はこのショッピング・センターにオープンしたばかりの頃に何度か訪れたことがあったのだけれど、今回は1年以上振りだった。 また、ここにあるイオンは先日ニュースでやっていた生ごみ処理の機械が爆発したショッピング・センターでもあり、壁面が工事中の生々しい姿を見せてもいた。 はじめて訪れる後輩に個人的に思うイトーヨーカ堂の特徴とイオンの特徴を話しながら、一緒に売り場をぐるぐる回る。 と言っても、別に難しい話をしたわけでもなんでもなくて、ネタの話をしながら笑いながら売り場を回っていたのだけれど。
イオンのテナントに入っているタワーレコードで、Nodeshaという新人アーティストのデビューアルバム『nodesha』を購入する。 試聴買いでかなり当たりだったCDなのだけれど、決め手はジャム&ルイスが全面的にプロデュースをしていることだった。ジャム&ルイスはジャネット・ジャクソンのプロデューサーで、この2人がプロデュースしているアルバムははずれが少ないのだ。それで、今回もそのネームバリューで購入したのだけれど、いま聴きながらDaysを書いているのだけれど、いい感じの曲が続いている。これはかなりヒットと嬉しくなってしまう。 また、椎名林檎の『りんごのうた』も購入する。
その後はグランベリーモール(http://www.grandberrymall.com/)に行く。 GAP、コムサ・ストア、スターバックスというショッピング・センターの定番テナントに、Franc Francやアウトバック・ステーキハウスなどが入ったアウトレット中心のオープン型のショッピング・センターだ(ここで言うオープン型というのはエンクローズド型の対比の意味)。 モールの中にあるベトナム・アリス(クィーン・アリス系列)でベトナムカレーライスを食べる。スパイスが効いていてかなり美味しかった。
その後は東名に乗って11月1日にグランドオープンしたばかりの、玉川高島屋SC(http://www.tamagawa-sc.com/home.html)を目指す。郊外型の百貨店としての老舗的存在である玉川高島屋がリニューアルしたという記事を以前に目にしていて、それで興味を持ったのだ。 主に新しくできた南館を中心に見て、商業施設にテナントとして初出店したイデーを見たり、文房具や雑貨の専門店を覗いたり、デパ地下を当てもなく歩いたりする。建物の作りがかなり凝っていて、高層階の窓から見える多摩川の景色も見応えがあり、面白かった。途中、南館9階にあるCafé Jouvaud Provenceという店でケーキを食べる。かなりおいしかった。
そして、南館6Fにあるインテリア・ショップ「TIME&STYLE RESIDENCE」で、前からネットで見て気になっていたMUTECHの電話機telephone610の実物を見つけてかなり惹かれてしまう。そして、迷った挙句にオレンジ色を購入(画像はgoogleなどでtelephon610と検索すれば見ることができます)。 以前からずっと気になっていて、ネットで画像を眺めながらでもこれを購入するとFAXを購入することができなくなるしなと思っていたのだけれど、実物を見て心が決まってしまった。いま充電中なのだけれど、部屋に置いていてかなり嬉しくなってしまうので購入してよかったと思う。
それから、帰りはみなとみらいに立ち寄って、クィーンズイーストで天丼を食べて帰る。 朝から夜まで、かなりの距離を移動して、いくつかのショッピング・センターを買い物がてら見学してきた。 久しぶりにいろいろと回ったという感じで、かなり愉しんでくることができたと思う。 買う予定のなかった電話機も購入したし(これはある意味勢いがないと購入できなかったけれど、それでも購入してよかったと思う)。 また、車中では後輩とネタ話などでかなり笑い、そういうのも楽しかったと思う。
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お知らせ
Nodeshaはかなりかなり当たりかもしれません。
| 2003年11月23日(日) |
Atmosphere |
昔、出張の多い部署に所属していたときに、結構飛行機に乗る機会があった。 九州とか、東北とか、北陸とか、様々な地方に行くためにいくつかの空港から飛行機に乗った。 国内線ばかりだったのでなおさら似通ったイメージがあるのかもしれないけれど、地方空港にはどことなく似たような雰囲気があった。 それは、そこが出口というよりは入り口だというような印象と、時間の流れが急でもゆっくりでもなく中くらいというような感覚だ。
どんなに急いでいる人でも、飛行機の離陸前にはある程度の待ち時間の中に身をおかなければならない。 たとえ、自分ひとりだけ先に飛行機に乗り込むことができたとしても、離陸することはできないし、かといって搭乗手続きは時間内に済まさなければならない。 その間を少しでも短くすることはもちろん調整可能だけれど、けれどもなくすことはできない。 さらに言うとたいていの人は少し時間に余裕を持って空港に行くから、必然的に待ち時間が確実にある程度あることになってしまう。 搭乗手続きを経て手荷物検査のゲートをすぐにくぐるかどうかは人によるのだろうけれど、それでも多くの人が出発カウンターの近くにある椅子に座って受け付け開始の時間を待っている。どこか一様に無個性な感じで続いているロビーでは、その間急でもゆっくりとでもなく時間がただ流れている。ごく普通の速度で。
空港にいて、飛行機の出発の時間を待っているのが好きだった。 忙しかろうが、そうでなかろうが、飛行機が離陸するまでの間は、自分の手を離れた時間でどうすることもできないのだという感覚が強かったからなのかもしれない。確かに気楽な感じがあった。雑誌を読んでいてもいいし、本を読んでいてもいいし、音楽を聴いていてもいい。もちろん仕事をしていてもいいし、ノートパソコンを広げていてもいい。それらに飽きたら、必ずある売店に行って、コーヒーを頼んだりお土産をひやかしてみたりしてもいい。とにかく、その狭いエリアの中で出来得ることであれば何をしていてもいいのだというような気楽さが常にそこにはあって、だからよりその時間と、その時間を提供してくれる空港がなんとなく好きだったのかもしれない。
いまでは遠い場所への出張などは基本的にはないので、飛行機に乗ることも当然ないのだけれど、それでもときどき空港のことを思い出す。あまり目立たない色の椅子が整然と並んでいる姿や、ニュース番組を延々と流し続ける小さな台に乗せられたテレビの姿を思い浮かべてみる。そして、そこにいるすべての人に、同じような速度の時間が流れていることを思い出す。
時間の感じ方、長さの捉え方には個人差があるし、そのときの感情や状況で大きく変化してしまう。。 けれども、空港の中での待ち時間は、様々な時間の中では比較的同じような速度で捉えられている時間というような気がする。もちろんそれはただそういう気がするということでしかないのだけれど、そんなふうに同じように感じられている時間の中で、たくさんの人が思い思いの何かをしている(あるいは何もせずにぼんやりしている)というのは、とても健全なことのように思う。
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お知らせ
年末に出る小沢健二のニューアルバムって、どんな感じなのでしょう。
昨日の仕事帰りに、後輩と3人でご飯を食べて帰ろうという話になり、ちょっと足を伸ばしてレッド・ロブスターに行くことになった。 周辺にあるファミリーレストランは大分行き尽くしてしまった感があるので、たまには行かないところに行こうということにしたのだ。 ロブスターなんて普段食べないので、レッド・ロブスターのロブスターがおいしいのかどうか比較のしようがないのだけれど、カニとエビの間の若干カニよりという感じの食感と味で、おいしかった。帰り際入り口横の水槽にたくさんのロブスターがいて、ハサミのところに紙のようなものを巻かれて開かないようにされていた。
車で送ってもらい部屋に着いたのは午前0時過ぎだった。
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お知らせ
レッド・ロブスターって、いまは牛角などを運営しているレインズ・グループなのですねえ。
| 2003年11月19日(水) |
Fringe(こぼれ話) |
CNN.co.jpのサイトの中にある「Fringe(こぼれ話)」が好きで、ときどき思い返したように見ている。 これは、世界中のニュースの影に隠れた、現実に起こった、ちょっと信じがたくてユーモラスなエピソードを集めたものだ。
たとえば、今日のこぼれ話のひとつには、「得票同数の町長選、サイコロで当選者決定ユタ州」と書いてある。なんでも、ソルトレーク郊外の小さな町の町長選で、2候補者の得票数が同数だったため、サイコロ2個の目の合計数で当選者を決めようという話になったというのだ。おいおいと思いながらも、当事者たちは真剣なのだろうなと思う。昔から得票数が同数の場合、コインの裏表で勝負を決していたりしていたそうなのだけれど、今回は候補者がサイコロでいこうと持ちかけたらしい。
しかも、現職のアレン氏は「1」と「4」の「5」で、対立候補のガーサイド氏が「2」と「2」の「4」で、結局現職が3期目を務めることになったと書いてある。負けた方は潔くあきらめることができたのだろうか? 他にも、「公衆電話に指はさむ、抜けずに電話機ごと病院へ」など、見出しを読んだだけで思わず目を通してみたくなるようなこぼれ話がいろいろ出ている。
世界にはいまも深刻な出来事がたくさんあるのも紛れもない現実だけれど、市井の人たちの他愛のないエピソードもきっといたるところに同時に存在している。様々なバランスの上に成り立っている世界の事を思うと、庶民の強さとか、そういうものがもっとずっといろいろな場所で根を下ろしたら幸せなことなのだろうなと考えてしまう。
そして、新聞によく出ている、子供の発したユーモラスな一言などのコーナーを読んだりしたときにも、同じようなことを思う。そんなときには、他愛のない日々の中に、何でもないような日常の中に、本当に必要なことがちゃんと全部あるのだというような感覚を抱くことができるような気がする。
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お知らせ
Fringeのサイトは、こちらです。
http://www.cnn.co.jp/fringe/fringe.html
今日は休日だったのだけれど、引きはじめの風邪を治すために午前中は眠り、昼過ぎに一度会社に顔を出し、部屋に戻ってからパソコンに向かって仕事をして、19時頃にもう一度会社に行ってきた(自分の部屋でやっていた仕事を会社のパソコンに移してきた)。 ということで休日の気分はあんまりしていない。自分の部屋には21時30分頃に帰ってきたのだけれど、それからずっとヘッドホンをかけて音楽を聴いている。音楽を聴きながら文章を書いたり、ネットサーフィンをしたりしている。 ちなみに、数日前に新しいヘッドホンを購入した。 以前のDaysにも、深夜の近所迷惑のことを考えてヘッドホンで音楽を聴いていることが多いと書いたのだけれど、その4年くらい使っていたヘッドホンが壊れてしまったのだ。片方がぽろっととれてしまい、か細いコード一本でかろうじて繋がっているような状態になってしまった。それでもしばらくの間はだましだまし使っていたのだけれど、つけている途中で動くと片方がぼろっと外れてしまったりして、買い替えないとなあと思っていたのだ。
そんな折、ある雑誌にSonyのMDR-DS3000というヘッドホンについての記事が載っていて、それがいいかもしれないと思ってしまったのだ。 それで、ヨドバシカメラに行って新しいヘッドホンを買ってきたのだ(貯まっていたポイントがあったので、実質無料で←重要)。
箱には、<主な特長>としてこのようなことが書かれている。
○さらに進化した「バーチャルホンテクノロジー」により、よりリアルなサラウンド空間をヘッドホンで再現 ○ドルビーデジタル、ドルビープロロジック�供�DTSの各サラウンドフォーマットに対応 ○ヘッドホンをプロセッサーに置くだけの簡単充電方式
もちろん、他にも多々書かれてはいるのだけれど、要するにDVDなどを見るときに、音響の再現性がリアルということなのだと思う。実際、試しに『マトリックス』をDVDで見たときには、音がかなり迫力のあるものだったし(その気になっているだけかもしれないけれど)。 コードレスであるということと、充電が簡単であるということ(携帯電話の充電器のように置くだけで充電)というのが、普段使うことを考えたときにいいかもしれないと思った。頭にかけた感じも窮屈ではなかったし。もっと多機能で高価なやつもあったのだけれど、普段使いにはDS3000はもう充分すぎるほどだ。
そして、いまもDaysを書きながらこのヘッドホンで音楽を聴いているのだけれど、パソコンのハードディスクの中に入れているたくさんの曲をシャッフルして聴いているのはとても愉しい時間のひとつだ。
ちなみに、僕は部屋に帰ってきてからほとんど毎日音楽を聴いているのだけれど、僕のいま住んでいる3階建てのマンションは、小さな子供のいる家族ばかりのようなのだ。それなので、夜にはあんまり音を立てないように気を使ってしまう。それでヘッドホンは毎日ではないにしても大きな音量で音楽を聴きたい気分の時にはかけるようにしている。 ということで、EFFECTもCINEMAとMISICの二つがちゃんと用意されているので、音楽の時にはMUSICに合わせて愉しんでいるのだ。 まあもちろん、どれくらいよい音質なのかなんて聴き分けることができないので、ある程度の音と機能があれば、それだけでもう感心してしまうのだけれど。
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お知らせ
【Travel】はひそかに更新中です。
ついさっき部屋に帰ってきて、そのときにもすでに雨が降っていたのだけれど、いま窓の外で音を立てているような激しい雨ではなかった。 今日、後輩と一緒に帰っている途中に、今年ももう1ヵ月半しかないのだという話をしながら歩いていた。早いなあと言いながら。
そんな会話を交わしていると、いまさらながら11月も半ばを過ぎてしまったのだということにしみじみと感じ入ってしまう。今年もたくさんの出来事があったはずなのに(それこそDaysを読み返してみるとそれなりにたくさんの出来事があったことがわかる)、それでも随分とあっという間に時間が流れてしまっているような気がしてならない。もちろん、そんなことは毎年のことなのだけれど、一年の終わりが近づくにつれて、背筋を伸ばさなければというような感覚と、無性にわくわくするような気持ちと、あっという間にこんな時期まで来てしまったのだという感慨めいたものを抱く。
そして、このくらいの時期になると、いつも自分の中でうまく季節感をつかむことができなくなる。街を歩いているとクリスマスムードがたっぷりだし、街路樹は色を落とし冬を迎える準備をしているし、気温だって加速度をつけるようにどんどん下がっている。ただ、やっぱりいまだに雪が降らないことが、季節をうまく感じられない理由なのかもしれないとなんとなく思う。10月末くらいに初雪が降って、それから何度か思い出したように雪が降って、そういう日々を通じて少しずつ冬を実感していった記憶がやっぱり強いのだ。子供の頃に繰り返し過ごしてきたそのような季節の移り変わりが、ある種の原風景のひとつをかたどっているためなのだと思う。
というわけで、僕は今年もなんとなく季節感をうまくつかめないでいる。それでいて、季節の変わり目に流行してしまう風邪だけはちゃんともらったりもして、いまこれを書いている間も頭ががんがんしているのだけれど…… 原則的には風邪のときには薬は飲まないようにしている派なので、暖かいものを食べて、ゆっくりと眠ろう。 こじらせないように、他の人にうつさないように、悪化させないように気をつけながら。
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お知らせ
まだひきはじめだと思うのです。くしゃみとはなみずが……
| 2003年11月13日(木) |
『クリティカル・チェーン』 |
『クリティカル・チェーン』読了。エリヤフ・ゴールドラット著。三本木亮訳。ダイヤモンド社。 おなじみの装丁のシリーズ第4弾は、TOCの理論をプロジェクト・マネジメントに応用したもので、サブタイトルには「なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか?」とある。 つまり、本書では様々なプロジェクトが当初の計画を大幅に遅れ、かつそれが常態化しているという現実に対して、実践的で有用な手法を試みようとしているのだ。そのための切り口となるのがおなじみのTOCの理論であり、それをわかりやすく伝えるためにこれまでと同様にビジネス小説の形をとっている。『ザ・ゴール』で大成功し、『ザ・ゴール2』、『チェンジ・ザ・ルール』と続けてきたいつものやり方だ。 本書でもその試みは成功している。ストーリーは『ザ・ゴール』には及ばないにしても、それ以降の2作と比べるとひきつけられるパワーを持っているし、扱っている「プロジェクト」という題材にも、多かれ少なかれ誰もが何らかのプロジェクトに関わっている現在関心度が高いということもできるためだと思う。
物語は、エグゼクティブMBAの準教授であるリックが、自分の生徒たちが実際に直面している課題の解決を通じて、プロジェクト・マネジメントの理論を形成していく形で進んでいく。自らも終身在職の資格を得るために実績を挙げなければならないという状況のなかで、会社から特命を帯びていて藁にもすがる思いの生徒たちの、現実の問題に対処することのできる手法をともに生み出していこうと試行錯誤していくのだ。 このシリーズにひきつけられるのは、根本的にはストーリーの単純明快さ(成功物語であるということ)だ。数々の難問が主人公たちの目の前に立ちふさがるのだが、結局最後には魔法の武器(本書の場合はTOCの理論)を使って難解な挑戦に勝利したり目的地にたどり着くことができる。それだけで先のページを手繰ろうという気持ちが強くなるし、その魔法の武器についてより詳細を知りたいという気持ちを抱くこともできる。
ボトルネックや、クリティカル・パスなど、シリーズを読んでいると見慣れた単語が頻出し、どちらかというと思考プロセスを扱っていた『ザ・ゴール2』に近いイメージがある。TOCの理論は生産分野だけに活用できるものではなく、その他の様々な分野にも応用することができるのだということがよくわかるようになっているのだ。もちろん、難しくわかったような気になっていてもまだまだ理解できていないポイントも少なくないのだけれど、それでも重要な部分についてはある程度把握することはできたように思う。 折り返しの部分には、こう書かれている。
なぜ、プロジェクトは予定どおりに進まないのか? そんな、誰もが抱えるジレンマを解決する!
●所要時間が大幅に伸びてしまう「掛け持ち作業」。 ●必要以上に見積もられる「セーフティー(時間的余裕)」。 ●時間があっても、ギリギリまで何もしない「学生症候群」。 ……しかも、浮いた時間は無駄に消費される。
これまで考慮されてこなかったこうした人間行動の特性をふまえ、プロジェクト・マネジメントにTOC(制約条件の理論)を応用したクリティカルチェーン。我々の常識を覆し、パフォーマンスを飛躍的に改善するツールとソリューションを提示する。
「掛け持ち作業」はどこの企業にもあるし(「仕事は忙しい人に頼め」なんていう言葉もあちらこちらでよく聞くくらいだ)、課題を与えられた際に評価と連動している分時間的な余裕は課題に見積もっていることもよくあることだと思う。また、「学生症候群」だって、もうとっくに学生じゃないのに、試験前の徹夜と同じようなことを行っているときもある。そんなふうに、身につまされる人にとっては、本書を読む価値はあると思う。どちらかというと実務的なプロジェクト・リーダー的な役割の人の方がより実践することがしやすいとは思うのだけれど、そうじゃない人でも充分ためになる。
それにしても、このシリーズはあといったい何冊出るのだろう?
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お知らせ
今日は久しぶりに川崎で夜ご飯を食べたのですが、新しい駅ビルを見学できなかったのが残念だったのでした。
| 2003年11月11日(火) |
2003111101 |
今日は仕事が終わって部屋までの道を歩いていると、携帯電話が鳴った。 見てみると、札幌に出張に行っている後輩からで、とりあえず「どうした?」と出てみる。 話の中で、「寒い?」と訊くと、後輩はうろ覚えの北海道弁を使って、「なまら、しばれるべやー」と言っていた。 「なまらしばれるべや」というのは、「とても寒くて身体の芯から凍えそう」というようなニュアンスの言葉。 やれやれと思いながら、後輩が札幌を楽しんでいるようで(ただ、「す○きの」を楽しんでいるようにも感じられたのだけれど……)、とりあえずまあよかったのかなとは思った。地元に行っている知り合いが、地元のことをけなしたりするのはあんまり嬉しいものじゃないし。「すす○の」を絶賛されてもどうかとは思うのだけれど。
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以前にも何度か書いたことがあるのだけれど、毎日仕事から帰ってきてインターネットを覗く日には必ず見るサイトがある。そのうちのひとつが「ライブカメラ小清水原生花園」で、北海道東部にある原生花園近辺を映し出しているライブカメラだ。このページでは、過去24時間の画像を定点観測のように見ることができて、ここ数ヶ月はたいてい16:00をまずクリックしてみる(部屋に帰ってくる時間だと、すでに真っ暗なのだ)。ここ数週間で16時の空の色はだんだん夜に近づいていて、もう少ししたらクリックしたときにはすでに日が暮れているという時期になるのだろうということを思う。 本当に、毎日のように(インターネットに繋ぐときには必ずと言っていいほど)覗いているのでそのライブカメラの映像にも大分慣れているはずなのだけれど、それでもやっぱり思わず見入ってしまうような雲や、空の色のときがたくさんあって、僕の画像保存フォルダには、それぞれの日付の、何枚かの画像が保存されている。たとえば、今日なら「2003111101」というタイトルで保存されているのだ(もちろん、2003年11月11日の1枚目という意味)。 それらの画像の中には、晴天も、曇りも、雨の日もあって、それぞれの空の下、同じように花園沿いの道路が続いているのを確かめてきた。横浜にいながらにして、道東のなんでもない道路をずっと見ていることができるのだ。別に役に立つことは何もないのかもしれないけれど、いまではその道路を眺めることは個人的にはとても大切な日課になってしまっているし、その道路は特別な場所になってしまっている。いつか、いつになるのかもぜんぜんわからない遠いいつか、その道路を実際に訪れてみたいなとぼんやりと思ってさえいる。そして、ライブカメラに向かって手を振ってみたりするのだ。ほかの人には意味がないけれど、個人的にはちょっとだけ特別で意味のあることをするときのようにして。 本当に、世界にはたくさんのライブカメラがあるけれど、こんなふうにしっくりとくる風景を映し出しているところはなかなかない。 けれども、それはいま思えば最初からそうだったわけではなくて、何度も見続けているうちに、少しずつそうなっていったのかもしれないと思う。 星の王子様に出てくるバラの花のエピソードみたいに。
【ライブカメラ小清水原生花園】
http://www.stv.ne.jp/webcam/koshimizu/index.html
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お知らせ
パソコン19900円の騒ぎのニュースを見て、同僚たちと結構盛り上がりました。
今朝は出勤前に衆議院選挙の投票に行ってきた。近くにある小学校が投票会場になっていて、下駄箱のところで予め送付されていたハガキを見せる。 午前7時台の投票会場は、はじまったばかりのせいかまだそれほど人気がなく、朝の散歩がてらに投票に来たといった風な年配の人の姿が目立っていた。名簿のようなものにハンコを押され、それから最初に小選挙区用の投票用紙を渡される。左右にしきりのついた記入台があって、そこで名前を書く。別にマニフェストも個々の立候補者の詳細な政策もよくわかってはいないのだけれど、それでも新聞などでほんの少し見知った候補者たちの名前を見ながら、一人の名前を書く。 名前を記入する段になって、不謹慎ながら選挙ポスターの名前のところに、( )で愛称とかが書かれていたりしたら面白いなと思ったりした。たとえば、
鈴木一郎(愛称:ボギー)とか、佐藤二郎(愛称:落ち武者)とか、
鈴木氏のさわやかな笑顔と、「明るい未来を子供たちのために」とかのキャッチフレーズと、ボギーという愛称。 佐藤氏のバーコードのような薄い頭と、「再び国政で力を!!」というキャッチフレーズと、落ち武者という愛称。 そういうポスターがあったら、職場や学校で「誰に投票する?」という話題にも花が咲くかもしれない。
「俺はボギーがいいと思うんだよね」 「お前も? でも落ち武者も捨てがたいよな。執念がありそうな感じでさ」とか。
それで投票用紙には「ボギー」とか、「落ち武者」とか書くのだ。 まあ、なんだかよくわからないのだけれど。
次に、比例投票と裁判官の信任の用紙をもらう。裁判官の方は、いいと思ったら何も書かないというところがミソなのだろうなと思う。たいていの人は、あえて×はつけないだろうし。
それから、8時過ぎに職場に到着し仕事をはじめ、会社を出たのは23時。日曜日なのでかなり忙しく働く。 帰りは後輩の車に乗って3人でご飯。今日はサイゼリアに行く。ドリンクバーでいつものように長居して、いろいろなことを話す。選挙の話題も出てくる(一人は出勤前に投票してきていて、もう一人は行く気が全然なかったと話していた)。話しながら、携帯で選挙速報を見たりして、福岡で山崎拓が落選したことや、田中真紀子が当選したことを知る。
小雨の降る中車で送ってもらい、部屋に着いたのは午前1時頃。
そして、いまは部屋でのんびりと音楽を聴きながらDaysを書いている。明日は休日なので、夜更かしをしているのだ。 夜更かしをしているときには夜がとても長く感じられるのだけれど、それでも実際には時間はちゃんと過ぎていく。このちゃんと過ぎているというのはすごいことだとときどき思う。不可逆の一方向に進んでいく大きな力。時間は確実に進んでいくのだ。
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お知らせ
投票した人は、当選していました(元々当選確実と言われていたそうですが)。
| 2003年11月07日(金) |
『マトリックス レボリューションズ』 |
最初の文章は、6日に書いていた分。深夜書いている間に眠ってしまってアップできず、昨日も帰りが遅く深夜になってしまったために、そのまま放置されていた分。せっかくなので、アップ。
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いまは、6日の午前2時50分。少し前に、『マトリックス レボリューションズ』を観て帰ってきた。以前にも書いたように、会社のメンバー6人で一緒に観てきたのだ。せっかくの世界同時公開ということで、仲間内でこれはぜひ行くしかないだろうという話になって、前売りの指定席券を購入し、仕事が終わった後に映画館に向かったのだ。仕事の終了がちょっと遅れ22時を過ぎたときには、間に合わないかもしれないと一瞬思ったのだけれど、なんとか間に合って大スクリーンの前に陣取ることができた。
事前に券を買っておいたこともあって、後ろ側のほぼ中央の座席を確保することができていた。実際座ってみるとかなりよい位置で、後輩が「ベスポジじゃないですか(ベスポジ=ベスト・ポジション)」と嬉しそうに言う。 それから映画がはじまるまでの時間で楽しみな気持ちがどんどん高まってきて、なんだか妙に感慨深い気持ちになったりした。 そして、23時過ぎ。いよいよはじまった。
結論から言うと、これは映画館で観るべき映画だと思う。あの映像を体感するには、テレビの画面では心もとないというか小さすぎる。 ストーリーの以前から言われている難解さは相変わらずだけれど、個人的にはかなりの謎がクリアになったので、とても満足度が高かった。『リローデッド』で意味不明になった様々な事柄が、『レボリューションズ』で解決したという感じで。
単体としては、1作目が最も面白いと思う。けれど、『レボリューションズ』を観た後には、3作が繋がって1つの『マトリックス』という長い作品という捉え方になったような気がする。
『レボリューションズ』を単体としてみたときの一番の山場はミフネ隊長が活躍する辺りで、現在の映画はここまでできるのかと画面にくぎづけになってしまった。 かなり熱い、熱すぎるシーンの連続。 間違いなくこの3部作は映画史に残るだろうし、それぞれをリアルタイムで観ることができたなんて幸せだと思う。
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というように、初日の初回を観に行ってきたのだけれど、個人的にはかなり面白かったと思う。ただ、一緒に観に行った人、一緒には行かなかったけれどもう観に行った人数人と話したところ賛否両論あって、そうなることもよく理解できる。それにしても、「始まりがあるものにはすべて終わりがある」という台詞は、『マトリックス』という映画についても終わってしまうんだという感慨を抱かされてしまって、ちょっと寂しく思えたりもするのだけれど。
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お知らせ
Coccoが12月24日に活動を再開するそうですね。
ある冬に、何度か早朝の電車に乗る機会があった。 30分ほどかけて駅まで歩いて、路線図を見上げて目的の駅までの切符を買う。それから、今度は別方向にある時刻表を見上げる。ファストフードの店も開いていない午前5時台の駅の構内には始発電車を待つ人たちがまばらにいるばかりで、まるで間違い探しのゲームをしているように見えた。さて、あの柱に寄りかかっていた人はさっきとどこが違うでしょうというように。 正面入り口近くの売店では、おばちゃんたちがプラスチックのケースに入ったパンなどの入荷品を並べていた。電車で一時間ほどかかるので、チョコレートやヨーグルなどの車内で食べることのできるちょっとしたお菓子を購入する。 やがて、ぱたぱたと回る時刻表が改札がはじまったことを告げ、待っていた人たちが改札口へと向かう。切符を差し出して、スタンプを押してもらう。すぐ目の前のホームに乗るべき電車がやってくることになっていて、今度は駅のホームの思い思いの場所に立ち並ぶ。 空気の色はまだ夜のもので、吐く息が白い。つめたい冬の朝は眠気をどこか遠くへと忘れさせてしまう。ポケットの中に手を入れたまま、ホームの天井からぶらさがっている照明の明かりをぼんやりと眺めている人がいる。手袋をしているのに手を擦り合わせている人がいる。知り合いどうしで、小さな声で話している人たちがいる。時間の早すぎる駅や深夜の駅は、どうしてか随分と遠くまできてしまったという気持ちを抱かせる。それがどうしてなのかはわからなくても、そんな光景を見ていると、なんだかもう取り返しのつかない場所まで来てしまったような気がするのだった。 ただ、朝早くおきてちょっと遠くの町まででかけるだけなのに。
やがて電車がホームに滑り込んでくる。一瞬の間の後で扉が音を立てて開き、短い列をつくっていた乗客たちが、ほとんど乗客のいない電車に乗り込む。座席は窓際に長いすが続いているタイプで、通勤電車によく見かけるタイプのものだ。窓の上には様々な広告が掲載されていて、それを見ていると少しの時間をつぶすことができる。 ただ、何と言っても最も時間を費やすことができるのは窓の外の景色だった。冬の午前6時前はまだ夜と同じように暗く、窓の外の光景も外灯の明かりや線路と平行に続く道路を走る自動車のヘッドライトの明かりくらいしか見えなかった。森や畑が多いせいか、周囲の闇は幾層にも重なってさらに暗く見える。 電車は何度か途中の駅で停まり、そのたびに少しの人が降りて、それよりも多くの人が乗り込んでくる。誰もが一様に厚着をしていて、中には冬眠しそこなったくまのようにまるまると着込んでいる人もいる。口が聞けなくなるのろいをかけられたかのように、マフラーにあごをうずめている制服姿の少女もいる。北国の朝の冷え込みは厳しく、窓の外はまだ暗い。 電車はゆっくりと進んでいく。
それでも、目的の駅までの半分くらいを過ぎた頃に、ようやく東の空が明るく白みはじめる。その時間の景色には胸をぐっと掴まれるような一瞬一瞬の変化があって、境目の時間はどうしてこんなに人を惹きつけるのだろうとこれまでも何度も思ってきたことをやっぱりぼんやりと思う。電車の中に暖房が聞いているせいかそのうちに結構眠たくなってくる。けれども眼前で起こっている夜から朝への変化を見逃すのは惜しいような気がして、がんばって起きていようと思ってしまう。けれども気がつくと眠ってしまっていることも多かった。わずかな時間、心地よく意識を失ってしまうのだ。 そんなときには、気がつくと夜は大分姿を消して、朝の空気が世界を覆っていた。わずかな時間しか経っていないはずなのに、世界のあまりにもかろやかな変化に参ったような気持ちになる。淡い後悔と、こんなふうに短い時間タイムスリップしたかのような感覚を味わうことができたことを喜ぶ気持ちとが入り混じっている。 それから、気を取り直して窓の外の朝の風景を見つめる。雪に覆われた野原が広がり、山々の稜線は遠く近くしばらくの間続き、それからぽつぽつと家並みが点のように現れ、それらのすべての景色がどんどん背後へと追いやられていく。
電車が街へ近づくにつれて、白い野原や森は遠ざかり、家々が密集してくる。ときどき中型のビルが目に入り、それらがやがてより大型のものへと変わっていく。 電車の中も随分と混み合うようになり、冬用のコートを着たビジネスマンの姿が目立つようになる。 そうして、いよいよ終着駅が近づいてきたところで、どこか郷愁を抱かせる音楽が流れ、電車が終点へ到着することを告げる放送が続く。 車内がざわついて、それから電車は細長いホームへと入っていく。
人の列にまぎれて、扉からホームに下りる。冷たい空気を一度吸い込む。 1時間くらいの電車での移動でしかないのに、遠くまできたものだとなんとなく思う。 階段に向かう人たちに紛れながら、すっかり朝になってしまった空を見る。
電車に乗ると、ときどき妙に懐かしいような、忘れられない体験をしているのだと思うときがある。 それがどうしてなのかはわからないのだけれど、移動する乗り物にはそう思わせる不思議な力があるのだろうか。 それとも、それぞれの場所で電車に乗ってきたことが、記憶の中でのいくつかの場所を区別するためのサインのようになっているからなのかもしれない。
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お知らせ
北国の電車の中には、自分でボタンを押さないと扉が開かないものもあるのです(はじめて乗ったときには最高に驚きました)。
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