uchie◎BASSMAN’s life
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2004年05月30日(日) ■ |
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■アンパンは欠かせない! |
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朝、家に辿り着くとすぐに寝た。 5時間程寝て起きてみると、なぜか頭痛が酷かった。酒は呑まなかったのに、なぜだろう。 朝食も昼食もほとんど抜きになってしまった。急いで準備して出かけた。 16時から中野のスタジオで僕らの新バンドが始まった。久しぶりに持っていったオーバードライブに電池が入っていないことに最初気がつかないほど慌ててセッティングし、“it's gonna be alright”の練習をした。 テンポを落とし、いろいろなスタイルで弾いてみた。ソウル、ファンク、リズム&ブルース、ブリティッシュ・ビート。なんとなく指弾きを中心にスラップまでやってみた。ライブでも指弾きをやってみようかと思うのだがどうだろう。音のセッティングを切り替えなきゃいけないから今度はイコライザーも持っていこうか。 このセッションなんと50分以上続いた。実は頭が激痛で最後の方はもう顔に表情がなかったかもしれない。 その後、SMALL FACESの“Grow Your Own”のカバーをやった。 3時間の練習が終ると、しばしミーティングをした。 帰り道、腹は減っているが頭が痛くて食欲がなく、電車に乗るのも気分が悪そうなので歩いて帰ることにした。しかしだんだん吐き気もしてきて、もうどこでもいいから座りたい気分だった。そこで見えたのがモスバーガー。この頭痛は低血糖症のせいもあるだろうと思い、甘いものを食べようとティラミスを頼んだがこれが売りきれ。仕方なくゼリーを頼んだが、不味かった。ますます気分が悪いぞ。 そこで家の近くにあるスーパーまで辿り着くと、アンパンを2つ購入。 部屋で続けて2つ食べると少し頭痛が解消されたが、ソファーでぐったりと眠り込んだ。 気がつくともう23時を過ぎていた。スタジオで録音したMDが気になり僕はヘッドフォンを被った。いままでベースを弾いてきた中でもかなりいけてる気がする。この演奏、uchieだってみんな気付かないんじゃないかな。
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2004年05月29日(土) ■ |
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■DJやりました |
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三軒茶屋のmanha manhaで行われたイベント“サンポビヨリ”で初めてDJをやった。 セットリストは以下のとおり。
8:00pm it's gonna be alright/tolly(the freaque) she goes to the world's end/cruyff in the bedroom AIR/AIR serial number/101A tattoo/PHILIP LYNOTT homme sympathique/EeL 8*30のテーク/brueno 海より/hasband 五月雨ディスコナイト/erica UP ON THE DOWN SIDE/OCEAN COLOUR SCENE
1:30am cello suite No.1 in G major BMV 1007,Prelude/PABLO CASALS 24 YEARS OLD/AIR come down/101A START IT UP!/EeL Ma/blueno simple songs of freedom/The Voces Of East Harlem Samba Diablo/Mover conversation intercom/SOUL WAX Bending the rules/Pennebaker Joy Rey/Fountains Of Wayne this is not revolution rock/Jetplane Landing Mexican wine/Fountains Of Wayne electric guitars/fonda are you gonna be my girl/JET look at what you started/DAN BAIRD Getaway/Reef Tonight/Supergrass days/tolly(the freaque)
時間が足りなくなったので途中JAZZ系をカットし、最後は音響系に持ちこむつもりが終ってしまった。もっとやりたかったなあ。とは言っても踊るところではなかったので、みんな聞いてなかったと思うし僕ひとりでノリノリでした。 でも友達のバンドの曲を回せてよかった。特に50ccのボーカルさんが“it's gonna be alright”を気に入ってくれて嬉しかった。そしてJetplane Landingまわしてるときはオンナノコがひとり 「この曲誰ですか?!すごいかっこいい!!」 と言ってくれた。本当にかっこいいんだこの曲。
DJを終えた後は酒を一杯といきたいところだが、明日は初のバンド練習があるので控え、お茶を飲むことにした。ここは変ったお茶がいろいろあるのだ。コーン茶というのを頼んだ。 トオモロコシを炒ったものを煎じて飲むらしい。一見コーヒー豆のようだ。 「あ、ほんとうにコーンなんですね!?」 「ええ、そうなんです。食べてみますか?」 カウンターのお兄さんが一粒差し出した。 「え?本気にしますよ僕」 思いきってかじってみると、ちょっと硬いけど素朴で香ばしい味が口に広がった。
他出演者 Live CHAT CAHT/ハリモリ DJ SUNSET BOY/ヤサオトコ/naock Design/Art/illustration ゴトウアイ/にしのまあさひ/大津 有加里 Photograph サイダカオリ Textile design 八重子 Fashion show echu
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2004年05月28日(金) ■ |
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■DJの準備 |
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明日のイベントに備えて、選曲のシュミレーションをしてみた。どうしても友達の音源もかけたいぞ。どうやって洋楽と日本のインディーズを混ぜるか考えた。 CDをいろいろ引っ張り出して聞いてたら興奮して朝になってしまった。 VOICES OF EAST HARLEMの歌詞を読んでいたら、涙が出てきた。これはまさしく僕らの歌だよ。明日これをかけよう。
『Simple song of freedom』 戦いが好きな連中もいるってことは紛れもない事実 大統領や、首相や、王様の様に 彼らは彼らの中に、すごく大きな工場を打ちたてる 歌を歌いたい人々よ さあ、シンプルな自由の歌を歌おう
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2004年05月25日(火) ■ |
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■HAPPY BIRTHDAY TO ME! |
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この前、免許の書き換えも無事終え、気がついたら電車の中で誕生日を迎えました。さて何歳になったでしょう。今年からは秘密にしていこうかな。 何人かの方から祝メールを頂きました。ありがとう!祝ってくれる人がいるってやっぱりいいな。 ちなみに、かのポール・ウェラー氏も誕生日ですね。7月のライブが楽しみ。
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2004年05月23日(日) ■ |
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■バンド結成 |
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昼間、中野のスタジオでボーカルのTolly KishidaとオルガンのJonjonと3人で練習をした。 僕の提案でいつもやっている曲をMG'Sっぽく演奏したりしてみた。これがなかなか面白い。バンド演奏の基本ってやっぱりこういうところにあるんだなあと思った。
その後、この前セッションしたドラマーのkawaiくんを含めて、近くの居酒屋でバンド結成となった。ぜひ今までで一番のバンドにしたいもんだ。新人バンドとしてステージに立つのはいつの日か。
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2004年05月22日(土) ■ |
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■CDJ |
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この前結婚したDJの友達の家に、DJのやり方を教わりに行った。 行く途中、新宿のFRANC FRANCでお祝いの品を買った。こんなものを贈るやつは他にいまい。 “バスローブ” 新居に着くとその広さに驚いた。大人になると言うことは、広い部屋に住めると言うことだ。 さっそくCDJの使い方を教わった。トランス系をやるわけじゃないから単純にかけ替えだけなんだけど、なかなか思い通りにはいかないな。けどベース弾くよりかは簡単だな。世の中便利だ。 だいたい使い方を覚えて、あとはビールを飲みながら人類について話し合った。
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2004年05月17日(月) ■ |
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■DJやります |
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今度5月29日にDJをやることになった。今までDJなどの依頼があっても、自分はベーシストだからと断ってきたが、なんとなく引き受けてしまった。さてどんなことをしようか。ラウンジなので、あまりダンサブルなものにこだわってもしょうがないし。 ちょっと人がやらない変ったことをしようかなと今想像している。ひとつのジャンルにこだわらないつもりだ。 興味のある人はぜひ来てもらいたい。
http://very-holiday.ddo.jp/
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2004年05月16日(日) ■ |
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■MODそして |
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午前5時、CITTAの外を出ると小雨が降っていた。レザーソールをカツカツと音を立てながら駅に向かった。この時間この格好で電車を待つ僕は、一般的にはどう見えるのだろう。何をもってモッズと判別されるのか、などと考えながら駅のホームに立った。 tokyometroの最寄の駅に着くと、雨はひどくなっていて、傘を持っていなかったので濡れて帰った。 部屋に着いてスーツを脱いでしまえば、モッズの記号をひとつひとつはずし、自分自身が残るだけだ。
明日、というか今日は13時からドラマーとのセッション、そして16時からスタジオで練習が控えていた。 少ししか寝る時間がないがとにかく眠ろうと思ったが、録画予約しておいたビデオが気になってつい見てしまった。結果はロシア戦敗退。しかし最近このチームにどれだけ勇気づけられていることだろう。 11時に起きるつもりが寝過ごし、指と頭のストレッチをやろうと思ってたが、シャワーを浴びて急いでスタジオへ向かった。 セッション4人目にあたる今日のドラマーと、最初10分ぐらいジャムった。さすがに指も頭もまだ眠っている。64年ぐらいのリズム&ブルーススタイル。ドラムの音を聞いてるうちに頭も冴えてきた。ずっとジャムりたい気分になったが、1時間しかなかったのですぐに曲を演奏した。試しに2曲。悪くない。“days”一瞬、曲世界に引きずり込まれ、頭に血が上り前身の毛穴が開くのを感じ、目を閉じてベースを弾いた。僕はまだまだいける。
セッション後、近くのファミレスで時間を潰した。コーヒーを飲みながら、僕は興奮気味に昨日のMODMAYDAYでの出来事をkishiに話した。
その後再びスタジオに戻りjohncoと練習した。
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2004年05月15日(土) ■ |
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■MAYDAY |
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初めてMODMAYDAYに行くことにした。 どんな格好して行こうか迷った。モッズスーツにするべきか、カジュアルモッズにすべきか。 96年頃はキメまくるのが流行っていた。その後徐々に型にはまるのを避けみんなカジュアルな方向へ向かった。 しかしモッズスーツを着る機会もすっかりなくなっていたので、久しぶりに着てみることにした。ステージ用に並木でオーダーしたダブルのスーツ。ウェストラインはシェイプさせてあり、襟は大きめでトレンチコートのようになっている。胸ポケットにもフラップを付けてある。袖は少しフレアになっていてダブルカフスの一点止め。もちろんサイドベンツで、くるみボタン。ワイシャツもオーダーでカラーを少しラウンドさせてある。袖はダブルカフス。ネクタイはエンジに白の細かいドット。靴はイングランドの老舗ブランドのチェッカーブーツ。これはもう10年履いている。 こんな感じで、僕はスクーターボーイズではなく、古着系でもなく、モダニストタイプなのだ。 チッタに着くと久しぶりにモッズがたくさんいるのを見て嬉しい気分になった。しかし最近モッズに、あるいは60年代に興味を持ち始めた感じの人と半々ぐらいだ。そういう人はかなり若い人達だった。東京モッズシーンもまだまだ生きているようだ。 フロアを一周してみたが知っている人はまだ来ていなかった。ちょうど直樹くんのDJが始まったので少し踊った。 次に以前MARCH OF THE MODSで対バンした友達のバンド、ZOOT STYLEの演奏が始まった。彼らは随分いいバンドに成長していた。 バンドとDJが次々に変っていった。しばらくすると友達とたくさん顔を合わせた。DJのMorrie、Terry、Takayoshi、UPPERS!のItsukiくんにYOU。Itsukiくんには酒をおごってもらい乾杯した。 POP IT!のユキエとMAGICAL COLOURSのセツコさんも来ていた。彼女にはイギリス人の友達を紹介してもらった。彼らはジャケットを誉めてくれた。 フロアには以前からのuchieファンのコ達もいて、一緒に踊ったりした。ワンピースでキメているモッドガールだ。 THE FAVE RAVESというバンドが再結成のバンドがあったが、始まった瞬間に惹き付けられた。凄まじい歌唱力。日本にこんなシンガーがいたとは。見た目はすっかりオジサンだが、かっこいい。他の若いバンドよりはるかにかっこいい。他のバンドは正直1、2曲しか見なかったが、このバンドは最後まで見た。 そして強烈な存在感をアピールしたのがTHE HAIRだ。モッズバンドの登場を期待していたが、彼らは見事にいい形で裏切った。スーツを着たオレンジ色のボブのクールなモッドガールがラジオをぶら下げ、ステージに立った。後ろには雑誌を読む男が座っている。そしてデスクトップコンピューターを操作する男。打ちこみのジャジーなインストが流れた。オープニングの演出かと思いきや2曲3曲と続いていく。次第にみんなこれ自体がショーであることに気付く。そう思って見れば最高にクールで新鮮なライブだ。ここ数年多かったガレージサウンドにはもう飽きていたところだし、これこそ2000年代のモッズスタイルの新化形だ。強制的なバンドサウンドよりも、むしろトランスなのだ。こういう往年のバンドが最も新しいことに挑戦する姿は本当に恐ろしい。まだまだ届かぬところにいるようだ。
とにかくみんなモッズという文化を楽しんでいる。いろいろなスタイルがあるが、すっかりユースカルチャーとして根付いたようだ。
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2004年05月12日(水) ■ |
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■NO PLACE |
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一日中部屋にいた。 ベースを弾き、録音して、聞いて、しばらくいろんな体勢で考えこみ、また弾く。 この繰り返し。 5度から入ったり、マイナーを意識したり、分数にしてみたりあれこれと。どっちかというと考えてる時間の方がずっと長い。感覚なのだ。
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2004年05月11日(火) ■ |
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■Live観戦→STUDIO |
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渋谷NESTでまぼろしのみぎのライブを見た。 MCがまた最高に面白かった。 ギターの人に、 “最近テレビで捕虜の虐待がどうとかやってるけど、その中にお前のオヤジがいたぞっ!” この前は自衛隊って言ってたのに…。 意外とニュースをよく見ている丹羽氏である。
ライブ後は6Fでドラマーの野村さんらと少し話をして、早めに帰った。
0時からは中野のスタジオで練習した。
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2004年05月07日(金) ■ |
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■永遠のモータウン |
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映画『永遠のモータウン』を見た。モータウンのバックミュージシャン、ファンク・ブラザースの物語だ。モータウンのレコードは好きだけど、今回、ファンク・ブラザースという名すら初めて知った。ほとんどの人がそうかもしれない。 ベーシストとしてはやはりジェームス・ジェマーソンについて触れずにはいられない。いままでいくつかモータウンの曲をバンドで演奏したことがある。テンプテーションズの“Get Ready!”ジャクソン・ファイブの“I'm losin' you”など。 しかしジェームス・ジェマーソンは写真でしか見たことがなかった。彼についての雑誌の記事も少ない。曲のコピーをするとき、まさか彼が人差し指一本で弾いてるとは思わなかった。どの教則本を読んでも指弾きといえば、2フィンガーが基本で人差し指から交互に弾きましょう、と書いてある。フレーズはモータウン系であるにもかかわらず。最もポピュラーなベーシストがワンフィンガーだというのに、なぜ世の中2フィンガー至上主義になってしまったのだろうか。 雑誌の写真ではよくわからなかったのだが、この映画でついにジェームス・ジェマーソンの弾いている姿を目撃することができた。しかし、数秒のわずかワンカット。凄まじい人差し指を想像していたのだが、思いのほか動きが静か。シンプルで小さな動きで弦をなぞるように弾いている。もちろんいろんな曲で見てみないとわからないが。依然、彼の奏法は謎に包まれている。 そんな彼らのいろんなエピソードが語られているのだが、彼らの音楽に対する熱さ、志向の高さ、そして熱い音に目頭が熱くなるのであった。
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2004年05月06日(木) ■ |
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■Organ Meeting |
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4月に目黒でセッションしたオルガニストと3人で飲んだ。話し合いの結果、正式メンバーということに。新メンバー、johncoさんである。初の女性メンバーだ。johncoさんの詳細についてはのちのち明らかにしてゆこう。 5カ月も二人で練習してきたが、だんだんバンドらしくなっていきそうだ。
ところでボーカルkishiが、 「この芋焼酎、芋の味がせん!!」 といって新しいのに取り替えてもらっていました。スライスしたレモンが風味を損ねたようです。彼はその後、5杯も飲みました。 僕はビールとサワーだけで二日酔いになりました。
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2004年05月05日(水) ■ |
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■STUDIO |
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夜、中野のスタジオで練習した。 帰ってからいろいろなCDを聞き返した。オーシャンカラーシーンのベースはやっぱりすばらしいな。脱退が残念だ。5年ぐらい前に新宿JAM前で偶然彼を見たけど、あのひとがこんなにすばらしいなんてねえ。背が低くてロッカーって感じではなく、クラブ好きなイギリス人って感じだった。
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2004年05月02日(日) ■ |
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■Funk Drums? |
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久しぶりにメン募でドラマーと会うことになった。 新宿のWIRERDというカフェで話をした。このカフェも好きな感じだ。 そう、カフェといえば最近一番良かった店は、家の近くにあるireteriというカフェだ。カフェというより喫茶店だな。ちょっと変った店で、古着や小物も売っていて、店主の女性の作品であろうアートも飾ってあったりする。そして椅子はモダンファニチャー。抹茶ミルクというのがなかなか美味しかった。 ところできょうのドラマーはファンクがお好きらしい。頼もしいではないか。僕はファンク系のCDは10枚ぐらいしか持っていないが。今度スタジオでセッションする約束をした。
夜は中野のスタジオで練習した。
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2004年05月01日(土) ■ |
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■DJ? |
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小学5年の頃同じクラスに、僕と同じで鈍いが頑固者でプライドの高いやつがいた。やつは僕と同じで女に全くモテなかった。 高校へあがると僕らは、こっそりビールや煙草をやりながら一緒にロックを聞いた。彼の部屋の窓からは全国でも有名な高校ラグビーのチームの熱い練習姿がよく見えたが、僕らはロックにしか熱くなれなかった。 二十歳を過ぎると僕はBASSを本格的に始め、彼はclubなんてものをやり始めた。 「clubって何よ?DISCOとは違うの?え、スクラッチもやらないの?ただCDかけるだけ?面白いのかそれ?」 彼は何か新しいことをやろうとしていた。その名は“MADE IN ニッポン”なんだかよくわからなかったが、下北沢の251に行ってみた。今と違って当時は夜になるとこのへんは物騒だった。 中に入ってみるとカルチャーショックを受けた。スキンズの女の子の集団やらゴシック系やら東京中のサブカルチャーをひっくり返したような勢いだった。150人ぐらいいたようだ。 文字通り日本ものしかかけない彼は、最新のロックをスピンさせた。電気グルーヴだ。 みんな狂気していた。僕も朝まで踊りつづけた。
そんな彼が近頃結婚した。そして今日は“MADE IN ニッポン”でパーティーというわけだ。ゲストで1曲まわせるということで、僕もお気に入りの日本のCDを持っていった。 AIRの“AIR”をかけた。 はじめてDJブースとやらに立ったが、なぜかライブをやるときよりも緊張している自分に驚いた。ベースを弾くのとまったく異なるこの感触はまた新たなことを学んだ気がする。
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