| 2011年03月29日(火) |
東北関東大震災 諸行無常 |
「水杯」としるした日記から10日近く経って、 言いたいことは一言一句変わっていない。
息子が命がけで背負うようにして連れてきた両親は、 今度は息子を馬車馬に仕立て、韋駄天のごとく被災地に帰ってしまった。
私の好きなやり方ではない。 でも仕方がない。
*
メロウな音楽の洪水が一段落すると、 甲子園の喧しさと、芸能人の支援活動やその他の売名行為がメディアを席巻しはじめる。
何も状況は変わっていない。 ただ、皆、もうその事実に耐えられないだけだ。 ホウレンソウや水の奪い合いをして、気を紛らわせたいのだ。
石の棺が全てを覆い隠すまで、緊急事態が解除されることはないし、 その目処はまったくといっていいほどついておらず、 東京電力やその下請け会社は、幹部から作業員に至るまで疲れ果て、判断能力が低下している。
*
戦争や災害は、人生のあり方や価値観を全て変えてしまう。
災害が戦争と異なるのは、その日が突然やって来る、ということだ。 付け加えるならば、自然災害は、誰一人発射ボタンを押さなくても、である。
日本列島というのは、思えば安定とは縁遠い島国である。 英国カンブリア地方のような、古生代の土地とは訳が違う。
プレートダイナミズムの真上にあり、地震や津波はある種の宿命である。 また毎年のように台風の通り道となり、洪水や土砂崩れも免れない。
ほとばしり、揺れ動き、うねり続け、 大量の人間や人間の暮らしが、おもちゃのように弄ばれ、完全に失われる。
それが、私たちの祖国なのだ。
*
このように、明日をも知れない私達だから、諸行無常やはかなさの精神文化を共有する。
今避難所に暮らす子ども達だって、きっと感じている。
欧米のように物事を明確にせず、淡く曖昧にしておくのは、 どこか奥深くで、「確定」できる根拠を感じられないからではないかと思う。
しかし一方で、近代国家となってから私達は、彼の国のように「いくらかは確定できるもの」を発見した。法律や資本や何かである。
最近でこそ、リーマンショックという激震がはしったが、それさえも、自然の驚異の後では、さざ波のようにみえるではないか。
かくして私達は、日本列島を「いくらかは確定できるもの」で覆いつくしてきた結果、 日本は発展し、西洋風の生活が定着し、 人々は土地の宿命を-自然への畏れを-忘れた。
新幹線はスピードを上げ、本数を増やし、 私達は明るく快適で豊富な生活を楽しみ、 電力会社はニーズに応えるよう、原子力発電所をこしらえた。
忌まわしいほど不安定な島国の上にいることを除けば、 明るい未来への道筋はついていたのである。
だから、国をあげてその忌まわしい事実を忘れ、自己欺瞞におちいった。 積み重ねてきた安心安全の技術が、その後押しをした。
*
そうして、3月11日以降の、今現在の私達がある。
このグラグラの汚染された大地と、汚染された海に囲まれた日本人は、 成れの果てという言葉が似合うほど、愚かで、哀れで、惨めでいる。
「東北関東大震災」というのは、地震で揺れた範囲を示すにすぎず、 国家全体が被災している。
絶望は絶望として認識しなければいけない。 メロウな音楽でごまかしてはいけない。
絶望は、終焉とは別である。 終焉ならば、よほど楽である。
2004年03月29日(月) 日記汗
| 2011年03月15日(火) |
東日本太平洋大地震 放射能 |
慌てるな、落ち着け、健康に被害がない、が繰り返される中で、 事態は分刻みで広範囲に深刻になってゆく。
精神がもたないから、ラジオを切って、アコーディオンのCDを聴く。
津波の注意をよびかける時はあれほど早めの警告であったのに、 原発事故に関する注意がこれほど奥歯に物が挟まった、様子見的な注意であるのは、金目がからんでいるからだ。
いや、最早そんな分析などどうでもよい。 放射能は、既に埼玉に到達し、関東一円を覆うだろう。 長野ももちろん、時間の問題だ。
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昨晩から一夜の間に、私の世界は完全に変わってしまった。 当たり前にあった楽しみや喜びや存在感は、すべて過去へと過ぎ去った。
せめて未来の子ども達だけは助かってほしいと思うが、それもどうかわからない。 Aや小さいYに、こんなことになってしまって申し訳ないと、思う。
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今日は、WEB日記での水盃になるかもしれない。
2010年03月15日(月) too much to live 〜もうたくさんだ 2009年03月15日(日) 日の丸オラトリオ 2007年03月15日(木) 水盗っ人 2006年03月15日(水) よれよれ申告 2004年03月15日(月) Mayor! Mayor!
| 2011年03月14日(月) |
東日本太平洋大地震 出勤する人々 |
朝一番で各方面に電話する。 東京では意外にビジネスが動いているので驚いた。 電話がつながると、今地下鉄で移動中、などと言われる。 よく家族と離れて都心の人口密集地に出る気になれるなあと思う。
都市機能を維持する業種が停止しないのはありがたいし素晴らしいと思うが、 この際、緊急事態にやるべき業務かそうでない業務かは、ちゃんと判断したほうがいいようにも思う。
「最悪の事故が起きた時人は何をしていたのか」という本によると、 あらゆる種類の最悪の事故において共通することは、 人はその直後には、何が起きているのか把握できていない、ということらしい。
東日本での放射能汚染の危険性は、少しも和らいでいない。 人類史上始まって以来の最悪の事態になるかもしれないというのに、 人間は日常から抜け出すことができない。何という因果か。
昨日と一昨日が週末だったのは、その意味で幸いだったのかもしれない。
2010年03月14日(日) テンとみられる小動物 2007年03月14日(水) 2006年03月14日(火) ナヌークと扶養家族 2005年03月14日(月) 札のかけかた 2004年03月14日(日) 春風とジャムの一滴
| 2011年03月13日(日) |
東日本太平洋大震災 避難生活のはじまり |
Hの故郷は福島第一原子力発電所から直線距離で40kmにある。 地震発生後48時間以内に、この山国から太平洋の実家までかけつけて、 後ろ髪を引かれる両親を説得し、再びアルプスの麓までもどってきた。
超一流の逃げ足をもつ男。 よくやったといいたい。
2007年03月13日(火) 2006年03月13日(月) 離れた場所、離れた島 2005年03月13日(日) 24時間営業・徒歩10秒の未来
あと数時間で、Hが福島から両親を連れて帰ってくる。
故郷を捨てる決意をし、放射能に追われるようにして、 息子に背負われるようにして、やってくる。
「命からがら」という言葉がこんなに身近になるとは思わなかった。 「命がけで」という言葉も、然りである。 何がなんでも親元にかけつけたいというHの気持ちを汲んでよかったと思う。
部屋を暖め、風呂をわかし、布団を敷いて、 あとは何をしてあげたらよいのだろう。
2009年03月12日(木) 日本人にとって仕事とは何か 2005年03月12日(土) 人徳ミラーサイト 2004年03月12日(金) バスクチーズ
厳しい寒のもどり。
日当たりの良い南側の土手は、少しずつであるが草花が芽を出し、 次の季節へとすすむ生命力の中にある。
かたや、北側は寒々しく、解け残った雪がカチカチに凍りつき、 冬に置き去りにされた怨恨のようになっている。
寒さとおさらばしたいこの時期、恩恵は、断然ひなたにある。 心持ちも暮らしの快適さも、日照によってくっきりと明暗が分かれる。
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しかし、それも永遠のことではない。
やがて来る夏の盛りに、日陰は生命の休息処として玉座にあがり、 「おかげさまで」の語源として君臨するのである。
2009年03月10日(火) 「!」に関する管理能力 2008年03月10日(月) Thank You 2006年03月10日(金) 2005年03月10日(木) 完熟産業 2004年03月10日(水) 聖トーマス教会受難、そして光
「一行書のよみかた」なる本。図書館でみつけた。
「やさしい茶の湯 これだけは知っておきたいシリーズ� 廚箸い� まことに安易なサブタイトルがついている。やさしい茶の湯?
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内容は、これが抜群に面白い。 芳賀幸四郎という、立派な研究者の方が解説している。
一行書とは、禅の言葉の一部を、いうなれば抜粋して書にあらわしたものだそうである。
以下、一行書についての解説を引用。 「床にかけられた一行書に接するということは、その書の筆者に時と空間を越えて接するということです。ともに一碗の茶を喫するという敬虔な思いをこめて、文字通り「拝見」するということなのです」
日本に象形文字の文化があってよかった。 老後の楽しみを前倒しして、やはり書を習わねば、と心に誓う。
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一行書には、「妙」「夢」のような一文字のものから、十字ぐらいのものまである。それぞれについて、引用された原文、禅における意味が解説されている。
そして、その多くは、中国から伝えられた文化に基づいている。
物事の捉え方、人間の生き方、そしてその表し方の多くを、 私達日本人は、もうずっと長い間、中国から学んできたということだ。
そのことに、改めて感心してしまった。
2010年03月08日(月) 職人礼賛 2005年03月08日(火)
| 2011年03月07日(月) |
誰もが気づいているが、誰もが小声で言う話 |
週末の続き。
* 発表者の色々な話を聴いていると、ひとつの傾向に気づく。
とても大切な事実に誰もが気づいているが、誰もがそれについての自分の考えを小声で言う。話のおまけのような感じで。
それは、人間はいかに生きるべきか、とでもいうようなことである。
*
大きな制度やシステムは確かに社会の物事を大きく変え、支配する。 けれども、それだけでは人間は生きていかれない。
人間社会がどうやって持続していくかを考える時には、 「それだけではない部分」について必定考えが及んでしまう。 だから、みな小声で告白するのかもしれない。
*
制度やシステムが肥大化すると、人間はイマジネーションやパッションを失う。 個として太刀打ちできないからである。 そうしてイマジネーションやパッションを失った人間の集団は、やがて力を失う。そう思う。
また、制度やシステムは、自己否定できなくなるという脆さがある。 その事例は、いくらでも挙げられる。それらの制御不能になったシステムのいくつもが、破綻や大事故という結末に至っている。
制度やシステムが高度化した社会は、人間の管理できないものやままならない出来事に対して、極めて脆弱になる。 矛盾ややりきれなさをのみこむことができず、極度の無理をしたり絶望してしまう。
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小手先のことでは、難しい。 一つひとつ、こんがらがった紐を解くようにいかなければならない。
2010年03月07日(日) 母か娘か 2007年03月07日(水) honey beeその2 2004年03月07日(日) ファイトレメディエーション馬鹿
恩師の傘寿と受勲のお祝い。
大きなホテルで仰々しくやるのがよいのかどうか疑問だったけれど、 先生の晴れがましいお姿に、これで良かったという気持ちになった。
元学生達に、講義。 還暦をとうに過ぎた人から就職3年目の若者まで、 皆ひとしく先生の「かわいい」教え子として聴講する。
考え抜かれた内容の講義であることが、わかる。 皆の前でこうして講義ができるのはこれが最後かもしれない、だからこれだけは伝えたい、という気持ちも伝わってくる。
教えを受けた者の責務として、 引き継ぐべきものを引き継がなければいけない。
そんな気持ちを新たにした日。
2010年03月05日(金) 膨張する身体 2009年03月05日(木) 黒に黒 2008年03月05日(水) 2005年03月05日(土) 世界の常識、日米の非常識 2004年03月05日(金)
お堀端でちょっとした面接をした後、持続可能性に関するシンポジウムを聴講する。
*
持続可能な、というキーワードは難しい。 自己都合解釈の余地があるからである。 たいがいの人は、「我が方が持続可能な」と思い込んでいる。 自分の会社、自分の業界、自分の資源、自分の食い扶持、である。
何かが持続可能であるためには、何かが生まれ、何かが滅びなければいけない。 「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」でなければ「ゆく川の流れは絶えずして」とはいかないのである。
その法則の前に我が身を差し出せるかどうか、というのが、 サステイナビリティの本質ではないかと、現在のところ思っている。
2009年03月04日(水) 世界で一つだけの花 2008年03月04日(火) 餃子に必要な年収は 2007年03月04日(日) 2005年03月04日(金) 大人の時間 2004年03月04日(木) 国民給餌法
単身上京する。 やや強引に一泊の予定を組んだのは、久しぶりに飲みに行くためだった。
2月は疲弊した。 Hの氷登りに週末をとられ、平日はあたらしい仕事に気力をもっていかれ、 次から次へと押し寄せる業務を前に休むことも許されず、 奴隷船の地下でオールをこぐベン・ハーみたいに暮らしていた。
そして、ベン・ハーのごとく、復活も考えた。
しがらみのない故郷の土地で、家族とかかわりのない古い友達と 好き放題に話をしたいと思う気持ちが嵩じ、周到に計画を練ったのである。
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かくして計画は実行された。夕刻からうきうきして小田急線に乗り込む。
下北沢は駅前再開発の計画があり、改札から階段を下りたところには 工事用のゲートが建っていた。 この街も今度来る時には、きっとすっかり姿を変えているのだろう。
10年目を迎えるTさんのバーの様子も少し変わったかもしれない。 顔と名前を覚えていてくれたのが、嬉しかった。
最近どう?の会話が一巡し、なんとなく間が空く。
それぞれがそれぞれに気がすんで、もう自分の持ち場にもどろうという気運になったところで解散。
最後のジュースみたいなカクテルは、非番だったTさんがカウンターに入って作ってくれた。
久しぶりに店を訪れた自分のために、 こんなふうに心を込めてくれる人がいる。 Tさんのカクテルは、しみじみ嬉しかった。
また会おう、と、あてのない別れの挨拶。 こんな時間をそうそうとることができないのは、みな承知している。
友人は家族ほど親密ではないけれど、 友人にしか暖められない心の部分みたいなものも、あるのかもしれない。
2009年03月03日(火) 更地渡しの時代に 2008年03月03日(月) 2007年03月03日(土) 2006年03月03日(金) ひとくぎり 2005年03月03日(木) 低俗の海へ 2004年03月03日(水) 寒の戻り
ぎりぎりセーフのひな祭り、である。 居間の雑物をせっせと移動し、スペースを確保。
赤い毛氈を敷いて、押入れからうやうやしく桐の箱を出してきて、 例によってもったいぶってお人形を取り出す。
Aにはもう馴染みの作業である。 小さいYは、口をポカンとあけて眺めている。
最近の作家がこしらえた、焼き物のほのぼのとした人形もあわせて飾る。
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白い花瓶に水を張って、桃の花を生けて、 雛あられと菱餅を添える。
ああよかった、なんとか今年も登場願えた。
心に余裕がない時だからこそ、 心に余裕がないとできないものにふれたい。
余裕の資金繰りに窮しながらやりとげられたのは、 子どもに無言で背中を押されたに他ならない。
子どもの欲求は、豊かさの源泉だ。
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花冷えの夕刻、小さいYを膝に乗せながら、Aの歌を聴きながら、 おだやかな顔の日本人形を眺める自分は、幸せ者だと思う。
2009年03月02日(月) 卵の作家と、大統領の壁 2006年03月02日(木) 高村光太郎の後ろ道 2005年03月02日(水) 危険4点セット 2004年03月02日(火) 保育士による景気動向指数
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