この話は、PSゲーム「東京魔人學園 外法帖」をクリア直後に思いついたものであります。よって、後に発売された御厨惣州主演CDドラマ「妖鬼譚」とは、何の繋がりもありません。くれぐれもご注意下さい!! ・・・いえね、「妖鬼譚」を通信販売予約していたものだから、29日の今日届いちゃったんですよ。30日発売のところが。詳しい内容はまだ聴いてないので分からないんですが、どーもアオリ文句を見てると、設定その他が「茂保衛門様 快刀乱麻!」にダブっちゃってるもので・・・・(滝汗)。 まあ、火付け盗賊改め中心の話を書くとなったら、どーしてもこうなる事はある程度、予想はできたことなんですが。 ・・・いいんだい☆ こーなったら誰もやらないであろう「フライング妖鬼譚」ってことにしてやるんだからっ☆ (↑ヤケ)
※祝! 榊さんCDドラマ登場確実!!!!!!!!【喜】 いやー、アニメイトでのっぺりが貰って来た機関誌に乗ってたCDドラマ情報見たら、ちゃんと坪井サンの名前が載ってるじゃああーりませんか! それもくわはらさん、石田彰さんの次の3番目! 快挙快挙v いくら何でも、犬神役で登場、ってことはないですよねえ? ・・・今回、序盤はちょびっと気色悪いです。お食事中の方は読まない方が良いかも・・・(汗)。 ************************* 茂保衛門様 快刀乱麻!(5) 「八丁堀、あんたよくあんな上役に仕えてられるな」 なんて、失礼極まりないことを言ってる《龍閃組》を牽制しておいて。 あたしは笹屋の奥へ、奥方にいざなわれて進んだ。 そのうちたどり着いたのは、どこからか漢方薬の匂いが漂って来る部屋。何故か襖の脇に、行灯が置かれているのが目に付く。 ・・・部屋の中に置かないで、どうしてここに? 歩くのに邪魔じゃないのかしら? 「主人の・・・久兵衛でございます」 奥方に言われるまでもなく、そこが笹屋の主・久兵衛が寝かされている部屋だとピンと来たあたしは、襖が開けられるのももどかしく足を踏み入れる。 「・・・・・!」 久兵衛の姿を一目見るなり、思わず体が後ずさりかけるが、そこは男としての意地と虚勢、何とか踏みとどまった。 だって・・・そこにいたのは、生きながら地獄を味わっている、黒焦げの半死人だったもの。 胸が上下しているから、生きているのはわかる。 けどその目は、開いてはいるもののうつろで、口は唇が焼け爛れて歯茎が見えてる始末。顔だけ見てると、まるで骸骨みたいになってたわ。多分喉も、まともに言葉を発する事が出来ないくらいに、ヤラれてるわね。 おまけに、洗いざらした白い布に隠された火傷だらけの肌が、わずかに蠢いているのが見えた。 ・・・蛆、よ。 まだ生きているって言うのに、産み付けた蝿は彼を死体と判断したんでしょうね。あちらこちらにぽつぽつと、蛆が湧いているのが見えたわ。 ───あたしはこの、久兵衛って男は事件帳簿でしか詳しくは知らないけど。 一体彼には、こんな目に遭わされるどんな理由が、あったというんだろう。 生きながら火に焼かれ、何とか生き長らえながらもその身は、蛆に巣食われつつあるなんて・・・これを地獄絵、と言わなくて何と例えればいいの? あたしは何とか平静を装おうとしたけど、お化粧をしているわけじゃないから顔色の悪さは、誤魔化しようがなかったんでしょうね。 「・・・ちょうど十日前の夜でございます。この部屋にいた主人が、あのような事になったのは」 奥方はそう言って、自分が部屋を出る事であたしも廊下へ戻るよう促してくれた。 これ幸いとあたしが廊下へ出るとすぐさま、だけど静かに襖が閉められる。 「助けを呼ぶ声がいたしましたので、私がこちらへ来てみれば、主人は炎に包まれておりました。慌てて火を叩き消しましたものの、その間焼かれ続けていたため、あのような・・・あのような姿に・・・」 脅えたような奥方の言葉を心の中で反芻していたら、そう言えば部屋の畳や壁の一部に、焼け焦げの後があった、ってことを思い出したわ。 にしたって、言われないと気が付かなかったなんて、正直言って失態よね。いくら虚勢を張っていても、心の動揺は押さえようがなかった、良い証拠だわ。・・・ったく、自分ながら不甲斐ないったらありゃしない。 そう言えば・・・今また思い出したけど、部屋の中にはいくつか、水が入ったタライが置かれていたわね。久兵衛の体を拭いたり、火傷した肌を冷やしてやるためにしては、1かたまりにしてなかったのは変よ、変。 まあ、そのうちこの件に関しても聞き出せるでしょうけど。 「こちらへ来た、って言いましたけど、その時あなたは別室にいたと言う事なのですね?」 「さようでございます」 「・・・夜なのに?」 仮にも夫婦ともなれば、その・・・ちょっと下世話な言い方だけど『夜の営み』とやらがあるんじゃないかしら? それともこの2人、そっちの方はとっくに枯れてたってこと? 何となくその辺りを匂わせて再度尋ねたら、奥方は恥ずかしいような、それでいてどこか寂しそうな表情を、頬の辺りに浮かべた。 「いえ、その・・・このところ久兵衛は夜、ひどくうなされていまして。その姿が我ながら情けないと、誰にも・・・妻であろうとも見られたくないと言いますので、私は別の部屋で休むようにしておりました」 情けない、ね。 同じ男として、その気持ちは分からなくないけどこの場合、眠る時彼が奥方を遠ざけた理由を、言葉通りに解釈しちゃうのは危険だわ。 「それで当然、すぐにお医者を呼んだのですね?」 久兵衛の部屋のとなりで、奥方は質問に答えながらお茶を出してくれたけど、あたしは飲まなかった。喉は渇いてたものの、ゆっくりしてる暇はないですからね。差し出された座布団には、ありがたく腰を落とさせてもらったけど。 「はい、夜のうちに。先生には悪いとは思ったのですが。・・・先生の見立てでは、体の大多数が焼けてしまっている。喉笛もやられていて、話す事も出来ぬだろう。持ち直すかどうかは五分五分だ、と」 あたしだったら、久兵衛のあの様子じゃ先は長くない、と見るけどね。ま、馬鹿正直に言って、ただでさえ憔悴しきってる奥方を絶望させる事はないか。 「火は・・・まあお屋敷自体は燃えていないから、即座に消しとめられたのね?」 「は、はい」 「その火は失火だったの? 久兵衛が自分で自分に火を付けた、と言う事はないの?」 出鼻をくじかれてたけど、こうやって話してるうちにだんだん、火附盗賊改としての調子が出てきたわ。あたしの口調、何となくキツ目になってきてるものね。 けど、奥方の方もそれは同じだったみたい。火附盗賊改に詰問されているにもかかわらず、さっきまでの脅えようとは打って変わって気丈に反論した。 「滅相もない! 部屋には行灯はございましたが、久兵衛はいつも眠る時は自分で消してしまって、念のため残った灯油も持って行け、と言うくらいに火元には気を付けておりました。今でも・・・夜部屋に明かりを点そうとしますと、怖がって嫌がるぐらいですから」 久兵衛の部屋の中ではなく、廊下へ置かれてあった行灯をふと、思い出す。なるほど、アレはそういう意味だったのね。 「じゃあ失火はおろか、自分で火を付けようにも、部屋には火の気はなかったはず、と?」 「はい。火を消した後部屋を片づけましたが、火事の原因になりそうなものは何も・・・」 「ふむ・・・久兵衛殿は随分、火の元に神経質になってたみたいだけど、前からなの?」 「・・・いえ、そのようなことは。ですがそう言われれば・・・あの、一月前の、久兵衛がそちら(火附盗賊改方役宅)へ呼ばれてからのような覚えが」 「おろくの火事のことね? それでその他に、久兵衛殿が以前と様子が変わってしまったことはなかったの?」 「そう、でございますね・・・いつも持ち歩いていた巾着を、なくしたと言っておりました。銭をそれなりに入れていて、掏られたと言う話ですが」 「それも役宅へ呼ばれた後なの?」 「はい・・・あ、いえ、確か小津屋へ、借金返済日を延ばしてもらえるよう出かけた後ではないかと。でも、あの巾着はもう諦めた、金なんかどうでもいい、そう言って、新しい巾着も作りたがらなくて・・・」 ───岸井屋の又之助の時と同じだわ。 彼も様子がおかしくなったのは、役宅へ呼ばれた後だって話だし。いえ、ひょっとしたら正確には、おろくの火事の後から、と言う可能性だって考えられる。 火事の原因になりそうなものを、何も持ち合せていなかった事といい、絶対久兵衛と又之助は、何らかの関連があったのよ。 《龍閃組》の言うところの『炎の鬼』がこの2人を襲ったのは、決して無差別的なものじゃない。何らかの共通点と理由が、あったに違いないわ。 「・・・それであなた、久兵衛がこのような目に遭った事を火附盗賊改か、奉行所に申し出ようとは思わなかったわけですか?」 話がいよいよ核心に迫りつつあり、つい荒っぽい口調になりそうなのを懸命に宥めながら、静かにあたしは尋ねた。 すると、奥方はこちらからは視線を逸らし、再び脅えたような顔つきになる。 「あの・・・本当に、岸井屋の又之助さんは亡くなられたのでございますか?」 ・・・変な事を聞いてくるわね。 だけどまあ、彼女相手に隠すほどのものじゃないし。 「ええ。あたしがこの目で、死んだのを見届けましたよ」 「そう、ですか・・・」 呟いた奥方は、痛ましそうにしながらもどこか、ホッとしたように肩から力を抜いている。 ───そう言えば、彼女はどういうわけだか岸井屋の又之助のことを、知っているみたいだったわね。何で彼に脅えてるのかしら? あたしが思案に暮れていると、奥方は何度も・・・本当に何度も躊躇ったあとで、こう告白したのだ。 「私は、申し出ようと思ったんでございます。夫があのような目に遭い、しかも原因が分からないのでは、不安で仕方なくて。それに・・・先ほども言いましたが、久兵衛はああなる前に悲鳴をあげていて・・・『やめろ、悪かった、殺さないでくれ』と、誰かに許しを請うような言葉でしたから・・・その、久兵衛が助かった以上、また同じような事が起きるのではないか、と思っていましたもので・・・」 誰かに許しを? ・・・これって新証言よね。でもこんな言葉を聞いていたんじゃ、確かに奥方もアレが失火や自殺とは、思わないでしょうよ。 それと、さっきの久兵衛の部屋に点在していた水入りのタライの意味が、これでやっと分かったわよ。万が一再び炎の鬼に襲われそうになったら、あの水で対抗しようってハラなのね、奥方は。効き目があるかは、甚だ疑問だけど。 あたしがあれこれと推理している間も、奥方の話は続く。 「だから商売敵か何かに呪われたのでは、そう思いまして。せめて奉行所には届けようと思っておりましたら、次の日の朝早く、岸井屋の又之助さんが訪ねて来られて・・・」 「ちょ、ちょっと待って!」 あたしは慌てて、奥方の言葉を遮る。 「・・・あなた久兵衛殿は夜に、それも京橋のこの家で襲われた、って言ってなかった? なのにどうして浅草の又之助が、訪ねてきたりするわけ!? 近所と言うならともかくも」 「それが・・・又之助さんは度々、こちらへ足を運ばれるようになっていたのでございます。あのおろくさんの火事を縁に折角知り合えたのだから、とおっしゃって。主人が大火傷を負った次の日も訪ねて来られるはずでしたから、夜が明けてから使いをやりました。本日主人は会う事が出来ない───そう言(こと)づてて」 「そしたら慌てて駆けつけてきたのね?」 「さようでございます」 岸井屋の怪しい挙動、更に露見、ってところかしら。 「・・・それで? その様子だと又之助はあなたに、久兵衛殿とどうして会えないのか、と詰め寄ったんじゃないんですか?」 聞きながらも、あたしには何となく見当がつき始めている。又之助が次にとった、愚かな選択の行方が。 果たして、久兵衛の女房は脅えながらも頷いたのだ。 「は、はい、さようでございます。私は見たままをお話しして、これから奉行所へ届け出るつもりなのだ、と言ったのですが・・・。 『そんなことをしてどうなる! 呪い殺されかけたのだと言ったところで、奉行所が信じるわけがない。下手をすれば火付の罪で、久兵衛もあなたも死罪になるのがオチ。幸い奉行所も火附盗賊改も気づいていないようだから、このまま黙っている方がいい。儂も知らぬフリをしておいてやるから』 そう言われて・・・わ、私は死罪と聞いて恐ろしくて、又之助さんの指示通りにしようとっ・・・」 「あの馬鹿・・・っ!!」 はしたなくもあたしは思わず、死んだ又之助を罵倒せずにはいられなかった。 又之助は自分で自分の首を絞めたのだ───そう、直感したから。 どんな事情があったかは知らないけど、又之助は久兵衛が炎の鬼とやらに襲われたことを隠そうとした。もしその時に知らせていてくれたら、まだ何らかの手だてを打てたかも知れないと言うのに。 その挙げ句に、又之助自身も炎の鬼に襲撃され、ついには殺されてしまっただなんて! こういう自分本意な人間って、一番始末におえないのよ。久兵衛がこんな状態になった以上、手がかりはあの男だけだったって言うのに。死人に口なし、って良く言ったものだわっ。せめてあと何人が狙われているのか、それとももう誰も狙われていないのかぐらい、言い残して行ったらどうなのさっ! ───だけど、冷静なもう1人のあたしは、耳元でこうも告げていた。つまり又之助も久兵衛も、命を狙われていた事すら黙っていなければならないほど危険なヤマに、首を突っ込んでいたんだ、って。 多分それは、事が明らかになれば死罪間違いなし、の大それたことだわ。そして又之助の方は半ば開き直っていたけど、久兵衛はある種の罪悪感にさいなまれていた。それこそ、夢でうなされるくらいに。だけど奥方に寝言を聞かれる事で、自分のしでかした事が露呈するのにも神経を尖らせていた、としたら、彼らの挙動不審の理由にも筋は通るわよね。 火事の時に泥棒でも働いたのかしら。でも、少なくとも又之助の方は金回りが良くなったとは聞いてないし。岡場所には入れ揚げていたみたいだけど。 混乱寸前の神経を宥めつつ、あたしはすっかり縮み上がっている笹屋の女房に話し掛ける。 「・・・大丈夫ですよ。死罪になんて、おそらくなりはしないでしょう。少なくともあなたはね。だからこの際、ちゃんと私たち火附盗賊改に協力いたしなさいな。きっと、悪いようにはいたしませんよ」 久兵衛の方はあるいは、死罪を言い渡されるかも知れないけど───とのあたしの心中は、もちろん口には出さない。 思ったとおり、女房は心底安堵した表情になる。そこに付け入るように、あたしは質問を続ける事にした。 「ところで、又之助がよくこちらへ来ていたと言う事ですけど、久兵衛殿の方は岸井屋へ出向いたりは、しなかったのですか?」 「いえ・・・そう言えばいつも、又之助さんばかり押しかけていたような気がいたします。それこそ毎日のように。もっとも主人があのようになってからは、黙っていろと言った日以来、来られていませんけど」 「元気な頃の久兵衛殿は彼を、歓迎してましたか?」 「・・・どちらかと言うと迷惑そうな、怖がっていたような風でしたか。でも押し切られている感じで、いつも渋々応じておりました」 ふむ。どうやら主導権を握っていたのは、やはり又之助の方らしいわね。そして久兵衛は従わざるをえない立場だった、と。 多分久兵衛は、又之助に絶えず見張られていたのよ。彼は又之助に比べて気弱だったみたいだし、良心にかられて火付盗賊改なり奉行所なりに駆け込まれてはコトだ、ってことで。 「他に、火事の後で親しくなった人間はいなかったのですか? 久兵衛殿もですが、又之助の方にも」 「存じておりませんが・・・又之助さんのように、言い方は悪いですが強引なぐらいによしみを結ぼうとした方は、いらっしゃらなかったと思います」 うーん、それじゃあ、2人を襲った炎の鬼にまだ狙われている人間がいるかいないか、判断に迷うわね。 それにしても・・・奥方の話だと、久兵衛が襲われたのがちょうど十日前。だけど次の又之助が殺されるまでには、九日も間が空いてる。これってどういう事なのかしら。 久兵衛で失敗したから念には念を入れて、又之助殺害の時には時間をかけたのかもしれないけど、普通こういうことって日をおかずに一気に実行するものなのよ。少なくとも、あたしたちが普段相手にしていた盗賊たちはそうだわ。その方が狙う相手に警戒をさせる時間も、対抗する準備期間も与えずに済むから。 ・・・あるいは久兵衛の時みたいに、あたしたちが知らないだけで他にも被害者がいた、ってことなの? 毎日1人ずつ殺めて行って、久兵衛から数えて又之助で9人目、とか。けど、連続殺人ならいくら何でも、噂にぐらい昇っていても不思議じゃないはずよねえ。 こうなると、おろくの火事で火傷を負った連中に聞き込みをしてる、与助の報告を待った方が良いかも。何かめぼしい情報でも、手に入れてるかもしれないし。 それに、小津屋から火が出る前に又之助と久兵衛に会ったって言う、例の行商の油売りにも話を聞きたいわね。そっちの方も、与助に任せようかしら。 そう判断したあたしは、ゆっくりと立ち上がって笹屋をおいとまする事にした。 「それじゃお邪魔様。もし何かあったら、また知らせて頂戴な。それと今あたしに話したことは、誰にも口外しないこと。その方があなたのためでもありますから。・・・よろしいですね? 笹屋さん」 「あ、あの・・・」 笹屋の女房は脅えながら、縋るような目であたしを見上げてくる。まあ、彼女が不安であることには変わりはないからねえ・・・。 仕方がないから、あたしは振り向きざま情けをかけてあげることにする。 「・・・安心なさいな。あたしの手のものに、ここを見張らせることにします。いざと言う時に炎の鬼とやらに対抗できるように、密かに、ね」 『密かに』、そう付け加えたのは、町の皆には気づかれないようにしてあげる、と暗に言っているのであり。 それはひいては、奥方が今回の件を黙っていたことを不問に付すことをも、意味してるのよ。分かる? 「あ・・・ありがとうございます・・・・・!」 察しがいい彼女は、畳の間にこすり付けるようにしてあたしに頭を下げるのだった。 ****************** しかし・・・。 笹屋の廊下を、玄関目指してゆっくり歩きながら、あたしは頭が痛かった。 いえね、別に久兵衛や又之助のことじゃないの。玄関で御厨さんの足止めを食らった《龍閃組》が、ちゃんと納得していてくれるか、ってことをね・・・。 彼らと少しは仲が良い御厨さんに任せたから、一発即発って状態じゃあないでしょうよ。ただあたし、彼らのことを素人呼ばわりしちゃったからなあ。馬鹿にされたと思った蓬莱寺辺りに、敵愾心むき出しでやいのやいのと怒鳴り付けられると思うと、ドッと疲れを感じちゃうのよねえ。 ───断っておくけど、あたしは別に彼らに好かれようだなんて考えてない。火附盗賊改なんて言うものは、皆に恐れられる存在であるべきだから。それが奉行所とは違うところなの。そうすることで、犯罪を抑制することもできるし。 それに、馴れ合いの延長上で依存し合ってては、良い関係になれると思わないわ。今みたいに喧々囂々と、言いたいことを言い合える方が、広い意味で言えば建設的じゃない。(上役《あたし》と部下《御厨さんや与助》がそうだって言う意味じゃないわよ、火附盗賊改と《龍閃組》の関係を言ってるの) だから、これが今じゃないんなら蓬莱寺が噛み付くことぐらい聞き流してやるんだけど・・・なまじこのところ食欲がない上に、さっきの久兵衛の姿見た衝撃で体力、使い切っちゃったのよ。役宅に帰るまで、気力もつかしら? それでも、絶対弱みは見せるもんですか! なーんて気合を入れ直して玄関に戻ってきたんだけど・・・。 「あ、榊さん帰って来たよ」 ───桜井小鈴の言葉に、一斉にこちらを振り返った《龍閃組》の様子が、何だかおかしいことにあたしは気づいたのだった。 《続》 *********************** ※今回、ほとんど榊さんの独壇場ですね・・・もっと話を進めるつもりでいたんだけどなあ。まあ最初と最後に《龍閃組》が出せただけでも良し、としておかねば。
ものすごーく沢山の文章を書くため、今までのレイアウトではかなり見づらいと思われますので、変更いたします。ご了承下さいませ。 1ページ辺りに表示する日数の方も、少なめに設定いたしました。これで少しは見やすくなるかなあ?
※文中で出てきた「その髪型・・・町奉行ではなくて、火附盗賊改ですね?」について。 歴史ものに詳しい人は知っていると思いますが、実は町奉行所と火付盗賊改は服装は似たようなもので、髪型が違っていたのだそうです。町奉行所の与力と同心は、いわゆる「八丁堀風」の髪形をしていたのだとか。(ちゃんちゃん☆ も最近知った事実だったりする☆) でも「涼浬ちゃん、第拾弐話で榊さんたちが龍泉寺に駆けつけた時にでも、彼らと顔を合わせていなかったのかい?」というツッコミはお許し下さいませ。仮にも本家本元の公儀隠密の彼女が、あんな敵と闘うことになってはあまりに酷と、主人公がわざと戦闘から外していたのだ、とでも思ってください。うっ・・・ものすごく苦しいイイワケ・・・☆
※外法帖CDドラマ発売まで、いよいよ残り10日切りましたね。火附盗賊改が中心の話、とのことですが、どんな物語になるのでありましょうか? 多分榊さんではなく、御厨さんがメインなんだろうなあ。複雑な気分・・・御厨さんも好きなキャラなだけに。ま、それが分かっているからこそ、こちらは榊さんメインで好き勝手なSS、書く事が出来るんですけどね(苦笑)。 で、こっちのSSではやっと《龍閃組》の登場であります。主人公は話がややこしくなるため登場しませんが、メインの4人組ともう1人、ちゃんちゃん☆ も当初は思いもしなかった女性が出てくれます。事件の性質上、彼女以上の適任はいないんですけどね、考えてみれば(汗)。でわっ! *********************** 茂保衛門様 快刀乱麻!(4)外法帖 身支度を整えたあたしは、御厨さんと一緒に京橋へと足を運ぶ事にした。さっき与助に言った、木綿問屋の笹屋って店へ行くためにね。どう考えてもこの事件、笹屋も無関係とはとても思えなかったから。 え? だからどうして笹屋が、岸井屋の主・焼死に関連あるのか、ですって? ・・・そう言えばまだ、説明してなかったわね。じゃあ、簡単で良かったら教えておいてあげるわ。 ********************* 1月前のおろくの付け火、のことなんだけど、あたし言ったわよね。 「この小津屋って商人は店を大きくするためにって、裏では結構あくどい事をしてたって有名だった。主を怨んでたり、殺したいと思ってた人間は山ほどいた」って。 ・・・まあ先に結論を言っちゃえば、その容疑者たちの中に岸井屋の主・又之助と、今訪ねようとしている笹屋の主・久兵衛(くへい)がいた───ただ、それだけのことなの。 ただ彼ら2人は当初あたしたちの間では、他の容疑者とは別格に扱われてた。何故かって? こともあろうに2人とも、火事が起きた時刻前にたまたま小津屋へ訪れてて、顔を合わせてたからよ。 何でも彼らは揃って、店はそこそこに繁盛させてはいるものの、小津屋に相当な借金があったって話。その返済日が間近に迫り、どうもまだ返す事が出来る目星がつかないからと事件当日、返済を待ってもらおうと別々に頼みに来たんだけど、けんもほろろに突っぱねられたらしいわ。 「金を返さない人間は、うちの敷居をまたぐ資格などないわ!」って。 おまけにその時、玄関口で小津屋の主が、 「今度会う時は、そちらの店の看板を戴きに参上する時だろうなあ」 ・・・なんて、よせばいいのにわざわざ怨みを売りつけるような嘲笑混じりの言葉を浴びせ掛けたのを、近所の人間が何人も目撃している。 火の気が上がったのは、その直後の事だった───。 ───こうなると動機の点からも、岸井屋と笹屋を疑わない方が不自然よね。火事で証文が焼けてしまえば、小津屋の借金は返さずに済むんだもの。当然、店の看板を取られる心配もないし、殺してやりたいって怨みもかなりあるはずだし、ってことで。 おまけに2人とも、玄関口で追い出されたその後で、何故か店の裏口から出て来たのも目撃されてたのよね。裏口から入るところはあいにく、見られてなかったらしいけど。 で、泣く子も黙る火附盗賊改方役宅へ呼ばれた2人は───どちらかと言うと多弁だったのは、今回死んだ岸井屋の方だったけど───揃って主張したの。 「確かに自分たちは追い出された後、小津屋にとって返した。だけどそれは再度返済日の延長を申し入れるためで、裏口から入ったせいか結局会えなくて、諦めて戻って来た」ってね。 でもさあ・・・「結局会えなくて」って話が、どこまで信じられると思う? 本当は小津屋の主とばったり出会って、前以上に罵られた挙げ句にカッ! となって火を付けた、ってこともありうるわけじゃない。それを隠したくて「会えなかった」って口走っちゃったとしても、人間の心理としてはよくあることよね。 こうなったら、2人を拷問して白状させるしかない、って担当者が考えてたら、又之助が思い出したようにこう、言ったらしいの。 「そう言えば裏口から引き返してきた時、油売りの行商に会いました。赤い、子供の手作りみたいな不器用な繕いのお守り袋を下げている男でしたが、彼に聞いて下されば分かります。私どもが出て来た時はまだ、小津屋は火など付いていなかったはずだということを」 ってね。 ・・・もっとも、そうなる前におろくが火付を白状したから、本格的な取り調べは行なわなかったらしいけど。 笹屋も岸井屋も、さぞや胸をなで下ろしたでしょうよ。おろくが罪状を認めるのがもう少し遅かったら、「白状しない限り生きて出られない」と噂の拷問を、受ける羽目になったんだから。 もっとも、それから1月もたたないうちに原因不明の焼死をとげるとは、思いもよらなかったでしょうけど・・・。 ───分かったでしょ? 笹屋の主が、岸井屋の主の死に関連があるかもしれないって理由が、さ。 さすがに笹屋が殺した、とまでは言わないわよ。だけど、岸井屋が今回あんな目に遭った理由について、心当たりくらいあってもおかしくない、って思わない? 何せ2人には共通点があるんだもの。借金で店を取られそうになっていて小津屋を怨んでいた事、小津屋から火が出る直前に「揃って」店を後にしている事、とりあえず火傷は負わずに済んだ事───なんて、一見重箱の隅を突っつくみたいなものではあるけれど。 万が一にも、岸井屋と同じような怨みとか買っていたとしたら・・・今度狙われるのは笹屋の方、ってことになり兼ねないわ。そしてその恨みを晴らす場所が人けのない屋外じゃ無く、燃えるものがいっぱいある家の中だったとしたら・・・! 罪もない町人達が、また巻き込まれて犠牲になったんじゃ、たまったものじゃないわよ。 ********************* 「・・・何だか平和よね。この間龍泉寺で、あんな物騒な事があった後とは思えないくらいに」 あたしはゆっくりと歩きながら、一歩下がってついて来る御厨さんにそう話し掛ける。 良い天気だわ〜。空がどこまでも青いこと。仕事がなかったら、のんびりと散歩でもしたい気分よ。 「そうですね。最近は大宇宙党も、鬼道衆とやらも目立った動きは見せていませんし」 そう頷きながらも、御厨さんの顔色は冴えない。 ・・・ま、そうでしょうね。いわゆる嵐の前の静けさなんじゃないかって、あたしだって思っちゃうもの。あの胡散臭い黒蠅翁なんて奴が、思わせぶりな言葉を残して消えたりしなかったら、あたしだってもう少しは楽天的な考え、出来たと思うんだけど。 あたしたちの複雑な思いとは裏腹に、町人たちは今日も元気に動き回ってる。 今もちょうど目の前を、天秤棒を担いだ魚の行商人が通り過ぎて行ったわ。 その姿を何となく見送っていたあたしだけど、ふと思い出す事があって御厨さんに聞いてみることにした。 「・・・ねえ、御厨さん。そう言えば結局、岸井屋たちが言っていた油売りには話、聞く事が出来たんだったかしら? 記録には残ってなかったみたいだけど」 「それなんですが・・・」 荷物を積んだ荷車をよけながら、律義な御厨さんは渋い顔で応えてくれる。 「あの火事の後、その油売りは浅草に姿を見せなくなったそうなんです。確かに火事の前までは、よく灯油を売りに来ていたみたいなのですが」 ちらちらと周囲をうかがいながら、人が近寄ってこないのを見計らって御厨さんは話を続けた。 「・・・聞くところによると、その油売りは小津屋の近所の長屋の連中に、灯油用の魚油を売りに来てたと言う話です。馴染み客が多いと言う事で、毎日のようにあの近辺に売りに来てたとも聞いています。もちろん、火事当日も」 「なのに、今はぱったりと来なくなった・・・?」 「ええ。・・・もっともその油売りは、小津屋から火が出た時に結構近くにいたそうで、真っ先に油を抱えて逃げたらしいですが」 「ま、それが賢明でしょうね」 だって売ってた油に火が付いたら、油売りが焼死するくらいじゃ済まないわ。火事の被害がもっと拡大した可能性もありうるし。 「多分、その時の恐怖のせいで、油売りを再開できずにいるんじゃないか、というのが近所の者のもっぱらの噂で。現に、あれから家で寝込んでいるらしいですから」 「根性ないわねえ、その油売りも・・・馴染み客取られても、知らないから」 どうせだからその行商人に、岸井屋たちの火事前の様子とか聞いておきたかったんだけど。小津屋とは関係ない別の事件が、あったかもしれないし。 でも───寝込んでいるって言うんじゃ、そうもいかないわね。今回は諦めましょ。 *********************** そうこうするうちに、あたしたちはやっと目的地の京橋・木綿問屋の笹屋へ辿りついたわ。 「?」 ───だけど到着早々、何だか不穏な空気を感じたのよねえ。だって評判によるとここの店、小津屋に取られそうになるくらいには繁盛してる、って話じゃない。 なのに今、店先には誰もいないのよ。繁盛してるって言うんなら、御用聞きの1人くらい、配置しておくもんじゃない? おまけに玄関先に無造作に脱がれている草鞋、全然揃えてないと来てる。これじゃ見た目にも悪いわ。 この店、本当に繁盛しているんでしょうね? 何だか想像していたのとは違って、荒んでいるような気がするんだけど。 「・・・声をかけてみますか?」 「そうね。まさか黙って上がるわけにも行かないでしょう」 御厨さんがあたしに伺いを立ててから、奥へ向かって声を発しようとしたまさに、その時。 「お帰り下さい! 帰って!!」 せっぱ詰まった女の声で、御厨さんてば思い切り出鼻をくじかれちゃったわ。あらら〜、可哀想☆ でも・・・変ね。声はすれども姿は見えず。少なくともここからじゃ、声の主の姿は伺えないわ。つまり家の奥からも、あたしたちは見えないはず。 なのにどうして向こうは、あたしたちが来た事を知ったのかしら? 「ちょっと待てよ。どうしてそんなに目くじら立てるんだよ?」 「おちつけ蓬莱寺。そう喧嘩腰になる事もないだろう」 ・・・え? 今の男たちの声、さっきの女の声と違って聞き覚えがあるわよ。ひょっとして「帰って」って、こいつらに対して言ったってこと? でも、何で・・・。 「ねえ、怖がってないでボクたちに任せてよ。炎の鬼なんて、きっとやっつけてあげるからさ」 「そ、そんなもの知りません。ウチの人が火傷をしたのは、単なる事故です! さっさと帰って下さいな!」 「お願いですから聞いて下さい。もし本当に笹屋さんに火傷を負わせたのが炎の鬼なら、また狙われる危険が・・・」 「違うと言ってるでしょう!?」 随分感情的な声に急き立てられるようにして、玄関先に姿を現したのは5人の男女。 ああ・・・やっぱり、声に聞き覚えがあると思ったら───運の悪い事に、あたしたちには彼らとは面識があったりするのよね・・・☆ そして向こうも、よもやあたしたちがいるとは思いもよらなかったらしく、ギョッと目を剥いてたわ。 「げえっ!? 御厨(はっちょうぼり)はともかく、何でホ・・・」 「茂保衛門よ、もほえもんっ! 何度言ったら覚えるのっ!!」 「御厨殿・・・榊殿まで、どうしてここに・・・」 「お前たちこそ、どうしてここへ来ているんだ?」 あたしの名前を間違って覚えてる、失礼千万な風来坊の剣士は、確か蓬莱寺京梧。そして一応は礼儀を知ってる風の、図体が妙にデカい僧侶の方は、醍醐雄慶・・・だったわよね? で、さっきからここの家の女───きっと笹屋の女房ね───に食い下がってる女2人も当然、あたしたちとは顔見知り。 髪が短くて女らしくない言葉づかいの方が、弓道道場の娘・桜井小鈴。そして髪が長くて、(くやしいけど)清楚な美人の方は確か・・・医者の手伝いをしてるって言う、美里藍・・・よね? 薬の入っていそうな包みを持っているから、きっと治療か何かのためにここを訪れていた、ってところかしら。 ───実は彼らこそが、与助の言う《龍閃組》。何とも騒々しい公儀隠密なのよ。あたしもつい最近まで、彼らの正体は知らなかったんだけどさ。龍泉寺なんて怪しげなところを根城にしてる、いかがわしい連中としか思ってなかったから。 しかしまさか、こういうところで鉢合わせしちゃうなんて、ね。 ・・・って、あら? よく見ると、1人知らない女がいるじゃない。 蓬莱寺たちと一緒にいるって事は、やっぱり彼女も《龍閃組》なんでしょうけど・・・何だかやけに、存在感薄いわね。 桜井に負けず劣らず髪が短くて、露出度が高い着物を身に付けてる彼女は、美人なのに何だか冷たい感じの、人間味を感じさせない印象を受けた。 その目が不意にこちらへと向けられ───ひた、と固定される。 「あなたがたのその髪型・・・町奉行ではなくて、火附盗賊改ですね? こちらにはどのような用向きで来られたのです?」 ・・・ちょっと待ちなさいよ。 初めて会ったって言うのに、開口一番、名乗りもしないでいきなり詰問!? どういう態度よ、それ! それに、聞いてるのはあたしたちの方なの。何で逆に聞かれなきゃいけないのよ! 「あんたたちに教える義務はないわ。特に、自分から名乗りもしない女に対しては、ね・・・」 与力の貫禄を見せ付けてやったのに、女は全然ひるむ気配を見せない。・・・どころか、思い切り睨んで来るなんて、ホントいい根性してるわね。 何者なのかしら、一体。 「ちょ、ちょっと待ってよ涼浬サン、火附盗賊改がそう簡単に、自分たちの仕事の内容を教えられるはず、ないじゃないかあ」 険悪な雰囲気を察したんでしょうね、慌てて桜井があたしたちの間に割って入って来たわ。 ・・・ふん、ただ元気が取り柄のおてんば娘かと思ってたけど、結構気遣いできるじゃない。少しだけ、見直してあげる。 もっとも『涼浬』の方は今一つ納得してなかったみたいだけど、蓬莱寺が目で叱り付けるようにし、桜井には泣き付かれるような格好になったせいか、渋々・・・本当に渋々って感じで、自己紹介をしたわ。 「・・・失礼いたしました。私は王子で骨董品店を営んでおります、涼浬と申します。以後、お見知りおきを」 言葉だけ聞いてると、それなりに丁寧なんだけど・・・いかんせん、目が全然笑ってないのよ、この女。 それに、こんな不愛想な女が骨董品店の主ですって? ちゃんとやっていけてるのかしら。まあ、こいつの店が潰れようとあたしの知ったこっちゃないけどさ。 「俺は火附盗賊改方同心、御厨惣州と言う。そしてこちらは俺の上役で与力の、榊茂保衛門さんだ」 あたしがむっつりと黙っているので、代わりに御厨さんが涼浬とやらに紹介してくれたわ。気が利くわよねえ、ホントいい部下を持ったわv ところが、御厨さんの言葉に息を呑んだ人物が、ここにはいた。 他ならぬ、笹屋の女房よ。まあ、当然って言えば当然よね。町奉行所ならともかくも、あたしたち火附盗賊改が出張ってくるなんて、めったにないことですもの。一体何の用だ、って身構えてるんでしょうよ。 ・・・そう、思ったんだけどね・・・。 「ひ、火附盗賊改・・・・!?」 ───その声には、予想以上の脅えの色があった。そう、隠している事を嗅ぎ付けられた、って言う者独特の、恐怖の表情が。 そう言えばさっき、桜井と美里が彼女に対して、変な事言ってなかったかしら? 『炎の鬼なんて、きっとやっつけてあげるから』 『笹屋さんに火傷を負わせたのが炎の鬼なら、また狙われる危険が・・・』 ───まさか・・・!? 「笹屋とやら」 御厨さんが動く前に、あたしは笹屋の女房に詰め寄ってきつく言い放つ。 「・・・よもやあなた、失火があった事実を隠しているのではないでしょうね?」 その途端。 彼女の顔からは、血という血が一気に失せてしまったかのように見えた。 「い、いえ、そのような・・・」 「ですけど、さきほど気になる事を聞きましたよ。ウチの人が火傷をした、と」 「そ、それは・・・」 「実は私たちは、その久兵衛殿に会いに来たのですよ。もちろん仕事で。もしあなたに後ろ暗い事がないのなら・・・会わせてもらえますよね?」 「・・・・・」 青褪め、ガタガタとふるえ出した女房だけに聞こえるように、あたしは小声で言ってやったわ。(唇の動きで内容を≪龍閃組≫に読まれないよう、念のため口元は手で隠してね) 「・・・岸井屋の又之助もね、炎の鬼に殺されたんですよ。あたしの目の前で」 「ひぃっ!?」 効果は想像以上だったわ。笹屋の女房は半ば、腰を抜かしてしまったもの。 浅草と京橋で少し離れていることもあって、商売柄名前はお互いに知ってはいたものの、岸井屋・又之介と笹屋・久兵衛が会ったのは火事の日が初めてだ、と聞いてたわ。でも・・・。 この様子だと十中八九、彼女「も」又之助のことを知ってるわっ! ───何があったのか分からない、って様子の《龍閃組》を尻目に、あたしは普通の声に戻って話を続ける事にした。 「もし久兵衛殿が火傷を負った理由が、失火ではない別の理由があると言うのなら、ことと次第によっては死罪にならなくて済むと思うのですけどね。・・・とにもかくにも、話は奥で伺うといたしますか。会わせてもらいますよ、久兵衛殿に」 まるで魂をどこかへ持ってかれてしまったような表情の女房は、あたしの言葉にふらり、と立ち上がった。そして、ゆっくりと家の奥へと歩いて行く。 ついて来て下さい、ってことなんでしょうね、きっと。 あたしは草鞋を脱いで玄関に上がると、硬い表情の御厨さんへ肩越しに申し渡した。 「御厨さん、悪いですけれどそこで、彼らを見張っていて下さいな。・・・素人に火附盗賊改のお仕事に割り込んでこられては、正直言って迷惑ですからね」 「迷惑」と口にした時、心の中では「危険」とも言い添える。 いざって時に将軍さまの手足となって働いてもらわなくちゃならない彼らに、こんな小規模な事件で身辺を煩わせるわけにはいかないわ。万が一にも怪我でもされたらコトだもの。 ───そんなあたしの気持ちが分かってくれたんでしょうね。御厨さんは珍しく眉をひそめることはなく、指示に従うべく実に気持ちのいい返事をしてくれた。 「分かりました、榊さん」 「な・・・何だとっ! 俺たちをしろ・・・」 「だから少しは落ち着かんか、蓬莱寺」 素人呼ばわりされ、今にも食って掛かってきそうな蓬莱寺だったけど、背後から醍醐に羽交い締めにされ、御厨さんにも止められてしまう。 とりあえず女性陣は、追ってくる様子はない。 それを確かめてから、あたしはゆっくりと、笹屋の女房の後に続いて店の奥へと入って行くのだった・・・。 《続く》
※続きです・・・長くなったからマズいな、とは思ってたんですが、エラー起こすとは☆ とりあえず、どうぞ。 ********************** 「浅はかな女よね」 事件の帳面を読み終わって、あたしはすっぱり言い切った。 「・・・手厳しいですね、榊さんは」 ま、お優しい御厨さんがこう応えるのは、何となく予想がついてたけど、そのまま持論を続けるあたし。 「でもだって、そうでしょう? 確かに今までの怨みがあるからって、すぐに感情的になって火を付けちゃうなんてさ。それで火あぶりになんてなったら、それこそ病弱な弟とやらがのたれ死んじゃうのは、目に見えるじゃない。 ここは自分のためにも、弟のためにも、新しい仕事でも見つけて頑張ろう、って気持ちにだけでもなってたら、結果は少しは違ったと思いますけどね」 「・・・・・」 「ま、人の思いはそれぞれか」 あたしはそう言って、話を打ち切った。御厨さんの反論は、あえて聞こうとも思わないわ。 「しかし、あの事件の関係者が死んだとなると・・・犯人はおろくっすかねえ?」 今まで黙って帳面をめくるあたしたちを見ていた与助が、そう言って話に加わってくる。(与助は役人じゃないから、事件帳簿はおいそれと閲覧できないのよ) 美人が事件に絡むとなると、俄然張り切っちゃうって言うその性格、分かり易いわね全く。 「おろくの怨霊だと言いたいのか? 与助」 「だってそうとしか、思えねえっすよ。この世に未練を残した美人幽霊が、せめて極楽浄土へ行った弟が寂しくないように、あの火事で死にぞこなった連中を道連れに狙ってるとしか・・・くうううっ、何て弟思いなんだっ、泣かせるじゃあありやせんかあっ」 弟が寂しくないように道連れを、ねえ・・・。 「与助・・・あんた、御芝居の脚本書けるんじゃないの? 何ならそっちに転職する?」 「殺生な事、言わないで下さいよぉ榊様。親分も何とか言って下さいってば」 「何とかと言われても・・・」 「あっしは岡っ引きが天職と、心に決めてるんでさあ」 与助の天職だか、転職だかはまあともかく。 あたしはむしろ、おろくはとっくに怨みは残してないって気がしたんだけど。弟の供養のためにも、さ。だって変に他人を怨んだせいで、弟の勇之介は死んだんだから。まあ、それこそ人の考えはそれぞれだけど。 でも、それはどうやら御厨さんも同じだったらしい。 「生き残りを道連れにしたいと願うなら、どちらかと言うとおろく姉弟以外で焼け死んだ者だと、俺は思うがな。彼らは理不尽にも、言わばおろくと小津屋の痴話喧嘩に巻き込まれたのだから」 「・・・そうね。自分たちの無念を思い知れ、ってばかりにね」 そう相槌を打ってたけど、あたしはその時おかしな事に気づいた。 「でもさあ、何で火傷も怪我もしてない岸井屋を狙うわけ? ・・・例えばスリが道で財布を狙うとするじゃない。屈強の男と、火傷や怪我を負った人間と、どっちが狙いやすいと思う?」 本格派のスリともなると、実は困ってるような人間からは絶対スリ取らないとは聞いてるんだけどね、まあ例え話って事で。 「・・・火傷も怪我も負っていない岸井屋を殺すとなると、手間取るのが目に見えてますしね。火付としても同じことだ。すぐに消火されるかもしれない、か」 御厨さんがそう言って首を捻っていると、何故か与助がポン、と手を打った。 「わかった! きっとその怨霊なり幽霊は、榊様のような御人なんだ」 「・・・何ですって?」 「自分の美貌とか、美肌とかに自信があったりしたんじゃないっすかねえ。で、火傷を負わせられて、怨みに思った。だから、火傷を負ってない岸井屋を妬ましく思って火を付けた。・・・どうっす? いいセン言ってると思いやすが・・・って、どうしたんです、親分」 「・・・いや、何でも・・・」 横目で睨むと、御厨さんてばソッポ向いて言葉を濁してる。 ───ふん。おおかた御厨さん「あたしとそっくりな幽霊」って言うのを想像しちゃった、ってところでしょうよ。子分の言葉につられたとは言え、ちょっと失礼しちゃうじゃない。 でも、まあ確かに与助の指摘通り、あたしが焼け死んでお顔に惨い火傷でも残ったりしたら、うらめしや〜〜って化けて出るかもしれないけど。・・・って、何言わせるのよ☆ 「とにかく、色々と再調査してみないと分からないわね」 あたしは帳面を閉じて、気分を引き締めることにする。 「とりあえず与助、あなたはおろくの火事で火傷を負った連中に聞き込みを開始して頂戴。あなたの説がもし当たってたら、案外生き霊って事も有り得るし。祟るにしたって、体が弱ってる人間の方が楽に呪い殺せるだろうし」 あたしがそう指示を出すと、与助ってば情けない声を上げた。 「あっし1人で、っすかあ?」 「御厨さんはこれからあたしと、木綿問屋の笹屋のところへ行かなきゃいけないの」 「・・・・・」 ちなみにこの笹屋って言うのは、岸井屋と一緒に役宅へ呼ばれた人間よ。小津屋から火が出た直前に、「所用」で訪れていたってことでね。 「も、もし生き霊だったらどうするんすか〜。あっし1人じゃ太刀打ちできないっすよお」 「あなたねえ・・・仮にも御厨さんの子分を名乗ってるんなら、もっと男を見せなさいな」 「そうは言っても・・・」 よほど心細かったのね。いつまでもボヤいてた与助だったけど、ふと気がついたように顔を上げた。 「そうだ! どうせだから龍泉寺の連中にも手伝ってもらう、ってのはどうっす?」 いきなり思いもよらぬ名前を出されて、あたしも御厨さんも眉をひそめずにはいられない。 「・・・与助・・・」 「だって聞くところによると《龍閃組》って、鬼とか怨霊とかと戦って、勝って来たって連中でしょ? やっぱり餅は餅屋って言うか、専門家の手を借りた方が良いんじゃねえかと思って」 そうしやしょう、と、今にも駆け出しそうな与助を、だけど御厨さんは制した。 「そんなわけにはいかんだろう。彼らは言わば、公儀隠密だ。今回の事件は正直言って、畑違いになると思うがな」 「けど、今までだって・・・」 「今の彼らは黒蠅翁などと言う、得体の知れない人間の行方を追っている最中ではないのか? ただでさえ忙しいのに、手を煩わせるわけにはいかぬと思うが」 「忙しいって・・・何か最近は暇そうっすけど」 ───確かに、最近の彼らは街中を巡回してるだけで、大きな事件に巻き込まれてる気配はないわね。でも・・・。 「いざって時には、それこそ寸暇を惜しんで戦う羽目になるんですよ、彼らは。今は骨休めの時期だと思った方がいいと思うけど」 それに、と、あたしは何とか食い下がろうとする与助にピシリと言ってやる。 「与助、あなたには火附盗賊改としての誇りはないの?」 「・・・!」 「あたしたちには、この江戸の町を火付と盗賊から守らなきゃいけない義務があるんですよ。なのにその義務を放ったらかしにして、公儀隠密に頼っていては話にならないじゃないですか。・・・せめて火附盗賊改が正式に廃止されるその日まで、果たすべき義務ぐらいは果たしておかないとね。岡っ引きが天職だ、って言うんなら、行動で証明してみなさいな」 「・・・へい」 さすがに自分の言い草が、怠慢のなれの果てと気がついてくれたみたいね。与助は神妙な顔をして、渋々だけど頷いたわ。 「じゃ、さっそく行って来やす」 気合いを入れ直して1人で出かける与助を、あたしは見送ろうとしたんだけど。 「・・・あ、ちょっとお待ちなさいな。もう1つ、調べてきて欲しい事があるんだったわ」 ふと思い出した事があり、慌てて引き止める。 「何を調べるんすか?」 「死んだ岸井屋の主なんだけどね、どうもこのところ女房に内緒で、岡場所に入り浸りだったらしいわ」 あの律義者の番頭が、奥方の耳の届かないところでそっと教えてくれたのよ。 「馴染みの遊女が、何か知っているかもしれないじゃない。それとなく聞き出して頂戴な。・・・あんまり、長居はしないようにね」 「へいっ!」 出かけるところに岡場所が加わった、ってことで、与助ってば妙に張り切っちゃってるわね。ホントに単純だこと。 「じゃ、あたしたちも早速出かけるといたしますか、御厨さん」 一目散に走って行った与助を見ながらあたしがそう言ったら、御厨さんはどこか怪訝な目をしてこっちを見る。 「? 何よ」 「いえ・・・何も、榊さんが出る事もないと思うもので・・・」 確かに御厨さんが言う通り、与力が調査に出る事は本来ならあまりないの。同心たちに調査を任せてあたしたちは役宅で取り調べ、って言うのが普通なのよね。 「今回は他ならない、このあたしが目撃者ですからね。他の人では分からない手がかりが、あるいは掴めるかも知れないじゃない。・・・それともあたしが同行しちゃ、何かまずい事でもあるんですか?」 「そう言うわけじゃなく・・・少しお疲れなのでは?」 ・・・あら、顔に出ちゃったってわけ? うまく隠してたつもりだったのに、御厨さんてホント侮れないわね。 まあ、気遣ってくれる事自体は、とっても有り難いんだけど。 「疲れてるからこそ、さっさと事件解決に乗り出したいのよ、あたしは」 「は?」 「・・・焼き魚、あれから全然食べられないのよ」 �爐△譴�ら�瓩辰討い弔里海箸�、ですって? 決まってるでしょ。岸井屋の主の、焼き立てこんがりの焼死体を見てからよっ☆ 「お刺し身は高いし、御飯ばかりじゃ力が出やしないし、このままじゃあたし財政的にも体力的にも干上がっちゃうわっ。こうなったら是が非でも、自分の力で犯人捕まえて精神的安定を手にしなきゃ、って思ってるの。これっていけないことかしら? 御厨さん」 「・・・・・☆」 闘志が変な方向に燃えてるな、とは自分でも思うけど、しょうがないわよ。 ・・・とにもかくにも。 御厨さんは諦めの態度として、軽く溜め息を吐きながら天井を見上げてみせたのだった。 《続》 ***************************** ※ちょろっとだけ、《龍閃組》の話が出てくれてほっとしてます。もちろん出番はこれだけではありません。これからそこそこ登場する予定です。 それと、作中で女性が火あぶりになったとしてますが、お芝居などで有名な「八百屋お七」が、後にも先にも火あぶりに処せられた唯一の女性だった、という説もあるみたいですね。まあ、この辺りはフィクションと言う事で、勘弁してくださいませ。
*「外法帖」の火附盗賊改トリオ以外、全然出て来ないとヤキモキしておられる方。心配する事はありません。実はちゃんちゃん☆ もなかなか「外法帖」メインキャラを登場させられないので、ヤキモキしてる最中であります(苦笑)。出したいのはヤマヤマなんですけどね、とりあえず「謎解き」モードにしている以上、伏線を張らない限り話を先に進められないもので・・・。ああ、やっぱり長丁場みたいだなあ。CDドラマ発売までに、せめて「推理編」へ到達できればなあ、と思ってますけどね。(ちなみに今のはまだ「事件編」) でわ。 ************************* 茂保衛門様 快刀乱麻!(3) ───そうして。 正式にあたしたち(火附盗賊改)が今回の事件を引き受けたその日のうちに、焼死体の身元が判明したわ。 元々着衣等から裕福な町人だろう、ってことは見当がついていたんだけど、何とか燃え尽きずに焼け残っていた薬籠(やくろう)の細工が、きっかけになったの。 どうやら男は浅草の小間物問屋、岸井屋の主・又之助。飼い猫に一月前引っかかれた爪痕が顎の辺りに残っているはずだ、との申し出があって、それが決定的な証拠になったってわけ。 ********************* とりあえず死体を引き取ってもらうためと、被害者が日頃怨みを買うような人間だったどうかを確かめるべく、又之助の妻と小間物屋の番頭を役宅へ呼び付けることにした。 彼らはまるで落ち着きがなかったわ。・・・ま、それはそうでしょうね。ここは「送られたら白状しない限り生きて出られない」なーんて皆から怖がられている、噂の火附盗賊改方役宅だもの。それに、もともとあたしたちって町人とは縁が薄いはずなのよね。町民が普通に暮らしてれば、呼び出されるとしても町奉行所の方だから。 加えて、どうやら又之助と思しき人間が焼け死んだ、なんて聞かされてご覧なさいな。生きた心地なんてしないに違いないわ。 とりあえず死に顔を確認してもらうことになったんだけど。 たまたま他の人が出払ってて、あたしと御厨さんだけが立ち合うことになっちゃって。死体にかけられた筵(むしろ)を御厨さんがめくり上げたと同時に、あたしは視線を逸らして廊下へと出た。 まあ、家族の悲惨な泣き声とかを聞きたくない、ってこともなくはなかったんだけど・・・どうも事件当時のことを、思い出しちゃうのよね。あの時の焼け爛れた人間の匂いとか、生々しくもおぞましい色合いとか・・・そう言ったのが、さ。いくら仕事で見慣れてるったって、さすがに焼け死んだ直後の死体、って言うのはそうそうお目にかかった事なかったから。あの時ぐらいよ、はっきり言って。 これじゃあしばらく御飯とかまともに食べられないじゃない、って吐きそうになってたら、どうしてだか御厨さんまで部屋から出てきたの。 「・・・ちょっと御厨さん、あなたまで彼らから離れてどうするつもりなんですか?」 遺族に気を遣ったのかもしれないけど、あまり感心できることじゃない。そう思って意見したら、彼はあたしの耳元で小声で言ったの。 「榊さん、あの番頭の男なんですが・・・以前この近くでうろついているのを、見掛けたような気がするんですよ」 「・・・何ですって?」 あたしは気配を伺いながらも、御厨さんを引っ張って部屋から遠ざかる。 部屋からはひそやかに、女房の泣き声が聞こえ始めた・・・。 「いつなの? それは」 「確か一月ぐらい前かと。私が見回りに出た時に、こちら(役宅)へ歩いて来た者があの男に良く似ていたような気が」 「それはおかしいわね・・・」 さっきも言ったけど、普通町人が用事があるのは町奉行所の方なの。放火とか、押込み強盗とかに遭ったことでもない限り、あるいはその下手人でもない限りは、ここへ来る用事なんてありえないはず。 ひょっとして今回の事件に関わりがあるのかも───そうは思ったけど、単刀直入に尋ねて口を割るとも思えないでしょ。だからとりあえず、又之助の話を聞くことで様子を見るってことに、御厨さんとも意見が一致したわ。 女房が落ち着くのを見計らって、あたしたちは部屋へ静かに戻る。 あまりに惨い死に様だったせいだからか、死体には再び筵がかけ直してあって、あたしを心底安堵させた。 「岸井屋とやら」 とりあえず人当たりの良さそうな御厨さんが、又之助の女房に話し掛ける事になった。 その後ろであたしはと言えば、それとなく番頭の雰囲気を見守っている。 「時に聞きたいのだが、又之助は誰ぞに怨みを買うような人物であったか?」 「怨み、でございますか。・・・それは、商いなどしております故、どうしても私どもの知らないところで少しばかりの怨みは、買っていようとは思うのでございますが・・・」 「殺されるような怨みには覚えがない、と?」 「は、はい、さようでございます」 「殺されるような、と申されますと、まさか旦那様は殺されたと申されますのか?」 すかさず、驚き顔の番頭が聞き返して来た。 ・・・結構鋭いわね。ま、そのくらいじゃないと、番頭がつとまるはずもないか。 「それを今調べているところだ。・・・では又之助の様子は、このところどうであったか」 「どう、と申されますと?」 「何かに脅えていたとか、金回りが良くなったとか、逆に金に困っていたとか───そう言ったことだ」 女房の方は緊張と悲しみとで頭が良く回らない、と言った感じ。それで見かねた番頭が、おずおずと口を挟む。 「・・・金回りが良くなったわけではございませんが、このところ旦那様はどこか脅えておられたようで。可愛がっていた飼い猫がいなくなった時、祟りだ呪いだのと取り乱しておられたり。いえ、猫の方はその後すぐに帰ってまいりまして、旦那様はそれは喜んでおられましたが。・・・後は・・・そのう・・・」 言いにくそうに番頭が視線を送るのに気づいて、今度は女房が涙を拭いながら言葉を繋いだ。 「・・・どういうわけかこのところ、うちの人はてまえどもの息子を、そばに寄せ付けたがらなかったんでございますよ」 「息子を?」 「ええ。年を取ってからの子供でしたから、それは可愛がっておりましたのに、ここ一月ばかりは顔を見るのも嫌がるほどで。可哀想に、息子は父親に嫌われたかと泣いておりました。・・・でも今にして思えば、あれは嫌がっていると言うよりも、怖がっている、と言った方がよろしかったように思います」 ───息子を怖がる父親、ねえ。 成人して乱暴になった息子を父親が怖がる、って言うなら、話も分からないではないんですけど・・・さっきから聞いてると、その息子ってどうもまだ子供って感じがするわよね。なのにどうして・・・。 ・・・その時ふと、あたしは又之助の死体を思い出した。 正確には死体の首筋に残っていた爪痕を、だけど。───普通飼い猫に怪我を負わせられたら、それこそそばに寄せ付けないんじゃない? なのに遠ざけられたのは猫の方じゃなく、幼い息子の方だった、なんてちょっとおかしいわよ。 それに今よくよく考えたら、あの引っ掻き傷、猫のものにしては大きかった気がする。どちらかと言えば幼い子供に引っかかれた、って方がしっくり来るわ。 ・・・じゃ、何? 又之助ってば本当は息子に引っかかれたのに、それを飼い猫のせいにしてたってこと? 確かにそれなら、幼い息子を邪険にしてたり、怖がってたりしてた理由は、説明がつくってものよね。 このことは、今回の事件には無関係なんだろうけど・・・一体何考えてたのかしら、又之助って男は。そうも露骨に息子を怖がるのなら、引っかかれた事実まで隠す事、なかったんじゃないの? 「一月前、と申したな」 あたしの困惑をよそに、御厨さんは徐々に核心へと迫って行く。 「その頃又之助なり、岸井屋なりに何か事件でもあったのか? 些細な事でもいい、思い出せぬか?」 そう言った時。 又之助の女房と番頭の顔に浮かんだ表情───それは何故か揃って「困惑」だったわ。 それも「聞かれたくない事を聞かれた。どうしたものか」ではなく、「どうしてそんなことを聞くんだ」と、こちらへ訴えるようなもの。 ・・・って、何でそんな顔向けるのよ? それも、あたしたちに。 あたしも、そして御厨さんもそれこそ戸惑っていたら、番頭は少し苛立ちの混じった声で、こう言ったじゃないの。 「何って・・・覚えていらっしゃらないので? 手前どもの旦那様は、こちらの火附盗賊改方に呼ばれたんでございますが。・・・一月前の、おろくと言う女が火付をした大火事───あの火付をしたのが、他ならぬ旦那様だと間違われたせいで」 何ですって───!? 御厨さんがあの番頭に見覚えがあるわけよ。 彼は、さっき言ってた火事の件で引っ立てられた主人が心配で、この役宅まで足を運んでいたんだから。 でも、あたしたちが岸井屋の主を忘れていたからって、そっちも責められる筋合いはないわ。 だってこのところあちこちで火事やら、押し込み盗賊やらであたしたちは連日大忙し。自分が最後まで担当したんならともかくも、途中で人に任せた事件まで覚えてられるわけ、ないじゃない。どうせ文句を言うんなら、事件を起こした盗賊たちへにして頂戴な。 とりあえず岸井屋たちを死体共々帰してから。 あたしと御厨さんは大慌てで過去帳を漁ったわ。番頭が言ってた火付の件を再確認するために。 ********************* 一月前の大火事───それは、一時期世間の関心を集めた事件だった。 風の強いある日の昼四ツ(※現在の時刻に直すと午前10時)過ぎ、日本橋の呉服屋・小津屋から上がった炎はまたたくまに付近の家々まで燃えつくし、主一家を含む死者九名(全員焼死)、重軽傷者(ほとんどが火傷)弐拾弐名、延焼家屋八棟と言う大惨事を引き起こした。 ただちにあたしたち、火附盗賊改が出張る事となったのは、ま、当然の事よね。 もっとも、この小津屋って商人は店を大きくするためにって、裏では結構あくどい事をしてたって有名だったのよ。加えて、主を怨んでたり、殺したいと思ってた人間は山ほどいた。もし火事の原因が失火ではなく火付だったとしたら、犯人探しにはかなりの日数を要するとあたしたちは覚悟してたんだけど・・・予想もつかない形で、下手人がアッサリ御縄となったの。 きっかけはまず、小津屋裏手の焼け跡から、身元不明の子供の焼死死体が発見された、って事からだったわ。 年の頃は十ほどのその子は、何故か小津屋夫妻の子供でも、奉公人の子供でもないみたい。身元を判別できそうな手がかりと言えば、わずかに焼け残った衣類と、後頭部に残った小さな怪我の跡。・・・でも怪我の方は新しいらしく、多分逃げる時に転ぶか何かしたもので、そのまま気絶して焼け死んでしまったのだろう、と言うのが医者の見立て。死骸の身元を証明するものには、なりそうにもなかった。 大体、小津屋の人間ではない者がどうしてここに・・・って首を傾げていたらそのうち、ある女が「自分の弟かも」と、焼け跡で検分中だった火附盗賊改の役人に名乗りをあげて来て。死体を検めさせたところ、着物の焼け残りとか背格好でどうやら間違いない、ってことになっちゃったわけ。 そしたら彼女その場に泣き崩れちゃって、戸惑う皆に向かってこう言ったらしいわ。 「私が小津屋に火を付けたんでございます。どうか早く死罪にして下さいませ」 ・・・ってね。 聞けば驚くじゃない。妙に美人だと思っていたらその女、焼け死んだ小津屋の妾・おろくだったって話なのよ。 何でも両親は早くに亡くなって、病弱な弟を生き長らえさせるには大金が必要と来る。それで好きでもない男の囲い者に渋々なっていたんだけど、先日いきなり今まで住んでいた家を追い出されちゃったんですって。どうやら旦那の方に新しい女が出来たもんだから、古い妾はお払い箱になったってことね。 自分はともかくも弟の方は、旦那の援助がないととても生きて行けない。それで何とか思いとどまって欲しいって、何度も頼みに言ったおろくを、小津屋は無情にも嘲笑ったらしいの。 「お前の弟がのたれ死のうと、そんなことはこちらの知った事ではない。そんなことを言いに来る暇があったら、さっさと岡場所でも行って客を取ったらどうだ。まあもっとも、とっくに薹(とう)が立っちまってるお前を買ってくれる男がいれば、の話だが」って。 人の弱みに付け込んで無理矢理妾にさせられた今までの怨み、そして今、女としての自分を侮辱された怨み───そんなものが積もりに積もってついに我慢も限界に来たおろくは、発作的に火を付けちゃったのよ。 「だったらお前も、身一つで寒空の下に放り出される気持ちを思い知るがいい!」って・・・ね。 ───だけど本当に悲劇だったのは、彼女の弟が姉のそんな気持ちに、うすうす勘付いていたらしいことだったの。 おろくが小津屋に火を付けた後、仮住まいの長屋へ戻って来てみれば、大切な弟の姿がどこにもない。病気の身では外へ出かける用事もないはずなのに、と途方に暮れていたら、弟の友達でおろくも顔見知りの子供が訪ねて来て、こう言ったんですって。 「勇之介ちゃんはどこ? 姉上様が帰って来てるってことは、勇之介ちゃんは姉上様を止める事が出来たんでしょ? 一緒に帰ってきたんじゃないの?」 ───むろん、勇之介って言うのは弟の名前よ。 弟の友達の何の気なしの言葉で、おろくは全てを悟ったの。・・・そう、姉が大それた事をする前に止めようって、勇之介は病身を押して家を出たって事を。そして行き違いになったばかりか、おろくのつけた火で焼け死んだかもしれない、ってね・・・。 全てを神妙に打ち明けたおろくは、最後にこう、尋ねたって言うわ。 「私が地獄へ落ちるのは当然でありましょうが、弟は、勇之介は極楽浄土へ行けるでありましょうか? それだけが、心残りでございます」 それからほどなく、おろくは火あぶりの刑に処せられたわ。 え? 姉弟の悲劇は分かったけど、それがどうやって岸井屋に繋がるか、ですって? ・・・ま、それはおいおい教えてあげるわ。 **************************** ※・・・スミマセン、文章の量が多すぎてエラー起こしたので、2つに分けます(汗)。こんなの、ちゃんちゃん☆ぐらいだろうなあ・・・。
※とにもかくにも2話めでございます。 そろそろ火附盗賊改以外の外法帖キャラも出さなきゃいけないんですが・・・良く考えたらこの人たち、榊さんの第壱拾壱話での武勇伝、御厨さんからでも聞かせられない限り、知らないんじゃ・・・☆ ううっ、絶対救済してあげるからね、榊さんv ***************** 茂保衛門様・快刀乱麻!(2)外法帖 イライラ。 ぼそぼそ。 イライライラ。 ざわざわざわ。 イライライライライライラ。 ひそひそひそひそひそひそひそ・・・・。 ・・・ひょっとしてこれって、悪循環って奴かしら? あたしがイラついてる。 ↓ 同僚たちは遠巻きにして、触らぬ神に祟りなしを決め込む。でも気になってしょうがない、って感じ。 ↓ そんなところにいないで、話し掛けるなり何なりしなさいよ! と更にイラついてしまう・・・。 ・・・不毛だわ・・・☆ そりゃあたしだって、何も好きでイラついてるんじゃないわ。けど目の前に突きつけられちゃった命題の困難さに、眉間に皺も寄ろうってものよ。 でも黙ってるのも限界に達してたみたい。欲求不満が溜りに溜まって、いい加減精神衛生的にも良くないじゃない! って思わず、不平を口に出してしまっちゃってたのよねえ。 「ああンもう! あのタヌキ親父っ! なあにが適材適所よっ、自分が厄介ごと背負い込みたくないだけじゃないのさっっ!!」 「・・・・・榊さん?」 「はっっ☆」 ───あらイヤだ、いけないわ。あたしったら、外から戻ってきていた御厨さんが、いつの間にやら側へ来ていたのにも気づかずにわめきたててたみたい。 照れくささ半分、気まずさ半分を咳1つで誤魔化し、部下に相対するあたし。 「ご苦労様。見回り終わったのね、町の皆はどうだった?」 「ええ、今のところは不穏な事件などはありませんでしたけど・・・」 巡回報告をしながら、御厨さんてばどこか奥歯にものの挟まったような言い方をする。 ・・・分かってるわよ。あなたが聞きたいことは。 でも今は待ってくれないかしら。あたしがある程度、冷静さを取り戻す時期までだけでいいから。 そう思ってあたしは、御厨さんの不審げな眼差しに気づかないフリをしてたんだけど・・・。 なのにこの堅物、周囲が小声で「ヤメロ」だの「黙ってろ」だの言って止めてるのに気づいてなかったんでしょうねえ。欲求の赴くまま、思うまんまにあたしにズバッ! と単刀直入ってヤツをやらかしてくれたわ。 「やはり奉行所から、例の路上焼死事件を押し付けられたんですか? 榊さん」 「御厨さん・・・前から思ってましたけどね・・・あなたのそんな、命知らずで融通の利かない性格、ほんっっっとおおおおおっ! に好ましいわあ・・・【怒】」 怒気のこもったあたしのイヤミに、さしもの彼も聞く時期を誤ったと悟っておとなしくなる。 ・・・ふん。そんな殊勝な表情、しないでよ。あたしの方が大人げなかったかって、思うじゃない。 もっとも・・・部屋にいる皆も、さっきからあたしに聞きたがってた事なんでしょうから、そろそろ種明かししたところで罰は当たらないでしょうね。 「・・・ま、いいわ。今更隠したってしょうがないから、教えてあげましょう。みんなも、そのままで聞いて下さいな。───御厨さんがさっき聞いた通りあの事件は、あたしたち火附盗賊改が担当することになりました。奉行所のタヌキに、口先三寸で丸め込まれちゃってね。色々と忙しい最中だけど、よろしく頼むわ」 口調がまだイラついてるけど、このくらいは許して欲しいものよ。 「口の達者な榊の旦那が、口先三寸で丸め込まれるってさすがは奉行所長官っすよね、親分」 「与助・・・あなたあたしを馬鹿にしてるんですか?」 余裕のない表情で睨み付けたら、慌てて御厨さんの後ろに隠れるのは勿論与助。 ったく、親分がああなら子分も遠慮がないわね。大体自分の親分の上司がコケにされたのに、あのタヌキを誉めるってどういう了見よ。 それにね。あたしだって普通の状態なら、タヌキ親父の言いなりになんて、ならなかったと思うわ。だけど、あたしが他ならぬ事件の目撃者、ってことが、事態を動かしがたいものにしちゃってるし。 ・・・おまけに今、ここ(火附盗賊改)には長官がいないの。�猊堽犬了�故�瓩箸笋蕕農萋�、亡くなっちゃってね。つまりあたしたちの主張を後押ししてくれる人間が、いないわけ。そんな状態じゃ、奉行所長官と渡り合おうって方が、無謀だと思わない? ───ところで、今回の事件とは関係ない話なんだけどさ。 あたしたち火附盗賊改が廃止になった背景には、今回の長官の不慮の死も遠因になってるとあたしは思うの。 何せ火附盗賊改っていうのは結構お金がかかる割に、幕府からはそんなに経費は降りない。自然、長官が自腹を切るって形になってしまう。だから歴代の長官は、そこそこお金を持ってる人がなってたの。 それでも火附盗賊改方長官ともなれば、出世しようと思う御先手組にとっての足がかりには違いないから、今までなら何とかなり手もあったんだけど・・・今幕府がゴタゴタしているでしょ? そんな物騒な時期に、そんなもの引き受けたがる人間は、早々いなかったってことみたい。 あるいは上の方々でもごく良心的な何人かが、江戸の町の風紀粛正のため内心は廃止させたくない、って思っていたとしても、賛成すれば当然・・・ 「だったらお前が長官になれ」 なーんて言われかねない。だから、彼らの保身のため廃止させられたんじゃないのかしら。あくまでもあたし個人の無責任な憶測の1つ、だけどね。 ・・・話がそれちゃったわね。元に戻しましょ。 上司と部下の間に挟まれた格好の御厨さんは、とにもかくにもあたしを宥めることにしたみたい。 「・・・しかし榊さん、今回の事件は人へ、と言うやや特殊ではありますが、所詮は火附けでしょう? 奉行所よりは明らかに、私たち火附盗賊改の出番だと思いますが」 彼の言い分はごもっとも。でももし彼が、あの時あたしと同じ現場にいたとしたら、きっと違う判断を下したと思うわね。 あたしは1冊の帳面を、御厨さんに見えるよう机の上に置いた。これはさっきから、あたしが座っていた座布団のすぐ横に、いつでも取り出せるように置いてあったもの。 「・・・これは?」 「今回の被害者の死体および現場検分を記録したものですよ」 遠まわしに目を通すように、と示唆したのに頷いた御厨さんは、生真面目にも「拝見します」と言ってから帳面をめくる。 「時に与助」 「へ、へい」 御厨さんの後ろからこっそり、と帳面を覗いていた与助は、あたしの問いかけにビクッ! と飛び上がる。あたしが見ても良いとはまだ言ってない帳面を覗いていたことを、怒られるとでも思ったのかしら。 「あくまでも仮定の話なんだけどね・・・あんた、もし人に火をつけようとすれば、どんな方法を取る?」 「はあ?」 ───与助が面食らうのも無理はない。 あたしたちは他ならぬその火附けを防ぎ、火附けの犯人を捕まえるのがお仕事。なのに何で火をつけようとすれば、なんて聞くんだ? ってことなんでしょうけど、時には犯人の身になって推理しないと、理解できないことも出て来るのよねえ。 与助はそれなりにうんうんとない知恵を絞って、考え付いたままに口にする。 「・・・一番手っ取り早いのは松明(たいまつ)でじゃ、ねえっすかね?」 「事件は昼間、それも人通りが多い街中で起きたの。お天道様がまだ出ているのに松明なんて持って歩いてちゃ、目立つし警戒もされるでしょ」 「そこはそれ、頬っかむりでもして・・・」 「昼間に顔隠している人間が、どこにいるのよ? おまけに松明持ってたんじゃ、余計不審がられるわ。火をつける前に、逃げられるか大騒ぎされるのがオチ」 「そ、そうっすね・・・。じゃ、こういうのはどうっすか? 煙草を吸い吸い歩いていて、すれ違いざまに袖にでも火をつける・・・」 「うーん、考えとしては悪くないわね・・・だけどあたしが見てた限り、ホトケさんは燃え上がる直前まで、1人で何かブツブツ言っていてね。みんな気味悪がって近寄ろうとしてなかったのよ。それに、被害者の火傷が一番酷かったのは、ちょうど胸の辺り。つまり、胸に火をつけられた、ってことなの。確かに袖とか、裾とかに火をつけられたのなら、かなり前に火をつけられていて気づくのが遅れた、って事もあるでしょうけど」 「いくらなんでも、胸に火が点いて気がつかねえ馬鹿はいねえっすね・・・」 再び考え込んだ与助は、しばらくしてポンと手を打つ。 「火矢、ってのはどうっす?」 「かや? 燃料を入れた筒を括り付けた矢に、火をつけて飛ばすって奴?」 「そうっすよ。それなら遠くから飛ばせるし、目撃もされにくいと思いやせんか?」 「確かに目撃される危険はなくなるけど・・・」 あたしは御厨さんの読んでいる帳面をちら、と見やって、検分記録を思い出しながら言った。 「・・・そうなると、当然現場には矢が残るわね。でもあたしが見た限り、そんなもの残ってなかったの。奉行所の検分でもそうなってたしさ」 「飛ばす前の矢に紐も括り付けておいて、刺さると同時に引っ張るとか」 「あの時の火の勢いじゃ、きっと紐も燃えちゃうでしょうね・・・。燃えない鎖紐って考えもあるでしょうけど、それじゃあ逆に矢が重くなって飛ばないでしょうし」 「現場に残らないものってんなら・・・そうだ、火の点いた布か紙に石を包んで、遠くから飛ばすって言うのはどうです? 石なら、元々地面に落ちていたものと区別がつかないし、布も燃えて証拠隠滅、ってことで」 「・・・あんた、何ならやってみる? そんなことやったら投げる前に大火傷、下手すりゃ自分の方が先に焼け死んじゃわない?」 「・・・・・・・・」 あたしの立て続けの冷たい指摘に、さすがに与助は半泣きになっている。ふん、根性なしなんだから。 「何なんすか〜〜! あっしの言うことにいちいち茶々を入れるなんて〜〜。それなら榊様は何か、代案でもあるんスか〜〜?」 「ないから困ってるのよ」 「・・・へ?」 それでも一縷の望みをかけて、一応聞くだけ聞いたんだけどね。あたしの頭が御厨さんに負けず劣らずおカタくて、考えうるべき仮説が1、2個抜けてるんじゃないか、って思ったから。自分1人で考えてるよりは他人の意見も聞いた方が、偏りが少なくて済むし。 「分かる? 与助。こうなると他人からの火附け、って疑いが極めて低くなっちゃうでしょ」 「・・・ごもっともで」 「だから一挙に考えを飛躍して、被害者自身の火附けか、あるいは事故、って可能性も考えたんだけど・・・」 「無理ですよ榊さん・・・それも有り得ないんでしょう?」 ここで初めて。 ただひたすら帳面の文字を目で追い続け、今までずっとあたしと与助の話にも口を挟まずにいた御厨さんが、視線をこちらへ向けた。 「被害者が亡くなった当時の所持品には、煙草や火打ち石の類はありません。おまけに油の類も見つかっていないんです。それらが燃えた残骸もない・・・事故にしろ被害者自身の火附けにしろ、火種も燃料も持ち合わせていない人間に、火をつけるなんて無理だ・・・」 御厨さんはそう締めくくってから、静かに机の上へ帳面を乗せる。 「・・・榊さんがこの事件を引き受けられるのを渋られたのは、こういう事情からなんですか? どう考えてもこの事件、普通の人間の仕業じゃありえない・・・」 彼の顔色は相当悪い。 ───それはそうよね。この検分記録と、あたしの目撃談から察するに、被害者は人間業とは到底思われない方法で、火をつけられて殺された、ってことになるんだもの。 でも、仮にも火附盗賊改の与力が、事件解決の目処(めど)が立ちそうにないからって臆してた、なんてみっともなくて言えないじゃない。 だからあたしは、逆に御厨さんへ質問してあげた。 「御厨さん、あなた、幽霊とか鬼の類、斬り殺した経験おありになるかしら?」 「・・・・・いえ、あいにく・・・・・」 「それは素敵な奇遇だこと。・・・実はあたしもなのよ。でも心配御無用。これから多分、もうイヤっ! てほど斬り殺さなきゃならなくなると思うから。人生何事も経験だと、せいぜい割り切っていかなきゃね・・・お互いに」 ホントはあたし、幽霊とか物の怪とかそういう得体の知れないものは苦手なんだけど、そうも言ってられない。 モノは火だし、放っておけばこの江戸の町が焼け野原になる、なんて危険もあるわ。そんなの火附盗賊改与力として、黙っていられないもの。 ・・・大体あんな、焼け死んだばかりの人間なんて、気色は悪いし後味も悪いしのものを見せられた怨み、きっちりノシをつけて返してやらなきゃ!! あたしはそう思うことで、おそらくは火附盗賊改としての最後の難事件解決を、深く心に誓ったのだった。 <続> ****************************** ※実はこんな、謎解きモードの「東京魔人學園」SSを書くのは、ちゃんちゃん☆ は初めてではありません。「外法帖」より先に発売された「剣風帖」の敵キャラでやはりオネエ言葉の(笑)陰陽師を主人公にしたSSを、何度か書いた経験があります。(詳しくはHOMEをどうぞv) それで今回、榊与力を主役にしてSSを書き始めて思ったのは「ああっ! 何てすらすらと話が進んでいくんだ!」でした。いや執筆スピードじゃなくて(笑)話の展開が、です。だって榊さんは火附盗賊改の与力で、仕事として今回事件に関わっていけるんですもん。周囲には嫌な顔はされるかもしれないけど、これは自分の仕事なんだから、ってことではばかりなく取り調べも出来る。推理の材料は簡単に手に入る。おまけにとりあえず後ろ盾(幕府)もあるし。・・・素人探偵なんかじゃこうはいかない。事件の情報をこっそり漏らしてもらおうにも、常識的には不可能ですよねー。現に先述のSSの場合、警察上層部に顔が利くんだけど主人公とは犬猿の仲! の名家のご当主が、悪友を通じて差し障りのないところだけ伝える、という形式を取らざるを得なかったので、結構大変な思いをしました。まあそれはそれで、警察にはまだ知られていない情報を得られるチャンス、みたいに解釈したこともありましたが。 ただ、大義名分がある、調べようと思えばどこまでも調べられる、と言うのはある意味、諸刃の剣です。何故って、どこまでで踏みとどまればいいか、って言うのを決めるのが自分次第だから、下手をすれば踏みとどまる事が出来なくなるって事もありますから。例えて言えば、今まで電話料金に戦々恐々としていたパソコンユーザーが、ネット繋ぎ放題の環境を手に入れた直後、みたいなものかも・・・って、モロに今現在のちゃんちゃん☆ に当てはまらないか・・・?(汗) ちなみに文中の、火附盗賊改が廃止になった遠因への榊サンの憶測とやらは、あくまでもちゃんちゃん☆ の根拠のない想像であります。でも実際、何で物騒な幕末に火附盗賊改が廃止されたんでしょうかねえ? あ、彼らって言わば非常時の軍人みたいなものだったって話だから、もっと大事な�狢召里箸海蹲瓩愴爐蕕寮鑪呂魏鵑靴燭�ったんだったりして・・・って、これも単なる想像ですよ、あくまでも(苦笑)。
※つーいーにー、ついに書いてしまいました、今「外法帖」で一番アツい漢こと榊茂保衛門さん・主役のSSであります。「過ぎし夢 来たる朝」といい今回といい、ちゃんちゃん☆ てばすっかり趣味に走りまくってます(笑)。相方の渋る顔が目に浮かぶわ・・・☆ でもタイトルはふざけておりますが、中身は一応はシリアスものです。 「過ぎし夢〜」とは違い、こちらは特にネタバレと言うほどの話ではございません。ところどころボカしております。ただし、榊さんの最大の見せ場・第壱拾壱話は過ぎている設定ですので、少々ご注意下さいませ。 ******************************* 注意: この物語は1866年、火附盗賊改が廃止される直前の設定となっております。ただ、史実では実際に何月に廃止されたかは、ちゃんちゃん☆ は知りません。(一応簡単には調べたんですけどね・・・☆)とりあえず、ゲーム本編の話の流れから、勝手に推定した日時にいたしました。その辺りを念頭に置かれた上で、物語を楽しんで下さいませv 茂保衛門様・快刀乱麻!(1)外法帖 剣術が出来ないと、弱いの? 弱い男の子は、男の子じゃないの? ・・・そんなこと、ないよ。 お夏、知ってるもの。頑張ってること。 いつかお夏が、お嫁さんになってあげるね・・・。 「神妙になさいっ! 火附盗賊改よっ!!」 高らかに宣言し、あたしが十手を突きつけたその先では、今まさに金目の物を強奪せんとする盗賊たちがギョッ! と目を剥いていた。 まさかあたしたち火附盗賊改に、自分たちの行動を読まれているとは思ってなかった、って感じの顔。・・・ったく、随分とナメられたものよね。 「くそおっ!」 かくなる上は血路を開こうってんでしょうね、腕に覚えがありそうな1人が刀を抜いて・・・って、ちょ、ちょっと、どうしてあたしのところへ走ってくるのよ!? 「死ねえっ!」 言うが早いか振り切られた刀は、だけどあたしの体を二等分、ってわけにはいかなかった。とっさに横合いから飛び出した同心が、危うく自分の刀でがっちり止めてくれたから。 「大丈夫ですか、榊さん!」 刀の柄と峰で、凶賊を斬り捨てずにその場に昏倒させた同心・御厨惣州が振り向きざま、あたしにそう言って声をかけてくれる。 「え、ええまあ。何とか無事ですよ」 御厨さんの見事な剣術に勢いづいたんでしょうね、他の同心たちも一斉に、盗賊たちを捕縛せんと突入する。 ───この時まさに、勝敗は決したと思うわ。多少の抵抗はあったけど、こちら側には怪我人以上の犠牲者は出さずに、盗賊たちを一毛打尽にできたから。 だけど・・・あの盗賊が真っ先にあたしを狙ったのって、やっぱりこの女言葉のせいなのかしら? いかにも簡単に斬り殺せる、って思ったんだろうけど・・・何だか怖い思いをしただけ、損したって感じよね。 ───あら、ごめんなさい。紹介し忘れていたわね。 あたしはこれでも天下に名の知れた、アノ火附盗賊改の与力・榊茂保衛門って言うの。もちろん男よ、男。・・・「ほ●えもん」じゃないですからね、くれぐれも間違えないように。 「・・・何だか最近、多いですね」 引っ立てられていく盗賊たちを見送りながら、御厨さんは苦々しく呟く。 「多いって、押し込み強盗が、ってことよね?」 「ええ。こうも連日出没されたんじゃ、皆が安心して眠りにつけませんよ。一体奴等、何を考えているのやら・・・」 安眠を妨げられているのは、別に町民たちばかりじゃないけど。他ならぬあたしたちお役人も、夜回りだの取り調べだのって、寸暇も惜しんで働いてる始末だから。まあ、それがあたしたちの飯の種だ、って言われれば、反論できないのが悲しいところね。 ・・・もっとも最近の、やけに頻発する盗賊騒ぎの理由には、あたしはちゃんと見当がついてるわ。 「御厨さん」 言って、ちょいちょいと手招きをしたら、さすが御厨さんは他人に聞かれちゃマズい話をするのだと察してくれたみたいね。すっ、とあたしの近くによって耳をそばだてるようにする。 あたしは口元を隠しながら御厨さんに囁いた。何せ盗賊の中には、声を聞かずとも唇の動きを見るだけで、話の内容を知りうる術を持つ連中がいるって話だから。 「・・・どうも裏の世界に漏れてるらしいのよ。あたしたちがもうじき解体される、って話が」 「・・・・・・・・まさか」 この場合の「あたしたち」って言うのは、火附盗賊改のことよ。 「信憑性は高いと思うわ。この話が上の方でほぼ決定した直後に、盗賊たちがこぞって暗躍し始めちゃったみたいでね。泣く子も黙る火附盗賊改が無くなるのを幸いに、荒稼ぎしちゃおうって魂胆なんでしょうけど」 「・・・・・・」 「これがホントの、火事場泥棒ってヤツよっ! 盗人猛々しいったらありゃしないっ!」 ・・・一瞬の間が開いた後。 「よっ、さすが榊の旦那、ウマいっすねえ♪」 「あらありがと、与助。だけどあんた、今までどこに隠れてたわけ?」 「いやあ、あっしは腕っ節はからっきりでさあ」 大捕物の時にはいなかったくせに、今いつの間にからあたしたちの側に来ていた与助が、うまく調子を合わせてくれる。 で、御厨さんと言えば・・・あらあら、あたしがした言葉遊びの意味がやっと分かったみたいだけど、どう反応を返していいか戸惑ってるって顔ね。 全く・・・。だからおカタイって言うのよ。子分の与助みたいにこのくらい、さらりと返せなくってどうするのかしら。 こーんな堅物が、事もあろうに吉原でも人気の遊女・お凛に惚れてるって言うんだから、お天道様も皮肉な巡り合わせをしてくれたものよね。言っておくけど、ああいう女をオトすには少しは洒落っ気が分からないとダメだと思うわ。・・・本人には言わないけど。気の毒すぎるから。 「ま、それはともかく、あたしたちもそろそろ引き上げましょ、御厨さん」 これ以上苛めてもしょうがないから、あたしはそう言って真面目一辺倒の部下を開放してあげることにした。 ───そうなのよ。 街のみんなにはまだ知らせてないけど、あたしたちの所属していた火附盗賊改は近々、解体されるって決まってるの。 正気を疑っちゃわない? はっきり言っちゃえばさ。血気にはやった志士だの、盗賊だのが跋扈して物騒極まりないこの時期に、何でそんな無理難題を言って来るのかしら。 ・・・でも、文句を言ってやりたいのはヤマヤマだけどね。上の方でとっくに決定してしまった事だから、あたしたち下っ端がいくら文句言ったところで、覆るものじゃないのも事実。だから正式に解体されちゃう前に、江戸の盗賊たちを一掃させておくのが、あたしたちのせめてもの最後のお仕事だって、割り切るしかないわ。 ただ、あたしたち火附盗賊改に所属していたお役人みんなが、失業するってわけじゃあない、って事は断っておくわね。現に御厨さんは、別の町奉行に転属が本決まりだし。まあ彼のことだから、新しい職場でも江戸の街のみんなの平和を守るため、さぞや頑張ることでしょうよ。 ・・・え? あたしの新しい職場はどこになるのか、って? さあてね。でも多分、今までの馴れ合いをなくすとか何とか難癖つけて、御厨さんとは別の町奉行勤めになると見たわ。下々の者が変に徒党を組むってことに、上の人たちは神経尖らせるでしょうから。 あーあ、御厨さんって久しぶりに、骨はあるわ真面目だわ腕は立つわで、あたしが今までで会った部下の中じゃ最高の部類だったのにねえ。ま、この際だから最後の我が侭とばかりに彼のこと、仕事でこき使っちゃおうかしら(笑)。 ***************** ───そんなあわただしい、ある日のことだったわ。あたしは珍しく時間が空いたのを見計らって1人で、いつもの場所へ足を運んでる最中だった。 いつもの場所、って別に茶屋とかじゃないの。長命寺よ。あそこの井戸の水は色々と有名でね、あたしはこの玉の肌の艶やかさを保つために、時々お水を戴いてるってわけ。このところ激務が続いてるし、久しぶりに気分転換も兼ねようと思って。 その目的地までもう少しのところまで来たあたしは、何やら町人の醸し出す空気がざわめいていることに気づいたの。 「?」 ひそひそと囁き合ったり、無作法にも指を差したりしている彼らが見ている方向って、どうも同じみたいで。どうやら彼らの注目を浴びるような何かがあるって勘付いて、あたしはそっちに視線を向けたんだけど。 まさにその瞬間だったわ。 ボウッ! と音を立て、路上で町人風の男が生きながら�倏海┥紊�った�瓩里蓮� 「ぎゃああああああああああっ!」 火炎男は悲鳴を上げながら、助けを求めるように手をどこへともなく差し伸べる。 一方、何が起こったのか分からない周囲の人間は、それでも身の危険だけは感じたらしいわね、それこそ自分に火の粉がかかる前にと、一斉に逃げてしまった。 何が何だか理解できなかったのは、あたしも同じだった。でも何だかんだ言っても職業病よね。急いで燃え盛る人間に走り寄りながら着てた羽織を脱ぎ、バタバタと炎に叩き付けるようにして消火活動に当たったわ。 程なくして火は消えて、騒ぎは収まったけど・・・そこにはあたしが職業柄、嫌でも見慣れてしまった光景ってヤツが、あったの。 「う・・・っ」 皮膚まで焼け焦げて、苦悶の形相で胸を掻き毟りながら息絶えている人間って言う、焼け跡ではお馴染みになってる光景が、ね・・・。 その後、騒ぎを聞きつけて町奉行所の人間が駆けつけて来たんだけど。 彼らに事情を説明しながらあたしは、何だかイヤな予感がしたわ。とんでもない事件があたしの周りで起きつつあるって、正直言って当たって欲しくない予感が。 ───だけど、実際。 その事件はあたしを、思い出すもおぞましい事件へと巻き込んでいく発端になってしまったのだった・・・。 《続》 **************************** ※これ多分、ものすごく長くなること請け合いです。ちゃんとケリつけられると良いんですが。 ところで文中で、榊さんが御厨さんとは別の町奉行所に配属されてしまう、と書きましたが、勿論創作であります。何せ「邪」ディスクでは榊さん、全然出てないんですもの。御厨サンは町奉行所へ転属になった、ときちんと自分で言ってるのにね(涙)。 ただ、これはこれで彼らみたいな役人にはイイコトなのではないか、と思うんですよね。変に一個所で馴れ合っているよりは、離れていてもそれぞれ自分の成すべき事を行なって、お江戸の平和のために日夜働く、って言うのがロマンじゃございません? ちゃんちゃん☆ だけかなあ?
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