「硝子の月」
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「やがて現在の国土を統一した建国王は『硝子の月』に願ったのです」
戦乱の世は終わりを告げようとしている。 長かったような、短かったような戦いの日々。 (俺は……?) ずっとそれを見ていた。まるで空気になったように。 人の生きる様を、死ぬ様を、戦う様を、闘う様を――ただ見ていた。 (これは夢か?) 多分そうなのだろう。いつも側にいる相棒がいない。 「いよいよか」 「ああ」 建国の為に立ち上がった頃から共に戦場を駆けた男に頷くのはアルバート。後に「建国王」と称えられる男。 「これで俺も伝説の仲間入りか」 「国を興した時点で既にお前は伝説の中にいるだろう」 冗談めかすアルバートに、人々に賢者と称えられる青年は微苦笑で返した。
「そう古いお話ではありませんのよ。歴史で言ったらルウファさんのご出身の『魔法王国』ミラ・ルゥのほうがずっと古いですから」 「あの国は古いのだけが取り柄ですから」 「まぁ。魔法は立派な取り柄ですわ」 肩を竦めてみせるルウファに、アンジュはくすくすと笑った。 「この国――アルティアが『第一王国』と呼ばれるようになりましたのは今からおよそ三百年前、建国王アルバート一世の頃のことですわ。建国とほぼ同時期――そうですわね。『第一王国』だからこそアルティアは生まれたのだと申し上げても過言ではありませんわ」 彼女の表情には、『第一王国』に住まう者としての誇りが見えていた。 「『硝子の月』の伝説はご存知ですか?」 「ええ。一応一通りは」 ルウファが頷くと、アンジュは軽く頷き返して話を続ける。 「現在アルティア国となっている土地は、それを巡る群雄割拠の戦場だったのだそうです。そこに現れたのが建国王でした」
建国王アルバート一世は、当時国を持たない流れの剣士だった。彼の出自は謎に満ちていて、様々な逸話を残して今でも吟遊詩人に創作の泉を供給し続けている。 未熟ながらも、若く熱い理想に燃える彼は、その人物によって優秀な仲間に恵まれ、戦乱の世を生き抜いていく。 彼とその最も信頼厚き四人の仲間を合わせて、人々は『輝石の英雄』と呼んだ。彼等がそれぞれ宝石のように輝く眼差しを持っていたからであると多くの伝承歌は語っている。
「まぁ、ルウファさんは『魔法王国』の出身でいらっしゃいますの?」 彼女の手料理に舌鼓を打ちつつ、口元に手をやったアンジュが上品に驚く。 テーブルには彼女等の他に指に何カ所か絆創膏を巻いたリディアが着いていた。 「ええ。もっとも、小さい頃からあちこち旅してましたから、あんまり故郷って感じもしないんですけどね」 「他の皆様もそうですの?」 「さぁ。あ、ティオは『第一王国』出身だと思います」 「互いの出自も知らずに一緒に旅をしているのですか?」 ルウファの応えに、リディアがまた胡散臭そうな視線を向ける。 「だって、そんなことあまり重要じゃありませんから」 彼女は赤い瞳を細めてにっこりと笑った。 「まぁ、結構ぽんぽん魔法使ってますから、彼等もあたしの出身は察しが付いてるんじゃないかと思いますけど」 「素敵ですわ。皆さん仲間を信頼してらっしゃいますのね」 きらきらと瞳を輝かせるお嬢様に気付かれないように従者がまた溜息をついたことはさて置いて。 「小さい頃から旅をされていたということは、こちらの建国祭も初めてではありませんの?」 「いいえ、首都で迎えるのは初めてです。それに実は『第一王国』の建国期も余り詳しくは知らなくて……もしよろしければお話しいただけませんか?」 ルウファのお願いに、アンジュは「喜んで」と応えた。
「当家には正規の料理人がおりますが」 リディアが視線を向けると、料理人達は助けを求めるようにルウファを見た。 「ええ、ですからここを貸していただいて、ご迷惑をお掛けしています」 見られた方ではにっこりと笑って、視線をリディアに返した。 「お客人にそんなことはさせられません」 「あら、料理を『そんなこと』だなんて、料理人の方々に失礼ですわ」 「私が言っているのはそういうことではなく…」 「ちょっと気が向いたものですから」 別に悪いことをしているわけではないのだが、リディアとしては何となく気になってしまうのである。何をどう言ったものかと考えていると、自分を呼ぶ可憐な声が聞こえてきた。 「リディアー、リディアー?」 「はい! こちらにおります!」 慌てて廊下に飛び出すと、向こうからそれを見付けたお嬢様が駆け寄ってきた。 「あのような大きな声で……はしたないですよ。廊下を走られるのもです」 「ごめんなさい、リディア。それよりも、ルウファさんを知らなくて?」 「私ならここに」 ルウファは厨房からひょこっと顔を覗かせた。 「まぁよかった。私がお父様とお話している間にルウファさんもグレンさんもどこかに行ってしまわれて、ティオさんの部屋にはお休みの札が掛かっているんですもの」 「すみません。ドアに張り紙でもしておけばよかったですね」 二人は実ににこやかに会話を交わす。ただリディアだけが少々苦い顔をしているのだが、お嬢様は気付かないらしい。 「ところでこちらで何をなさってらっしゃいましたの?」 「厨房を貸していただいて料理を。私の故郷の家庭料理で……そうだ、よろしかったらアンジュさんにもご馳走しましょうか?」 「まぁあ! よろしいんですの!?」 「お嬢様!」 顔色を変えたリディアが声を荒げる。 「もちろん、プロの料理人の方々には遠く及びませんので、お口に合うかわかりませんけど」 「いいえ、いただきますわ」 「お嬢様!」 男装の少女がもう一度声を荒げる。 「だってリディア、ルウファさんの故郷のお料理をいただきながらルウファさんの故郷のお話しを伺うのって素敵だと思わない?」 「ですが…」 「お願いリディア」 この時、お嬢様のうるるん攻撃を目撃した厨房の者は皆思ったという。 『リディアの負けだな』 「……私も、お手伝いさせていただきます」 果たして、がっくりと項垂れたリディアはアンジュにそう応えた。
「何か外で凄い音がしましたが」 丁度勝手口からそちらに行こうとしていたのであろうリディアとばったりあった。 「どうぞお気になさらず」 ルウファはにっこりと笑う。 「そういうわけにもいかないんでね」 言外に「お嬢様に何かあってからでは遅い」と言っている。 「……お客人」 「何でしょう」 「あれは、貴女が『つきまとわれて困っている』と言った青年ではないか?」 窓から外を覗く彼女に問われ、ルウファはあっさり「そうです」と言った。 「確か貴女は『口のきけないかわいそうな人』とも言っていなかったか? さっきかなりはっきり喋っていたようだが?」 「喋れるようになったんですねぇ。私もびっくりしました」 しれっと、洗ってきた野菜の調理を始めながら、赤い髪の少女はしらばっくれる。リディアは胡散臭そうな眼差しを隠そうともしないが、それを気にする様子もない。 「とりあえず、何を言っても屋敷にはお入れにならないほうがよろしいですよ」 「……ところで貴女は何をしているのですか?」 「料理ですけど」 包丁が軽やかな音を立て始める。
今日は1周年なので、ちょっと一休み。 作者陣のコメントを載せていただきたいなぁ、なんて瀬生が勝手に思ってこんなことに(^^;)。
予告していないので多分全員分揃うのは先の話でしょう。 全員分揃ったら掲示板で告知します(笑)。
尚、いつでも追加執筆者募集です。お気軽にどうぞ。
※今日真面目に続きを書こうと思っていらした作者陣へ。 日にちを指定して、他の日付で書いてくださるよう お願い致しますm(_ _)m 瀬生 曲
「それでは書かせていただきます」by黒乃
まずは1周年おめでとうございます。 自分は曲姫がHPやってることを創業一年頃に知った遅参極まりない 身でしたが(汗)、この小説の執筆メンバーという思わぬ栄誉をいただ いたラッキーマンでした。 (とはいえ、出現頻度は「はぐれメタル」ですが…) リレー小説が破綻しないでまともに進んでいく例を初めて目の当たり にしてます。これは基本を固めている執筆人の技術力なんでしょうねえ。
キャラもどんどん増えて、いい感じで世界背景も決まってきてるし、 一種TRPGのGM的な創造の楽しみがあるなあ…と。 (すんません、好きな物差しで計ってしまって(^^;)。)
<一番好きなキャラの話> グレンって人気高そうじゃないですか。最初はこそ泥だったのに 実は妙に世話焼きという…。パーティで一番大人ってところがまた よし。(「おっさん」でキレるけどね)盗賊という属性が好きなので 意外と書きやすいキャラなのです。
けど、今はリディアちゃんとアンジュ嬢がお気に入りですね。 特にリディアちゃん。初登場シーンから自然に「男装」って 設定されてますが、モデルとかがいるんでしょうかね? 今後、書くとしたら彼女らの関係を書いてみたいっすね。
それでは、尻尾切れな感もありますが、 「硝子の月」の今後ますますの発展をお祈りして、 締めさせていただきます。
「それじゃあ私も失礼して」 by朔也
1周年だと言うのに最近書いてなかったですね(汗) しかし目茶楽しんで毎度毎度参加させていただいてました(^^) 書き込み頻度が瀬生さんに次ぐくらいの勢いですかね。 もう自分のサイトはどうしたんだという入り浸りっぷりで。 い…いやホント、楽しい企画ですよね♪ うん。(遠い目)
行き詰まるとぶった切って次の人に委ねるという非道な行為を繰り返し、気が付けば一周年。話も結構な量になり、嬉しい限りです。 謎が謎を呼び、一体誰がその核心を作るのかと周囲を伺う今日このごろ。 でも少しずつ、その核心に触れてきてはいますね。
お気に入りのキャラはルウファでしょうか。書いてて楽しい。 美人な割に色気に欠ける彼女ですが、あの行動力は貴重です(笑) そして我らが主人公、時々それを忘れ去られるティオ・ホージュ。 もちろん君も大好きさ(笑) だから頑張って主人公らしく活躍してくれ。 彼とはセットでアニスを。 いい奴です。大好き。羽毛に触ってみたいですねー(待て)。
彼らが無事に物語りの結末にたどり着けることを祈って。 そしてこれまで歩いてきた長い物語を祝して。 1周年、おめでとうございます(^^)
「ふふふ、久し振りに会えた僕とお話しするのが恥ずかしいんだね、照れ屋さんv」 「半日も経ってなくて『久し振り』なんてよく言えたものね」 「おおハニー、君と会えない時間はまるで永遠のようで…」 「邪魔だって言ってるでしょ」 「うわぁっ!」 どんがらがっしゃーん! 石段の下に積み上げられていた盥やバケツの上に落ちた青年には見向きもせずに、ルウファはさっさと勝手口から中に入った。 彼が『沈黙の檻』の効果から抜け出していることについては、別にどうでもいいようだった。
「お待たせ致しました皆様! もちろんこのまま僕が登場しないなんてあり得ないと思っていらしたでしょうがそのっとーり!」 「誰に威張ってんだか知らないけどそこどいてくれる?」 「はぅあっ!」 天に拳を突き出した青年の背中に、言葉と同時かそれより早いくらいのタイミングで容赦なく前蹴りが入った。 言うまでもなくシオンとルウファである。 「ああ、会いたかったよルウファー!」 「邪魔」 げしっ 高々と上げられた少女の足が、見事にシオンの顔面を踏みつけた。 ちなみに彼女の手には新鮮な野菜がいっぱい入った籠が抱えられていたりする。場所はアンジュの屋敷の裏庭。何故か勝手口の石段の上で叫んでいる青年は非常に邪魔なのである。出来れば無視したかったところだが、ここを通らないと台所まで遠回りになる。
「『話さないか』と言った割には何も言わんな」 口を開いたのはカサネのほうが先だった。揶揄するようにグレンを見る。 「それもそうだ。さっきも言ったとおり、俺の探していたのはその鳥だ。色は違うが――ルリハヤブサだろう?」 最後の言葉は心持ち声を潜めて問う。もっとも、カサネの容姿と大きな鳥を連れていることで、店の客の視線は既に一通り集まっていたのだが。 「よくわかったな」 言葉とは裏腹に、笑みを含んだ女の声は「わかって当然」と言っている。 「実は…」 どこまで言ってもよいものかと思案したのはほんの一瞬。 「俺の連れもルリハヤブサを連れていてな」 青年は正直にそう告げる。 「窓から偶然見かけたルリハヤブサに興味を持った。ルリハヤブサなんてそうそういるもんじゃねぇからな」 偶然――なのだろうか。世界に数十羽しか存在しないそれがもう一羽、あの少年の前に現れたのは。だが必然であるにしても、それは仕組まれたものではないのか。 「ほう」 彼女の多少わざとらしい感嘆の声が、グレンにその疑いを強めさせる。 勘は、鈍いほうではない。 「違っていたら悪いが……あんたあいつを――ティオ・ホージュを知ってるな?」 女の口元に笑みが浮かんだところで、テーブルの上に料理が並んだ。
(……さて) とりあえず手近な食堂に入り、料理を注文して。グレンは不躾でない程度の視線でカサネと名乗った女を観察した。 明らかに堅気という雰囲気ではない。傭兵か、それとももっと他の何かかはわからないけれど。 よく考えると、ルリハヤブサを見つけてその後どうするのかを考えていなかった。 とりあえずティオの要望で追ってきてはみたが、これでただの偶然の通りすがりだったら笑うしかない。 (でも、まぁ……その可能性は低いな) グレンはわずかに目をほそめる。 ルリハヤブサ。月の下で尚鮮やかに青く染まる鳥。ティオは多分知らないことだが、この鳥には言い伝えがある。
ルリハヤブサはかつて、硝子の月を守る番人だった。だが彼らの上と地の上から硝子の月が失われたとき、彼らは翼を得、鳥の姿で次の硝子の月が生まれるのを待つこととなった。 それからこの種は、硝子の月の誕生を待ち、硝子の月を見出す標となったと言われている。
ハッキリ言って眉唾だ。自分だって、硝子の月にまつわる吐いて捨てるほどの偽の情報と信じて疑わなかった。 だから一度は盗んで売っ払おうとまで思ったのだが。 全部が嘘なわけではないのかもしれない。次々に何か大きなものを引き寄せていく少年を見ていて、思った。 伝説は何らかの真実を含んでいるのかもしれない。 ティオの元にアニスがいること、ルウファが同行したこと、そしてティオが狙われた事。偶然と呼ぶには規模が広がり過ぎている。 (そして第一王国の首都に、俺たちと同じ時期に――もう一羽ルリハヤブサが現れたことも) 偶然ではない。それがどんな形の必然かは、まだわからないけれど。
2002年09月06日(金) |
<建国祭> 朔也、瀬生曲 |
「……さて」 ああは言ったものの、とグレンは首をかしげる。早々と熱気のようなものに包まれた祭りの前の街で、探し物など楽ではない。 首都だけあってさすがに人だらけだ。自分のような旅人も多い。 (どっから探す?) 手ぶらで帰ったら、どっかの怪我人小僧にまた憎たらしい口を叩かれそうだ。ついでに赤毛の少女に笑顔で皮肉られそうだな、とちいさくため息を吐いていると。 「――なにを、探してるんだい?」 ふいに後ろから、女の声がした。 「あァ?」 グレンは振り返る。視線の先には、無骨な武具と美しいオリーブ色の肌の女が一人。 「お前――」 傷だらけの女はそれでも不思議と美しく、そして気高い目をしていた。グレンは彼女を目にし、驚きに目を見開く。
「――誰だ?」 どこかで会ったことがあるような奇妙な感覚。しかし彼女を忘れるようなことがあるだろうか。だから、「どこかで会ったことがないか?」という問いは飲み込んだ。 「いきなりそんな訊き方は不躾かと思うが?」 「ん、ああ、すまねぇ」 青年はここでやっと、彼女の肩に捜し物が止まっていることに気が付いた。ルリハヤブサ――ただし漆黒の。色が違う以上、もしかしたら違う鳥である可能性もあったのだが、グレンは何故か疑うことなくそれをルリハヤブサだと判断した。 「彼は私の相棒だ」 その視線に気付いたのか、女はルリハヤブサに頬を寄せて微笑した。 「……俺の捜し物はその鳥だ。少し話さないか? 奢らせてもらう」 「そこそこ無粋ではない誘いだな。いいだろう」 青年の申し出を、女――カサネは艶やかな笑みを浮かべて受けた。
「じゃあアニス、彼が起きて抜け出したりしないようにちゃんと見張っててね」 「ぴぃ」 ルウファの言葉に、窓枠に移ったアニスは機嫌よさそうに応えた。 「抜け出すかよ」 「言葉のあやよ。それじゃおやすみなさい」 少女は悪びれた様子もなく笑って部屋を出て行った。 「……おやすみ」 きっと届かないであろう言葉を口にして、少年は布団をずり上げた。
「アニス!」 名を呼んだのはほとんど反射的なものだった。 しかし、すぐに窓の外に飛び出していくと思われた親友は、ただ静かにティオを見つめている。 「……確かめなくていいってことか?」 アニスは止まっていた椅子の背から二、三度羽ばたいて少年の肩に移ると頬擦りをした。それは肯定でもなく否定でもないと感じられた。 ふと視線を向けると、運命を知るという少女もこちらを見つめていた。 「決めるのは貴方よ」 「行く」 すぐに答えたのは、迷わないと決めたから。 「よし。待ってろ怪我人。俺が突き止めてきてやるよ」 グレンが少年の頭をぽんと叩いて駆け出す。 「盗んで逃げるなよ」 「いたたた、古傷を。もうそれはやめろって」 何を言っていいか判らないままティオの口をついて出た言葉に冗談っぽく顔をしかめて見せて、青年はそのままドアの向こうに消えた。 「苦労性ねぇ、やっぱり」 それを見送ってルウファはくすくすと笑い、ティオに向き直る。 「その間に貴方は少し休むこと。いつまでも怪我人でいてもらっちゃ困るんだから」 「誰のせいだ」 「いいからほら」 ほとんど強制的に寝かしつけられる。アニスはルウファの肩に移った。 「あら。珍しいわね、ティオ以外の肩に乗るなんて」 「ぴぃ」 喉の下をかりかりと撫でられて、ルリハヤブサは気持ちよさそうに目を細めた。アンジュの膝の上にいた時にも思ったことだが確かに珍しい。
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