「硝子の月」
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ガタンと音を立てて、国王は席を立った。 急に不作法に及んだ今日の主役に、全員の視線が一気に集まる。 肖像画に残る建国王によく似ていると言われる、王としてはまだ若い男である。その青い瞳が驚愕に見開いている。 何事かに気付き、催事場を囲むその右隣の辺に座していた少女――アンジュが王に何かを訴えるような眼差しを向けるのと、城壁の外側で何かが炸裂したかのような閃光が溢れるのとは同時だった。 光に一瞬遅れて、衝撃と轟音が辺りを襲う。式典会場はたちまちパニックになった。 「皆様、御静まりください。この城には幾重にも防護壁が張り巡らされています」 我に返った王が凛とした声を張り上げる。その様子から先程の驚愕は読み取れない。騒ぎが幾らか治まる。 アンジュは小さく息をついて胸を撫で下ろした。王がこちらに微笑を向けたのが見え、同じく微笑を返す。 その視界の端に、白いマントが翻るのがちらりと見えた。
城の近くで標的を見付けた少年は、ついと眼鏡を押し上げた。 この人混みにあってさえ人目を引く赤い髪の少女と一緒の、ルリハヤブサを連れた少年。 (楽しんでいられるのもこれまでだ) 口の端を吊り上げ、肩下げの鞄をそっと開ける。その中から、微かな羽音を立てて銀色の羽虫が数匹。 「……目標捕捉」 顔の高さで浮遊する<虫>達に小さく告げる。応えるように羽音が高く激しくなる。周りの人々が流石に何事かと少年と奇妙な虫達を見下ろす。 しかし、そんなことなど気に掛けずに、ツインは命令を下した。 「撃て」 <虫>達はいつもどおりに白い閃光を発し、標的を一瞬で仕留める――はずだった。 しかしそれ等はエネルギーを溜め込んだかのように自身が白く発光し、膨張する。 「!? 馬鹿なっ!」 人々の視線が集まる中、青冷めるツインが思わず叫んだのは恐怖によるもの。自分が作った、全てを知り尽くしているはずの機械に、有り得ないはずの『力』が集積している。 『だってそんなんじゃあ足りないもの。殺したいんでしょ? あの二人』 「なっ!?」 不意に頭に響いた少女の声に問い返す暇もなく。 『だから手伝ってあげる』 彼女が残酷に微笑んだことが声でわかった。 そして少年にとって、それが最後の記憶となる。 「っひ……っ!」 エネルギーの固まりと化した機械仕掛けの羽虫達は、広場を白い閃光で埋め尽くした。
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