「硝子の月」
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「やあ! 待っていたよ僕の愛しい仔猫ちゃん!」 ばたん 先頭のグレンがドアを開けるなり駆け寄ってきた人物に、ルウファはすいと前に出て、容赦なくそれを閉めた。激突の音の下から「ぐえ」という声が微かに聞こえたような気がしたが、一行の中でそれを口にした人物はいない。 軋んだ音を立てて扉が開き、この数日行方不明になっていた青年がそっと顔を覗かせる。 「ふ、ふふ……再会が恥ずかしいのだね、この照・れ・屋・さん」 「人様の家を壊すわけにはいかないから今のは聞かなかったことにしてあげるけど、いい加減にしないと怒るわよ?」 「今まで怒っていなかったのか」というツッコミは皆胸の内に秘める。 「それよりどうしてあんたがここにいるのかを教えてもらおうかしら」 隠し部屋での王との話が終わり、一行はアンジェの屋敷へ戻ってきたのだった。王とアンジェはそのまま建国祭の宴に出席している。リディアも多分そちらにいるのだろう。夕方までには帰ると言っていた。 「どうして……って、君達はここに逗留しているんだろう?」 全員が無言で頷く。 「ルウファのいるところが僕のいるところさ!」 さも当然と言わんばかりにシオンは胸を張った。 ティオとグレンは少女の攻撃魔法が炸裂することを確信する。が、予想に反して彼女は深い溜息を一つついただけで青年の横を通り抜けた。 「少し休むわ。アンジェが帰ってきたら起こして」 何事が起きたのかと、ティオとグレンは思わず顔を見合わせた。 「大丈夫かいルウファ。僕が介抱し…」 「要らない」 まとわりつく青年に即座の却下と同時に裏拳を喰らわせたのを見て、すぐに心配しなくともいいと思ったのだが。
『セレスティア』 自分の名を呼ぶのが誰なのか、彼女にはわかっていた。これがただの夢ではないことも。 ゆっくりと意識をそちらに向けると、自分と同じ雪花石膏の瞳の青年の姿が視認出来る。 『この私の血と瞳と『力』を受け継ぎながら、『第一王国』に弓を引くとは何事だ』 冷たい声、冷たい視線。 あの国の建国に尽力し、輝石の英雄(の一人に数えられる建国王の右腕であり続けた男。 「……消えてくださいご先祖様」 セレスティアはひたとその瞳を見据える。 「貴方がアルバート一世を選んだように、私はあの方を選んだのです」 賢者の血筋がいつアルティアを出たのかわからない。けれど彼女はここでもアルティアでもない国で生まれ、ウォールランと出会い、忠誠を誓った。そのことに迷いも後悔もない。 『そうか』 対する青年の白い瞳が細められる。口元に浮かぶのは満足そうな笑み。 『ならば許してやろう』 最初に見せた冷たさはもうどこにもない。青年の手が頬に添えられる。大きな手はまるで父のようだ――三百年分さかのぼれば、確かにこの青年に辿り着く。 『我が末裔に武運を。だが、容赦はしないぞ』 「望むところです」 知らず自分の唇にも笑みが浮かんでいることに気付き、同じ血を引いているのだと思って少しおかしくなった。
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