- different corner -
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(昨日の続き。)
予想に反してAさんは私を嫌ったわけではないようで、 むしろ前より話し掛けてくるようになった。 あのことを黙っていたから信じてもらえたのかな。
卒業が近くなり、彼女たちは委員の活動を離れることになった。 その後しばらく二人できていたけれど、 就職活動のためAさんとKさんはばらばらに行動するようになり、 二人とも来ないか一人だけ会議室へくるようになった。 AさんはKさんとこんな状態で大丈夫なのだろうかと思ったけれど、 私と二人でいてもAさんがあの日のような顔をすることはなかった。
ある日、私とAさんは二人で第二会議室にいた。 その日の作業が終わり、一緒に帰ることにした。
「……お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
あの時と同じ表情だ。
変に茶化したらまたつらい思いをさせてしまいそうだ。
「なんでも聞きますよ」
私が答えると、しばらく間をおいて やっとAさんは口をひらいた。
「……胸、貸してくれない?」
……
聞き違いかと思ったけど、聞き返したり、 理由を聞いてはいけないような雰囲気だった。 頭の中が真っ白だったけど、すぐに返事をしないと 傷つけてしまいそうだった。
「いいですよ」
私は、そのときどんな顔をしていたのだろう。 Aさんがもっと困ったような顔をしたのが、 私のそのときの表情のせいでなければいいのだけど。
Aさんはゆっくり近づいてくると、 私の肩に頭をのせて腕を背中に回してきた。
グリーンノートの香りがするなと思っているうちに、 少しずつ体温が伝わってきた。 しばらくして、Aさんが頭をのせているほうの 肩のあたりがぬれてくるのを感じた。
……人の体温って、こんなにはかなくて 頼りなさげなものなんだなあ。
あとになって、私の体は冷たくなかっただろうかとか Aさんの首が痛くならなかっただろうかとか思ったのだけど、 その時はあまりいろいろ考えられなかった。
何があったんだろう。
理由を聞けば、私たちは友達になれるのだろうか。
でも、それを聞いて欲しいのは、きっと私じゃないんだ。
私には、彼女の髪や背中を軽くなでることしかできなかった。
やがて彼女は体をそっと離し、 「ごめん」と言って顔を伏せたまま一人で先に帰ってしまった。 だから彼女があの時どんな気持ちだったのか 私にはわからないままだ。 もしかすると、私ではだめだったのかも。 「いいですよ」なんて 軽々しく言うべきじゃなかったのかもしれない。
その後しばらく私はそこにいた。 見回りの先生がきたときには さっきのことを見られたような恥ずかしい気分になった。
彼女の腕の力と体温は、何分たっても まだ残っているように思えた。 何日かしたらなくなったけれど、 その感触を思い出すたびもらってはいけないものを もらったような気持ちになった。
その後、Kさんを見かけることはよくあったけど、 Aさんを学校で見かけることはなかった。 就職活動が忙しくなったのかもしれない。 卒業式の時に久しぶりに一緒の二人を見たけれど、 Aさんとは話をすることがないまま別れてしまった。
あの時、何があったのか聞きたい気もするけれど、 私でさえ最近まで忘れていたのだから、 彼女も忘れているだろう。 でも、彼女の温かさはまだはっきりと思い出せる。 そのときの居心地の悪さとほぼ同時なのがちょっと考え物だけど。
たぶん、思い出せるくらい体温を感じるなんて経験は、 もう二度とないんじゃないかと感じている。 今の私には、人に分けられるほどの温かさはない。
もうあきらめたつもりなのに、 温かさを誰かに求めている自分に最近何度も気づかされる。 ココアでも、お風呂でも、太陽の暖かさでさえも かわりにすることはできなかった。 何ならかわりになるのだろう。
もう子供じゃないのだから、 だっこはおしまいにしなきゃ。
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