ぶつぶつ日記
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| 2001年11月26日(月) |
ある韓国人女性から見たドイツと日本戦後処理�� |
【忘れてしまうこと、許すこと】
去年プライベートで教えていた韓国人女性からメールが来て、 昨日久しぶりに新宿で会ってご飯を食べた。 彼女は銀行勤務の後、どうしても勉強を続けたくて、 当時韓国で流行っていたロシア留学を選び、 ロシアの大学、そして仕事と7年間をモスクワで過ごしている。 その時知り合ったユダヤ系ロシア人(しかしエリート)のだんな様と結婚し、 2人で昨年日本にやってきた。 だんな様は日本留学経験もあり日本語は不自由なく、 彼女もロシアでかなりまじめに勉強していたようで、 日常会話には不自由しないくらいの日本語が話せたが、 能力試験一級を受けるために毎週1,2回私と勉強していた。 外国生活が長く、社会経験もあるしっかりした女性の良い典型で、 話題も豊富、そして他人の話も聞ける人だし、 年も近いので彼女と話しをするのはとても楽しい。 微妙な問題についても色々話せる国籍の違う知人友人というのは貴重だ。
日本語教師などしていると、 思いもかけない時にいきなり大戦中の日本の責任についての 鋭い質問を浴びせられたりする。 ただ、授業中ということもあるし、日本ということもあるかもしれないが、 一般的な日本人が思っているようなイメージ=激昂して感情的な抗議の姿 では全然ない。 しかし、きちんとそのことについて教育を受けていない私たちが 「(中国の朝鮮民族である)金さんが韓国人ではなく中国人なのも、日本のせいですよね。」などと面と向かって言われると、 正直ドキドキしてしまうのは致し方ないところだろう。 彼らは別にその時に私たちに謝って欲しいと思っているわけではない気がする。 ただ私たちがどのくらい大戦中のことを知っていて、 それをどう思っているのか知りたいからの質問のように思う。
以前、中国や韓国(や他の東南アジアの国)で 対戦中に日本が行ってきた非道な歴史について、 知っていたほうがいいのか、 知らなくてもいいのか、 日本の若者と外国人が大討論している番組を見たことがあるが、 「知らなくても良い」と思っている学生が、 いわゆる一流大学でこれからエリートとして社会に出て行く予備軍だったのには、 正直がっかりしてしまった。 その中の1人の男性はこれらのいわゆる負の歴史について 「彼女の昔の過ちなど知らない方が自然に振舞えるんだから、 自分たちに関係ない過去のことを知らない方が良い関係が作れるんですよ。」 みたいなことを言っていたのには、 そんなに物事単純だったら、平和でいいよな〜と思った。
例えば。 散々いじめられて、そのせいで学校に行けなくなってしまった人がいて、 苦労して大人になって、ある時久しぶりにそのいじめっ子に会ったら そいつが大会社の重役かなんかになっていて、 その元いじめっ子に 「まあ、お互い色々あったけど、今までのことは水に流して仲良くやろうじゃないか、ん?」 と言われたら、一体誰がこの人のことを許せて、そして信用できるんだろうか。 普通はもっと許したくなくなるはずだ。
私たちは完全な戦後世代で、確かに大戦中に行われた事に関しての責任はない。 しかし、だからといって「知らなくてもいい」という権利もないと思う。 日本人なんだから。 日本という国に属してしまっているからには、 自分に何の責任もないことについても、 自分が日本という国の代表者になってしまう瞬間がどうしてもある。 それが国に属するということだ。
「知らなくてもいい。」 「忘れてもいいよ。」 というのは、傷つけられた被害者のみが言えるものだと思う。 犯した罪は「自分では」許せない。 自分が許したとしても、周りは許さない。 それを許せるのは「被害にあった」人たちだけだ。
私たち日本人は、まだ「許してもらう」所までは 全然到達出来ていない。
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